視界の先には金髪頭で長身の男が怒ったような表情で俺を見ていた。
何でここにいるんだ、とか。園江さんはどうしたんだ、とか。疑問が頭を埋め尽くす。
「あつ、む…」
名前を呼ぶと大股で歩き始めた。
肩を揺らして半歩、後退りしたが腕を掴まれた。
覗き込むように顔を近づけられ、怯む。
「意気地無しっ」
「な、にが…」
「男見せろや」
低く唸るような侑の声にしどろもどろになる。
「言ってる、意味が…」
「逃げんな」
ぎゅ、と手首を強く握られる。
「何が『楽しんで、』や。言い逃げやんけ」
「言い逃げなんて…」
「笑っとるくせして、顔に『行かんといて』て書いてんのや、このドアホッ」
「なっ…んなこと…」
言い当てられて、咄嗟に目を逸らした。
「ほんま、腹立つ。お前、俺が来おへんかったら、今このまま帰るつもりやったやろ?」
「……」
「ほんで、終わったつもりか?勝手に終わらすなボケ」
侑の強い口調に握られた腕をそのままに俯く。
「…つうか、園江さんはどうしたんだよ。こんなとこ、いていいのかよ…」
「…そもそも最初に連絡先交換した時から断っとるわ。諦めるから一日だけ一緒に付き合うてくれ、言われて今日付き合っただけや」
「…はぁ…?」
なんだよそれ。
「はよ帰らなあかん、言うて解散してきた。探させよって…影薄すぎんねんアホ。走り回ったわ!」
「そんなの聞いてないし…」
「…言うてへんし。女子とやり取りして『協力』とか『応援』とかふざけたこと抜かしよって。分からすために、ここまでしてんのに、佐倉サンと2人で会っとんの何なん。調子乗ってんのか?あ?」
侑のボルテージが上がっているのが分かる。
「俺を女子に売っといて、勝手にショック受けた顔しとるくせに、ほかの奴と遊んでんの、マジで何なん」
俺はキレてんねん。なあ?分かっとるか?
お前、ここが外やなかったらはっ倒しとったで。
そんな恐ろしいことを口走る侑に、体が強ばる。
「俺だって…こうなったのは色々と理由があって…」
「なんや。怒らんから言え」
侑の怒らんから言え、は絶対怒るやつなんだよ。ていうか、もう怒ってんじゃん。
「……やっぱ、言えない…」
「あ??ふざけんなや」
侑の片手が俺の両頬を挟んだ。
「いひゃい、いひゃいっ、」
だって、『好き』だけど諦めようとしてます、だから園江さんにも協力しました、でもやっぱり気になるから佐倉さんと一緒に尾行しに来ました、なんて言えるわけがない。
「お前はいっつも頭ん中で考えすぎやねん。なまえは、どうしたいんや。言え」
脅迫に近い、言えという眼差し。凄みを利かす侑に唾を飲み込んで口を開く。
「…ぁ、つむの…」隣にいたい、と言いたいが…
「…〜〜っ、やっぱ無理」
「…なぁにが無理なんやっ、言え!クソッ、部屋やったら絞めあげて言わせたるのにっ」
いや、力尽くで言わせようとするのは良くないと思うんですけど…。
どうしても、自分の自信の無さが先に来てしまうのだ。侑みたいに自分に自信があるなら、どう在りたいか、自分の気持ちを伝えられたかもしれない。
自信の無い俺は、想いを胸の内に留めておくことしかできない。
『好き』だし、俺以外の人が、たった一人の特別な『恋人』としてお前の隣にいるのは嫌だ。
願わくば、俺が…そこに居座りたい、とか。
強い眼差しで見下ろしてくる侑の目をちろりと見返した。
「〜っ、そんな顔してんのに何で言えへんのやっ」
「どんな顔だよ…」
これでひっどい顔とか、ぶっさい顔とか言ってきたらド突いてやる。
身長差で見上げるしかない侑の顔を少し睨む。
「お前、俺のこと……〜っんん゛っ!」
言うたら負けやっ、なんて小さな声で舌打ちする侑はキッと俺を睨んだ。
「お前…っ、せこいで!ここまで探して来てやったのに!」
「…別に、来てほしい、なんて頼んでないし…」
「はぁっ?!」
何だよ、このやり取り。お互いに何について話しているのか分かっているはず。
そして、侑は俺の気持ちに気づいてしまったような気がする。
それでも確信的なワードは何一つ出ていないし、聞きようによれば、何の話しているかなんて好きなように解釈できる。
『好き』とか『付き合う』とかそんな単語は一切出ていない。
暗に何を言いたいか、ということは分かってるはずだ、多分。
それでも、確信的なワードが向こうから出ない限り勝負は出来ない。俺から言うなんて絶対に無理。
俺はヘタレじゃなくて慎重派なんだ、多分。と言い聞かせる。
「侑が…言いたいことあるなら聞くけど」
そこまで言わせたいなら、お前が言えよ、と思い、侑をちらりと見る。
侑の喉がごくりと動いた。
さっきから絶対に離さないという意志を感じさせるほど、強く握っていた手が緩んだ。
「っ、アホか。俺がどんだけお膳立てしてやってんねん。意気地無しでヘタレななまえにここまで用意してやってんのやぞ」
どこに不満があんのや。男見せろや。全部揃っとるやろが。
そう言う侑も、言うつもりはないみたいだ。
お互いにどう想っているのか探り合い、多分分かっているはずなのに、決定的な言葉は口から出てこない。
「……」
「……」
強気な目と目が合う。お互いに譲れないものがある。こうなったら侑は折れない。経験上、分かる。
「…帰る」
侑の手から腕をするりと抜いて踵を返す。背後から侑の声が届いた。
「おまっ、っ好きな奴が出来たらどうすんのか、そこらへんの小学生でも分かっとるわ!」
顔だけ横へ向けて地面を見る。
「…俺は視界に入れるだけで満足するタイプなんで…」
ヘタレ臆病男子をナメるなよ、と内心ぼやく。
「俺は、満足できん」
強く言い切った侑の言葉が耳に届いた。
だからと言って俺に、どうしろと?
俺には先に行く勇気がない。いつだってお前の方が前にいるんだから、同じように俺を飛び越えて、引っ張ってくれればいいのに。
そしたら、その手を取ってやらんこともないのに。
「…帰るっ」
「あっ、」
結局は他力本願だ。逃げるように足早に歩き始めると、肩に腕が乗ってきた。ずっしりとした重みに体が沈む。
「ぐぇっ、」
鼻につくオシャレな匂い。なんかつけてるな、コイツ。去年より重さが増したように思うのは気のせいか?しかも目線もちょっと高くなった気がする。
「こんのっ、逃げんなて」
絶対身長伸びてる。どこまでカッコよくなっていくんだよ。
「なんだよ、離せ」
「…帰んのはまだ早いやろ」
「…じゃあ、どこ行くんだよ」
「映画、か、ラウワン」
「……映画」
「何見たいんや」
「ホラー。グロいやつ」
「…チョイスがデート向きじゃないねんなぁ、モテんやつのチョイスや」
ムッとして、数歩先に進んで侑を振り返る。
「いいもん。こんな俺でも好きになってくれる人が現れるかも、じゃん」
侑が立ち止まった。睨むように俺を見てくる。
「…そんなん、ここに…、〜っお前マジで調子乗っとるやろっ!!」
言わせんな、と怖い顔をしてズンズンと近づいてきた侑から逃げるように走り始める。
「うぁっ、来んなっ!」
「待てやっ」
高3にもなって外で追いかけられるのはどうかと思うが捕まったら最後なので必死で逃げた。
さっきまで意味深な話をしていたのに、今では追いかけ回されながらはしゃいでいる。
親友以上、恋人未満。
この関係を何と言うんだろう。