120

侑が携帯を触っていると相手は園江さんなのだろうか、とつい気になってしまう数日間が続いた。

園江さんと連絡先を交換した日から侑の機嫌は特段変わったところはなかった。怒っていたかのように見えたが寮でも部屋でも、教室でもいつもと変わりない。

変わりない日常が流れていくということは、園江さんとのやり取りは順調なんだろう。

…順調って距離が縮まっているってことか?どんどん仲良くなってるってことか?

そんなことを考えては内心もやもやしていた夜。部屋に来ていた侑が唐突に告げた。

「次の休み、園江サンと遊びに行くことになったわ」
「…え」

ベッドに腰掛けて月バリに視線を落としながら、さらりと言った侑を思わず見た。

数秒の間が空いた後、侑がちらりと目をこちらへ向けてきた。床に座る俺と目があう。

俺は今、どんな顔をしているだろうか。
二人が遊びに行くことからと言って、別に俺がどうこう言うことでもないのは百も承知だ。
それでも焦りのような、落ち着かない気持ちが生まれる。

「…ふうん」

平静を装い、相槌を打つが次に出てくる言葉はない。

「………」

何か話さないと。黙ってると不自然だ。

「どこに…行くん」
「○○方面。買い物付き合ってほしい、て」

繁華街を歩く侑と園江さんを想像して胸がキリキリと傷む。違和感のない、傍から見れば普通にカップルに見える男女二人組。

「へぇ…よかったな」

手元の携帯の画面を見て、目を合わせず返事をする。その後に続く侑の返答がなくて、顔を上げた。

俺の返事が気に入らなかったのか、ムッとした顔をしている。

「なまえが嫌なら、断ってもええけど」

その言葉を聞いて、心の中で狼狽えた。

嫌なら、って何だよ。嫌なんて言えるわけないだろ。だって園江さんと侑の仲を取り持ったのは俺だ。

それに正直に嫌なんて言ったら、侑のことをどう思ってるかバレてしまう。そんな本音、言えるわけがない。

友達でいると決めたんだ。

暗くなる心情とは裏腹に口角を上げて得意の作り笑顔を貼り付ける。

「女子とデートとか抜け駆けかよっ、あ〜いいなぁ俺も女子と遊びたいわー」

明るく茶化すような声で、年中モテる奴はいいよなぁーと笑ってみせる。

侑の月バリを持つ手が強く握りしめられ、雑誌の端がぐしゃりと潰れた。

「クリスマス近いし皆付き合っ、」

言い終わる前にいきなり侑が座っていたベッドから立ち上がった。ただでさえ長身なのに仁王立ちされると圧が強い。

凍てつく目の中に怒りの色が見える。その双眸に見下ろされ、言葉が続かない。

「もう寝る」

低く短く吐き出された言葉に返事をする間も与えず、侑はドスドスと荒い歩きで部屋のドアを勢いよく開けた。

「…おやすみぃ」

侑の背中に向けて就寝の挨拶を投げかけたが声は届かない。静けさが部屋に残った。

「……はぁ…」

貼り付けていた笑顔を解いた。無理やり笑えば笑うほど胸が痛む。

さっきまで侑が座っていたベッドに横たわって天井を見上げる。

2人で遊ぶから、と聞いたところで、俺にはどうすることも出来ない。寝返りを打ち横向きになると、ベッドシーツが頬に触れる。

知らされた情報に、ただただもやもやとした感情が大きくなっただけだった。



***


翌朝、起きても重たく不鮮明な感情に覆われてすっきりしない。

何も考えたくない。

山、登りに行こうかな…。

朝の支度を早めに終え、外がまだ暗い中、男子寮を出発した。

高校に入った時から使っている愛車のロードバイクに乗り、朝練でよく使う峠道へ向かう。

11月ともなれば峠道は街中に比べて気温も低くなる。肌寒い風も、走っていれば調度良い。

無心でペダルを回した。ロードバイクのフロントライトを頼りに車も通らない静かな山道をひたすら登る。

静かな空気、木々の揺れる音。空の端から滲み始めるオレンジ色。夜が明けてくる。

聞こえるのは自分の息遣い。

「はぁっ、…っはあ、」

ペダルを踏むことだけを考える。汗が顎まで伝う。キツいのに、踏み込む脚は止まらない。

弱めることなんて出来ない。回し始めたら、踏み始めたらキツくても頂上まで頑張ってしまうのが自転車バカの性なのだ。

道路の勾配を示す看板が出てくる。登り坂 勾配9%、何十回と登ってきた坂。

見る度にあと何百mと分かる。

心臓の鼓動が速くなる。頭の中は早く頂上に着くことだけしか考えていない。

視界に入ってきた山頂ゴール。景色が良いため、駐車スペースも整備され、開け放たれている。

山頂に突っ込むまであと30m。ここまで来れば全開に近い踏み込みで残りの十数秒を踏み切った。
ゴールの目印としている白線を超えて、やっと回す脚を止める。

「はぁっ、ハァッ…」

肩で息をしながら、山頂の広がるスペースでクルクルとゆるく自転車に乗ったまま回る。

自転車から降りて休むより、乗り続けながら息を整える方が体にも良い。

徐々に落ち着いてくる心肺に深く深呼吸をする。キツさの後に来る、爽快感。空はオレンジ色から白色に変わり始めていた。日が昇る。

山頂から見下ろす街の景色に昨日から抱えていた重たい感情が吹き飛ぶ。

この景色が好きだ。白む空と一日の始まりに動き始める街。皆が起きる前に一人でこうして静かな夜明けを堪能するのが何よりも好きだ。

「…ふぅ」

問題は何一つ解決していないけど、心の平穏は取り戻せた気がする。景色を見ただけで、モヤモヤが軽くなるくらいには心の健康を保ってくれる力が山にはある。

「7:00か…よし、」

今から学校に行って、着替えて、朝飯を食べる時間は十分にある。

山頂で体が冷えきらないうちに愛車に乗り、下り始めた。



***


「みょうじくん、ごめん、頭が追いつかへん。宮くんと一年女子が2人で出かけるってどういうこと?」

「そういうことデス…」

昼休み、茶川達と昼飯を食べ終わった後、教室に戻るため廊下を歩いていると佐倉さんと出会った。
呼び止められ、2人で中庭のベンチに座りながら雑談兼日向ぼっこをしていた。

「何でそうなるん…宮くんは何考えてんのよ…」

理解できない、と頭を抱える佐倉さんの隣で真っ青な空を見上げる。秋の空は澄んでいる。

「順調、なんだろうねぇ…」
「順調、て…。みょうじくんはそれでええのん?!」
「…え、」
「私から見たら全然良さそうじゃないし、しょんぼりしてへん!?」
「そ、それは…」

しょんぼりしているからと言って変な勘違いをされてしまうと困る。

勘違いではないけど俺が侑を『好き』だなんて知られるわけにはいかない。こんな平凡な俺が親友を好きになった、なんてどう思われるか考えただけで怖い。

取り繕って手を振った。

「いや、あいつ年中モテてるし、女子と遊ぶとか正直羨ましいとイイマスカ…凡人には別次元で…」

こんな妬み事を言うから、さらに非モテになってしまうんだろうな、と己の残念さに苦笑いが出る。

「……」

佐倉さんが探るようにじっと俺を見てきた。その視線は尋問されているみたいで、目を逸らし近くの緑を見る。

「ええわ……。理由は何であれ、宮くんと一年女子が遊ぶことに良くは思ってへんてことよね?」

「羨ましいなってだけで…別に…良く思ってないとかそんな…」

ごにょごにょと話す俺を遮るように佐倉さんは叩くようにぱちん、と手を合わせた。

「みょうじくんっ、私らも行くで」
「…えっ??」
「私も宮くんと一年女子がくっつくのは嫌や。どうせなら納得いく人とくっついてほしい」

「え?え?」
「利害関係が一致した。うん、これは完全なる一致やわ」

頷く佐倉さんは完全に俺を置いていっている。

「みょうじくん、聞いて。女は強かやで。遠慮したり遠くから見てるだけやったら、あっという間に取られるんよ」

佐倉さんが真剣に語りかけてくる。

「皆、狙ってるもんは同じや。戦うつもりで行かな、負けて泣いて終わりや」

前を真っ直ぐ見る佐倉さんはまるでこれから戦に行く武士のように強い目をしている。

「は、はひ…」

あ、恥ずかしい。気圧されて噛んでしまった。

「ここは何としてでも阻止せな…。良い雰囲気になったら終わりや」

あれよあれよと佐倉さんと休みの日に会う予定が組まれ、侑達にバレないよう様子を見つつ、良い雰囲気になったら突入して二人きりを回避させるという何ともスリル満載な計画が練られた。

そんな無茶苦茶な…と弱腰な俺に佐倉さんは「私らも一緒に遊んでて〜、一緒に行動せん?」て偶然を装えばいける、と強かに画策する佐倉さんに女子って怖い…と思ったのは内緒だ。

正直、侑達の動向が気にならないことはない。

佐倉さんの計画に便乗し、休日に会う約束をして分かれた。

女子と休みの日に会うなんて初めてだ。別の意味で少しドキドキする。
私服姿の自分を見せるなんて新鮮で、変な格好にならないように気をつけないと、なんてことを考えてしまう。

自分から誘うなんて絶対に出来ないヘタレな俺がまさか女子と遊ぶ日が来るとは…。

感動を覚えながら教室に戻った。



***


約束の日。
あれから侑とは微妙な距離感で今日を迎えた。一緒には過ごすけど、どこか一歩引いたような距離感。

治に内緒で聞き出してもらった侑達の待ち合わせ場所。商業施設前の広場は相手を待つ人たちで溢れている。

そこから少し離れたところに俺と佐倉さんは立っていた。

「みょうじくんっ、お待たせ」
「ううん、」

私服姿の佐倉さんを前にドキッとした。ニットワンピースに普段とは違うアレンジされた髪型。

制服姿しか見たことがなかったが、おしゃれをした女の子の姿に 勘違いしそうになる。

これはデートでも何でもなくて、ただの侑達の動きを伺うためだけであって、決して、そんな疚しい気持ちは…!!

それでも初めての経験に気分が高揚していないかと言えば嘘になる。

視界の先には『好き』な奴がいるのに、他の子を見てドキドキするなんて、なんて現金な奴だろう。

傍から見れば俺と佐倉さんも待ち合わせたカップルに見えるのかな、なんて恋愛ヘタレ脳が働く。

「私服姿のみょうじくんって新鮮やねえ」

俺は友達と遊ぶ時の服装よりは真剣に考えて、黒パンツにシャツという無難なスタイルで着ていた。
まあ、どれだけ服装にこだわったところで素材が素材なので可もなく不可もなくというところだと思う。

変に思われなければそれで良い、と祈る。

「佐倉さんも。私服、オシャレだね」
「そんなっ…あっ、ターゲットは?!来た?!」

ターゲットという言い方に少し噴き出す。バレないように様子を見るなんてスリル満載過ぎる。

ステルスゲーは得意なため、身を隠すのは任せてほしい。こんな所でゲームスキルが活きるなんて複雑だ。

「侑なら、もう来てる。ほら、あそこ」

指差す先にはバチバチにきめている侑の姿。

長身で派手な髪色、ワックスでいつもと違うかき上げ前髪に額が見えるヘアスタイル。
容姿の良さを活かして着こなしている服装に道行く女子のチラ見が絶えない。

「うっわ…。ちょ、ちょっと待って…私服姿の宮くん…ヤバいな…破壊力が…あかんわ」

口を手で抑えてガン見する佐倉さんに、俺も頷く。

「遊ぶ時、いつもアレだもん。視線を全部かっさらっていきマス…隣にいるとまじで、己の平凡さを痛感しマス…」
「はぁぁ…」

感嘆に近い佐倉さんのため息に、アイツ今日も今日とてバチくそに決まってやがる、と独り言ちる。

「あ…園江さん…」

そんな侑に近づいていく女子を見かけた。

「え、どれ?」
「ほら、あの明るい髪色の、ミニスカートの」

佐倉さんは園江さんを見るのは初めてらしい。マンモス校だし、話でしか出していなかったため顔も知らない。
侑に駆け寄って微笑む園江さんも侑の横に並んでも違和感ないほどには可愛くきめてきている。

「え…ちょっと…あれ?あのミルクティー色の髪の子?」
「うん…」
「いや、めちゃくちゃ可愛ええやん…。普通に可愛いし、服も髪も…」

佐倉さんが驚いて口を開いたまま固まっている。

「…佐倉さんも可愛いと思うよ」

横でボソリと言うとハッとしたように俺を見て、少し赤くなった頬をしながら肩を叩いてきた。力が強い。

「はぁぁ…あの2人、並んだらすごいなぁ…」
「うん…お似合いなカップルだよね…」
「みょうじくん…」

佐倉さんが同情するような眼差しで隣の俺を見る。

「敵は…強いな…想像より、強敵やった…」

「佐倉さん…。勝敗で言うなら…もし俺が女子で、同じ土台に立ってたら…園江さんには完全に負けてます…」

「……否定したいけど…ごめんっ!!」

正直な佐倉さんに俺も目を閉じて首を振る。

それほどに傍から見て、宮侑と園江さんの組み合わせはお似合いで目を奪われる。

「…いや!諦めたらそこで試合終了よみょうじくん!泣くのは戦いきってから、や!」

佐倉さんが拳を握った。
そこは泣く前提なんだねっ!と心の中でツッコミを入れる。

「あ、動いたっ、行こっ」

初手から出鼻をくじかれた俺たちは、勝算のないまま、動き始めたターゲットの二人を追いかけた。

prev Back next ︎︎