『好き』とは。
そんなことを考えている間にも文化祭は近づいてくる。
文化祭準備の時間、謎解きゲームの工作をしている三分と茶川の所へ遊びに来ていた。
床に胡座をかいて座っている2人に近づく。
「進んでるかー?」
「おー、今仕掛けの小道具作ってんねん。みょうじんとこは?」
三分が手元の工作を見せてきた。
「進捗率70%っ!」
「早いやん。こっちはまだ6割弱やなあ 」
茶川が肩を竦めて周りに散らばる資材を目にため息を吐いた。ハイクオリティを目指している6組は進捗状況はまずまずというところらしい。
「準備が大変だよな〜文化祭始まったら後は運営だけでいいんだろうけど」
「みょうじんとこは始まったらひたすらチュロスやんな。それも大変よな」
「チュロス買いに来てくれよ」
「行く行く。オマケしてや」
関西気質の三分のお願いに噴き出す。
茶川達と少し話した後、6組の教室を出て3組に行くと治と銀を見つけた。
「進んでるかー」
「みょうじ、なんや余裕やな」
「俺の仕事は角名に任せてきた」
「その角名ならここにおるで」
治が机の下を指差す。治の机脇を覗き込むと角名がしゃがみ込んでいた。
見上げてくる角名に「おいっサボりんたろうかっ」と声をかける。
「変な名前で呼ぶなよ。なまえも人の事言えないっしょ」
「俺は休憩という名の徘徊な」
「あ、もう14時やん。俺ステージの方行ってくるわぁ。ツム見た?」
「侑なら教室にいるぞ」
「連れてくわ」
治が席を立って教室を出ていった。侑と二人でステージ準備している第2体育館に行くんだろう。
「やっぱ治も当日の分担は少ないんだ?」
「あいつらステージも出るからな。でも治はステージ終わったら、こっちもやりたい、て言うとったわ」
「『お稲荷さん』だもんな」
「去年の先輩らの店、引き継いでやんのに2代目店主は譲らん、店主やりたいって治むっちゃアピっててん」
「ぶはっ、想像できるわ。あの顔で『絶対譲らん。俺が店主や』って言ってそう」
「北さんちのお米だし尚更ね。侑に負けず劣らずの頑固だし」
角名の言葉に頷いて同意する。
「まあ治が店主の方が客も多そうやし、反対はなかったけどな」
「銀も似合うぞ。体育祭のハチマキ似合ってたもん」
「ほんまか?!今年はハッピと帽子もつけて、本格的な料亭風やで!」
ほら、と銀が見せてきた設営予想図を見るとそれらしいクオリティが高いものだった。
「すげえ、角名…5組も負けてらんねえな」
「俺ら、ただの雑用係じゃん」
「雑用係とは人聞きの悪い!売り子兼清掃係だろ」
俺と角名は去年に引き続き安定の重要でも何でもない役割だ。いつでも代わりがきく。
「みょうじは売り子ええとして、角名は…ちゃんと愛想良く出来るんか?」
「当たり前じゃん。双子みたいに無愛想じゃないし」
「角名、ちょっと笑ってみて。営業スマイル」
角名が俺と銀に顔を向けてニッと笑ってきた。
「……っぶっはははっ!!怖い!怖いよぉぉ銀!!」
「くくくっ、営業スマイルちゃうわ!!子供逃げるで!!」
二人で腹を抱えて笑っていると角名がガチギレしている。
「2人とも潰すよ?」
「角名リン、コワイ〜」
キャッキャと銀とはしゃぐ。
「そこまで言うなら見せてよ」
「ええで、俺の手本見とけっ。『っらしゃいませぇっ!』」
ニカッと笑う銀に噴き出す。
「めっちゃいい笑顔すぎるだろっ、ウケる!」
「みょうじも、手本見せたれ!」
「任せろ。『 いらっしゃいませ〜』」
培ってきた上辺スマイルをナメるなよ、とへらりと笑う。
「おおっ、慣れとんな!」
こう、ゆるく笑うのがコツなんだよと笑顔の講座をしていると周りの女子からヒソヒソと囁かれている声が耳に入った。
(ねえ、あそこ何してん)
(なんかお互いに挨拶練習しとるわ)
(ほんま男子って子供やなぁ)
そんな言葉に3人で目を見合わせる。
俺ら、女子からあんなこと言われてる…。
誰からともなくプッ、と噴き出した。
「はははっ」
「言い出しっぺは誰やねんっ」
「銀でしょ」
ほんまに俺らアホやな、と笑う。角名が笑いを堪えられないのか俯いて笑っている。
あ、角名、その顔いいじゃん。
角名の自然な笑顔を見て、俺も愛想笑いじゃなくて、心の底から出てくる笑いで顔を綻ばせた。
***
5組の教室に戻って自分の席で作業を進めていると侑が教室に戻ってきた。
「おかえり」
「おー、角名は?」
「どっか行ってる」
こっちはええ感じに仕上がってきたで、と楽しそうに笑う侑にステージ側の進捗も気になった。
「今年はどんなネタ?」
「それは見てからのお楽しみや!」
「うわ、めっちゃハードル上げるなぁ。楽しみにしとこ」
「コントバトルみたいな感じでやんねん」
「ほお、面白そう」
「サムと俺のコンビで笑かして、てっぺん取ったるわ」
「ほーん、ライバルは?」
「野球部のバッテリーコンビや。あいつら息の調子合うとるし、負けられん」
「ふうん」
ステージの方も楽しそうだな、と想像していると「何するか知りたい?」と聞いてきた。もっと聞けと言わんばかりのその言葉に笑いそうになりながら、頷く。
「知りたい」
「ちぃーっとだけ教えたるわ。俺、おかん役」
「はぁっ?!侑がおかん役ぅ?!ぶはっ、どういうこと」
「サムが息子役やねん。どや、もうこの設定だけでおもろいやろ?」
「おもろいっ、笑える…っ」
『治!はよ起きや!朝ごはんどころか晩御飯まで抜きやで!』
とぶっ飛んだ母役を演じるのか、はたまた
『おかん、何で起こしてくれんのや!』
『んぁ?起こしたわ。アンタの耳元でちゃんと起きなさい、言うたやろ?』
『あんなウィスパーボイスで起きれるか!!』
『わかった、ほな明日から太鼓叩いて部屋はいったろか?お母ちゃん、毎日あんたの部屋の中で祭りすんで?』
なんてボケ満載の母親を演じるのか…。どちらにせよ侑のエプロン姿の母親役を想像して笑いが堪えられない。
「やべー、早く見たい」
くすくすと肩を揺らす俺に、侑も自信満々で笑っていると、廊下側の窓が少し開いた。
笑ったまま目を窓の外に向けると佐倉さんが立っていた。
「佐倉さん!」
「あっ、ごめん。お邪魔した?」
佐倉さんが侑と俺を見て申し訳なさそうに謝る。
「ううん、どうかした?」
「他の人の意見が聞きたくて…このポスターどっちがいいかなぁって」
佐倉さんがA4サイズのお化け屋敷用のポスターを見せてきた。校舎の所々に貼るらしい。
おどろおどろしい恐怖を煽るデザインにホラゲームやホラー映画が好きな俺は興奮した。
「うわ!すっご…ハイクオリティ!なぁ、侑見て、すごくね」
「ほおー」
侑が俺に顔を寄せて覗き込む。
二人で佐倉さんのポスターを見てさすが佐倉さん上手だなぁ、と褒めると照れくさそうに首を振った。
「俺は左かな」
「俺もや」
「聞いた人、皆、左側選んでるわぁ」
「なまえの好きそうな感じや」
「どういうことだよ」
「この間見に行った映画もあんな雰囲気やったやん」
「スリル満載だったやつな」
「好きな癖にビビんの何なん、ウケるわ」
「あの緊張感が堪んねえんだろっ」
ケラケラと笑う侑に小突いていると佐倉さんがくすくすと笑った。
「みょうじくんホラー好きなんや」
「うん、怖いもの見たさで好きっていうか」
「意外やわぁ」
佐倉さんと話す俺に侑は黙って佐倉さんを見ていた。
その表情は笑っているようにも、笑っていないようにも見えて、美術の教科書に載っていたモナリザみたいなよく分からない表情だ。
そんな侑がいきなり俺の肩に腕を回してきた。その重みに体が沈む。
「なあ、寮に帰ったらなまえの部屋行ってええ?」
突然聞いてきた侑に俺は「はぁ?」と声を漏らす。
「なんだよ、急に。聞かなくてもいつも、来てんじゃん」
「ホラーゲームしたなってん」
「まぁ、いいけど。侑ぅ、お前今絶対佐倉さんの絵見て感化されたろ。すごいよなぁ佐倉さんの絵〜」
佐倉さんの視線が俺と侑に留まっている。
「…ええなぁ仲良くて」
ぼそりと聞こえてきた言葉に侑が腕の力を強めた。
「…せやねん、仲ええんよ」
侑が佐倉さんの目を見て笑った。佐倉さんは曖昧に唇を緩めるも、その表情は少し硬いように見えた。
「……」
「なぁ佐倉サン」
「な、何?宮くん」
「……春休み入る前の話、忘れてないよな?」
侑が言うと佐倉さんがパッと侑の目を見た。
「…っ、」
「あんまり遊ばんといてな」
「そんな…つもりは、」
ねえ、二人とも何の話?
俺ついていけてないんだけど、と侑と佐倉さんを交互に見る。
「…?何かごめん、俺お邪魔だったか「…っ、二人とも、見てくれてありがとうっ」
佐倉さんが俺の言葉を遮って廊下をパタパタを駆けていった。笑っていたのに、なんだか辛そうな顔にも見えて少し気になった。
「何?春休み入る前って」
「…内緒ぉ♪」
「……気になる」
「ほな、そのまま気にしといて〜」
ニヤニヤと笑う侑に少し腹が立つ。教えてくれたっていいじゃないかと思い、む、と唇を尖らせるとさらに笑みが深くなる。
「意地悪ぅ…」
「ふっふっふ」
人が困る顔をすると、すぐ喜ぶのまじでなんなんだよ。それが侑の平常運転なので半ば諦めの気持ちになりながら手作業を再開した。
***
SHR後、放課後も残って文化祭準備をしている人は少なくはなく、俺もその一人だった。
校舎至る所で準備活動をしているため教室には数人しかいない。
他の人からは離れた自席で一人、淡々と作業を進めていた。
「みょうじくん、」
「あ、佐倉さんも居残り準備?」
開けている廊下側の窓から佐倉さんが声をかけてきた。
少し前に侑が春休み前に話をした、なんて言っていたから佐倉さんのことは少し気になっていた。
「うん、こっちも準備。皆楽しそうよなぁ」
教室内に残っている生徒を眩しそうに見つめる。佐倉さんの手にあるを見て指差した。
「それ、何か作るの?」
「うん、延々と手作業やけどね」
「俺も俺も」
「一緒にやる?」
「おお、ここ座ったら?」
前の席を示す。侑の席だ。佐倉さんが少し顔を赤らめて、教室の中に入ってきた。
「宮くんの席…怒られないかな…」
「ぶはっ、そんなことで怒らないよ。皆同じ机と椅子だし。侑もよく人の席、陣取ってるし」
俺も自分の席を何回奪われたことか…。退けと言っても退かないし、ムカつくからそのまま侑の太ももの上に座ってやったこともある。
恐る恐る座った佐倉さんはこんな感じなんやぁ、と周りをキョロキョロしていて面白かった。
くすりと笑う俺を見て佐倉さんは もう、と頬を膨らませた。
「佐倉さん、春休み前に侑と何かあった?」
さっき、侑が変なこと言ってたから、と気になっていたことを切り出した。
「あぁ…うん…」
侑が言った 遊ばんといて、とは何の事だろう。
佐倉さんが俺をじっと見てきた。そんなに見られると恥ずかしい。侑みたいに整った顔でも何でもないので少し緊張する。もしかしたら俺の顔は今ほんのり赤いかもしれない。
だって女子にそんなに見つめられたことなんて人生で1回もない。
「あ、あの佐倉さん…」
「ぁ、ああごめん。…みょうじくんって好きな人おらん言うたけど、好きなタイプとかある?」
え、いきなり俺の好きなタイプ?何で聞くんだろう。
もしかして、佐倉さん俺の事…。いやいや、佐倉さんは侑が好きだからそれはない。でも聞いてくる意味が…。意味なんてないのかも。ただの興味本位か雑談の延長か。
「俺より背が小さくて…柔らかい雰囲気とか…」
なんだか自分のタイプを女子に言うなんて急に恥ずかしくなる。
俺の話ばかりしても、と思い咄嗟に侑の話を振る。
「まぁタイプとか言ったら侑に鼻で笑われたけどね。なまえには彼女とか一生できんから、お前の屍は俺が拾うたるって」
肩を竦めながら見下すように笑ってきた侑を思い出した。
「あんのジャイアン、ほんっとーに自由だからなぁ。俺の物、全部勝手に使っていくし、部屋には入り浸るし、挙句の果てには練習オフの日、空けてなかったらブチ切れるし…」
言っててあれ、佐倉さん本当にこんな奴で良いの?と思ってしまった。
「…そうなんや…」
「俺のものは俺のもの、お前のものは俺のものっていう見事なジャイアンスタイルなんだけど、佐倉さん、それでも大丈夫そ…?」
「みょうじくんは、宮くんのもの……」
少し俯きがちにボソリと呟いた言葉に否定する。
「あ、いや、俺は俺のものですよ…?俺自体が侑のものとか絶対やだよ。扱い雑だし玩具みたいに振り回されそう」
「…みょうじくんは好きな人おらんのよね」
「え?まぁうん」
「人から好きって好意を当てられたらどうする?」
「えっ…。うーんそもそも好きになってもらえた事なんて今まで1回もないし…あはは」
嘘。現在進行形で一人だけ猛烈にアピールしてくる奴はいる。
「ほな、好きな人出来たら?告白とか、したことある?」
「えぇっ、いや、ない…。恥ずかしながらチキンだから、もう視界に入るだけで充分っていうか…。深くは望まないというか…あ、まぁこれはただ行動する勇気がないだけなんだけど…」
しどろもどろに答える俺に佐倉さんは黙ったままだ。
「待ち、なんやね」
「そう、だね…」
「ええなぁ…待ってるだけで全部もらえるの」
「え?」
ぼそりと言った佐倉さんの言葉の意味が理解できずにハテナが浮かぶ。
全部もらえるって何を?
俺は誰かに好意を持っても、待っているだけで不完全燃焼、そのまま終わることしか経験したことがない。何かをもらえた試しはないけど?
「結局、何してもあかんってことなんかなぁ…」
悲しそうに机の上を見つめる佐倉さんに、ついていけず、え?え?と内心狼狽える。
全く話が見えない、と一生懸命、頭の中で会話の筋を辿っていると廊下側の窓からにゅっと、顔が入り込んできた。
「なんしてん」
「っ!びっくりした、侑どした」
「宮くん…、」
窓から顔を覗かせたのは練習着姿の侑。Tシャツに丈の短いバレーボールウェア、長い脚に筋肉質な太ももがさらけ出されている。
「職員室に呼び出されたんや。今から戻る」
「ふうん」
「2人で何話しとったん」
侑は佐倉さんと俺の顔を見た。
「何って…」
恋バナですけど。どう言おうか口を開いたところで佐倉さんの声が被ってきた。
「みょうじくんの好きなタイプの話しててん。みょうじくん、小柄な子ぉが好きって」
さ、佐倉さん?!
佐倉さんがにこりと微笑んで侑を見る。
「ふうん…」
侑が俺を見下ろしてきた。すぐさま目を逸らす。
以前、俺の好きなタイプの話をして侑が怒ってきたことがあるからヒヤッとした。
侑がどんな顔しているか分からないけど、なぜか心の中に侑に佐倉さんとの会話のことを知られたくなかったという思いが生まれた。
侑に向かって、違う、と否定したいようなそんな気持ちに駆られるのはなぜだ。
「佐倉サン、」
「なに…?」
「…楽しい?」
「……っ」
「…俺、練習あるし戻るわ」
侑はふい、と背を向けて廊下を走っていった。結局最後まで侑の表情は見れなかったが、佐倉さんとの会話がまた意味深だ。
さっきから俺の頭がついていけてないことばかりだ。
寮に帰ったら気まずいかなぁ、と思いながら佐倉さんの顔を見ると、ひどく傷ついたような顔をしていた。
「佐倉さん…?」
俺の声にハッとして、佐倉さんは椅子から立ち上がった。
「ご、ごめん。今日はもう帰る!」
机の上の荷物を全部かき集めて急いで教室を出ていく佐倉さんに俺は置いてけぼりにされた気分だった。
***
居残り準備が終わって、寮に帰った頃には暗くなっていた。
帰寮した少し後に侑達も帰ってきて、一緒にご飯を食べた。
放課後に少し懸念していた気まずさはなく、心配は杞憂に終わった。
ご飯を食べる時も、今日誰がどうだった、とか笑いのネタを提供する双子に爆笑して、いつも通りの光景だった。
侑はホラーゲームがしたいと俺の部屋に遊びに来たし、現にコントローラーを持ってプレイしている。
「なあ、侑ぅ。明日オフだよな」
「うん」
「この間、ネットで見たやつ、店に直接見に行こうぜ。気になってさぁ」
侑がオフの日は空けとけと言うから律儀に予定入れないようにしたんだからな、と心の中で独り言ちる。
ベッドの上で寝転がりながら侑を見た。
ゲーム画面を直視して集中している。
「あ、そう言えば今日佐倉さんに、」
楽しい?って聞いてたの何。と聞こうと思っていたのに途中で遮られた。
「明日は女バレメンバーと遊ぶ約束してんねん。無理」
「え、」
侑の視線は画面へ向けられたまま、こちらを見ずに淡々と答えた。
頭が理解して、返事をする前にズキッと胸に痛みが走る。
え、予定空けとけっていつも言うのは侑じゃん。俺と遊べるからって尻尾振るように楽しんでるのはお前じゃん。予定いれたら怒るじゃん。あれだけ俺のこと…。
予想していた侑の反応は全く違ったもので、脳が処理をする時間が遅れる。
「…ふうん、そっか…」
そんな言葉しか返せない。
そこではじめて侑が視線をこちらに向けてきた。何を考えてるかわからない表情。
「…じゃあ、いいや」
小さく答えて手元の携帯の画面を見る。明日行きたいと思っていた場所。
女バレ、遊ぶ、俺とは遊べない、無理。
ああ、何これ。胸がすっげえ痛い。