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(宮 侑)

治に呼ばれていると言われ、3組の教室に行こうと立ち上がった瞬間、ツンと服が引っ張られる感覚に足を止めた。

見下ろすと、隣に座っているなまえが手を伸ばして俺のシャツを握っていた。

どした?何かあった?
と思ってなまえを見ると、何でこっちを見ているんだとでも言いたげな顔できょとんとして俺を見上げている。むしろ、早く行けよ、とも取れるような目。

それなのに、その手は何だ。
シャツを掴むなまえの手に視線を移すとなまえも自分の手を見た。

少しびっくりしたような顔をしてパッと手を離し「え、ごめ」と小さく呟く。

自分の手を見て戸惑ったような顔をするなまえに、疑問が浮かぶ。

コイツもしかして…無意識か?

無意識だとしたら、その手は何を意味しているのか。なぜ俺を引き止めるのか。なまえの意思は?

…俺に行ってほしくない、とか?
え、それやったらむっちゃ可愛ええとこあるやん。

俺ばっかり妬いてんのに、早く好きになれや、て俺ばっかり苦労してんのに、無自覚でこんなんしてくんの何なん。ほんま…こいつは…。

腹立たしい気持ちと愛でたいという気持ちが天秤にかけられ、後者の重みが勝る。

視線をさ迷わせるなまえに口元が緩んだ。
くっそ…かわええやっちゃな。

自然と手が動いてなまえの頭のうえにポン、と置いた。

ちょっと待っとって。と言うとなまえが呆けた顔で口を開けていた。

思わず喉を鳴らして笑う。
なんやねん、そのアホ面はっ!

堪えられなくて肩が震えそうになりながら教室を出た。

3組の教室に入り兄弟に近づいて声をかける。

「なん?」
「今日のネタの話聞きたい、て。ツムが考えたし」

周りを囲むクラスメイトにネタの裏話を話しながら、ふざけてノリツッコミを披露するとウケた。

「やっぱ宮ンズ、コントバトル優勝しただけあんなぁ」なんて言われて悪い気分にはならない。

一通り話し終わった後、治と2人で菓子をつまむ。

「やっぱ俺ら笑いの才能もバレーの才能もあるし、天才かもしれへん」
「どんだけ自信満々やねん」

治が呆れた目で見てくる。会話の裏に切磋琢磨し、鍛練した過去があることは言わなくてもお互いに分かっている。

どうしたら面白くなるか、どうしたらバレーが上手くなるか、2人でぶつかり合いながら高め合いながらやってきたからこそ、賞賛の声を浴びることができている。

そんなこと、コイツには言わなくても分かっているし、俺も分かっている。

「サムぅ、いうてお前も上機嫌やんか」
「ふっふ、そら文化祭で出店した中で一番、真っ先に完売やで」

不敵に笑う片割れに幸せそうやなと頬杖をつきながら、頭の中では別のことを考えていた。


なまえと一緒に文化祭を回った時のこと。
女子から隠れるように入り込んだ空き教室で、息を潜めてじっとしているなまえの顔を見ていると、ふと触りたくなって…。

柔らかそうな唇をなぞった時の、あの顔。

困ったような、自分がどうなってしまうのか分かっていないような揺らぎを見せた表情。

正直、もっと困らせたい、もっと揺すりたい。
さらに攻め込んだら、一体どんな顔をするだろうか。

加虐心を煽られるその顔にニヤリと笑うと、なまえの顔はあっという間に赤くなった。

ああ、最高すぎやわ。
望んでいた以上の、いじらしい反応に内心舌なめずりをした記憶はまだ新しい。

なまえの恥じらいを思い出して思わず口元が緩んだ。

「ツム…お前今の顔、きしょかったで」
「あ?」

緩みすぎキッショ、そんな事を言ってくる治を睨んでいると廊下から聞こえた声に耳が反応した。

「みょうじっ、それほんま?!今度それ貸してや〜!」

教室の外に目を向けると、自転車部の三分と肩を並べて歩いているなまえが視界に入った。

「…あいつ…待っとけって言うたのに…!!」

全然待ってへんやんか!
健気に俺に行くな、って顔しとったやないか!!

それなのに今は三分と2人で仲良くしているわけだ。二人とも面白い話でもしているのか、大きな口を開けて笑っている。

何や、その顔っ!俺とおる時よりいい顔すんなや!

心の内がそわそわし始めて、菓子どころじゃなくなった。廊下を歩くなまえと三分を教室の中からガン見していると三分が笑ってなまえの肩に腕を回した。

「!!!」

なまえが爆笑しながら三分の背中をバシバシと叩いている。

おいおいおい、お前ら何や?!何しとんねん?!

「……お前の表情、ジェットコースター過ぎやろ」

治が俺の目線を辿ってなまえと三分を見た。

「…あかん、いろんな奴から唆されとる。チョロイし軽いしヤバイて。ほんま」

今すぐ阻止しに行かなければと立ち上がろうとすると治が呆れたようにため息を吐いた。

「ヒヤヒヤして焦ってんのお前一人だけやで…」
「あ?どういう意味や」
「心配せんでも別に誰かに取られたりせえへんって」
「別に、取られるとか!そんなん思てへんしっ!」
「いや、滲み出てんねん。どうにかこうにかしようとしとるけどな、焦らんでも大丈夫やって」

だって、なまえやし。競争倍率1.0以下やで。

そんな片割れの言葉に頬をふくらませる。
言いたいことは分かる。平凡な男子であるなまえは別にモテているわけでもないし、ライバルなんてないに等しいと言いたいのだろう。


「そうは言うてもな…。…おでんと同じやねん」
「おでん?」
「おでんて素朴な味やん」
「まあな」
「特別目立たんし、普段気づかんけど、たまにおでんの美味しさに飛び上がる時あるやろ、あれや」

「ほぉ」

「味がしみた大根の美味さを知ってもうたら、後には戻れへんねん。サムお前、おでんの大根なしで生きていけるか?」
「…生きてけん」

「もし、もし誰かがその味を知ったら、どないする?一回、あの味をしめてもうたら…、いっちゃんタチ悪いねん!皆、欲しがるやん!」

「…大根と同じなんかい…」

「しみしみ大根なんて一生愛される味やん?!一生食べ続けたいやん?!飽きへんあの味!!」

拳を握って力説する俺を治が引き気味に見てくる。

「…言いたいことはわかった」
「…はぁ、そういうことや」
「それやったら、難しいかもな。一回味知ったら離れられんのやろ?あかんやん。倍率どころの話やないやん」

「せやから俺はこうして!おでん側から落ちてくるようにしてんのやろ!!」

「おでん側ってなんやねん」

廊下を通り過ぎていくおでんを遠目から追いかけた。

「…はぁーあ、おでんの味知ってもうたばっかりに…。誰やねんおでんの味教えたの…お前やんけ…お前がおでんのこと知っとるとか、同じ組やったとか入れ知恵してきたんやろ…くそ…」

ぶつくさ呟く俺に治がニヤリと笑った。

「いつ食べられるんやろうな。ちゅうか、そもそも大根にありつける日が来るかどうかも怪しいな」
「…うっさいクソサム」

煽るような目で見てきた治を一瞥して席を立った。

教室の外に出て、廊下を歩いていく三分となまえの背中を眺める。

いい加減、振り向けやアホンダラ。
心の中で呟いても、その声は届かない。

文化祭で浴びた多くの賞賛と歓声は心の全てを満たして埋めてはくれなかった。

物足りない何かは確実にアイツが原因だ、と
小さくなっていく背中を目で追った。

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