みょうじせんぱーいっ。
そんな鈴がなるような声で呼ばれた俺はギギギ、と音がなるかのような動きで首を動かした。
「遊びに来ちゃいました」
にこりと笑う園江さんに侑も角名も釘付けになっている。
「い、いらっしゃい〜」
「あっ、侑先輩も、角名先輩もいるっ、一年の園江です、お邪魔しまぁす」
侑と角名に微笑む園江さんは傍から見ても可愛い。
角名と目が合った。その目には自販機に行っておけばよかったという後悔が滲み出ている。
(この子が例の一年女子?)
(ソウデス……)
目と目で会話する俺達を余所に、侑がじっと園江さんを見て、それから俺を見てきた。が、侑の目を見るのは何だか怖いので目が合う前で全力で逸らした。
「みょうじ先輩、昨日は相談乗ってくれてありがとうございますっ」
「あ、いや全然、参考になれば…はは」
廊下側の窓からニコニコ笑う園江さん、さっきから侑の視線がかなり痛い。
「相談って何?」
侑が言葉を発した。思いのほか普通の声色で安堵した。
「最近、みょうじ先輩に色々相談乗ってもらってたんですっ。学校のこととか」
「…ふうん」
「…………」
「…そいや最近後輩の相談乗っとる、て言うとったなぁ。なぁ?なまえ」
「えっ、私のこと話してくれてたんですか?嬉しい!」
「…うん、まぁ」
「あれ、園江サンやったんや?」
「…うん、まぁ」
視線をさ迷わせながら返事をしていると侑が俺の腕を掴んだ。肩が揺れる。
「なまえ、」
「なに……?」
そこで初めて侑の目を見た。顔は笑っているのに目が笑っていなくて、ものすごく怖い。心の中の俺がカタカタ震えそうになっている。
「お前、むっちゃええ先輩やなぁ」
ぴゃっ……。
にっこり、とそれはそれは綺麗に笑うものだから、俺の心臓は止まりそうになった。
絶対、思ってない。絶対そんなこと思ってないはず。だって目が笑ってない。怖いんだよっ。
「そうなんですっ!みょうじ先輩、優しくて、相談しやすいし、助けてもらってます」
園江さんだけが無邪気な笑顔で笑っている。
笑えない、笑えないよ!
目の前の侑の笑顔が怖すぎて俺の心臓はバクバクしている。
助けてほしい、と角名を見るとものすごい勢いで目を逸らされた。
「園江サンは何でなまえの連絡先知っとん?」
「自販機のところで話すようになって、私も野狐中なんで侑先輩の話きっかけで!ねっ、先輩!」
園江さんの言ってること、限りなくグレーだが間違ってはいない。同意を求められるように問われて「あ、うん…」と押されるように返事をする。
野狐中という単語に侑がじっと園江さんを見た。園江さんは少し頬を赤くして俯く。
「もしかして、卒業式の時の…」
思い出したように侑が眉を上げた。
「!!!そう…です、」
「全然ちゃうやん。髪黒かったやんな?」
「稲高に入って、染めました…」
「堪忍な。気づかんかったわ。変わるもんやなあ」
「侑も人の事言えないだろ」
高校デビューで金髪にしたくせに、と呟くと侑が良い笑顔で見てきた。
「なまえクンはちょお黙っとこうか?」
「ハイ…」
「変ですか…?この髪…」
「全然?可愛ええ思うで」
にこりと笑う侑に園江さんが嬉しそうに口元を緩めた。
あーあ、そうやってまた女子を誑かしてやんの、このチャラ男が…。げろげろ、と眉を顰めると侑が笑顔のまま俺を見てきたため、すぐに俺もへらりと笑っておく。
その後も園江さんと侑の会話が続き、園江さんは満足げに帰って行った。
訪れる沈黙。侑が笑いながら静かに俺を見た。さっきからその笑顔が怖すぎるのでやめて欲しい。
「…………」
「…なぁ、なんか言いたいことある?」
「イイエ…ナンニモ…」
言うことは何にも無いので、いっその事このまま、この会話を終わらせたい。
椅子を引き腰を上げた。
「ちょっと、トイレ行ってこよ…「ええから座れ、て」ハイ…」
大人しく浮かせた腰を椅子に落とした。
「後輩の相談、て女子やったんや?」
「……そもそも俺は男子とも女子とも一言も言ってな「今、そういう話してるんとちゃうけど」
「あのう侑サン…何か怒ってますか…?」
恐る恐る尋ねると侑は笑顔を崩さず、答える。
「…怒ってるように見えるか?」
「まぁ、はい…」
「何で怒ってるか分かるか?」
「……わかんない」
「なまえの脳みそは空っぽなん?」
多分、侑が言いたいのは以前から侑の連絡先を知りたがってる人と連絡先交換するなと言っていたからそういうことだろう、と思う。
「園江さんは侑の連絡先知りたいとかじゃなくて、色々と相談したいって言うから…」
言い訳がましいか…。園江さんが侑目当てなのは多分本人も分かっただろう。今の会話で完全に侑に好意があるような雰囲気が出ていたし…。
「そんなんで交換すんの?全員そう言うてきたら全員と交換すんの?」
「…もちろん最初は断ったぞ?でも、断りきれず…こう…結構強くて…」
俺だって連絡先を交換したくてしたわけじゃないし、むしろ侑の彼女になる、なんて言われてモヤモヤしたくらいだし、でも結果的に押されて断りきれなかった自分がいたのは否めない。
言葉尻が段々と弱くなる俺に目を細めてくる侑。
「それでラッキー思て交換したんちゃうん?」
「違うっ、俺は本気で断った。断言できる」
「のくせに、毎日やり取りしてんの何で?」
「それは、成り行きで…」
侑の舌打ちが聞こえてきて俺は早くこの地獄が終わってくれ、と目を閉じて祈る。
「ほんま…クソ弱やんけ…どんだけ押しに弱いねん…」
侑の呟きと共に目の中に一瞬苛立ったような色が見えた。
あーー、完全に怒ってるうぅ。
「ほんで何で隠すん?やましい気持ちがあんねやろ?」
「隠してないって、」
と言いながらバレないようにどうにかしようとしたのは事実だ。だってバレたら絶対怒るじゃん。それか機嫌が悪くなるか。だからバレる前に何か良い策を考えようとしていたところだったのに。
「ほんまか?一人で隠し通そうとしたんちゃうか?」
「いや、一人ではない。角名にはすぐ言った。な、角名」
いきなり名前を出されて素知らぬ顔で携帯をスクロールしていた角名の指が止まった。
「ふうん…」
「知らない。俺は何にも知らないし聞いてない」
「はっ?!お、まっ」
完全なるチベスナ顔で言う角名に俺は目を見開いて勢い良く見た。
「ま、待て、角名も同罪。加担したから共犯」
「俺を巻き込まないでくれる」
この裏切り者!と睨むも目が合わない。
「なぁ楽しかった?」
「…ナニガ…?」
「後輩女子とのやり取り、楽しかった?」
すごくいい笑顔で聞いてくる侑が怖い。
「…イ、イエ?別に…」
「それにしてはせっせと返信しとったなぁ」
「それは親身になって相談に、」
「何の相談やったん?」
「それは……大体分かるだろ?」
言わなくても察しているはずだ。侑のことについて、だと。
「色々、協力というか…」
「…それはなまえが望んでることなん」
聞かれて言葉に詰まる。
望んでいること…?園江さんが侑の彼女になれるように協力していることが望んでいること?
違う。違うけど、親友なら、友達なら…。何と答えるのが正解か。
「いや、まぁ侑が園江さんアリなら友達として…協力するべきかなって。応援するっていうか…」
笑顔の侑の顔が静かに無表情に変わった。
「……なんそれ」
感情のない、その目が怖くて侑から視線を外す。
「………」
沈黙の中、侑が口を開いた。
「……分かった、よう分かったわ」
淡々とした口調で返ってきた。
あ、よかった案外怒ってないのかも。
「ほな園江サンの連絡先、教えて」
「、!え…」
「それがお望みなんやろ?」
おかしいこと言ったか?という様に感情のない顔で聞いてきた。
真顔で聞いてくる侑に『応援する』と言った手前、何も言えない。園江さんに確認のメッセージを送ると嬉しそうに即OKの回答が返ってきて侑に園江さんの連絡先を送った。
まさか園江さんの連絡先を聞かれるとは思わなかった。むしろ、すぐに消せ、とか女子とやり取りして浮かれやがって、と批難されるくらいだと思っていた。
携帯を触る侑を見て、モヤモヤとした気持ちが心を覆い尽くす。
園江さんを見て可愛いって思ったんだろうか。もっと話したいって思ったんだろうか…。
侑は…園江さんを好きになるんだろうか…。
モヤモヤと嫌な重たいものが腹に流れ込んでくるがそれも全て自業自得だ。
昼休み終了前の予鈴がなり、侑が前を向いた。
角名をちらりと見て口パクで会話する。
(…これ、セーフ…?)
(…どう見てもアウト。終わったね)
(でも機嫌は別に悪くはなさそうだし…)
(…いや、完全にキレてるじゃん)
(……どうしよ)
(俺に聞くな)
侑はこれから園江さんとやり取りして、仲良くなっていくんだろうか…。
自分で招いた事とはいえ、苦しいことには変わりはなく午後の授業は全然頭に入ってこなかった。
***
清掃時間。
箒を手にした佐倉さんを前に説明していた。
紅葉シーズンともなれば、落ち葉は毎日たんまりと溜まり、足元に出来た赤い山は冬が迫っていることを表している。
「簡単に言うと、侑には『後輩』の相談に乗ってるって言ってて『園江さん』とは伝えてなかった状態で…園江さんが教室に来て初めて一致したと言いますか…。で、そのまま会話が成立して、侑と園江さんは連絡先を交換した、と」
「…いや、ちょっと待って。何で宮くんと一年女子が連絡先交換したわけ?」
「…俺が応援するって言ったから…?」
「はぁっ?!何で?!」
「友達だし…侑にその気があるなら協力するぞって…」
吹っ切れたとはいえ侑のことが好きだった佐倉さんを前にこんなことを言うのは忍びない。
「あぁみょうじくん…それはあかんて…売り言葉に買い言葉や…」
だって、友達なら普通は協力するだろう?俺の本心は関係なく、普通の男友達ならこう言うだろう、と思って言ったのだ。
「そら宮くんも怒るわ…」
「でも女子と連絡取り合ってるって言ったら言ったで不機嫌になるんだからしょうがないよな。俺が女子とやり取りすると怒るんだよ。自分はモテてるのにさぁ」
少し愚痴っぽくなってしまう。
「ただでさえ平凡な俺には出会いとか、きっかけとか、縁がないのに、イケメンリア充にブロックされたら為す術ないじゃん…」
俺このまま彼女出来ないかも…と口の中で呟く。
「それが狙、んんっ、…何でもない。みょうじくん彼女欲しいん?」
ダイレクトに聞かれると、凡人モブが何言ってるんだと思われそうで正直にイエスとは言い難い。
そもそも、彼女が欲しいというよりは侑以外の人を好きになれば、不毛な思いはしなくて済むのでは、と考えている。
早く侑以外の人を好きになって侑とは親友のままでいよう、と。
お互いそれが良い、と。
侑は園江さんでも女バレキャプテンでも誰でも良いから相手ができて、俺も他の誰かを好きになれば、楽しくて最高な友達関係は続けられる。
「烏滸がましいけど…その、ご縁があれば…いいなぁって」
そんな希望的観測に近い言葉に佐倉さんがため息を吐いた。
「あぁ…非常に歯痒い…っ」
侑が園江さんと連絡先を交換したことは確かにショックでも、遅かれ早かれ、いつかはこうなるんだ。
友達として侑の隣にいるためには仕方ない、と思いへらりと曖昧に笑う。
佐倉さんの納得いかないような表情を前に落ち葉をゴミ袋に詰めた。