侑と園江さんを後ろから尾行する俺達は完全に不審者かもしれない。
「あっ、こっち向く!みょうじくんっ」
「うぉっ、と」
2人の顔の向きが変わる度に背を向けながら付いてまわること早二時間。
広場で落ち合い、商業施設の中に入っていく2人はどこからどう見ても付き合ってるような雰囲気だ。
とくに園江さんは終始ニコニコと楽しそうで、今日という日の楽しみにしていたことが窺える。
今は、ずらりと並ぶテナント店の一つ、雑貨を扱っているお店の中にいる。
俺たちはそのテナントに面した通路の一角で中を遠巻きに眺めている状態だ。
「ねぇ、さっきから園江さん、宮くんに触れすぎじゃないっ?」
確かに言われるとおり、侑が何か話すと笑って腕を触ったりしている。
「あ、あざといな…あんなのされたら…」
俺だったら、絶対勘違いしてしまいそうだ…。
「…関心してる場合ちゃうよみょうじくん」
佐倉さんの声が少し低く、じと目で見られた。さーせん、と縮こまって小さく返事をする。
時間帯は正午を迎える。少し空腹を感じて、隣の佐倉さんを見た。
「そろそろお昼だね」
「そうやねぇ。どこで食べるんやろ。さすがに同じお店はリスク高いよね」
「佐倉さん食べたいところとかある?」
「うーん、パスタとか?」
「いいね、お店探してみようか」
何か、本当にデートみたいな会話じゃないか…?
「…いやいや、宮くん達見失うわけにはいかんし、ランチなんて二の次やわ」
会話の内容にドキドキする俺とは裏腹に、尾行する探偵のような目つきで空腹なんか気にしてられるかという佐倉さんの気迫に大人しく頷いた。
「ハイ…」
佐倉さんは乗り気だが、さっきから遠目に2人を見ている俺としては精神的ダメージがじわじわと蝕んできて、目を逸らしたいという気持ちも少し出始めていた。
見せつけられている男女二人組の微笑ましい買い物姿に何も思わない、何も感じないはずがなかった。
到底敵わない可愛い女子を連れて歩く侑。ひっそりと淡い想いを抱く俺には園江さんの立ち位置にいけるはずもなく、ただただ現実を思い知らされているだけだ。
華奢で、スラリとした足を惜しげも無く短いスカートから覗かせ、巻いた艶やかな髪は揺れ動いている。
プルプルなピンク色の唇は笑う度に綺麗に弧を描き、侑を見上げるその目は長いまつ毛に縁取られていた。
世間一般では、男女で遊んでいるだけで恋愛関係に見られてもおかしくない。
宮侑の恋人。
そんな立ち位置に来る人を俺は親友として隣で見ていかなければいけないのか。
結構、ダメージくるな…。
覚悟していたとはいえ、実際にその光景を見るとじくじくと痛みは増した。
あんな子、前にしたら誰だって好きになるよな。可愛いし、何より侑のことが好きというのが伝わってくる。あんな子に好意を向けられて揺るがない奴なんているんだろうか。
「みょうじくん?」
「あ、ごめん」
つい考え込んでしまっていた。侑達は店を出て、フードコートのエリアに行ったようだ。
「フードコートか」
「私たちも行こう」
2人の後ろ姿を見て、俺達も続いた。
***
休日のフードコートエリアは人が多い。お昼時ともなればごった返している。
侑と園江さんが座った場所は近くに観葉植物がディスプレイとして置いてあり、調度良い障害物になっていた。
佐倉さんは緑を隔てて侑達の向かい側に座るというハイリスクな行動に出た。
「さ、佐倉さん、ここは流石に近すぎるんじゃ…」
かなり声のボリュームを押さえて囁く。
「大丈夫よ!会話が聞こえんと何の話してるか、分からへんし…」
しっ、と佐倉さんが指を立てて押し黙る。
「侑先輩、何食べます?」
「ん、何しよ」
「どうしようかなぁ」
「好きなもん、食べ」
「えっ?いや、自分で払いますよ?」
「?払わせるわけないやん。先輩やし、奢るで」
「だ、ダメですよ今日は私が誘ったのに…」
「ええから、選び」
「…〜っ、ありがとうございます…」
佐倉さんが口を抑えながら首を降って(あかん…これはモテるわ…)と目を見開いている。
2人の会話を観葉植物越しに聞いて俺も目を見開いた。
おいおい、侑クン、お前女子相手だったらそんな優しいの??え?俺に奢ってくれたことあったか?そもそも奢っても奢ってなくても、必ず無理やり食べてきてたよな?!
『俺が買ったんやもん、俺のバーガーは俺のもん、なまえのポテトも俺のもん♪』なんてことを言いながらいつも俺の食べ物を横取りするのはどこのどいつだ…っ!!
この差は何なんだ、とため息を吐きそうになる。
2人の会話を聞きつつ、俺と佐倉さんも軽食で腹を満たした。
食べ終わった侑達は席を立ってゴミを捨てに行く。
俺達も早く動かなければ、と思い焦ってテーブルの上を片付けようとした時。腕がドリンクのカップに当たってしまった。
「みょうじくん!」
佐倉さんの声に咄嗟に反応して倒れそうになったカップを受け止める。
「あっぶね…ごめん、」
ホッとしたのも束の間、「あれっ?みょうじ先輩?」そんな声が聞こえた。
「やっぱりみょうじ先輩だっ、名前が聞こえて〜、」
「「あ……」」
佐倉さんと目を合わせる。まさか、バレてしまうとは…。俺達のテーブルに歩いてきたのは園江さんだ。ニコニコと笑っている。
侑はまだ戻ってきていない。どうにかして、早くここから脱しなければ…、侑にもバレてしまう。
「わぁ、偶然ですねっ。私は侑先輩と二人で遊びに来てて〜、」
頬を赤らめる園江さんの後ろから大柄な男が歩いてくるのが見えた。
ああ、終わりだ。近づいてくるソイツは、園江さんと、園江さんの目の前で席に座る俺達を見て立ち止まった。
「は?」
目を見開いて俺たちを見ている。
佐倉さん、ついに見つかってしまったよ…。
佐倉さんを見ると強気な顔で見返してきた。
(見つかったもんは仕方ない。作戦通り行くで!)
ゆっくりと近づいてきた侑が園江さんと一緒になって俺たちを見下ろす。俺の横に立ってまじまじと見てきた。
「なまえ…佐倉サンも…二人とも何してんねん…」
侑は驚いたような顔で俺と佐倉さんを見た後、眉をひそめて強い視線で見下ろしてきた。そんな侑に佐倉さんが驚いたように笑顔を作る。
「偶然やねぇ、宮くん達も遊びに来てたんやぁ」
「…何で二人でおるん」
「あっ、もしかしてデートですかっ?」
園江さんが手を合わせて首を傾げる。純粋なその質問に俺は佐倉さんに申し訳なく思い、慌てて手を振った。
「えっ、そんなことは、」
侑の視線が痛い。
「なまえ、何やこれ」
「何って…佐倉さんと…その…」
何て言ったらいいんだ、デートではないことは確実だ。遊ぶというよりは、君たちを尾行してました、なんて言えないし。
「宮くんこそ、何してるん?デート?」
横から入ってきた佐倉さんが柔らかい笑顔で侑を見上げた。
「…佐倉サン、何考えてんの」
佐倉さんの笑顔が固まった。
「…宮くん、それそのままお返しするわぁ」
お互い笑顔のまま話しているが、ちょっと怖い気もする。侑が目を細めた。
「侑先輩、お邪魔しちゃ悪いですし、行きましょ?」
園江さんが侑の腕を触った。
(みょうじくん!)
佐倉さんが口パクで俺を呼ぶ。バレてしまったからには、一緒に行動しないか、と投げかける作戦で話していた。
2人が親密になるのを阻止するために。
行ってしまう侑を引き止めたくて、思わず侑の袖を掴んだ。
腕を伸ばして袖を掴む俺と、侑の腕を引く園江さん。
「何?」
侑が見下ろしてきた。
本当は行かないでほしい。これ以上、侑の隣で笑う女子を見るのは嫌だ。仲良くならないでほしい。そんな感情が湧き上がる。
侑の目をちらりと見上げた。顔を見るとその思いはより一層強くなる。
ダメだ、こんなこと思っちゃいけないのに。不毛なだけなのに。
侑の腕を掴む園江さんの手が視界に入る。綺麗にネイルされた指先。着飾って自分の良さを最大限に発揮しているその姿に、凡人な男である俺が適うはずもない。
園江さんと自分を比較して、誰にも言えないことを思ってしまう自分が急に情けなくなった。
園江さんのように自分を強く主張する勇気もなければ、佐倉さんのように行動する強さもない。
侑の袖を黙って握りしめることしか出来ない人間だ。
「〜〜っ…」
「何や?」
引き止めるための口実を言うことはできなかった。
「……っ、何でもない…」
そっと侑の袖から手を離す。
「楽しんで、」
へらり、と笑顔を作って侑を見上げた。目は合わせられなかったが、侑の息を飲む音が聞こえた気がした。
「邪魔したな…。行こう、佐倉さん」
テーブルの上を綺麗にして、立ち上がる。
「えっ?!みょうじくん、えっ?!」
そそくさと園江さんと侑の前から退散する俺を後ろから佐倉さんが追いかけてくる。
何も言えなくて、一歩も踏み出せなくて、やっぱり自分は臆病な奴だと情けなくなる。
さっきも腕を振りほどかれたら、俺じゃなくて園江さんを優先されたら、という恐れの方が強かった。
「…ごめんね、佐倉さん。なんか付き合わせてしまって。俺、佐倉さんみたいに強くないや」
こと恋愛に関しては臆病すぎると自覚している。『好き』を自覚してからはさらに。
「っ、何でみょうじくんが謝るん。…私もちょっと煽りすぎたわ」
あかんなぁ、熱くなってしまった、と眉を下げる佐倉さんに首を振る。
今日はもう解散しようか、そう告げて佐倉さんと分かれた俺は己の情けなさを引きずりながら、商業施設から出た広場の隅に置かれたベンチに腰掛けた。
人通りは少なく、穏やかな空間で空を見上げる。
今頃、侑と園江さんは仲良くしているだろうかと想像した。
動かない者が何かを得られるわけはない。
佐倉さんや園江さんみたいに欲しいものがあって行動できる人だけ、得られるのだ。
俺みたいに尻込みして自ら退くような奴には一生好きな人と結ばれるなんて…。
「はぁ…」
思い返せばいつもこうだ。好きになっても遠くから見るだけで、ろくに話せなかったことさえある。話せたら御の字。想いを伝えるとかそんなことは夢のまた夢。
こんな自分だから、相手から好きになってもらえることなんてなかった。
やっと好きになってくれる人が出来たと思ったら、同じ男子で親友。茨の道すぎる。
どうしてこうも上手くいかないんだろうか。顔を覆ってため息を吐く。
帰ろうかな…。
ベンチから立ち上がり、歩こうと足を踏み出した時。
視界の先に肩で息をしながら立っている人がいた。