昼休み、文化祭準備のために他の生徒から頼まれていた頼み事を終わらせようと普段は行かない別棟の廊下を歩いていた。
生徒も少なく3階の廊下から外を何気なく見ていると中庭に明るい金髪頭が見えた。
「お…?」
あの頭、背丈、侑じゃないだろうかと立ち止まって下へ目を移す。
侑は中庭に続く渡り廊下の支柱に体を預けて立っていた。
誰かを待っているのか、1人で携帯の画面を見下ろしているその顔は、確かに皆が持て囃す程には整っている。
目鼻立ちがハッキリしているうえ、同じイケメンでもテレビに出ている線の細い男性アイドルとはまた違う。恵まれた体躯の良さもは男から見ても羨ましい。
もし俺にあの身長と筋肉があれば、何処へ行くにも何をするにも自信しかないだろうし、自転車競技も強くなっていたかもしれないと考える。
身長差が影響しにくい競技ではあるものの、背が高くて不利ということはない。
スポーツも出来てあの容姿ならそりゃモテるよなぁ、と思う。
口を開けば強気で、喜怒哀楽も激しい侑も黙っていれば、また違う雰囲気になる。そんなギャップに落ちる女子も少なくないのだろう。
確かに集中している時の侑は普段の3割増でかっこいいとは思う。本人には絶対言う気はないけど。
かく言う俺も、たまに見せてくる何を考えているか分からない真顔にドキッとすることもある。
ドキッというよりは猛獣の前に差し出された草食動物が感じるような緊張感に近いかもしれないが。
捕食される前の恐怖というか、なんというか。何か考えているんだろうけど、読み取れないあの目。視線。
耐えられなくてついついその場しのぎにへらりと笑うとタオルを投げてきたり、シメてきたり、脇腹を鷲掴みにしてきたり。
黙って何か考えている時の宮侑はなかなかのポーカーフェイスに思う。
そんな侑を3階から見下ろしているとスカートをはためかせた女子生徒が侑の前に駆けてきた。
女子生徒を前に侑が携帯をポケットの中に入れて、体を預けていた支柱から離れた。
「もしかして、もしかしなくても、これは…」
そういえば、あそこは校内の告白スポットの1つとして有名なところだと思い出す。
咄嗟に身を眺めて廊下の窓から目だけ覗かせた。
人の告白現場を覗き見るなんて、なんて最低な奴なんだと思うが好奇心と野次馬精神が勝ってしまった。
多分、告白しているのであろう。
何かを渡そうとして女子生徒が手を突き出した。
連絡先か手紙だろうか。
それを前にして侑は首を振る。
「え…」
傍から見ても肩を落としている女子は何か話しかけて侑に手を振って去っていった。
うわぁ、あれは…お断りしたんだろうか。
初めて人の想いを伝える場面を見てしまった俺は離れた3階で勝手にドキドキしていた。
想いを伝えるってすごい。勇気ある人しか出来ないし、俺には無理だ。
人知れず片思いして、行動に移すこともせず、ただただ勝手に失恋をしてきた俺にはとても真似出来ない。
想いを伝えて、断られた時の痛みといったら…。伝えていなくても辛いのに、伝えて拒絶されたらもっと痛いじゃねえか、と女子生徒の気持ちに同情して侑を恨めしく思った。
これだから人から好意を寄せられるばかりの奴は痛みを知らないんだ…と3階廊下に一人しゃがみこみながら勝手に決めつけていると、ポケットに入れていた携帯が短く震えた。
取り出して画面を見る。侑からのメッセージだった。
頭一つ分、窓から侑を見た。携帯を片手に立っている。
〘今どこ〙
侑からたった3文字のメッセージ。どこって、ここだよ。と3階廊下から侑を眺めるも気づくはずがない。
〘侑の近く〙
返すと直ぐに既読になった。
〘は?どこや〙
侑が顔をあげてキョロキョロしている。面白くてしゃがんでバレないように目から上だけを窓から出した。
気づいてない侑に笑いが盛れる。
「くくくっ、ウケる…」
〘どこにおんねや〙
〘侑が見える〙
〘は?〙
携帯から窓の外に視線を移すと侑が俺を探しているのか上やら下やら見ている。
面白くて吹き出していると顔を上げてきたため慌てて伏せた。
あっぶねえ愉快愉快、と笑っていると侑から〘見えたで〙と入ってきた。
まさか。
〘2階の家庭科室の前やろ〙
全然違うし!どこ見てんだよ侑、と吹き出した。
見当違いのメッセージに全然気づいていない侑を高みの見物で見下ろしてやろうと思い、ニヤニヤしながら立ち上がった。
窓から侑を見下ろす俺と、ばっちり見上げてきた侑の目が合う。
「あ、」
侑が引っかかったな、とでも言いたげな顔でニヤリと笑った。
こいつ、わざと間違えて俺をハメたな…。
姑息な手段に仕返しと言わんばかりにタップした。
〘セコいぞ。リア充爆ぜろ〙
そう打ち込むと侑は目を細めた。
〘いつからそこにおったんや。覗き見か?〙
う…。覗き見といわれると良心の呵責に苛まれる。
〘遭遇しただけであって覗き見したわけではない。ただリア充は爆ぜればいいなって〙
〘は?断ったし〙
〘サイテー〙
〘は?どこがサイテーなんや、どこが〙
〘勇気を出して告白した子の想いとか切なさとか〙
〘ちょい降りてこいや〙
降りてこいと言われて降りる馬鹿がどこにいる。今降りたら絶対にジャイアン侑に絞められるのが目に見えている。
侑を見下ろして、舌を出した。
〘誰が降りるか〙
〘ここで待っといたるから、はよ〙
〘やだ〙
〘言いたいことあるんちゃうん〙
何が??侑に言いたいことなんて何もないんだが?
〘何もないんですけどー〙
〘あるやろが。想い伝えるスポットやで、ここ〙
携帯を片手に固まった。
想いを、伝える、スポット…。
侑は俺に何を言わせたいんだ。
続きの返信を答えあぐねて画面を見つめているとポコンとメッセージが浮いた。
〘待ってんねんけど。〙
「……待ってる…とは…」
口の中で呟いて侑を見た。
真っ直ぐ見てくるあの目。
途端にその場から逃げ出したくなった。
侑から目を逸らして体を反転させた。
ダッシュで教室に戻る。手の中で震えるスマホをちらりと見ると激おこスタンプが連打されてきていた。
教室に戻り、机に伏せて寝たフリをしていると、しばらく経って侑が教室の中に入ってきた。
あぁ、逃げた手前、気まずい。
このまま昼休みが終わるまで寝たフリで過ごそうかと思っていた。
突然脇腹を掴まれる感覚に机がガタついた。
「ヴっ!」
机に伏せている俺は脇腹という急所全開の状態である。そんな時に脇腹を掴まれでもしたらどうなるか…。
心臓が止まりそうになりながらもそのまま伏せていると、耳元で侑の声が響いた。
「なぁに逃げてくれとんねん」
「………」
「おい、起きとんやろ」
「………」
「この手動かしたろか?」
俺の脇腹を掴む長い指に力が加わる。
それは無理。やめて。
渋々、机から顔を上げた。いつもの強気な表情で俺の顔を覗き込んでいる。
「……なに」
「『……なに』じゃあらへん。逃げんなや」
「……逃げてないっす」
ねえ、教室の端でジャイアン侑に絡まれている俺を誰か助けてくれないだろうか。
脇腹から手を離して、後ろ向きに跨り席に座る侑。
「誰のために断っとる思てんねん」
まるで俺を責めるかのような言いぶりだ。
誰の、ために…?
俺を見んなよ、俺を見るなぁ!!
侑から必死で目を逸らした。
「…てか、何か渡されてなかったか?あれ手紙?連絡先?」
「連絡先ぃ」
「連絡先くらい受け取ってあげても…」
「はぁ?そないな中途半端なこと、しとったらキリないわ」
キリがないと言えるレベルになってみたいよ俺も。
「いやぁ、でも連絡先くらいならさぁ…」
受け取って上げてもバチは当たらないんじゃないかと提案する。
なぜそこまで言うのかと言うと、現に俺のポケットの中には女子の連絡先が書かれた紙があるからだ。
今日、女子から侑に渡してほしいと頼まれて受け取ってしまったのだ。
侑が知ったら怒りそうだが仕方がない。必死に頼み込まれたら断れない人間なのだ…。
「あ、勘違いすなよ。俺はちゃあんと気持ちだけもらってんねん」
優しい侑クンやし、無下にはせんのや となぜか得意げだ。
「………」
「なんや、その顔は」
「………」
仕方ない。連絡先を受け取る気などさらさらない侑を前にポケットから可愛らしいデザインの紙を取り出した。
「……これ。今朝、昇降口のところで女子から渡された」
「はぁぁ?何で受け取ってんねん」
目を細めて、責められるような視線に俺は反発心が芽生える。
「侑に、とは言ってないだろ。俺への連絡先かもじゃん」
「どう考えてもなまえ宛てなわけないやろ」
「え、ひどくね」
「貸せ」と俺の手から奪われた紙は侑の手により開かれる。
一緒に覗き込むと、そこにはちゃんと『侑くんへ』と書かれていた。
「ほぅら、なまえなわけないやん。なまえが女子から渡されるわけがないやろ。鏡見てこい」
「おい、俺の尊厳っ」
唇を尖らせる。
そんなこと言うけど、思わせぶりな態度をとるお前はどうなんだと言いたくなる。
そんな俺のことを、お前は…好き…なのか…。
「押しに弱すぎんねん。どこまで弱いんやアホ」
「だってすっごく頭下げられて渡してほしいって言われたから…」
「アホ。どアホ」
「…どうすんだ、これ。連絡するのか?」
俺が受け取ってしまった連絡先を眺める侑。紙から目を移して、俺をちらりと見た。
「してほしい?」
なぜ俺に聞く。
侑が女子とやり取りするところを想像して少しだけ、胸の当たりがチクリとした。
あ、これ、少し前に侑の元カノを見た時にも感じたこの痛み。
「…別にどっちでも」
「は?そこは、嫌や、て言えや」
いや、言えるわけないだろ。言ってしまったら変な意味になるし。
「ま、連絡せんけど」
「おい、俺渡してないって思われるかもじゃん」
「直接渡してこん奴は知らんわ」
ばっさりと切る侑に少しだけホッとした自分がいた。
いや、おかしいだろ。何で安堵してるんだよ俺。
すでに話題は移ろい、携帯を見ながら話す侑の横顔を盗み見た。
女子から見初められて想いを寄せられる、目の前のこの男が、同じ男である俺を好きだなんて有り得るだろうか。
好き、ってなんだ。
恋愛的に好きってこと?
あれ、好きってどんなだったっけ。
どんな感じだったっけ。キュンして、ギュッとして、それから…
「聞いとんのか」
「あ、うん」
好き、とは。
侑が笑って「なあっ、これ見て」と画面を見せてきた。
歯を見せて笑う侑、垂れる目尻、いつもの強気な顔とはまた違う人懐こい笑顔。
「あかん、おもろいわっ」
肩を震わせるその姿に、心の中で小さな音が鳴った気がした。
これはキュンなのか、何なのか。
気づいたら、もう戻れない気がする。