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コントバトルのステージが終わった後、治は3組出店の『お稲荷さん』の店主をするんだと張り切って銀と一緒に戻って行った。

俺と侑はそのまま休憩に入り、角名は5組の持ち場に戻る。

北さん達と別れて2人で回り始めた俺達は昼飯がてら、フランクフルトやたこ焼きを買ってシェアしながら食べていた。
フランクフルト片手に咀嚼していると、他校の制服を着た女子が声をかけてきた。

「あの〜お化け屋敷の場所が分からなくて、教えてもらえませんかっ」

きゃっきゃとにこやかに笑いながら話しかけてきた女子2人は近くの女子校の制服を着ている。

髪もメイクもばっちりの女子は傍から見ても可愛いし、周りの男子もチラチラと見ているレベルだ。

そして俺の観察眼からすると、お化け屋敷の場所が分からないわけではないと思う。多分、侑と話したいから。

「お化け屋敷やったら、こっちの棟の2階端」

侑がたこ焼きを頬張りながら、お化け屋敷の方を指差して教えてあげたが女子達の話は終わらない。

「ステージでコントしてた宮くんですよね?!めっちゃ面白かったぁ!」
「ありがとう。投票よろしゅう〜」

ああ、これで今日、女子から声をかけられるのは何回目だ!と隣にいる俺は目の前のやり取りを完全なる傍観者の目で見た。

女子達は俺なんて眼中に入ってないし、イケメンで面白い宮侑と話がしたい、そしてあわよくば連絡先を聞こうとしている猛者もいて肉食女子すげえと一人で慄く。

長くなりそうだな、と思い俺は少し離れることにした。影の薄いため、フェードアウトは得意な方でゴミを捨てに行くというアクションのついでに話している侑達から離れて、ぶらりと近くの出店を覗いてみる。


「あ、奈良木」
「みょうじ先輩、休憩ですか?」

歩いていると両手にダンボール箱を抱えた奈良木と遭遇した。

「うん、休憩。秋田部長と話した?」
「はいっ、秋田部長の走り込みの距離と強度聞いて震えました」
「ふふっ、秋田部長もすごいよなぁ。持ってるそれは?」
「あ、これは演劇で使うものなんです。僕、裏方なんで」
「ほお、何の劇、「なまえっ!!」」

後ろから声をかけられて、顔を向けると走ってきたのか息の乱れた侑が肩を掴んできた。

「宮先輩…」

奈良木が侑の勢いにびっくりしている。

「勝手におらんようなんなっ!」
「いや長くなりそうだなって」
「はぁっ?!…っ、それより今は…いくで!」
「え、ぅおっ!」

いきなり腕を引っ張って走り始める侑に転けそうになる。とりあえず奈良木に「劇、頑張れよっ」と片手を上げて応援を送っておいた。


侑に引っ張られるがままに空き教室の一室に入り込んだ俺は口を開く。

「何だよ、何が「しっ!!」」

訳のわかっていない俺の口を侑が手で塞いできた。体を下に押さえられて、二人で教室端の壁にしゃがみこむ。

侑の腕が肩に回り、密着した体勢になった。

パタパタと廊下を走る音と共に「あれ〜宮くんどこに行ったんだろ」という女子の声が聞こえてきた。侑の手を退け、小声で尋ねる。

「なに、侑、追いかけられてんのか?」
「あの女子、しつこいねん…。ちゅうか何勝手に消えとんや」
「いや、女子に声かけられてるから邪魔したら悪いなぁって思って俺は空気を読んでだな」
「はぁ?全然読めてへんし。どアホ」
「はぁっ?」

段々大きくなる声に「今何か聞こえたぁ?」という女子の会話が耳に入る。

「っ!!」

また侑が勢いよく俺の口を手で塞いで口パクで「しゃべるなっ」と訴えてきた。

超近距離な侑の顔にドキドキとする。男らしい太い眉に柔らかな印象を与える垂れた目尻、大きな2つの瞳が強く見てくるものだから、視線を逸らす。

しゃがみ込んで口を抑えられた状態だと、侑との体格差を実感する。
同じ男子なのに一回り大きいコイツは手のひらも大きいわけで。

視線を床に向けたまま、動きを止める。
女子達の会話はまだ聞こえている。
「ねぇ、こっち行ったよね?」

足音に警戒しながら、二人とも静かに女子が遠ざかるのを待った。

侑がゆっくりと塞いでいた手を浮かす。離れるかと思った侑の手は動きを変えた。あろうことか、侑の親指が息を殺す俺の唇をなぞった。

柔らかさを壊さないように下唇に沿い撫でるような親指の動き。

「っっ!!」

な、何してんだ…

ぞくりと体の中心が疼き、思わず侑の目を見る。
俺の反応を楽しむかのように口元に弧を描く。その笑みに危険を感じた。

う、わ…だめだ、のまれる。

顔に熱が集中した。細められた目、見下ろす瞳にのまれて、心臓の鼓動が速くなる。恥ずかしくなった俺は勢いよく顔を背けた。

もう女子達の声は聞こえない。
文化祭の喧騒を余所に静かな空き教室で侑と2人きりだ。

「…顔、真っ赤やけど?」

大丈夫か?なんて楽しそうな声色で聞いてきた。くつくつと笑いが堪えられないのか喉を鳴らしている。

誰のせいだと思っているんだ。

「だ、大丈夫なわけ…」
「なぁ…」

侑の手が伸びてきて、体を揺らす。

「や、めっ!近づくな!半径2m以内に入るな!」

手を伸ばして、距離を取る。

「あ?」

揶揄うにも程があるだろ!
苛立ったように目を細める侑に、女子は本当に何でこんな天邪鬼なジャイアンが良いのか疑問に思う。
俺の主張なんて無視してガードしている腕を跳ね除けた後、隣にずい、と寄ってきた。

「おい、近づくなっ」
「は?うっさい」

近づくなと言えば、さらに寄ってきた侑に嫌気がさす。

「おまっ!近づくなって言っただろ!」
「押し潰したろか」
「ぎゃっ、重いっ、重いっ!!」

わざと体重をかけてくる侑に本当に潰されそうになる。高校最後の文化祭なのに、侑に揶揄われたり、押し潰されたり、何でこんな目に合ってるんだと頬を膨らませる。

「くっそ、侑のせいで全然店回れてねぇしっ」
「外は話しかけられるし、ここでええやん。静かやし」
「俺はお稲荷さんが食いたかったんだよ! 」

買いに行きたかったと惜しむ俺に、侑が脇に置いているビニール袋の中に手を入れてガサゴソと探った。

「ん、」
「なに、ってこれ…」
「食べたかったんやろ」

侑の手にはお稲荷さんが詰められたパック。

「いつの間に…」
「サムに確保してもろた」
「……」
「嬉しい?」

こてんと首を傾げて聞いてくる侑は、自分の破壊力というものを分かっていない。

俺はお前のこと『好き』だと気づいたけど、必死でこれ以上そんな気持ちを持たないように、浅いうちに終わらせてしまおうと思っているのに。

こんなことされると、どう気持ちのケリをつければ良いのか分からなくなる。
優しい侑に揺らぐ自分がいた。

「……う、れしい」

正直に答えると侑が嬉しそうに、よくやった自分!とでも言いたげな満足そうな顔をしている。

「食べ物に罪はないから、食べ物は食べ物だからな…」
そう自分に言い聞かせながら、侑の手から受け取ろうとした。が、パックを持つ手を離さない。

「…ん?」
「これな6個入りやんか、なまえは2個な」
「…は??」
「俺が買ったんやし、俺4個」
「………」

前言撤回。やっぱジャイアン侑が優しいとか有り得なかった。


***


休憩が終わり、角名と交代して持ち場につく。
角名は店主姿の治を撮りに行くと言って猫背でポケットに手を入れたまま、歩いて行った。

午後からは慣れてきた生徒たちの運営で午前ほどもたつくこともなく、スムーズにチュロスの販売ができた。

チュロスが完売する頃にはコントバトルの結果発表があり、栄えある第1位は僅差で宮兄弟が勝利した。

笑いのてっぺんを獲ったことと食堂のランチチケットを手にしたことに双子はステージ上で肩を組んで喜んでいた。

「宮ンズ、無敵やなぁ」
三分と茶川と一緒にステージを見上げながら、頷く。

「まぁあんだけキャラ強いと向かうとこ敵なしだよな」
「みょうじ、あの宮の隣に居っても霞んでないのある意味すごいわ」
「三分、ちゃうやろ。霞んでないっちゅうかそもそも空気と化しとるからか、隣に居っても違和感ないんよな」
「そうやな漫画でいう、顔があんまり書かれてないモブみたいな…」

「なあ、2人とも俺のことどういう目で見てんの??まぁ今日女子からかなり声かけられても見事に俺はスルーでしたけどね!?自覚はしてますけど?!」

「大丈夫や、俺らにはちゃんとみょうじが見えとるで。むしろミャーツムの方が霞んどるわ」

「三分、それはさすがにない。宮の存在感は霞みようがないやろ。午後の手芸部のファッションショーも出たんやろ?女子が宮兄弟の和装とスーツ、ヤバいって騒いどったわ」

「聞いた聞いた、治がスーツで、侑が和服だろ?そりゃあんだけ整ってればさぁ…」

俺だって身長高くてイケメンだったらチヤホヤされたかな…と羨ましさは拭えない。

「揃いすぎやんなあ」
「いや、俺も勝ってるところあった。性格、あと成績」

「なんやその対抗心はっ、」
「俺、仏のような心を持ってるからさ」
「仏やったら坂道登っとる時にアタックしまくってこんのやけどなぁ」
「せやせや、後ろチラチラみながら煽ってきたりせえへんよなあ」

茶川と三分がニヤニヤと笑いながら俺を見てきた。
それを言うなら「もう脚残ってないわぁとか言ってちぎって置いていく誰かさんも同類ですけどぉ?」と茶川を睨んでやる。

顔を見合わせ3人で笑いながら、稲荷崎祭の締めくくりを見届けた。

***


後夜祭は有志のバンドの演奏や生徒会主催のステージ進行で稲高生だけのイベントはかなり盛り上がった。

終了後、全校生徒で軽く片付けを終わらせ、各教室で打ち上げが始まる。

教室の中心に机を固めてジュースやお菓子を用意して皆自由にしている。角名は治達の組に遊びに行っており、俺は侑と座って話していた。

「お菓子食べたい分、自由に取ってええよ〜。早いもん勝ちやで〜」

群がるクラスメイトを傍目に見ていると萩沼さんから話しかけられた。

「みょうじくん、お菓子とらんの?」
「あ、俺は皆が取った後でいいよ。残ってたら、で」

手を振って、遠慮していると隣から侑が「ほんま遠慮しぃやなあ」と横目で見てきた。

「何が欲しいんや」
侑が立ち上がり俺を見下ろす。

「…ポテチ系」

俺の返答を聞いて侑が自分の分と一緒に、ポテチ系のお菓子を取って帰ってきた。

「ん、」
「……ありがとう」

まさか、侑が取ってきてくれるとは…。明日は槍でも降るんじゃないかと疑う。

「侑…、お前また昼みたいにポテチも俺が取ってきたから寄越せとか言うんじゃないだろうな」
「言わんわっ、ちゅうか結局3個食べたやんか!」
「だって4個、2個は不公平だろ」

拗ねた顔に思わず笑いが出る。侑の隣で話していると寮の部屋に2人でいる時みたいに居心地が良い。


何か今日の侑、優しくないか?
誰かのために侑が自ら動くとか、そんなの見た事ないのに。治のためでさえ動きはかなり鈍いのに。

侑の行動に特別扱いされていると思ってしまう自分がいる。
きっと俺が好きだから、とかそんなことが頭を過ぎっては自制しろと言い聞かせる。

深みにハマるな、勘違いするな、後で痛い目見るのは自分だぞ。今のうちならまだ引き返せる。友達として、親友として、関係を続けていくんだ 。

心の内で言い聞かせていると廊下から男子生徒が侑を呼んだ。

「宮ぁ〜!ちょっと3組来てや!ミャーサムが呼んでんでっ」
「はぁー?なんやねんサムのやつ」

さっきまで笑って話していた会話が中断され、侑がジュースを一口飲んで立ち上がろうとした。

ああ、行くんだな。
ほんの少しだけ寂しく思ったが侑が引っ張りだこなのはいつものことだ。

そのまま見送ろうとしていると、侑が立ち上がって俺を見下ろしてきた。

「ん?」

行かないのか?と見上げると侑の視線が俺の手に移る。そこで初めて自分の手を見た。

なぜか、侑のシャツを掴んでいる自分の手を。

「っ、え、ごめ」

無意識に侑のシャツを握っていたようでパッと、手を離した。自分でも己の行動にびっくりして、目が泳いだ。

「……」

侑が俺をじっと見た後、ふ、と笑った。いつもバレーボールを大事そうに持っている大きなその手が俺の頭の上に置かれた。

「ちょっと待っとって」

小さく落ち着いた声でそんな言葉を残して教室を出ていった。

「………、」

手、頭、ポン…。えっ…

急に心臓がバクバクと動き始めた。
勢いよく立ち上がって男子トイレに駆け込む。

鏡に映る自分の顔が情けないほどに赤かった。耳まで朱に染まった自分の姿に鏡の前で項垂れる。

「っ、ぁあ〜〜…」

勘弁して欲しい、本当に。
なんだよ、あれ。
あんな、あんな侑、今まで見たことない…!
急に出してくんなよっ。

ぎゅうと心臓を掴まれたように痛い。
これ以上、好きになってはいけないのに。
持ってかれそうになる心を必死で食い止める。
宮侑はどれだけ俺を揺さぶれば気が済むんだろうか。


手の甲を頬に当てると高まった熱が肌に伝わり自分の動揺ぶりにため息を吐く。
火照りがおさまるまで教室に戻ることはできなかった。

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