(宮 侑)
一年女子の園江サンと連絡先を交換した日。
『なまえと連絡先交換するなんてなまえのことが好きなのか?』と邪魔者排除目的で確認したところ、あっさりと俺のことがまだ好きだと返ってきた。
嬉しいけど気持ちには応えられないと伝えると、諦める代わりに一日彼女にしてほしいと言われ、休日に買い物に付き合うことを承諾した矢先。
遊びに来た商業施設で佐倉サンと一緒にいるなまえを見て、どれだけ驚いたことか。
まさか、いるはずの無い2人が仲良く席に座っているところを見て 『なんやこれ、何の茶番やねん』と開いた口が塞がらなかった。
何で?お前何してんの?と苛立ちと困惑が入り交じって頭の中はグチャグチャだった。
佐倉サンに「何考えてんの」と問いただすと責めるような目で「そのままお返しするわ」と言われ、ぞわりと神経を逆撫でされたように苛立ちが増した。
可笑しいやろ。責めるべきはコイツや。
そもそも事の発端はなまえが原因やで?
俺を女子に売ったんもなまえ。
女子との関係を応援する言うたのもなまえ。
せやからお望みどおりに女子の連絡先を聞いたら聞いたで、勝手にショック受けるアホの子ぉやねん。
因果応報、自業自得を分からすために、もっとショックを受けろ、と女子と遊べば、自分も佐倉サンと二人で遊んでるってどういうことなん??
ふざけとるやろ、なまえが責められるべきや。
ほんまにお前は何がしたいんや、と仲良く座る2人の前に立ち、苛立ちもピークになった時。
園江サンに腕を引かれたと同時に、なまえが俺の裾を引っ張ってきた。
見下ろすと目を合わせようとしないのに袖口をギュッと、握る姿に俺を引き留めようとしているのか?と少しきゅん、とする。
これで「行かないで」くらい言えたら可愛ええのに、と思いながらもう一度「なんや」と問うと、ピクリと動いて諦めた様にそっと手を離した。
眉をさげてへにょりと笑う顔は、なまえが教室の中で周りの空気に合わせて無理やり作る笑顔よりもひどいものだった。
「楽しんで、」
笑っているはずなのに、苦しそうで悲しそうな顔に見えるのは何故なんだ。
お前、本当にそう思ってんのか??
楽しんで、って思とる顔じゃないやろ。
行かんといて、寂しい。と言うてるようにしか見えへん。
自分がどんな顔をしてるかいっぺん鏡を見ろ、と言いたくなった。
本当は俺に園江さんと遊んでほしくないんちゃうか?
目を見張りなまえの顔を見る。
心臓が鷲掴みにされたようにぎゅう、と痛む。身悶えするほどの衝撃を置いていきながら、俺達の前から逃げるように去っていったなまえの背中を眺めた。
ほんまにアホやあいつ…。あんな顔しといて、楽しんで、なんてよう言えるわ。
あんな顔、俺のこと好きじゃないと絶対出来ひんやろ。俺のこと好きやろ、絶対に確定やろ。
なまえの眉を下げて笑う顔が忘れられず、拳を握りしめる。
「…なぁ、すまん」
隣に立つ園江サンに謝って、今からの予定をキャンセルしたいと伝えた。
園江サンは「侑先輩が休日に付き合ってくれただけでも奇跡なので…」と悲しそうに俯いた。
バチバチに着飾っている姿は傍から見ても可愛い子であることには違いない。
が、俺の中での一番は 自転車バカの冴えないアイツしかいない。決して、可愛くはないし、涎垂らして寝てるし、普通の奴だけど、惚れてしまった弱みで可愛く見えてしまう。
自分でもあんな奴が可愛いとか有り得へん、俺の目ぇおかしくなった、て思うけど アイツ以上に一緒におると楽しくて、笑かす奴なんかおらん。
「侑先輩が前に言ってた…狙ってる人って、きっと私よりも可愛いんですよね…」
スカートの裾を触って自信無さそうに俯く園江サンを否定する。
「全然。園江サンの方が百倍可愛ええと思うで」
「えっ…」
「たまにおっそろしい顔しとるし、他人に見せられへんわ」
「…そんな人、好きになりますか…?」
「…見た目ちゃうねん。一緒におったら腹立つ時もあるけど、おもろくて、たまぁに惚れるくらいかっこよくて、アイツに負けんとこって力が出んねん」
「…中身で好きなんて…そんなの…全然勝ち目ない…」
頬を膨らまして悔しそうに目を逸らす園江サンに首を傾けて最大限の言葉を送る。
「心配せんでも園江サン、可愛ええよ?」
「ず、ずるい…」
「堪忍な。そろそろ行かな…。今なら狙い撃ち、いけそうやねん」
「狙い撃ち…?」
口角を上げて、園江サンを見る。多分、今悪い顔をしているのは自覚している。
「弱ってる時がチャンス、て言うやん?」
落とすためなら手段は問わない。
今まで俺がどんだけアイツを落とすために手を回してきたか。組分けも、席替えも、何でもチャンスは作ってきた。
今、追いかけんとどこで追いかけるんや。
押してだめなら引いてみろ、が通用しないヤツだということは経験済み。
引いたら引いた分だけ離れていくから、押して押して潰れるまで押すしかない。
覚悟しとけよ、と心の中で呟いて、園江サンに別れを告げた。
なまえの行方を追って、商業施設内を探すも姿が見えない。
携帯を開いてどこにいるかメッセージを送っても既読にはならないし、段々と焦りと苛立ちが生まれる。
佐倉サンと仲良く遊んでたら引き剥がしてやる、とか。
そもそも、どんだけヘタレなんや。言いたいことあんなら、言えよっ!行ってほしくないなら言えや!
肝心なところで押し黙って、動かないなまえに腹立たしささえ感じる。
ほんま影薄すぎやねんっ。どこにおんねや…。
こんな時に限って存在感が薄いなまえに苛立ちながら、走り回ってやっと見つけた縮こまった背中。
観念せえ…。
なまえの想いを引き出してやる、とベンチに腰掛ける後ろ姿に近づいた。
***
映画を観終わり、繁華街をブラブラした後、帰りの電車で空いている席に座った。
なまえは立っておくと言って、目の前でつり革に手をかけている。
目の前に立つなまえは、いつも出かける時と同じ格好なのに、何か違う。
間違い探しのようになまえを見てピンと来た。
分かった、こいつちょっと髪整えとるわ。
スタイリング剤なんていつも使ってないのに、今日はつけている。
それも佐倉サンと会うから、と意識してやったはずだ。急に腹立たしくなりなまえの脚を軽く蹴った。
「いだっ、いきなり攻撃してくんな」
不機嫌を隠さずに見下ろすなまえを睨み上げた。
結局、問い詰めたのになまえは肝心なことは言わなかった。
「無理、言えない」なんて言いつつ顔は、目は、明らかに俺に気があるような表情で、本音を吐けと絞め上げたくなった。
言うとることと、やっとることがちゃうねん!
俺はいつでも正直に押して押しまくって、正当に気持ちをぶつけてんのに、せこいやん。
今までの努力が功を成して、振り向かせたまでは良いが、肝心の気持ちを伝えさせるところまでは来ていない。
ゴールはすぐそこまで来ているのに一歩及ばないこの感じ。
「クリスマスシーズンかぁ、早くね」
電車の中の広告を見て呟くなまえに、燃料投下してみる。
「そういや園江サンからクリスマスデートしたい言われたわ」
なまえの反応を盗み見る。
「……ふうん」
少し考えて相槌を打つ。全然揺らいでないし。腹立つ。もっと焦るとか動揺とかすればええのに。
「予定あるから無理、言うた」
「…予定あんの?」
「なまえの『クリぼっち励まし会』するから、て」
「はっ?おい、なんだよそのタイトルはっ」
「サブタイトルは『今年も残念でした、元気出せよパーティ』やねん。サムと角名と銀も強制参加や」
「何で俺が励まされる側なんだよっ」
お前らも一緒だろ、クリスマスぼっち!あ、でも一緒にすごせばぼっちではないのか…、と顎に手を当てて考えるなまえをジト目で見上げた。
「言えや」
「何を」
「たった二文字の言葉やん」
その言葉になまえが肩を揺らして、口を噤んだ。
「…何のことだか…」
「…お前マジでこのままはっ倒したろか?」
分かってんねやろ?二文字が何を示すのか。
たった二文字、言うだけやで?
「よく分かりませ、」
目を逸らして素知らぬ顔をするなまえに、腹が立ったから脇腹を掴んでやった。
「ぎゃぁっ!」
「可愛くあらへんな」
「俺に可愛さを求めんなっ」
「…はぁどんだけヘタレなんや…」
「…奥手男子ナメんなよ…」
「自慢できることちゃうねんぞ」
なまえに圧をかけて見上げるも簡単には口を開かない。
…ここまで来たら、こいつに『好き』の二文字、絶対に言わす。
言おうとしなければしないほど、言わせたくなる。絶対に、言わしたるからな、と心の中で決意した。
***
(みょうじ なまえ)
「たったの二文字やろ」
と言う目の前の侑を見下ろして、口を硬く閉じた。
たかが二文字、されど二文字。二文字の威力がこんなにも大きいとは思いもしなかった。
ていうか、お前が言えばいいじゃんっ。
何で俺に言わせようとするんだよ。
ジャイアンすぎる侑にとんでもない奴に惹かれてしまった、と今になって少し後悔もする。
「はぁ…高校に入ったら黒髪眼鏡で清楚で、可愛い彼女が出来るかも、って思ってたのに…」
そう願っていたのに…。
口の中でぼやいて、ちらりと俺の目の前で両足を大きく開いて座っている柄の悪い奴を見る。
正反対だ。黒髪眼鏡女子とは完全に正反対だ。
大柄で、金髪で、派手で、柄が悪くて、口も悪いし、手も出るジャイアン。
目を細めて俺を見上げてくる男は俺が理想としていた黒髪眼鏡の清楚彼女とは完全に真反対。
「うぅ…何でこうなったんだ…」
「あ?はよ言え、て」
噛み付くような侑に目を閉じて空を仰ぐ。
どこからだ?どこから友達以上を欲しくなってしまったんだっけ。
「はよぉ」
「うぐっ!」
俺の脇腹を掴んでくる侑に身を捩る。
こんな横暴な奴に振り回されるなんて誰が想像できただろうか。
急所を狙うな、と睨み返すと「はよ言わんなまえが悪い」とニタニタと笑ってくる。
ムカつくのに、お互い同じ気持ちなんだと思うとちょっと嬉しい。そんなこと絶対に言えないなとため息を吐いて、浮かれる思いを誤魔化した。