(佐倉)
一度、口から出てしまった言葉はどんなに願っても取り消せないのだと口走った後になって思い知った。
私には一年の時から想いを寄せている人がいる。
同じ学年の宮侑くん。
背が高くてカッコよくて、バレーをしていて、運動神経も良くてレベルの優秀な人。
多くの女子が宮くんに恋をしている。私もその一人。
宮くんみたいな人が自分だけを見てくれるなんてそんな見込みなんてない、と分かっているのに想いを寄せてずるずると今日まで来てしまった。
2年生の時は同じ組になれて、飛び上がるほど嬉しかった。
もしかしたら、この恋が進展するかも、なんて淡い期待を胸に過ごした一年間はあっという間だった。
宮くんを見ていると、1年の時には近くにいなかったみょうじくんが2年になってから宮くんの近くに居るようになった。
みょうじくんは普通の男子という感じで、宮くんに比べると特段目立つ所もなく大人しい印象だった。
それなのに宮くんの隣にいるようになってからはよく笑う姿を目にした。
笑って、宮くんにイジられて、体当たりされて困ったような顔をしたり、たまに宮くんにやり返してはさらにやられて苦い顔をしていたり、二人ともそんなに仲良かったっけ?と思うほどにあっという間に距離が近くなっていた。
みょうじくんの顔は生き生きとしていて、宮くんも色んな表情を見せていた。
時には喧嘩もするほどぶつかり合う姿も視界に入ってきて、宮くんとみょうじくんの仲の良さには羨ましいとさえ思った。
みょうじくんがいるその隣のポジションが欲しい。
そう思ってしまうほどに、2人はよく一緒にいる。
みょうじくんは大人しい方で話しやすい印象を受ける。クラスの皆に聞いても悪い印象はないと思う。
「みょうじ?ああ、普通だよな」と返ってくるはず。宮くんと仲が良い以外は、取り立てて目立つところはない。
そんなみょうじくんだから宮くんのことを聞いても囃し立てないでくれるだろう、と思い、彼女がいるかどうか聞いてみた。
それからみょうじくんは色々と気を遣ってくれた。文化祭の時も、日常でも、宮くんと話せるように。
期待していた高校2年の一年間は何の進展もなく、ただただ宮くんを眺めているだけで終えようとしていた時。
最終日に私の描いた桜の絵を見てみょうじくんが目を輝かせて褒めてくれた。
あの時は、少しドキッとして宮くんという好きな人がいながらみょうじくんのあの目に揺らいだ。
その後、偶然教室に入ってきた宮くんから「なまえは優しくされたらすぐに勘違いするから」と言われた。
暗にみょうじくんに勘違いさせるようなことをするなと言われているようで咄嗟に否定した。
そんなつもりは毛頭なくて、私が好きなのは宮くんなのに。
私が好きなのはみょうじくんじゃない、と言うと宮くんはよかったと笑顔を見せてくれた。
恋する女子の脳みそは都合の良いように出来ていて。私がみょうじくんを好きでいなくてよかった、ということはつまり、私の好きな人が他の誰かだったら良いのか、とか。
もし私の好きな人は宮くんって伝えたら、よかったって笑ってくれるのか、とか。
そんなご都合主義で三日三晩落ち着かなかった。
好きにさせたい人がいる、と言っていた宮くんにそれが自分だったらいいな、なんて淡い期待を持った。
一年間同じ組で、割と話したと思うしイベント事では贈り物もしたし、少しでも宮くんの中に私がいたら。
そう思って3年生になった。組分けは見事に宮くんとは離れてしまった。みょうじくんは、また宮くんと同じ組になって、さらにはまた同じように前後の席になっていた。
そんな事ってある?と思うほどに、羨ましくて仕方がない。
離れてもめげずに声をかけにいった。想いを伝える勇気はないけど、それでもこの恋心が消えてしまわないように。
そんな私の募りに募らせた恋心は最近折れかけていた。
みょうじくんと宮くんの距離が近いのは、いつものことなのにふとした時に、宮くんの視線がみょうじくんを追っていることに気づいた。
まるで私が宮くんを見ている時のように。好きな人の一挙一動を見逃さないようにさりげなく視線を送るその姿。
頭の中でだんだんと疑問が生まれてきた。
春休み前のあの言葉。あれはもしかして。
そして宮くんの視線。
いや、勘違いかもしれない。そんなことは。
みょうじくんと一緒に帰った時、宮くんとそんな関係になるなんて有り得ないよね、と言うとみょうじくんはそんな関係じゃないと慌てて否定した。
そう、それなのにこの拭いきれない疑問はなんだろう。宮くんの視線を受けてもなお楽しそうに過ごすみょうじくん。
普通のただの仲の良い男友達に過ぎないのだろうに。
文化祭準備の時に宮くんとみょうじくんに話しかけると宮くんがまるで見せつけてくるように「寮に帰ったら部屋に行ってもええ?」と言った。
「いつも来てんじゃん」というみょうじくんの言葉。そして宮くんに「あんまり遊ばんといてな」と言われた私は心の中で何かがガラガラと音を立てて崩れ落ちる気がした。
その場から走り去る間も気持ちの整理が追いつかない。
宮くんはもしかして、みょうじくんのことが好きなのかもしれない。
春休み前のあの言葉も、今言われた言葉も全部、全部、そう考えると繋がる。
あぁ、なんて残酷なんだろう。
よりによってみょうじくん、なんて。
まだ学校で一番可愛い女子とかなら、納得出来たかもしれない。
勝ち目ないって辛くても諦めれたかも知れないのに。
みょうじくんって、男子でしょ。女子じゃない。
私は女子で、男子と付き合っても何らおかしくないのに。
みょうじくんは悪い人じゃないけど…。
私のこの募らせた恋がただ男子で友達だからって隣にいるだけのみょうじくんに奪われてしまうのは納得いかない…。
バクバクとする胸元に手を置いて自分の席に座った。
椅子に座って「仲ええんよ」「遊ばんといてな」と見上げてきた宮くんの目が忘れられない。
私は宮くんが好きなのに、何で、何でそんな目で見るの。
胸が痛みがじくじくと走る。消化できないモヤモヤとした感情が喉から出てきそうだった。
放課後、5組の教室の前を通った時、居残りで作業しているみょうじくんを見かけた。
まだ納得できない私はみょうじくんに色々と聞いてみた。好きなタイプとか、小柄な子と聞いてみょうじくんは女子が好きなんだと、どこかでほっとする。
事実、私が少し見つめるだけで照れくさそうに目を逸らすみょうじくんは案外感化されやすいのでは、と思う。
そんなみょうじくんを宮くんは好き?
さらにはみょうじくんは好きな人がいても視界に入るだけで充分、なんて言う。
どこまでも待ちのスタンスに今まで宮くんに話しかけて頑張ってきた自分を思い出して少し悔しくなった。
私は頑張ってるのに。みょうじくんはただ親友として隣で笑ってるだけで宮くんの『好き』をもらえてるわけ?
「ええなぁ…待ってるだけで全部もらえるの」
思わず本音を吐露してしまった。みょうじくんは不思議そうにしている。
そういうところも私の胸に黒い渦を作らせた。
何だかどんどん自分が嫌な人になっていってしまいそう。
でも納得もいかない。この気持ちをどうしたら…。
「なんしてん」
声を聞くだけで誰かなんて分かる。好きな人の声を間違えることは無い。見上げると練習着の宮くんが私とみょうじくんを見下ろしていた。
何を話してたか、なんて聞いてきた宮くん。
気になる?私とみょうじくんが話してた内容。
私にみょうじくんを取られると思ってるんよね?
そんなわけないのに。
宮くんだって不毛じゃない?みょうじくんは宮くんのこと好きじゃないし。
みょうじくんも、多くの女子が望む宮くんの『好き』を受けているのに何も気づいてない。
宮くんも、みょうじくんも、ひどいよ。
真っ黒でどろどろなものが私を埋めていく。二人の間を掻き回したくて口から出た言葉。
「みょうじくんの好きなタイプの話しててん。みょうじくん、小柄な子ぉが好きって」
顔に笑みを貼り付けて宮くんを見た。
宮くんの眉が少し寄った。
初めてだ。私の言葉でこんな表情をする宮くん。
何を考えているか分からないけど、その大きな目が私を見ていた。
どう?宮くん、みょうじくんは宮くんと同じ男の子なんよ?みょうじくんは宮くんのこと、恋愛対象なんて思ってな「佐倉サン、」
感情のない声に喉が痙攣する。必死で平静を装う。聞き返すと宮くんは瞬きもせず口を小さく開いた。
「…楽しい?」
「……っ」
その言葉が深く深く胸を刺した。貫通しても流れる血はない。
突き刺さる痛みに思わず顔を歪めた。
宮くんが去っていった後、みょうじくんに声を掛けられて逃げるように5組の教室を出た。
宮くんは分かっていた。私がわざとみょうじくんの好きなタイプを話したことを。
そしてそれは宮くん自身を否定している言葉に捉えられてもおかしくない。
宮くんの反応を見るために。
宮くんの想いをどうにかしたくて。
何も知らないみょうじくんに嫉妬して。
言ってしまった言葉はもう戻らない。
宮くんに嫌われたかもしれない。何より今、自分が一番自分のことを嫌いになりそうだ。
私って、こんなに真っ黒で汚い人間だったのかな。
私は、ただ、宮くんが好きなだけなのに。