9月も月末を迎えようとしている。
そんな中、最近の俺は侑の行動に目が向いてしまっていた。
自然と侑を追いかける視線。
皆でいる時も、二人の時もふと侑はどんな顔をしているだろうと目を向ける時、バッチリと目が合ってしまうことが多い。
その度に心臓の鼓動が少し速くなる。
決して意識なんてしてない。してないけど、あまりにも侑が思わせぶりな態度をするものだから。
目を逸らそうとしても、それを許してくれないほどに突きつけられるものだから。
分からなくなっていた。
好きって何。友達って何。
そんなモヤモヤを抱えながら男子寮の自室で出かける準備をしていた。
休日の午後、15時。バレー部の練習を終えた侑と日用品の買い出しも兼ねてぶらっと遊びに出る約束をしていた。
部屋を出て男子寮の玄関に降りると、外でヤンキー座りをして待っている侑の背中を見つける。
靴を履き替えて外に出ると俺を見た侑が立ち上がった。俺を見つけたチロルが即座に尻尾を振る時みたいに、反応が早い。
立ち上がった侑に俺の目線は上に行く。
「待たせた」
「遅いわ」
「何でそんなにばっちりキメてんだよ。ただの買い出しだろ」
俺はTシャツに黒パンツ、スニーカーとラフな格好なのに侑は似たような服装でも何かが違う。オシャレなのだ。
持っているバッグもシンプルなサコッシュだ。
サコッシュって元々ロードレースで使ってるんだぞ。それをそんなオシャレに着こなしやがって…。とバチバチにキメている侑に内心で呟く。
「当たり前やん、ただの買い出しとちゃうねんで」
「はぁ?」
「これはでぇ「行くぞ!!はやく!!ほら!!」」
侑の言葉を無理やり遮って歩き出す。
多分、多分だけどこいつ『デート』って言いかけた気がする。
ズンズン歩いていく俺に後ろで侑が楽しそうに笑っている。
クロ、やっぱりクロだ。宮侑は俺のことが好きだ。多分、いや、きっと。
振り返って侑を見る。容姿だけなら男も羨むような完璧男が俺のことを好き…。
どうしたものか、と地面を見ながら考える。
だって俺は女子じゃないし、侑のことが好きかというと別にそういう意味で好きではないし。
ドキドキする時はあるけど、それは侑の顔面が良いからだけであって、別に…。
「何考えてんねん」
隣に来ていた侑が俺を覗き込む。
いきなりの侑、それもバチバチにキメている普段よりも数割増しの侑に内心跳ね上がった。
「別に、」
「今、お前とおるんは俺やぞ」
不服そうに目を細めてくる。
何だよ、その俺以外考えるなみたいな言い方は!
口に出して言ってはいないけど、暗にそう言っているようにしか思えない言いぶりにこいつはどれだけ俺のこと好きなんだ!と頭を抱えたくなる。
サラリと流して俺達は店が集まる街中エリアに遊びに行った。
***
店を回ったり、街中をぶらりと遊び回った俺と侑はカフェのテラス席でドリンク片手に休憩していた。
飛んでくる女子のチラ見は慣れているのか、平気な侑は透明感満載のブルーソーダをストロー越しに飲んでいる。
侑のバレーへの愛と想いを聞きながら相槌を打つ。
「んでそこでリベロ変えろって話になってな。俺はまだコートおって圧かけた方がええんちゃうって思ってん」
「へぇ、で変わったのか?」
バレーの戦術も知識も疎いが聞いていると、セッターとして考えていることや、侑の戦い方を自分も追体験している気になって面白い。
自転車レースとはまた違うスポーツに俺も興味を持ちながら話を聞く。
共感するところもあって、侑の話に乗っかる時もある。
「ほんでな、っしゃいける!て思たら、ブロック寄せてきよってむっちゃ腹立ってん。アレはほんまやられたわ。俺もその手使うたろ、て次でやり返したけどな」
「ウケる、応用力高杉くんだろ」
「俺らに出来んやろて思とること、目の前でされた時のあの顔!最高やねん」
「まあ、意表を突くのは気持ちいいのはわかる」
「せやろ?」
「うん、こいつもう脚残ってないだろうなあて思わせといての、アタックかける瞬間とか…ついてきてみろよって、ちぎってくの楽しいしな。後ろで皆が苦しんでるの、最高かな」
「おい、顔。顔顔!」
侑が俺の前で手をひらひらさせる。
「なんだよ」
「顔が殺気立っとんねん!表情管理せえ」
「はぁ?」
「お前たまにヤバい顔してんねん」
「人の顔をヤバいって言うな」
「いや、他ん奴には見せられへんわ」
なんて酷い言い様だ。
自分の買ったハニーソーダを飲みながら店外の行き交う人達を見る。やっぱりどこにいても当たり前だが男女の組み合わせが視界に入る。
休日のデートなのだろう、手を繋ぐカップルを横目に「デートか…」と思わず声が漏れた。
「あ?なんや女子とデートしたいとか言うなよ」
うぐ、と口を噤む。願望が漏れる前に侑から釘を刺された。
「侑とは違うんだよ。願望くらい持ったっていいだろ」
「持つなや。捨てろ」
ジャイアニズムを押し付けてくる侑。
どうせ女子とデートなんて何回もしている侑には俺の気持ちなんて分からないさ。
「デートっていうか、女子と遊びに行くとかそういう機会すらないし…。どうせ侑は女子と何回も遊んでるんだろ?人生楽しんでて羨ましい限りですわ」
ケッ、とハニーソーダのストローを口に咥える。
色恋の欠片もないまま高校3年になってしまった悲しさをどこにぶつければいい?
「遊びに行っても女子とこんな話せーへんし」
「こんな話って?」
「バレーの話とか。バレーの話だけやなくて、女子って色んな話好きやん。他のこと話さなあかんし」
俺、バレーの事やったらなんぼでも語れるもん、と言う侑に思わず笑ってしまう。
確かに練習試合が終わった日は俺の部屋に来てあーだった、こーだった、と語り尽くしている。
「確かに女子の話題って豊富だよな。テレビとか雑誌とか。スポーツ、ゲーム、漫画の話ばっかりじゃダメってことだな?!情報収集頑張るぞ!?」
「要らん努力すな」
「要るだろっ」
「俺は今のまんまでええけど。女子より話しやすいし楽やわ。バレーの話もできるし」
サラッと言う侑に俺は固まった。
いや、今は女子とのデートの話をしているのであってだな。俺とお前の話ではなく…。
「そう思わん?」
同意を求めるその目にズズズとハニーソーダを啜る。確かに侑と話すのは楽だし気を遣わなくていいし、面白いし、否定はできない。
「んー…う…ん…」
「そやろ〜♪」
パアッと笑う侑が少しだけ可愛く見えて目を擦った。
可愛いって何だ、おかしいだろ俺。目の前にいるのは俺よりもガタイのいい男子だぞ。
そして、侑。お前はそんな顔をするな。
「あ、来週。練習試合やねんウチで」
「ああ、カレンダー書いてあったな」
「来るやろ?」
「いや来週は茶川と図書館で勉強しよって話してて…」
「はぁ??」
有り得ん、という言葉が聞こえてきそうなほど、訴えてくるその顔に目を逸らす。
「予定入れるな、て言うたよな?」
「カレンダーに書いてただけじゃん」
「書いとったら分かるやん!!」
何勝手に予定入れとんねん、といきなり不機嫌になる。
さっきまで笑っていた顔はどこに行ったんだ。消え去るの早すぎだろ。新幹線並か?
三分もか、と言われて首を振る。
「茶川と。2人で」
「2人ぃぃ?はぁぁ?」
さらに理解できないという顔で首を傾げている。隠すことのしないその機嫌の悪さに、もしかしてこれは嫉妬、というかヤキモチだろうか、なんて考えてしまう。
だって俺の事、好きなんだよな。俺が茶川と2人で遊ぶからってヤキモチ…。
そう考えると俺のことで拗ねるなんて、少し優越感を覚える。
「有り得ん、まじで有り得ん」
怒っている侑を前に、ふと試してみたくなった。
本当に、侑が俺のことを好きなのか。
ストローを噛む侑を見て、口を開く。
「…やめてほしい?」
「は?」
俺の言葉に侑は、何て言った?と言わんばかりに俺を見た。
「侑が、嫌なら、茶川と遊ぶのやめるけど」
ハニーソーダのカップに目を落として、確実に聞こえるように言う。
ちろりと侑に目を移すと、目を見開いて、それから何て返そうか考えあぐねているような顔を見せた。唸り出しそうに唇を噛み締めている。
いつも強気でジャイアンな侑が目の前で言い淀んでいる顔を見せているなんて。
あ、どうしよう。この顔、すごくクる。
こんな顔、教室では見た事がない。自信家で上からな侑が、俺の一言でこんなにも揺らぐなんて。面白い。
俺のことが好きなら「やめて」って言うところだろうけど、侑のジャイアン的性格なら「やめて」とは言えないだろう。
俺は『侑が』嫌なら、と言った。自分から嫌だと認めにいくのは、きっと自分の中で許せない。
だから俺は茶川と遊んでも良いことになるはずだ。
ポーカーフェイスの天才セッター宮侑もこんな顔をするのか、と思わず口角が上がった。
何なんだ、この悦は。胸にじわりと染み渡る快感。
「嫌?」
侑を上目遣いに見て追い討ちをかける質問。
「……っ、!」
葛藤しているであろう侑の表情に口元が歪む。
「…カレンダーっ!俺が先に書いとるやんっ!」
「でも練習試合、別に来るように誘われてないし。だから、茶川と遊んで良いよな?」
な?と言うと、侑の目に悔しさの色が見えた。
その目には笑う俺が映っている。
くふくふと笑いが堪えられなくなりそうになりながら、ハニーソーダの残りを飲みきった。
甘酸っぱい液体が喉を通る。
どうやら、本当に宮侑は俺のことが好きみたいだ。