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6月はインターハイ予選がある。
出場できる部員は限られるため、自転車競技部内で選考会が行われ選抜メンバーが決まる。

エースの柴さんとキャプテンの秋田部長は確定済。残りは4枠。

3年生、2年生、1年生を含めた全員の中で選ばれるためには速く強く、実力が必要だ。

朝日が昇る前に寮を出て朝練の山岳コースに向かう。登り始める前のコンビニで停まっていると後ろから声がかかった。

「みょうじ、はよ〜」
「おお、三分、茶川はよ」

少しでも強く速くなりたくて、2年メンバーの3人で登坂練習をしている。3人の中で、登りで一番力があるのは茶川だ。軽くてクライマーの脚質。逆に三分はガタイがよくて平坦が得意、スプリンター寄り。俺は中間、というよりはどちらにも秀でてないだけか…

「今日は記録更新出来るとええなあ」
「俺は30分台で登りきれたら万々歳やわ」
「三分こっちの登りコース嫌いだったよなあ」
「せやねん。逆側からの登りならまだマシなんやけど」
「俺もこっちの登り苦手だわ最後の激坂が息の根止めにかかってくるやつな」
「それなー」

3人でやいの言いながら薄明るくなってきた中、スタートする。
登りは自分との勝負。各自のペースで登り始め、キツイけど耐え続けられるペースでひたすらに坂道を登る。

スプリンターで重量のある三分が一番最後にはなったが、茶川、俺、三分の順で頂上まで登りきった。

上から見下ろす街は朝日に照らされ、山頂の空気が美味しい。快晴の空に昇る太陽、涼しい風が汗で濡れた体を冷ましてくれる。

「あー、今からあの校舎に行かなあかんの、だるぅ」

茶川がロードバイクのシートポストに腰掛けて項垂れた。
頂上から見える景色の中に、自分達が通う稲荷崎高校が見えている。

「あかん!俺、今の登りで今日の小テスの内容、全部飛んだわ!」

嘆く三分に、茶川と2人して笑う。

「ほな冷えんうちに降りよか」
「下り気をつけるぞー」

登ってきた道を勢いよく下る。下りなら時速70km/h以上も出ることもあるほど、ロードバイクは移動効率が良い。自分の脚で速く走ることができる。
自転車という道具を使うことで人間の2本の脚だけでは到達できない速さを体感できるのがロードバイクだ。

程よい疲労感で学校に着いた俺達は部室にロードバイクを置いた後、昇降口で内履きへ履き替え、廊下で別れた。

教室に入り、机にカバンを置く。中からパンを取り出して齧り付いた。タオルで汗を拭いていると教室に侑が入ってきた。

「おはよーさん」
「おお、はよ」
「なんや、今日朝飯食ってないんか?」
「おう、朝練の出発早くてな。食べ損なった」
「ほーん…」
「…なんだよ、あげないからな」

侑から守るようにして食べているパンを隠す。

「ちゃうねん。なまえ前開けすぎやろ」
「何が?」
「シャツ」

言われて下を見る。さっきまで風がはいるようにパタパタと仰いでいたからボタンを外したままだった。言われて気づき、ボタンを締めた。

「5月でこの暑さ、夏はやべえわ」
「夏は体育館蒸し風呂やで」
「あー、暑そうだな。外の方がマシかも。水浴びて走れば多少涼しいし」
「インハイ8月やん。地獄やろ」
「まずそのインハイに出られるかどうかなんだけどな。強豪バレー部はインハイ出場が当たり前ってとこがレベチ」
「当たり前やん。ウチは強いで。俺のセットでガンガンに攻めたるわ」
「さすがレギュラー…。俺はまず選抜に選ばれるところからスタートだわ」
「なんや自信ないんか。あんだけ殺気立っといて」
「部員は15人弱。出られるのは6人…。今は練習するしかない…皆出たいのは一緒だからな…3年生とか最後だし…」

静かに言うと侑はそれ以上何も言わなかった。部員が多ければ多いほど、レギュラーに選ばれたプレッシャーも、選ばれなかった悔しさも知っているんだろう。

会話を終え、前に向き直りパンを食べ切る。
午前中、寝ないように頑張ろうと決意して、授業の準備を始めた。

***


4時間目が終わり空腹の胃にご飯を詰め込んだ後、少し寝ようかな、思い机に突っ伏した。

まだ昼休みの時間は十分あるし…と、うとうとしかけた所で脇腹に衝撃が走った。

「ぐふっ…!」

何か今、脇腹ビシッと突かれたんだが…

のそりと上体を起こして顔を上げる。

「なまえ、行くで!」

仁王立ちの侑が机の前に立っている。背が高いがゆえに見上げていると首が疲れる。

「え、何だ?どこに?眠い」
「はよしいや!」

ぐいっと引っ張られて席を立たされる。
体育館シューズに履き替えろと言われ、渋々履き替えた。なぜなら、この半強制的なモードに突入した侑に抵抗するのは無理だと最近理解し始めたからだ。

「おい、どこに行くんだよ」
「ええからええから」

聞く耳を持たないとはまさに侑のことを言う。
引っ張られるように体育館に連れてこられ、中を見ると治と銀がボールを打ち合っていた。

角名は壁にもたれて目を閉じている。

あ、いいな。俺も壁にもたれて目を閉じたい。寝たい。ちょうど柔らかい陽射しが入って寝心地が良さそうだ。
なぜ強制連行されて来たのかは分からないが、俺も角名のように寝よう〜と壁側に行こうとするとぐいっと引っ張られた。

「やるで、バレー!」
「…はあ??」
「ただの遊びや、ボール遊び!」
「いやいや、俺バレー部ちゃいますけど」
「ふんっ」
「ぎゃああっ!」

いきなり速い球を打ってきた侑に、俺は咄嗟に避けた。

「ボールは取るもんやで」
「いやいや俺バレーできませんけど?!」
「せやからまずはボールのキャッチからや」

え、何で俺バレーさせられてるの?

「アンダーはこう!オーバーはこう!」
侑に言われてそれなりの形を作ってみるものの、ボールは全然取れない。向かってくるボールをアンダーで取ってみてもあらぬ方向に飛んでいく。

「ヘッタクソやなぁ」
「当たり前だろ!球技自体したことないわ!」
「簡単な話や。今からボール落としたら負けな。ジュース一本奢り。スタート〜」

ジュース一本?!俺不利じゃね?!
負けと言われると負けたくなくなる。
多分、最大限の手加減をしてくれているんだろう。
柔らかく高いボールがポンと飛んできた。
下から受けて何とか上げる。

「よっしゃ、侑は初心者用に楽なボールだけにしろよ!変なとこには投げんな!」

言いたかったのは俺の取れないボールは投げるな、ということだ。

「はん、俺を誰やと思っとんのや」

打ちやすい高いボールが返ってくる。あ、何か楽しいかもしれない。ボールを落とさないという単純ルールに体を使ってボールに追いつく。

「うぉっ!」

それでもやっぱりボールは変な方向に飛んでいく。それに追いついて俺に返す侑は余裕そうだ。
俺だったら絶対に取れない。

段々とボールを追いかけるたびに笑いが漏れてくる。

「ははっ、おりゃっ」
必死にボールを落とすまいとどんな形でも良いから上げる。
見せてもらったバレーの試合みたいにちゃんとしたフォームなんて出来ていないけど、ただのボール遊びにフォームなんて関係ない。

「うあっ変なとこ行ったー!」
俺の腕に弾かれてボールが治達の方に向かった。

それに気づいた治がボールを綺麗に受け止めて、侑に返した。

返されたボールを侑は銀に向けてレシーブする。

えっ、2人から4人になった?!

「あ、今なまえとジュース賭けとんや。お前らも追加なー」

治と銀も加わって4人でボールを投げ合う。
人が増えたことでいつボールが来るか分からなくなった。

休める、と気を抜くと俺の方向にボールが来て慌てて返す。
あれ、何か段々速くなってない…か…?
ボールの速さがさっきまでと違いコンスタントに流れてくるようになった。

「え、いや無理無理っその速さは無理」
「全然ゆるいで」
「ぎゃっ!」

バシッと腕に当たるボールは痛い。
こんな痛いの取ってんのかよ…!
相変わらず俺のレシーブとも言えないボールは四方八方に飛んでいった。

変な方向に高めに上がったボールを治が飛んでバシッと振り下ろした。侑がアンダーで取る。

いやいや、振り下ろすのはダメだろーー

「無理ーー」
最終的に銀の振り下ろしたボールが俺の方向に来たことで俺は自分の体を守った。跳ねたボールが角名にぶつかった。角名はあくびをしてボールを手に取る。

「何でガードしてんねん」
笑う侑に俺は首を振る。
「ボール、痛い、怖い」
「慣れや。ドッジボールくらいしたことあるやろ」
「小さい頃に遊びでサッカーしてた時、顔面キャッチしたことあってあれからボールを避ける習性がついたんだわ…ボール=恐怖」
「バレーも顔面キャッチする奴はするで」
「うわあ、無理」
「自転車の方が落車したら痛いでしょ」
ボールを侑に返した角名が言う。
「まあ擦過傷と打撲、骨折は付き物だけどな。でも毎回こんな腕の痛みはないし、」
「いや、絶対そっちの方がキツイっしょ。これは慣れだし」

ボール遊びに夢中になったせいでたらりと首を汗が伝う。手で拭ってシャツをパタパタと仰ぐ。

「でもかっこいいよなあ、こうやって打つの」
治や銀のスパイクの真似をして腕を振り下ろす。

「投げたろか?」
侑がポーンと高いボールを投げた。
助走も何も分からないが、ボールが落ちてくるところに手のひらを合わせれば叩ける、というところは頭の中でイメージできる。

ととと…と走って少しジャンプする。
「ふんっ」
ぺちん、と手のひらが当たるもボールは緩く床に落ちた。

「…難しっ!」
「ブハッ、小学生か!」
「こちとら素人だぞ!」
「サムぅ、お手本や」

侑がボールを上に上げた。
治が助走して、ドンッと床を蹴る。体育館の床が揺れて俺の体に振動が伝わる。

上に高く浮いた体、振り下ろされる腕、手のひらとボールが触れた瞬間、弾かれたボールは勢いよく床に叩きつけられた。

「…すげー…」

目の前で強く打ち込まれたスパイクを見て、次元の違いを感じる。

「治、すげえわ」
口を開けてぼやく俺に治はニヤリと笑った。

「あんなん普通やからな!」
向こうで侑が言っているが俺は治のスパイクに痺れていた。

そうこうしていると予鈴がなったため、5人で体育館から撤収した。

「そや、最後なまえが落としたから負けやな」
「はあ?バレー部が寄って集って素人いじめんのは卑怯だろ」
「しゃあないな。じゃあパン一個でええよ」
「いや変わんねえし」
「みょうじ、侑の言うことは無視してええで」
「銀、やっぱりお前は神だ。あ、侑お前まさか最初からジュース目当てで俺を強制連行したのか…?!」
「んなわけないやろ」

治と角名と別れて教室に入る。席に座ると侑が後ろから話しかけてきた。体を横に向け侑を見る。

「ちょっとは気分転換になったか?」
「え、何が?」
「…なんや朝から思い詰めとるような顔しとったやんけ。インハイがどうのこうの…」
「朝?ああ…忘れてたわ」
「おま…人がわざわざ…!」
「何、何でキレてんだよ」
「知らん!」
「あ、でもさっきの楽しかったぞ。ボール落とさないだけなのに何であんなに、必死になるんだろうな」
くすくすと溢れ出てしまう笑い。
「ふん…」
机に突っ伏している侑を見るとどうしてもじいちゃんちのゴールデンレトリバーを思い出す。
撫でてやるといつも俺に飛びかかってくる可愛いやつ。
あいつもこんな大きな体して人懐っこいんだよなあ。

「誘ってくれてありがとな」

侑の頭にお礼を言って前に向き直った。後ろで侑がどんな顔をしているかは分からないが「どアホ、あんぽんたん、殺人鬼」とかぼそぼそ言っていたのは無視しておいた。

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