朝はあまり良い目覚めではなかった。
心に棘が刺さったみたいにチクチクする。
心情は暗くとも、外の天気は悪くない。
窓の外を見て、今日の放課後どうしようかなと考えた。
侑は…女バレメンバーと遊ぶと言うし。
昨日はいつも通り、侑は寝る時間になって部屋を出ていった。
寝る前に天井を見つめながら考えたんだ。
オフの日だから、放課後遊べると思って楽しみにしていたのに。
てっきり一緒に遊びに行くもんだと思っていたのに。
モヤモヤしたまま寝れば目覚めは悪いに決まっている。そのまま部屋で身支度を終わらせて食堂に向かった。
「治、はよ」
朝からご飯何杯食べるんだという勢いでもぐもぐと頬を膨らませている治を食堂で見かけた。頭には寝癖がついている。
「なまえか、はよ」
「侑は?まだ寝てんの」
「朝練休みやし、起きんし放ってきた」
「ふーん」
俺も席について朝ごはんを食べる。厚焼き玉子、鯖の塩焼き、味噌汁、サラダ、白ご飯と一般的なメニューだ。
「…なんかあったん。昨日」
「何が?」
「ツム。昨日から静かやねん」
「いや、特に何も…」
「なんや今日の放課後、女バレと遊ぶ、て。俺、強制参加になっとんやけど。ツムと俺と、女バレのキャプテンともう一人で一緒に」
4人…ダブルデート的な組み合わせかよ…。
想像してまた胸が痛む。女バレキャプテンってあの背が高くてショートカットの目鼻立ちはっきりしてる美人系の…。俺よりも背が高くて、高身長の侑と並んでも遜色ない女子だ。
「おー…らしいな」
短く治に返すと俺をじっと見てきた。
「なまえが今日遊ぶの断ったんやろ?せやから女バレと…」
「断ってない…。むしろ俺、今日侑と遊ぶかと思ってたし…」
そう言って言葉に出すと、まるで侑を待っていたかのような意味合いに取れて、なんだか惨めに感じる。
「ほんと、自分勝手な奴だよなーー」
じくじくと胸の痛みが広がった。平静を装って侑の奔放さを愚痴ってみる。
「女子と遊ぶならもっと早くから言っとけっつーの」
「どないするん。今日」
「まだ未定だけど…」
そこに角名が寝起きの姿でやって来た。角名も寝癖をつけている。
「角名、はよ。寝癖すごいな」
「……」
低血圧のようで返事が返ってこないし、立ったまま動かない。
「なあ、起きてる?目瞑ったままここまで来たんじゃないよな?」
冗談のつもりだったのに角名が俺の頭を片手で掴んできた。俺よりも大きな手のひらは開けば頭を鷲掴みにするのは容易いそうだ。
「ぎゃっ、痛い!」
「起きてるし」
角名の拗ねた口調に笑う。
「なに、なまえ今日放課後暇なんだ?」
「ん?うん、特に予定はない。角名もオフだろ?」
「ゲーム見に行く?」
「お、いいね行こ行こ。侑と治は女バレと遊ぶんだってよ〜」
「らしいね」
「爆ぜろリア充っ。よし角名、孤独な者同士遊びまくるぞ」
「なまえと一緒にしないでくれる?」
鼻で笑う角名に なんだと寝癖太郎がっ、と言うとじろりと見られた。
茶化す俺と角名のやり取りを治が黙って聞いている。納得いかないような顔をして見てきたが、俺は顔に笑いを貼り付け、その視線を無視して朝ごはんを食べた。
***
登校して教室の自席で携帯片手にネットサーフィンをしていると教室に侑と角名が入ってきた。
朝練はないと言うのに、少しでもバレーボールに触りたいと朝から体育館に行く侑はバレー大好き少年の一言に尽きる。
それに付き合わされる角名も、面倒臭そうな顔しながら応えるあたり、やっぱりこいつら皆バレーが好きなんだなと思わされる。
前の席にスポーツバッグをドカッと置いた侑を見上げる。
昨日ぶりの侑が俺の目を見た。
「おはよー」
「はよう」
普通の挨拶だ。でも、いつもみたいにいきなり背中にのしかかってきたり、首を触ってきたり、ちょっかいを出してこない。今日は大人しい。
侑の顔を見ると、ちくりと胸が痛む。またこの痛み。痛みを感じる理由が分からないなぜだ、と思っていると廊下側の窓が開けられた。
「ミャーツム、おはよっ。今日、下に集合ね」
明るい声と一緒に顔を覗かせたのは、女バレのキャプテンだった。
侑に話しかけるその姿を目にして、俺を襲う胸の痛みが増幅する。心臓が締め上げられるようだ。
本当に、今日女子と遊ぶんだな…。
「ん、わかった」
それに普通に答える侑の返答にもズキズキと痛む。目の前で見るお似合いの2人の光景。
お似合いの男子と女子。
女バレキャプテンは「よろしく」と手を振って、帰っていった。
侑が俺の方を見てきたが、わざと視線を逸らして携帯を見た。聞いてませんでしたよ、とでも言うように。
今、侑の顔を見てしまったらもっと痛くなりそうで。
痛みに撃沈した俺は必死で別のことを考えた。
「角名ぁ、今日帰りどっか食べにいく?あ、銀はさっき声掛けたら今日はもう予定あるってさ」
「は?」
角名に話しかけた俺に侑が声を出して俺を見てきた。
「なに?」
何か言いたそうな侑が口を開く前に軽い口調でおどけてみせる。
「侑だって女バレと遊びに行くんだろ。俺は倫くんと健全なお出かけをするんだよ」
「健全以外に何があるんだよ」
隣から角名が鼻で笑ってきた。
「なんそれ」
ぼそりと呟いた侑が ふい、と顔を逸らして前を向いた。少し苛立ったような口調。何でお前が苛立つんだよ。
まだ胸の痛みを感じながら、侑の背中を眺めた。
***
一日はあっという間に過ぎていく。侑との会話は少なく、絡んでくることもない静かな一日だった。
昼休みは茶川に「腹でも痛いんか。静かやな」と言われたから「腹じゃなくて心臓が痛い」と返しておいた。
侑と話はするけど、何処と無く距離感があるような。俺が距離を取っているのか、侑が取っているのか。
俺は、別に距離取ってるつもりはないし…。
ただ、侑が話しかけてこないから話しかけていないだけだし…。
そんな理由を心の中で吐き出していると放課後になり、侑が教室を出ていった。
席を立った時に侑の視線を感じたが目は合わせていない。
ああ、本当に行っちゃったなと寂しいような気持ちになる自分が理解できない。
「角名、行こ」
双子よりも少しだけ背の高い角名と並んで学校を出た。
学校近くの商業施設に寄ってゲームや気になる漫画を見たり、ゲーセンに行って遊んだり。
角名と2人でも楽しいし、腹を抱えるほど笑ったのに、頭の隅で今頃侑達はどうしてるだろうと気になっていた。
「ぁ〜、笑った。あそこでスンするのやめろよ噴いたわ」
「なまえが勝手に笑ったんじゃん」
「いや、角名絶対分かっててやったろ、確信犯!あんなの力抜けるわ」
「負けは負けだから」
「そもそも、ゲーセン勝負で負けた方がソフト買うっていうのがずるい!」
「なまえが最初に言い出したんでしょ」
俺じゃないし、と頭の後ろで両手を組んで歩く角名。
「なあ、帰ったら今日買ったこれ、やりたくね?」
「部屋行く」
そんな会話をしながらミルクシェイクのストローを咥えてズズズと吸い上げていた時だった。
店が並ぶ歩道を歩く俺たちとは反対側の歩道に見覚えのある姿が見えた。
「あ…」
思わず足が止まる。
紛れもなく視界に映るのは金髪ツーカラーで背の高いアイツ。
侑だ。隣には女バレのキャプテン。楽しそうに笑っている。制服姿で白シャツにスカートから長い足が見えた。
その後ろには治と3年の女バレ部員。皆、楽しそうだ。
侑と女バレキャプテンの並ぶ姿を見た瞬間、昨日よりももっと大きな痛みが胸を突き刺した。
じわりじわりと血が滲むように痛みが鈍痛に変わる。
「…いってぇ…」
口の中で痛みを訴えても全然やわらぐこともなく、痛みはます一方。
俺のこの痛みは何なんだ。何で痛むんだ。
「…?侑達じゃん」
角名が反対側の歩道にいる侑達に気づいた。
このずきずきと響く胸の痛みは侑の付き合いが悪いから、と理由を付ける。
友達を取られたような感じになってるだけであって、別に侑にお似合いの人がいようと、進展して彼女ができようと親友なんだから、俺は非モテとして悔しくても笑って喜んであげたらいいだけの話じゃないか。今後、侑に彼女ができればこういう事は増えていくんだし…。
そう心の中で呟いて痛みの理由をこじつけた。
親友として良き友達であるように。
親友として理解ある友達であるように。
……違う。綺麗事だ、そんなの。
心のどっかで思ってる。
お前、俺のこと好きじゃなかったのかよ、って。
好きなくせに、何女子と遊んでんだよ、って。
行き交う車の先、反対側の歩道で侑の笑顔が見えた。
女バレキャプテンが面白いことを話したのか、鼻の頭に皺を寄せて、歯を見せて笑っている。
その顔を見た瞬間、思ってしまった。
(…嫌だ。)
いつの日か佐倉さんと話した時の言葉が頭に浮かぶ。
『宮くんに恋してる人は多いけど、宮くんは一人しかいなくて…。宮くんはたくさんいる人の中から誰を選ぶんだろうって。たった一人だけ、宮くんの『好き』をもらえる人は誰なんだろって…』
ズキズキする。胸が痛い。
侑の『好き』は俺じゃなきゃ、嫌だ。
侑の笑う顔を見て、そう思ってしまった。
拗ねるのも、怒るのも、照れるのも、俺じゃなきゃ…。
ああ、好きなんだ。
認めてしまえば、この痛みは何故なんだというモヤモヤは消えて行く。好きだから、こんなに痛いんだ。
佐倉さんは目が合うと嬉しい、話せたらもっと嬉しいと言っていた。佐倉さんの甘酸っぱい『好き』とは違うけど、俺のこの痛みも紛れもなく『好き』なんだ。
気づいてしまった。認めてしまった。とんでもない気持ちが自分の中に生まれてしまっていた。
「なまえ?」
角名に声を掛けられて我に返った瞬間、道路向かいの侑の視線と交差した。
俺と角名に気づいたのか侑の顔から笑みが消える。
ズキズキ襲う痛みは変わらない。
お似合いな二人に適うほど俺は秀でてもいない。自分の気持ちに気づいたところで何も成す術はないのだ。
「…お似合いだよな。侑と女バレの…あの二人」
「…どうだろ」
侑を好きだとバレるわけにも行かず、暗くなる気持ちに蓋をするようにおちゃらける。
「あいつ、俺という親友がありながら自分だけ女子と遊ぶとかけしからんよなぁ。俺も誘えっての!」
ケラケラと笑ってみせる。角名の薄く涼しげな目が俺を見下ろしてきた。
「…なまえってさ。分かりにくいよね」
「…何が?」
「分かりやすそうなのに、肝心なとこで隠してくる」
相手の顔色伺うのも、自分に仮面を被るのも転校続きの過去で培ってきたことだ。
穏便に程よく過ごすために自分の気持ちに蓋をするのは慣れている。
それでも、その二つの眸子を真っ直ぐ向けられると、侑に目を向けられた時みたいに動けなくなってしまう。
何も観察が得意なのは侑だけじゃない。角名もバレーボール選手として相手の動きを読み、思い通りにさせるテクニックを持っているほどには観察力、洞察力が高い。
「寂しいって顔してる」
「っ…んなわけ」
言い返そうとしたものの、侑の方を見るとまだ侑は俺達を見ていて、思わず口を噤んでしまった。
「ふ、」
角名が笑って、頭の後ろで組んでいた両手をパッと開いた。俺の肩に腕を乗せてきて、無理やり前に歩き始めた。
「っ!」
「行くよ」
角名が前に進むせいで侑達は見えなくなった。
「もっと顔に出せばいいのに」
「…あのぉ、角名サンそれそのまま返すわ。特大ブーメランだぞ、それ。角名こそもっと顔に出すべきだと思うけどな」
「出してるし」
「嫌な時だけだろっ。嫌な顔するのはすぐに出るのに、嬉しい時とか分かりにくいんだよ!ふーん、ありがと。とかいつもクールぶってさ!」
「は?溝に突き落とされたい?」
「嘘嘘嘘!押すな!押すなって!シェイクが!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら肩を組んできた角名と一緒に歩く。
今だけは角名のおかげで侑達の遊ぶ姿を忘れることが出来た。