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翌朝、早めに起きて食堂に降りるとすでにバレー部メンツはテーブルについていた。

「はよー」
「「はよ」」

俺の挨拶を返してくる治と角名。そして、侑はザ・不機嫌です、という顔で座っている。

「侑、はよ!」

なるべく笑顔を心がけて朝の挨拶をしてみたものの、侑は俺の目さえ見ることなく味噌汁を掻き込んだ。顔は相変わらず、むすっと不機嫌なままだ。

「………」

見事にスルーされた俺は静かに笑顔のまま、トレーを手にして配膳に並んだ。

配膳し終わって戻ってくると侑はもう食べ終わって席を立っていた。

「見事にスルーされてる…」

テーブルに着くと角名が面白そうに笑った。

「何が起きたん」
「…俺、卒業して東京に引っ越す予定なんだけど、それ侑に言えてなくてさ」

俺の言葉に角名がへぇと眉を上げた。治が横から補足する。

「俺はだいぶ前から聞いて知っとったんや」
「……」

途端に角名の顔つきが感情を失くした。

「昨日の夜、キッチンルームで治と東京行きの話してたら、聞こえてたみたいで…からのガチギレ」
「……」

角名の顔が虚無状態だ。

「……なまえさ、こうなること予想できなかったの?バカ?」
「う…返す言葉がないデス…」

言い返せず、白米を口に頬張ったまま固まる。

「ちなみに俺は静岡のチーム」
「えっ、まじで?」
「まだ内密だけど」

そんな話をサラッと言ってくれてしまう角名に俺はますます居た堪れなくなる。

「侑を怒らせたくて言ってなかったわけじゃなくてな…」
「結果的にブチ切れてんじゃん」
「ああー…うん、そうだな」

俺も角名の虚無顔を真似してみた。

「とにかく早く侑の機嫌戻してよね、俺らに被害が拡大する前に」

ヨロシク、と席をたって朝練に行く角名と治を視線で見送った。

「みょうじなまえ、当たって砕けマス…」

ぽつりと呟いて付け合せのたくあんを口に入れた。





そう宣言して登校後、朝のSHRが始まる前に席に着いた侑に声をかけた。

「侑ー…」
「………」

ガン無視じゃん。
隣の角名を見る。アイコンタクトで会話する。

(角名さん、これ無理そうです)
(諦めるの、早くない?もっと行けよ)

「侑ぅ…なぁ、ごめんて」
「………」
「なぁ、あつ「うっさい、話しかけんな」」

…角名さん、無理そうです。マジでガチギレしてる。
不機嫌オーラMAXに教室内の空気がピリついた。皆、ごめん!俺のせいです!と一人で手を合わせて心の中で謝る。

そんな中、廊下側の窓が開けられた。
「みょうじ〜、貸してほしいのがあんねんけど」
三分だった。隣に茶川も立っている。

「俺はちゃうで。ちゃんと持ってきとるし。三分だけや」
「おお、いいよ。何がいる?」

三分の話を聞きながら机の中を漁る。

「せや、兄ちゃんがなあ、東京の物件見とるらしくて高い高いて言うとったわ。みょうじは家から通いやし、その点楽よなぁ」

東京で一人暮らしとか大変やわ、と笑う三分。

三分?!頼むから今その話題だけは止めてくれっ、と三分を見上げた。
侑の背中から滲み出る怒気が三分の発した東京という言葉で更に増した気がする。

そんな茶川が侑をちらりと見て俺に耳打ちしてきた。

「なぁ、何で宮、機嫌悪いん」
「あー…。その…俺が引越しするの言ってなくて」
「「えっ、マジで」」
茶川と三分がハモった。

「宮にはいっちゃん最初に言っとるかと思ったわ。仲ええし」

アッーー!三分!それは言っちゃダメなやつ!
目を白黒させる俺に茶川が三分の口を塞いだが遅かった。

案の定、侑が大きな音を立てて教室の外に出ていった。

「こっわ…キレ散らかしとるやん」
「今のは三分のせいだからな…?!油注ぎまくったからな?!」
「すまん」

謝る三分にそもそもの原因は自分だと首を振る。

「いや、まぁ…俺が一番の原因なんですけどね…」

三分に自分のものを貸した後、教室に帰っていく二人を見送って角名に顔を向けた。

「先に謝っとくな。ごめん」
「謝るな、諦めるな」
「いや、もう俺は侑の機嫌をどう直したらいいか分かんなくなってきた」
「考えるな。行動しろ」



諦めることを許してくれない角名に俺は皆の平穏のため、手を尽くした。

学校では話しかけてもスルーされるし、男子寮で侑を探しては声をかけた。

それでも侑は不機嫌なままで聞く耳を持たない。
日に日に酷くなるそれは、もはや被害者を続出させていると言っても過言ではなかった。


***

侑がブチ切れてから三日目。

午後の掃除時間に自分の持ち場で清掃活動に勤しんでいると、ついに2年の理石くんが俺のところにやって来た。

「みょうじさん、後輩やのに生意気言います、すんません」
「……イエ」

身長のある理石くんに見下ろされながら、何を言われるかなんて百も承知の俺は首を振る。

理石くん、君は何も悪くない。悪いのは俺だ…!

「みょうじさん、ほんまに、ほんまに。困っとるんです」

深刻な表情の理石くんに手を合わせる。

「ごめん、本当に!」

「いつもなら多少機嫌が悪くても、良いプレーしたらたまに笑って『ええやん!』て褒めてくれる主将が、笑いもせず、ミスったらただただ冷ややかにキレてくるの、想像できます?」

「できる!できるよ!!ごめん!!まじで!」
「一年、泣きそうなんすけど」
「ぁぁあ〜っ、だよなぁっ」

顔を手で多い、バレー部の空気を想像して項垂れる。

「一刻も早く、頼んます」

律儀に礼をして帰っていく理石くんを見て俺は何とかしなければ、という気持ちになる。
清掃が終わり教室に戻る前に治と出会った。
理石くんとの話をすると治は「俺もそろそろ我慢の限界や」と言う。

「あいつずっと不機嫌やし、練習中もタイミング合わんかったらブチ切れるし最悪やで。人でなしの極みやわ」
「一発殴らな気が済まん。ちゅうかこんなしょーもないことでキレてんの、何なん」

不機嫌な侑に対して拳を握りしめる治がイライラし始めているのが分かった。やばい、これは戦争が勃発する。

「落ち着け、治 。今日中に何とかする!」

治に「気を確かに!」と投げかけて教室に戻った。

放課後になって、練習に行こうとする侑の前に立つ。

「侑、話がある」
「…俺はない」

侑が席を立って踏み出そうとする前に体を盾にした。

「邪魔や」

見下ろす侑の目が冷たくて言葉が詰まる。俺を押し退けて教室を出ようとする侑を呼び止める。

「侑っ!」

侑と入れ違いに入ってきた田中が俺を見た。

「宮…みょうじ、呼んどるけど…」
「知らん」
「え、友達よな…」
「あんな奴、ダチでも何でもないわ」

俺を睨んで言う侑の言葉がグサリと胸に刺さった。それは刺さったあともぐりぐりと傷口を深く抉る。

そこまで、言うか…。

事の発端は俺が原因だが、友達という関係を否定されるほどなのか、と侑との間に壁を感じた。重く分厚い壁。

今思えば、そもそも誰かとこんなにひどい喧嘩をしたのは人生で初めてだ。
今まで周りに嫌われないように必死で笑って生きてきたのに、侑と出会ってから本当の自分をさらけ出せる気がして素の自分を出していた。

そのツケが回ってきたんだろうか。今までずっと欲しかった親友という存在。

稲荷崎(ここ)に入るまでは周りの仲の良さそうな人達を見ては密かに羨ましがっていた過去。

やっと出来た親友。それがこんなにも簡単に壊れてしまうなんて、知らなかった。

今、自分がどんな顔をしているか分からないが去っていく侑を追いかけるほどの勇気はなかった。

一人、椅子に座って帰り支度をしていた黒リュックに頭を預ける。

「はぁ…」

リュックにつけていたバレーボールキャラクターのキーホルダーが揺れた。

侑がくれた(半ば強制的につけられた)傷だらけのそれを眺めて、バレーをしている侑を思い浮かべる。

自転車部の自分が、全く関係のないバレー部の人間と仲良くなるなんて思ってもみなかったし、そもそもバレーのルールさえ知らなかったレベルだ。

宮侑という一人の人間と話すようになって、俺の高校生活、寮生活はガラリと変わった。

ジャイアンで天邪鬼で横暴なアイツは、対人関係では少し不器用な面がありつつも、熱くて才能溢れる天才でいて、面白くて気を遣わず話せる。

侑と一緒にいると楽しいし、笑いが絶えない。たまに腹立つことも勘弁してほしいこともあるけど、それでも一緒にいて楽しい方が勝る。

俺は、友達でいたいんだけど…。
もう、完全に嫌われてしまったんだろうか。

「……無念…」

こんな事ならちっぽけなプライドなんて捨てて侑と進路の話でも何でもすればよかったのに。

過去の自分に言ってみたところで変わらない。

「あー…くそ…」

上手くいかないことばかりだ、と顔を上げて教室を出た。

夜だ。夜、帰ってきたらもう1回侑に話しかけよう。

黒リュックを背負い、校舎から出た俺はロードバイクに乗って寮に帰った。


***


男子寮に帰り、夜ご飯を食べて風呂に入った後、決行を決めた。

治に侑と話す時間が欲しいから、と呼び出す。
部屋から出てきた治を見ると顔やら腕に湿布が貼ってあった。

まさか…。

「兄弟喧嘩、デスカ…」
「……アイツがしょーもないからや」
「……」

遅かったか…。顔に手を当てて、ごめん治と謝ると原因は練習中のことやし、と言った。
そうは言っても、きっと不機嫌MAXの侑でなければそんな喧嘩は起きなかったんじゃなかろうか、と推測する。

治から部屋の鍵を借りて双子の部屋の前に行った。
すぅ、と息を吸って吐く。

手を上げて、一瞬止める。

「よし、」

部屋のドアをノックした。
部屋の中で動く気配がして、ドアが動く。

部屋の中から俺を見下ろす侑と目が合った。治と同じように湿布や絆創膏が目立つ。

「話が、したい」
「話すことはない。帰れ」
俺を見下ろす侑は、冷たい声で拒絶した。

「少しだけでも、」
言い終える前にドアは閉められた。

「………」
ドアノブを握ってドアを開ける。

「なぁ、」

部屋の中を覗くと侑が怒ったようにドタドタと歩いてきて「か、え、れ、」と俺を外に押しやりドアを閉めた。その後にガチャリと鍵をかける音が聞こえた。

突っ立ったまま目の前のドアを見つめる。

隔てられた壁をノックしても拒絶されてしまう。
このままでいいのか、俺。

行動しなければ、侑との壁は厚くなっていくばかりだ。

…拒絶されても、蹴破るしかないのでは。

ポケットの中にある治ら借りた鍵を握りしめ、もう一度ドアノブに手をかけた。

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