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翌朝、侑から「朝練ないけど自主練に付き合え」と言われて二つ返事で了解した俺は朝早くから学校の体育館にいた。

「……合わん…」

ひたすらボール拾いとたまにボール出しを手伝うくらいで集中している侑の様子を静かに見守る。

しっくりいかないという侑は何度も何度もボールを上げたり、打ったり。

真剣な表情でバレーボールを叩く姿を視界に入れつつ、向かってくるボールをひたすら拾い続けた。

終わった後も難しい顔をした侑は静かに汗を拭っていた。

あまり納得のいかない練習だったんだろう。それでも俺は何も言えることもないし、助言もできない。

ボールを触り思い悩む親友に、何も言えない。そんな自分と侑との間に少し壁を感じた。


***


「朝、自主練?」

教室に入るとすでに登校していた角名が声をかけてきた。

「うん。侑は今自販機行ってる」
「ふうん」

朝練が休みなら角名のように休むのが普通だと思う。それでなくてもインハイ常連校の稲荷崎の男バレ部ともあれば嫌という程バレー漬けで練習は厳しいし、むしろ投げ出して音を上げる生徒もいる程だと聞く。

そんな中、休みさえ自主練をしたいという侑は本当にバレー好きというかバレーバカというか…。

バレーがないと生きていけない、という愛さえ感じる。

「なんかさあ、侑ってポケモン少年だよな」
「ふっ、いきなり何」
「小学生の時にポケモンしてたらさ、いたじゃん。草むらに隠れてるやつ。モンスターボール持ってて、目と目が合ったな!ポケモンバトルだ!って戦い挑んでくるやつ」

「あったあった」

「あれだよあれ。バレーボール持って、『今、目ぇ合ったな!バトルや!』て、バレーで勝負しろって挑んできそうじゃないか?」

「っ、笑わせるなって」

肩を震わせて笑う角名にニヤリと笑ってみせる。自分でもバレーボールを持った侑少年を想像してみる。
バレーボール持って何処にでも戦いを挑んで行きそうだな、と笑いが込み上げてきた。

「なぁに笑ってんねん」

背中にのしかかってくる重み。
パックジュースのストローを咥えた侑が俺の背中に体重をかけてきている。

「内緒〜。てか重いっ」
「内緒ぉ?はぁ??何が内緒なん?言えや、吐けっ!」

朝練の時の集中して黙っている侑とは違い、いつも通りの喧しい侑だ。

肩を揺さぶられながら早く侑の違和感が解消されれば良いな、と心の内で祈った。




***



それから数日が経ったものの、侑の不調は続いている。
俗に言うスランプなのか。

男子寮でも教室でも侑は難しい顔をしたままだ。ため息を吐く回数も多くなっている。

治曰く「部屋の中にナメクジが出てきそう」なほどジメジメしているらしい。

珍しく最近俺の部屋に来ない日もあり、相当考え込んでいるのかな、と思った。

自分の体を意のままに操っていたのにある日突然、違和感を感じて思うように体を動かせないのは辛い。

「角名、今週練習試合あるんだっけ」
「うん。明日ね。授業早く終わるし、近くの高校だから16時から。来るんでしょ」
「うん、一応。侑…大丈夫かな」
「…どうだろ。今の調子だとキツいんじゃない」

角名の言葉に心配になる。俺としては侑の調子が戻ることを願うばかりだ。



▼



迎えた練習試合当日、体育館の2階席について黒リュックを降ろした。
隣には父母会の人なのか分からないが、中年の男性が座っていた。

「お?バボちゃんキーホルダーやな、君バレーしとるん?」

俺の体を頭の上からつま先まで見て頭をかしげた。どこからどう見てもバレー選手っぽくはないと思う。

「いや、してないです。友達の応援で…」
「おお、そうか。今日もしっかり応援と喝飛ばすで!」

やる気に満ち溢れているおじさんに圧倒されながらコート上で礼をする侑達を見た。

侑、治、銀、角名、全員出ている。

試合開始の笛と共に掛け声や応援の声が飛び交う。

「ナイッサー!」
「前、前っ!」
「角名ッ!」

「よーしっ!1点!!」
おじさんの嬉しそうな声を横で聞きながら、俺もよしよしと拳を握る。



対戦相手は稲荷崎にとっては余裕で勝てる高校のはず。だったが、侑の不調も響いたのか中々タイミングが合わなかったり、点を取られることが多く、苦戦した結果、粘りに粘ったが負けてしまった。

「侑ー!調子悪いぞ!」
「全然バラバラやんか!息合うてへん!!」
「インハイ勝ったからて怠けとんちゃうか!!」

罵声が飛ぶ体育館に俺も対戦相手の高校も顔を引き攣らせていた。

これが…愛のムチである稲高の応援か…。

でも愛のムチにしては痛いよな、と思うも、応援に対して頭を下げる侑もまた不服そうな顔をしていた。
罵声に傷つくというよりは、納得いかないような『うるせぇ分かってんだよ』とでも言いたそうな顔だ。

まぁ一年の時からこの愛のムチと言う名の罵声に当てられている男バレ部達はそんな言葉さえ平気なのだろう。

監督の総評を聞いているバレー部を見ながら、帰り支度をする。

隣のおじさんが「主将があんな状態で春高、大丈夫かいな」と呟いた。

その言葉に少し物申したい気持ちが生まれる。侑から貰ったキーホルダーを握って息を小さく吸った。

「…大丈夫ですよ、きっと。応援する僕らが信じないで誰が信じるんですか!」

「せ、せやな…」

「アイツは…侑は、タダじゃ倒れない奴です。悔しさで夜も眠れず、這い上がるような男ですから…。俺は親友が春高で戦う姿、楽しみにしてます!」

俺を見上げて瞬きするおじさんに失礼しました、とへらりと笑い、頭を下げてその場から離れた。

体育館の入口に行くと治の姿が見えて声をかける。

「治〜、お疲れ様。まだ残るんだろ?」
「ツムは角名と銀捕まえて今から練習する、て。今日はツムのフォローばっかで疲れてん。俺は帰るで」

はよ帰って、飯ぎょうさん食って、寝る!
と今日の試合で侑の補完も担い、かなり動いていた治は体の疲労を取ることを最優先にしたようだ。

一緒に帰ろうということになり、治のクールダウンと帰り支度を待った。

二人で帰る途中、腹減ったと連呼する治とコンビニに寄り、肉まんを手にして店を出る。
食べ歩きながら、侑のスランプの話が出た。

「早く抜け出せるといいけどなあ…」
「普段、人が調子悪かったらボロくそ言うてくるに…、もっと苦しみを味わえっ」

ムスッとした顔で言う治に「おいおい。でも侑があのままだと部屋の中がキノコ生えるかもしれんんぞ」とツッコム。

「確かに…それは困るわ」
「はぁ、ちょっと治達が羨ましいわ」
「なんで?」

「…俺バレー経験者じゃないし、コートの中で何を思って、何を考えてボール追ってるかなんて分かんないし…。侑が悩んでても、俺何にもできねえなって」

アスファルトを見下ろして溜め込んだ息を吐いた。
今日もしっくり来てなさそうにボールを触る侑を見て、胸が痛くなるだけでかける言葉もなかった。

「………」

「治も銀も角名も同じ場所で戦って、一緒に練習して、同じ思いをしてるからこそ、分かることもあるだろうし。俺にはあのコートの中のことは到底分かり得ない世界で…」

治達がいるあの場所はまるで別世界みたいに感じる。その世界に俺は入ることが出来ない。
見えないが大きな壁がそこにはある。

「…それはツムもやろ。なまえが本気で走っとるレースにアイツは出たくても出られへんし、なまえの殺気立っとる顔も外から見ることしかできひん。走っとる隣で、後ろで、前で見れるわけちゃう。それにロードバイクのこと、レースのこと詳しいわけちゃうし」

殺気立ってるって何だよ、とぼそりと呟くもスルーされた。

「…ツムはなまえも同じや、て思っとるで」
「同じ?どこが?」

隣で肉まんを頬張る治を見上げる。

「なまえ、エース勝たせたい、て全力で走っとるやん。そういうとこ同じや、って」

「………」

「アイツはセッターとしてスパイカーを全力で跳ばせたい、打たせたい、て思うとる奴や。誰よりも。献身的に」

やることは違っても、その熱は一緒やろ。
俺もお前ら似てるな、て思うし。

そんな治の言葉にじんわりと胸が熱くなる。

「せやからなまえのそんなとこに惚、ッんん、ッ、ごほっ、な、何でもない」

いきなり咳き込む治に大丈夫か?と聞くと肉まんが詰まっただけや、と返ってきた。

「まぁ、あれや。お互いに苦しみと喜びを一緒に戦いながら味わうことはできひんでも、その場で応援しとるだけで、見てるだけでも伝わるやん。なまえのレースの時、俺らも興奮したけど約1名、完全に痺れとる奴おったし」

アイツ、レース終わってからもずっと呆けとってん。アホ面やったわあと言う治に誰のことか、なんて聞かなくても分かった。

「……ありがとう。俺も治達のインハイ見てめちゃくちゃ興奮したよ。全身動かすの辛すぎたのにアドレナリン出まくって飛び跳ねて茶川達と叫んでた」

夏を思い出してクスクスと笑う。

治の言葉に幾分か救われた気になりながら帰り道を歩いていると、下校中の女子生徒が視界に入った。
スカートを揺らして歩く二人組の女子を見て、ああ、でもやっぱり…と思う。


「まぁ、でもやっぱりさ…話、分かる人の方がいいよな」

「なん?」

「この間、女バレのキャプテンと侑が話してて…。あの二人、仲良いじゃん。前も遊んだりしてたし。バレーの話とか色々出来る方が楽しいよな」

俺はあの二人、お似合いだと思うんだよなと呟くと隣の治が黙って俺を見てきた。

手元の肉まんは残り一口だ。

「…なまえは付き合う奴がロードバイクやっとるの必須なん?」

「え?いや、別に…ロードバイクなんて危ない競技だし、むしろやってたら逆に心配というか…」

「そういうことや。『好き』になるのに相手が何しとるとか関係ないやろ」

「…う、ん」

でもさ、それを凌駕するほどのお似合いな2人なんだよ。非の打ち所がないというか…。
親友よりも、そういう存在の方が必要なのかな、と考えたりしなくもない。

バレーのことよく分かってない俺より、バレーをしていて誰よりも侑を理解できる女子の方が…。

トボトボと歩く俺の頭に治が手を乗せてきた。

「なんや、そんな見捨てられた子犬みたいな顔して」

ははっ、と笑いながら髪をクシャクシャにしてきた。

「ぎゃっ、やめっ」

「思とることあったら言葉にせな。特にアイツには思ってるだけやと伝わらへん」

「うん…」

分かってる。考えすぎな性格で内に秘めておくことの方が多い俺は、中々口には出せない。

悩む侑に声をかけたくても、自分なんかに出来ることはあるのか、なんて躊躇してしまうのだ。

言いすぎたらどうしよう、俺の言葉が的外れだったらどうしよう。
そんな他人の目を気にする考えが強くなってしまう。

ああ、やっぱり俺は上っ面ばかり気にしてしまう人間だ…。

やるせない気持ちになりながら治と話を続ける。

俺は侑に何て声をかけてあげれば良いんだろう。そんなことを考えながら、男子寮への道のりを歩いた。

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