朝、男子寮の階段で出会った治が「昨日、ツムが被弾した言うて胸押さえて帰ってきたんやけど」と話しかけてきた。
「被弾って何だそれ…」
昨夜の自分の発言を思い出してあまりの恥ずかしさに胸を押さえ込む。
「ううっ…」
「なんやお前ら二人して同じ体勢とんなや。何を見せられとるんや俺は」
あんなの、あんなの強制的に言わされただけに過ぎない。侑があの状態になったら言わないと絶対に帰らないし、言わなかったら言わなかったで倍返しでシメられるだけだし…と己の恥ずかしい発言を正当化する。
「何でもない、侑が勝手に何か言ってるだけだから気にするなっ」
治にそう伝えて男子寮を出発した。
ロードバイクに跨っていつもの道を走る。ペースはゆっくりめで、頭の中では侑のことを考えていた。
昨日はあんまり眠れなかった。一晩たってもアイツのことが『好き』な自分に驚いていて、飲み込めていないところもある。
侑を好きになるなんて、有り得ないって思っていたから。
そもそも男同士だし…。
眠れない夜の中で寝返りを打ちながら考えた。考えて考えて、頭を悩ませた。
侑の隣は俺じゃなきゃ嫌だ、侑の『好き』は俺じゃなきゃ嫌だと感じてしまったけど…。好きだからと言ってどうにかなる話じゃないと思った。
だって、俺達は男同士で友達同士だ。それも仲の良い親友。
侑の思いも知っている。多分、アイツは俺のことが好きっぽいけど、その先があったとしてもそれは今の親友という関係が変わってしまうということだ。
稲荷崎に入って、最高の友達が出来て、仲の良い親友が出来て…。
ずっと欲しかった親しい友達。親友と呼べる奴。笑いあってバカなことして、喧嘩して一緒に全力で遊べる友達。
友情のままならずっと友達関係が続くだろう。でも、それ以上の関係になると何が起こるか分からない。親密な関係になればなるほど、ぶつかって別れてしまうことさえあるだろう。そうなったら、もう友達には戻れないかもしれない。
それは…嫌だ。
やっと手に入れた親友を失いたくない。
それが俺の最優先事項。
だから、今のこの関係を壊すわけにはいかないと思った。侑の隣に居たいなら親友としているしかない。
学校近くになってきて稲高の制服姿が目に入るようになった。
女子生徒のスカート姿を見て、そもそも同性なんて上手くいくわけがないと考える。
侑が俺のことを好きなのも不思議だ。非モテで何も秀でてない自分が好かれる要素なんて皆無だし、いつ心変わりするか分からない。
上手くいく自信もないし、やっぱり女子が好きでした、なんて言われた日には目も当てられないことになりそうで…。
想像して心臓がちくりとした。傷つくくらいなら、最初からそんな関係にならなければいい。
大丈夫。自分の気持ちに蓋をすることは慣れているし、『好き』をどこにもぶつけることなく消えていった片想いなんて過去にも経験した。
少し痛むだけで、一生の友情を失うことよりは何でも無いはずだ。
侑も自分の想いを言う気はないと思う。プライド高いし、前にも『告白されたら付き合ってもええけど』みたいな事を言っていたし、俺が動かなければこのままでいられる。
バカ騒ぎして、腹が痛くなるほど、苦しくなるほど笑って、楽しく過ごせるだけでいい。
今のままで十分、これ以上は望まない。
楽しい高校生活のままで終わらせるんだ、と仮面を被ることを決めてペダルを踏み込んだ。
***
学校に到着して、昇降口で靴を履き替えていると靴箱の向こうに佐倉さんの姿を見かけた。
声をかけようと思って近づいて顔を見ると少し目の周りが赤いことに気づく。
「佐倉さん、おはよう」
「っみょうじくん…おはよう…」
もしかして泣いたんだろうか…?元気の無い声に何があったんだと気になってしまった。
「…何かあった?大丈夫?」
「うん、大丈夫」
へにょりと笑う佐倉さんはとても大丈夫そうには見えなかった。顔色も悪そうだ。
「辛そうだけど…保健室とか…あ、話とかあれば聞くし…」
「みょうじくん…私に優しくせんといてっ…」
吐き捨てるように俯く佐倉さんは今にも泣きそうで、何だか俺が泣かせたみたいな光景に慌てる。
「えっ、あっ、佐倉さんっ、と、とりあえず自販機行こ…っ!こっち!」
歩き始めた俺の後を佐倉さんが顔を覆いながらついてくる。俺が泣かせたみたいに見られていませんように、と願いながらも周りの視線が痛くてヒヤヒヤした。
自販機でパックジュースを買って少し離れた所にいる佐倉さん手渡した。
「はい、あげる」
「…ぅうっ、みょうじくん、ひどいわ…何でこんなに優しくするん…もっと罵ってくれたら、ええのにっ」
ええっ?!
いきなりの罵れ発言にまさか佐倉さんMなんですか…?という疑問が生まれる。
「の、罵れって…」
「…ひどいことしてん…」
「ひどいこと…?」
「…ひどいこと言ってしまって…言ってしまった後に後悔して…」
辛そうに眉を寄せる佐倉さんに誰に?とか何で?とは聞かなかった。話したいことだけ話せばいいと思ったから。
「言い過ぎちゃうことはあると思うよ、誰でも」
特に俺の前の席の奴なんて言い過ぎのレベルを超えてるし…。
「俺は逆にそのぐらいの勢いがほしいかも…いつも自分の思ってること口に出せなくて溜め込んでばっかりだから…」
へら、と笑って佐倉さんを見ると複雑そうな顔で俺を見上げてきた。
「優しすぎやわ…もっと憎める人やったらよかったのに…」
ぼそりと発せられた言葉に理解が追いつかずハテナしか浮かばない。
「いや全然優しくないよ、ただ言わないだけで内心色々思ってるし、溜め込んで後悔してるだけだから…」
体の前で手を振りながら、俺は基本強くないし自信ないし、と考えて自分が情けなくなってきた。
…自己肯定感低すぎだろ俺…。
「はぁぁ…優しいとこ以外でどこがええんやろ…悔しくてしょうがない…しょうがないけどっ…!」
むっとした顔をした佐倉さんはパックジュースを握り潰す勢いで見上げてきた。
「っ!」
「みょうじくんのええところってきっと皆には見えんところにあるんやろな…」
「え、お、俺?俺の話?」
「ううん、こっちの話」
佐倉さんは何かを決意したように前を見た。
「私…言うわ…」
「え?何を」
「宮くんに…伝える。気持ちを…」
「…っ、!!」
それは、侑に告白するということだ。俺にはとてもじゃないけど出来ないその勇気ある行動。
2年生の時から佐倉さんの気持ちを知っている俺としては複雑だ。侑のことが好きだと自覚してしまった以上、報われて欲しい気持ちと相反する侑とくっつかないでほしいという気持ち。
「お願いがあるんやけど、宮くんに…昼休みに入ったら別棟の中庭に来て欲しいって、伝えてくれん?」
「わ、かった…」
「…ケジメ、つけるわ」
目の前で引き締まった顔で強く前を見る佐倉さんにかっこいいと思ってしまった。
俺は弱腰でそんな勇気はない。でも佐倉さんは前に進もうとしている。
強い意志を持って進むと決めた瞬間を目の当たりにして、カッコイイと思わずにいられようか。
「さ、佐倉さん、かっこいい…」
あまりのかっこよさに佐倉さんをガン見しすぎた。俺の目を見てため息を吐く。
「……みょうじくん、そういうとこやんなぁ」
「え?」
「…いや言葉悪いけど、チョロいっていうか…」
くすくすと笑う佐倉さんは吹っ切れたように「ジュースありがとう、宮くんによろしく!」と言い残して、教室に戻って行った。
えっ、チョロいって何?俺そんなに軽い奴に見える…?!
少しショックを受けながら俺も自販機スペースを後にした。
教室に入ると侑と角名はすでに座っていた。角名は机に伏せて寝ているようで、侑は席でパンを食べている。
椅子に座ると音に反応して侑が後ろを向いてきた。
「お…はよ」
目が見られない。昨日あんな発言をしてしまった故にどんな顔して見ればいいのか…。
「……おい」
「なに」
「こっち見ろや」
好きと自覚したは良いが、まだ心の準備が出来ていない。複雑なのだ。『好き』と『友達でいたい』と『俺、男を好きになってしまったんだ…』が交わってグルグルしている。
よし、ここは角名のチベスナ顔を真似してスンとしよう。角名になった気分で虚無の気持ちを作って顔を上げた。
「…なに」
「昨日のアレ。どういう意味や」
「何、アレって」
「アレはアレや。俺の隣がなまえじゃなくて「ああああ!」
侑の口を無理やり塞いだ。いきなり、何を言い出すんだこいつは。
目を細めて笑う侑に心臓が高鳴る。
こういう時にそういう強気な顔で笑うなっ、顔が良すぎるだろバカヤロ。
「ふざけんなよ侑」
「ふざけてへんし。何アレ、お前俺の事、」
「おい、勘違いすんなよ?あれはお前が言ってほしそうだったから言っただけであって、」
「は?」
「そういうことだ。リップサービスだからな」
「はぁぁ?」
侑が目を見開いて有り得ないという顔で見てくる。
「嘘ついたんか??俺に?嘘つきっ、この嘘つきっ!」
ものすごい勢いで非難してくる侑を無視して「はいはい」と答えると俺の頬を、むぎゅと片手で挟んできた。
心の中で嘘じゃないし、と呟くもそんなことは口には出せない。
「侑だって嘘つく時あるじゃん、てか嘘ばっかだろ。治のプリン食ってないとか言って食べてるし、俺のタオル探してても、見てないとか言って取ってるし!」
「俺は嘘なんかついたことないっ、正直に生きてんねん!」
自分のこと棚に上げて、よく言うよ。
前向けよ、早くパン食べろ、と侑の背中を押し返して強制的に前に向かせる。
さっきまで触れていた手が嫌じゃなくて少し嬉しいと思う自分がいて『好き』効果って恐ろしいなと我ながら思う。
「あ…そうだ、昼休みになったら、別棟の中庭に来て」
俺がかけた言葉に侑が勢いよく振り向いてきた。
「………えっ、まさか…おまっ…ついに…っ?!ま、待ちや…心の準備がっ、いや、ええで。なんなら、今からでもええけど」
百面相をする侑に眉を顰める。
「はぁ?これ佐倉さんからの伝言な」
「…はぁぁ??佐倉サン??」
「うん。…伝えたいことがあるんだって」
「ふうん…」
忘れずに行けよ、というと 数秒考えた後、分かったと答えた。
侑は佐倉さんの気持ちに何て返事するんだろうか…。
複雑な心境に考え込んでいると担任が教室に入ってきてSHRが始まった。
***
(宮 侑)
なまえに言われたとおり、昼休みに別棟の中庭に来た。この3年間で何回来たのか分からないほどここに呼び出されている気がする。
呼ばれるということは、高確率でそういうことだと思っている。
腹減ったなぁ、今日の弁当何やろ、そんなことを考えていると中庭に立つ佐倉サンの姿が見えた。
「宮くん…」
俺の姿を見て佐倉さんが胸の位置で手をぎゅっと握った。
「呼んだ?」
「…うん、来てくれてありがとう。あの、ずっと言いたいことがあって」
「……」
佐倉さんが俯いたまま、小さく息を吸った。
「私、宮くんが…っ、好きです」
顔を赤くして目を瞑る佐倉サン。握りしめた拳は白くなっていて緊張が伝わってきた。
感じ取ってはいた。好意を寄せられているのは分かっていた。でも俺はそれに応えられない。
「……すまん」
その一言で全てを理解したのか、佐倉サンは目をゆっくりと開いて薄く息を吐いた。
「…ううん、伝えられてよかった。返事は何となくわかっとったけど…、はは」
眉を下げて悲しそうに笑う。
「…いっこ、聞いてええ?」
「なん?」
「前に言うてた宮くんの好きにさせたい人って…みょうじくん…?」
なまえの名前が出てきて、佐倉サンの目を見た。
「…さぁ、どうやろ」
否定はしない。けど肯定もしない。
「…私の推測やけど、もしそうやったら…この前、ひどいこと言うてごめん」
…!
佐倉サンに謝られるとは思っていなくて、少し驚いた。
「意地悪なこと、言うたなって…。ごめんな」
「別に…何とも思うてへんわ」
嘘。ちぃとだけ、佐倉サンのせいでしょぼくれたけど。今は何とも思てへん。
「…みょうじくんって割と揺らぎやすいよな。チョロいっていうか…あはは」
佐倉サンは思い出すようにくすくすと笑う。やっぱり、なまえのこと誑かしてたんちゃうか…と一抹の不安が過ぎる。
「…『好きにさせたい奴』は…今んとこ脈ナシや」
「…!!…宮くんなら大丈夫や、って無責任なことは言えへんけど、応援してる…」
「……ありがとう」
「っ、こちらこそ聞いてくれてありがとう」
目に涙を溜めているのに、スッキリしたような顔で俺を真っ直ぐ見てきた。
その目に強いな、と思った。
ほな、とスカートを翻してパタパタと駆けていく佐倉サンの後ろ姿を見る。
今まで『好き』と言われることはあっても自分から言ったことはない。
伝えるって想像以上に勇気がいることなのかもしれない。言って俺みたいに断ってきたら…。
もし、俺がなまえに伝えて…断られたら…。
「…そんなん絶対に、無理」
俺の中のビジョンにそんな敗北はない。
描いているビジョンは勝つことしか想定してない。
相手を落とさな、勝てんのや。
バレーも同じ、相手を攻略して弱らせて落として、初めて勝利できる。
脈ナシでも何でも押して押しまくったるわ。
溺れさせて苦しむほどに窒息させたら最後は助けを求めて俺の差し出した手を握るやろか。
ま、その手を握ったらもう離さへんけどな。
顎に手を当てて考えながら廊下を歩く。
教室に入ると席に座るなまえが見上げてきた。
「…どうだった?」
「…気になる?」
「…別に」
とか言いながらそわそわした目ぇしとんの気づいとんか、こいつ。
後ろ向きに椅子を跨いで座る。
「告白された」
「ふうん…。で?」
「…付き合ってもええかなーって」
「っ、」
俺の言葉に固まってちらりと見てきた。思わず笑いそうになる。
「つ、付き合うのか佐倉さんと…」
「……んー」
「……、」
何でそんな険しい顔してんねん。ウケる。
「なぁ、いや?」
ニマニマと笑ってしまうのは止められない。
「…別に」
その返答が気に食わなくて目を細める。
「はぁ?そこは嫌や、て言えや」
「彼女作るのも作らないのも侑の自由だし…」
「おい、シメられたいんやな?な?」
あーー、ほんま脈ナシつらぁ。
全然効いてへんけど?誰かこいつに人を好きになるっちゅうことを教えたげてくれん??
こんなにええ男が前におるのに惚れんってどういうことやねん、ほんま。
押したらグラついとる時もあるくせに何で惚れ「本当は……、嫌だけど」
あ?
あ???
…ちょお待って、脈ナシは撤回してええ?
こいつ、俺のことやっぱ好きとちゃうんか。
「親友としてだぞ?侑に彼女できたら、遊ぶ奴減るじゃん。あと単純に悔しいしムカつく。リア充爆ぜろって思うし、」
続く言葉は耳に入ってこない。
よし、脈アリ決定や。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
(帰り道の双子と角名)
「…ツム、お前何持ってんねん」
「これ?そこらへんに生えとった花」
「何で引っこ抜いてきとんや」
「今日女子から聞いたんや。花びらちぎって好きか嫌いか分かるらしい。直感で選ぶんが大事やって」
「花占いか」
「乙女かよ、ウケる」
「好き!嫌い!好き!嫌い!好き、嫌い、…す、き…」
「残りの一枚やん、引けや」
「………」
「最後の一枚、もう確定じゃん(笑)」
「あっ!コイツ花、捨てた!」
「なぁ、何で花に俺の恋愛決められなあかんの?おかしいやん」
「知るか。真顔で聞いてくんな。自分で始めたんやろ」
「嫌いなわけないやん。好きしかないし。もう1回やろ」
「また引っこ抜いてきた…」
「好き、好き、好き、好き、好き、好き…好き!!おぉしっ好き、や!」
「なぁにホクホクした顔しとんやキッショ」
「ふっふ、全てやっぱ俺の思い通りになんねんな」
「あかん、アイツ頭ん中までお花畑になっとるわ。角名、置いて帰ろ」
「あっ、ちょお待って!」