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「おはよー」
「はよ」

教室に入り、隣の席に座る角名に声をかけた。携帯の画面から目を離して返事をする角名を見た後、視線を前の席に移す。そこに席の主はいない。

「まさか…朝練?」

昨日、男子寮の倉庫で話した時に休めと言ったばかりなのに、あいつもしかして…体育館に?!

色々と考え込んでいると襟足部分をそわりと触られる感覚に肩が揺れた。

「ぅあっ、」
「気ぃ抜けた声やな」

制服姿にシャツを腕まくりした侑が見下ろすように立っていて、長い指が首元を掠めて離れる。
席に座る侑に勢いよく聞いた。

「ぁ、つむっ!お前、朝練か?!」
「…休め言うてきたん何処のどいつやねん。サムんとこや」

侑の回答に安堵して席に座った。

「なぁ、今日オフだろ」
「うん」
「……自主練するつもりじゃないだろうな」
「………」
「おいっ、昨日追い込んだのに今日も動くつもりか?!まだ完全に疲労取れてないだろ?」
「…体ダルいんはちょっとだけやし」

だぁぁめだって!
完全に疲労取れてからの方がパフォーマンス高いって。

侑に言うと、目を逸らされた。

競技は違うが同じ運動部として、平凡で貧脚な俺は脚が棒のようになればフレッシュな脚に戻るまで負荷をかけすぎないようにしている。回復力を高めるのも鍛錬のうちだ、と柴さんに教わったし、北さんだって『休む時はしっかり休むんや』と言っていた。

「侑、今日は俺に付き合え」
「何でや」
「何でも。放課後の侑の時間は俺のもの。俺の時間も俺のもの。よって、今日お前は俺と一緒に帰る」
「……」

目を細めて見下ろす侑を、頬杖をつきながら見上げる。何としてでも、侑を休ませるという謎の使命感が俺の中に生まれている。

昨日の夜、寝る前に考えていたのだ。

バレー未経験の俺には選手としての苦悩も感覚も全てを理解することは難しいが、それを逆手に取ってバレーをしていない俺と一緒に過ごせば、気休め程度だとしてもバレーから離れて、休むことに集中できるんじゃないだろうか、と。

「帰りさぁ、遊んで帰ろ」

「…なまえがどうしても侑クンと遊びたい〜、てお願いすんならええけど」

「はぁ?」

出た、何だよそのお願い事はっ。ニヤニヤした顔で見てくる侑を睨む。
ふざけるな、俺に何を言わせようとしてるんだクソジャイアンめ!

しかし侑の放課後を確保するためには手段は選んでられない。

仕方あるまい。みょうじなまえ、一世一代の勝負に出てみる。

「一緒に遊びたい。…侑じゃなきゃ、やだ。一緒に帰ろ?」

どうだ、お前のお望み通りに言ってやったぞ。

極めつけに首を傾けてみた。多分、キッショ!とか目が腐るとか返ってくるだろう、と予想して内心ふざけ半分だったのに。

いきなり目の前を手の平で覆われた。
暗くなった視界の中で侑くんがどんな反応をしているか気になり、手を外そうと奮闘する。

「おいっ、いきなり、なん」

侑の手を退かそうとするが、阻止される。
侑の指の隙間から見えた金髪が被さる耳はほのかに赤くなっている。

「……、」

おい、何でお前が照れてるんだよ。ふざけて言ったのに、真に受ける侑に俺まで内心恥ずかしくなる。

「…っ、で!一緒に帰るだろ、放課後」

侑の手をやっとのことで両手で掴んで引き離す。

「…しゃーないから優しい侑クンがなまえと一緒に帰ったるわ」

渋々承諾してやるという含みを持たせているが、目を逸らしながら言ってくるあたり、全然そんな感じはしない。
素直じゃないんだから本当に。

放課後の約束を取り付け、満足した俺は素直じゃない侑にニヤニヤと笑って見ているとまた顔面を手で覆われた。

俺の笑う顔に腹が立ったらしい。なんて理不尽だ。



***


午後になり、現文の授業中。
教室内に幼稚園のお昼寝タイムなのかと思うほどの静けさが漂っている。

今日は昼前に体育があったし、本気で体を動かした奴は眠たいだろう。
特に、俺の前の席の奴。

教師のつらつらとした説明をBGMに微動だにしない目の前の広い背中を見て、これは完全に寝ているなと悟る。
後ろから見て首が完全に下がっているし、さっきから一回も黒板を見上げる動作がない。

「えー、ではここの本文が示す場所はどこだと思いますか?さっきは〇〇さんだったから、次は……」

おいおい、先生に当てられるぞ?!
ていうか、もうお前の前の方まで当てられてんぞ?!
次の次、お前当たるぞ?!

ツン、とシャーペンで侑の背中をつつくとビクン、と動いた。

起きろ!

動いたくせに起きる気配がない。昼飯を食べた後の眠気で完全に夢の世界に落ちている。

「侑っ、侑っ」

囁きながら後ろからツンツンとつついても、起きない。先生の質問に侑の前の席の生徒が当てられて答え終わった。

次は侑だ。いよいよ、迫ってきている。

「おいっ、」

囁きながら侑の肩を掴んだ瞬間、侑が大きく動いた。

「う、」
やっと起きた。

「次、当たるぞっ」

少し前に乗り出す体勢で侑の耳元に囁く。

「はん…?」

はん…?じゃねえ!ダメだ、まだ覚醒してない。

「次っ、問3くるっ」
「問3…どこや…」
「〜〜っ、「じゃあ次の問いは宮くん、」」

やばい、当てられてしまった。こそこそ話していた俺達は2人して固まる。
現文の女性教師の視線が突き刺さった。

「…ちょお待ってください。(答え何番やっ?!)」
「(お前起こすので精一杯で解いてないわっ!っ、ここは角名にっ!)」

隣の角名を見ると、背筋を伸ばして前を向いているものの目を閉じていた。ちゃんと手にはシャーペンを持って書いてますよ感を醸し出している。
ダメだ!こいつも寝てる!!
自分の細目を利用して堂々と寝てる!!

「(早く答えっ!)」
「(ちょっと待て!)」
「……宮くん?」
「あ、もうちょっとでいけそうです、すんません」
「はい?」
「(多分っ…3番の『浩は和子に〜』だと思う!)」
「あ、いけますいけます、解けました」

言い方が 『〇〇とかけて〇〇と解く、その心は』のなぞかけの回答のように解けましたと言うものだから噴き出しそうになった。

「3番です!」
「…君達ね、チーム戦じゃないんですから、次はちゃんと一人で考えるように」
「はぁい」「はい…」

侑が寝るから!と注意された腹いせに侑の背中を小突いた。
全く、この自由人にはいつだって振り回される。


***

午後の授業を終えて、放課後に突入した。

「侑、先降りてて。ちょっと茶川のところ寄るから」
「へいへい」

茶川に借りた物を返し、先に行く侑を追って昇降口に向かう。

階段を降りて歩いていると、靴箱のところで女バレキャプテンに話しかけられている侑を見つけた。

「ミャーツム、今日オフやろ?遊びに行かへん?」

座り込んで靴紐を結んでいる侑とスカート姿の女バレキャプテン。

近頃ではお似合いの2人の光景を見ても、もやもやとした感情には慣れてきていた。

俺と侑がどうこうなることは無い、という諦めの境地に達していて侑は将来あんな感じの人と一緒になるのかな、と俯瞰した目で見ている。

だって、男同士なんてやっぱりおかしいし。他の男性同士は何とも思わないけど、自分が対象となると、自分のどこにそこまで惹かれる要素があるのか点で分からない。
女子にも相手にされない俺が同性に好かれて、良好な関係を続けられるかなんて全く想像ができないし、上手くいかなくなって縁が切れるのも避けたい。
それに侑の周りには選り取りみどりの魅力的な人がいっぱいいるだろうし。

じわじわと苦い思いをするくらいなら早くこの気持ちが消えないかな、なんて思うくらいには友情関係の邪魔をしている。

こんなことを考えながらも、視界に入っている二人を引き離したいと相反することを思ってしまう自分に、自分でもどうしたいのか分からなくなってくる。

踏み出す足。2人に近づき、侑の肩に手をかけて女バレキャプテンと目を合わせた。

「ごめんっ、今日は俺が先約で!」

へらりと笑って謝る。侑は突然の俺の登場に見上げていた。

「あっ、そおなん?じゃ一緒にどう?」

…そう来たか。侑を見下ろして、目を細める。

「…男同士で、って約束したもんなぁ〜」

俺、ずるいかな。こんな時に『男同士』なんて。でも、俺は侑とどうこうなろうとか思ってないし、これ以上は求めないから許して欲しい。

この独占欲は何から来るものなのか、友情か、恋愛感情か。

「な?侑!」
「…ん」
「そっかぁ、わかった!じゃ、また今度な〜」

女バレキャプテンが去っていった後、侑を見下ろした。

「ごめん、女子と一緒がよかった?」

侑が何か言いたそうに俺を上目遣いで見上げてくる。否定したいけどできないような、眉を潜めて言葉に詰まっている感じ。
思わず口元が歪み、笑いを堪えた。愚問だっただろうか。

今の関係のままでいたい、『好き』には蓋をしよう、と思うのに侑の気持ちを確かめるように手を出してしまう俺はサイテーなやつだ。

「侑クンは俺と二人がいいよな〜?、ぅわ」

茶化すようにケラケラ笑うと侑が立ち上がった。形勢逆転。一気に見下ろされる形になる。一歩踏み出した侑に靴箱に追いやられた。

もう後がない。顔を上げて侑を見る。

「調子に乗んな、て」

苛立ったような侑の目を見返して薄く息を吸った。

「……俺は(・・) 二人がいいけど、」

様子を伺うようにぼそりと呟くと、見下ろしてくる侑の目の色がサッと変わった。

瞳の奥が熱を帯びている。その目に唾を飲み込んだ。怒りや苛立ちとは違う熱い視線に、挑発したくなる気持ちをぐっと抑える。

「ほんま…ええ度胸しとんなぁ」
「……何が?」

誰も居ない昇降口。部活中の喧騒は遠くに聞こえる。
ぶつかった視線からふいと目を逸らして歩き始めた侑の背中を見て、口元が緩むのを堪えた。

人の気持ちを弄ぶなんてサイテーなのに、手を出して得られるこのゾクゾクとした快感がクセになっている。

侑の悔しそうで苛立った顔、その奥に見える熱。怖いもの見たさで手を出して触れてみたくなってしまうが、ギリギリのところで抑えている。

大丈夫、言葉にしなければ『好き』なんて感情は存在していなかったに等しい。
俺のこの気持ちはいずれ浄化されて、甘酸っぱい思い出になるだろうし、こうして煽っても侑にキレられる前に、いざと言う時には逃げるし。

むしろ、こうやって愉しんでいる時点で俺は余裕があるんだ、と自分を安心させる。

のめり込んではいけない、本気になってはいけない。この気持ちからゆっくりフェードアウトするために、余裕は必要だ。
大丈夫、大丈夫と言い聞かせて侑の背中を追った。


***


放課後、商業施設で全力で遊びに徹した俺達は時間の経過も忘れるほどであっという間に帰り時間になっていた。

外に出ようとすると、雨がパラついていた。

「傘持ってへんわっ」
「おー、にわか雨だな、もうちょっとで止むぞ」
「こっわ、何で分かんねん」
「ん、雨雲レーダー」

携帯の画面を見せて、外走るには必須だ、と伝える。

「ほーん。天候と気温には詳しいもんな」
「いつもチェックしてるからなー。夏とかアスファルトの上、35℃だぞ!平地走ってるならまだ水ぶっかけて走れば涼しいからいいけど、登坂とかだと風もなかったら、網の上の焼肉の気分だからな」

侑と雑談をしていると雨は止んでいた。外に出て濡れたアスファルトの上を歩く。

雨後の特有の匂いと共に空に7色のカーブが見えた。

「虹、発見っ」
「おおっ、ほんまや 」

上を見あげて、すぐにカメラを起動して夕焼けの空と虹の風景を切り取った。

「角名に送ってやろ〜」

角名に画像送信する俺を、侑が隣で見下ろす。

「何で角名なん」
「え?角名写真撮るの好きだし共有、的な?角名もたまに面白いの送ってくるぞ」
「ふうん」
「虹っていいよなあ。雨上がって晴れた後は何となく探してしまうんだよな」
「なまえ、風景よう撮っとるよな」

「うん、外走ってる時に出会う風景が好きなんだよな。自転車乗り始めたのも見たことない景色が見れるから、ってところもあって。山頂の景色も、朝焼けも、 夕焼けも、空も色んな色があって、雲も色んな形があって、季節で違う雪道も、桜の山道も、稲穂の海も、夏の真っ青な空と延々と続く海沿いの道も…全部…好き!」

今まで走ってきた道を思い出して思わず笑顔になる。

「速さを競う自転車競技も好きなんだけど、自分の体一つで自転車さえあればどこにでも行けるのが一番最初の好きになったところなんだよな。今日はここまで来れた。明日はどこまで走れるだろうって。体力がつけばつくほど行ける範囲が広がって、そこには見たことがない景色があって達成感と爽快感が味わえて…」

好きになればなるほど、色んな『好き』なところが増えて、どんどんのめり込んじゃうんだよな。

「あー…やっぱ走るの好きだなぁ」

笑って侑を見るとじっと俺を見ていた。
やばい語りすぎた、と照れくさくなる。

「どんだけ好っきゃねん」

走ること?そりゃもちろん、
「大好きっ!!」

にしし、と笑う。
自転車愛なら負けんぞとの勢いで自信を持って答えた。

「っ、」

侑が勢いよく顔を逸らしてそっぽ向いた。

「まぁ侑のバレー愛には負けるかもしれんけどなぁ。いや、でも好きなもんは好きだもん。やっぱ負けてはないわ」

俺も同じくらい好き、ということにしといて。

「…何やねんその対抗心」

「…侑もバレー好きだろ?」
「…好き超えて、もはや愛やわ」

侑が俺をじっと見てきた。その目に笑って頷く。

「そりゃ、そうだろな。じゃなきゃ一生バレーしたいとか言わないっての。今日はしっかり遊んで休んだから、明日になったら思う存分バレーしたら良いじゃん」

「…ボール触りたなってきた」
「ははっ、やる気になってんなぁ」
「なまえのせいや!」
「俺のせいかよ!」

虹が架かる空の下、俺達の笑い声が響いた。

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