13

朝、目が覚めると窓の外から雨音が聞こえた。

「雨降ってんなー…」

昨晩見た天気予報は外れなかった。薄暗い天候の中、上着を着て食堂に行く。朝食を食べた後は自室に戻り、制服に着替える。

登校する準備を終えて出発前に在寮掲示板の名札を裏返した。傘を差して男子寮最寄りのバス停まで歩くことにした。雨模様のため朝練はなし。

いつもよりゆっくりした時間で登校することになる。

バスから降りて学校までの道を歩く。いつもはロードバイクで登る坂道も今日は自分の脚で登る。

部室によってから教室に行こうと体育館前を通るとバレー部が朝練をしているのかボールの音とシューズが床を蹴る音が聞こえてきた。

「ナイッサー」「押せ押せっ、」「いっぽん!」

傘に落ちてくる雨音と朝練中の掛け声を耳に部室にたどり着いた。

中に入ると、柴さんが三本ローラーをしていた。三本ローラーは自転車を置いてその上で漕ぐ仕様のトレーニング器具だ。自転車の後輪を外して固定して使う固定ローラーも部室内にはある。

「おはざす!」
うわあ、柴さん自主練してるし!
「はよーさん」

俺をくるくると足を回しながら俺をちらりと見た。相変わらずクールビューティな人だ。

強い柴さんでさえこんな天気でも朝練するとは…。なんだか負けた気になる。
いや、元から勝ってもないけど。

「…俺も軽く回そうかなあ」
「お前この時間に来るんなら朝練するつもりなかったやろ」
「っす。でも柴さん見てたらしなきゃってなりました」
「軽く回してるだけやで」
「じゃあ俺も軽く…」

スポーツシャツ、ハーフパンツと楽な服に着替えて部室内に置いてあるロードバイクに跨る。

雨が屋根に強く落ちて部室内は雨音とローラーの音で響きあっていた。


***


朝練後、教室に入ったのはギリギリだった。

「あっぶね」
ドカッと椅子に座る。後ろの席の侑は机に伏せていた。

「おい、そろそろ始まるぞ」

侑の肩を軽く叩く。
「んあ…」
いつも眠たそうな大きな目がゆっくりと開く。

前から思ってたけど、こいつ黒眼も大きいよなあ。

覚醒してない侑が起きたのを尻目に前に向き直った。

「ふぁぁ…ねむ…。せやなまえ、土曜日暇か?」

後ろを向くと、起き上がったはずなのにまた机に頬をつけて背中を丸めている。

大きな目だけが俺を見上げた。

「土曜日?普通に部活あるわ」
「その後や。何時に終わるん」
「どうだろ練習コースによるけど14時くらい?」
「俺ら午後から練習試合あんねん。ウチで」
「へー他校と?」
「おん。終わったら近くの回転寿司行こかって話してん。角名と銀とな。せやから、待っとってや」
「…ん?」
「せやから午後の試合終わるまで待ちぃや、て話」
「何で?」
「寿司食いにいくからやん」

眉間にシワを寄せる侑。顔の圧が怖いんですけど。え、俺もその寿司食べに行く中に入ってるんですか?

「そや、終わるまで試合見とればええやん。2階から見えるで。どうせ暇やろ。練習試合見に来とるギャラリーもおるし。体育館ん中で待っときや」

思いついた俺天才!みたいな顔するのやめてください。

「えー腹減るじゃん」
「空腹は最高のスパイスやで。決定や!あ〜寿司楽しみやなぁ!寿司のためならなんぼでも点とったるわ!」

ああ、今こいつの頭の中は寿司の事しかないな。つうか俺の返事を聞く気もないだろ…。まあ部活終わったら予定ないし、部屋に戻ってネトゲとかネットサーフィンするぐらいだから暇っちゃ暇なんだけど、な…。

トントン拍子で決まった休日の予定に呆れかけていたところに担任が入ってきたため前に向き直った。


***


土曜日、朝9時に学校スタートの100km超えコースを走る。

車道を走るため最善の注意を払いながら列を成した。互いに路面状況や後方の車両状況等を声を出し合いながら進んでいく。

経験値の差で危ない走り方をする1年もいるため、3年の喝が飛ぶこともある。

「どこ見てんのや!危ないやろ!」
「っす!すんません!」
「距離感大事になー」

車通りの少ない山道や開けた平坦コース等、勝負する区間が決まっていて、ポイントエリアに到達するとアタックや削り合いが始まる。

最初は一緒にスタートしても実力差で自転車の列は分断されていく。

いかに先頭についていくか、が勝負だ。先頭で走らないと勝負事に参加はできない。途中で垂れたら終わりだ。

柴さんと秋田部長に喰らいついて離れないように必死でついていく。

「みょうじ、まだまだいけそうやなあ?」

登りが強い秋田さんがニヤニヤしている。ああ、嫌なやつだこれは。
「いや、もう無理っす」
「いけるよなあ?いけんわけないよなあ?上まで勝負や!」

登りでダンシングする秋田部長に反応して俺も立ち上がる。柴さんも何も言わずに反応しているあたり、本当にこの人たちは強い。

茶川もしっかり付いてきていて、登りでちぎられないようについていくので精一杯だった。

一区間勝負した後はある程度開けた場所やコンビニで後続を待つ。

コンビニの駐車場で、買ったおにぎりを頬張っていると3年の先輩らや三分、一年達が続々とたどり着いた。

少し休憩して、またスタート。次は平坦コース。三分は得意なため楽に走っているが、登りが得意で平坦は苦手な茶川は辛そうだ。
平坦は速さがものを言う。空気抵抗を小さくするべく前傾姿勢でハンドル下を持って力強く足を回す。

練習が終わり学校に帰ってきた頃には、脚は疲労物質が溜まり筋肉が張っていた。

「今日も先輩らに引きずり回されたな…プロテイン飲んどこ」
「これ回復に早く効いたで」
「まじ?どこで買ったん」
「アミノ酸配合、成分むっちゃ入っとるやん」
茶川、三分とそんなやり取りをしながら部室内で着替えをする。

今日も柴さんにやられたなと悔しさを感じつつ、いつかリベンジすると誓い部室を出た。

「お疲れっしたー」
帰っていく部員達とは反対方向に体を向ける。

「あれ?みょうじ帰らんのか?」
「あー、バレー部が練習試合らしくて終わるの待っとくんだわ」
「??」
「終わったら寿司食いに行く予定」
「うわ、ええなあ。俺も食いたなってきたわ。ほな先帰るで、おつー」
「お疲れ」

自宅組の茶川と三分に手を振って体育館に足を向けた。

侑は体育館で練習試合見たらいい、みたいなこと言ってたけど入れんのか…?
体育館に近づくと賑やかそうな声が聞こえてきた。

「きゃー!!頑張ってー!ふぁいと!」
「ナイッサー!かっこいい!」

黄色い歓声。
体育館の正面から入り、靴を脱ぐ。
ボトルやジャージが入ったリュックを担ぎ直して、スリッパに履き替えた。

開いている隙間から体育館の中を見ると練習試合の途中のようで2階には女子生徒が集まっていた。大人もいて、部員の家族なのか観客なのか分からない。

「うわあ、本当にギャラリーいるんだな…」

つられるように2階に上がってコートを見下ろす。
得点板には△□工業 × 稲荷崎高校と書いてあった。
コート内には侑、治、角名、銀もいる。

(終わるまで待つかぁ。)
女子生徒から一番離れた位置に座りこんでリュックを隣に置いた。

ピーッと笛がなった瞬間、相手チームがコート外側からボールを打った。強く叩き込まれたボールが稲荷崎コートに向かう。

それを一人だけユニフォームの色が違う人が取った。確か治が赤さんって呼んでたような…。

「ナイスレシーブ!」
そのボールが侑の手に集まる。
「角名!」
侑の手から離れたボールを角名が跳んで、叩いた。応援する人達が声を上げた。

「角名ー!ナイスキーッ!」
「「うぇいっ!」」

1点が稲荷崎に入る。まだ完全にルールがよく分かっていない俺でもとにかくコート内がすごいことになっているのはわかった。

今度は稲荷崎がサーブらしい。
正直俺は未だにサーブ権がどっちになった、今どっちなんだとかそんなことも分からないレベルだが、多分それを言ったら侑からバカにされるので黙っている。

侑がボールを手にしてコートの後ろに移動した。
ボールを構えた瞬間、侑の強い視線が相手コートを刺す。

(…おわ…えげつな…)

集中力が伝わってくる。笛が鳴り一歩を踏み出す。持ち上がる体、降りてくるボール。伸ばした腕、手、体躯がしなり力強く叩く。バシンという音が聞こえた頃には相手コートの床に剛球がぶち当たっていた。

「っしゃ!」
拳を握る侑。

「ナイッサー!」
「かっこええー!」
女子が色めき立っている。

「うはあ…なにあれ」
2階の手すりに持たれかかりながら下を見る。恐るべしバレー…。
その後も、相手チームも反撃と言わんばかりに点をとっていく。

「ワンチ!」
「レフト!」
「アランくん、キレッキレやん!」
「治には負けんで」
尾白先輩の腕がもげそうなスパイクを受けた相手コートの人に俺は同情した。
「うおお、痛そう…」

銀と交代して入った北さんも淡々とボールに対応している。

「ロボットじゃん…」
角名がぼそぼそ言っているのを侑が「北さん、こいつ北さんのことロボ「黙れ」ブフォッ!」
角名と侑が押し合い圧し合いしてコーチに注意された。

稲荷崎の攻撃のタイミングで尾白先輩がぶち込むかと思ったし、侑も尾白先輩に向けて投げるような姿勢を作ってたのに、ボールは反対方向の治に飛んで行った。
「サムッ」
「ふっ」
速すぎるセットとスパイクに相手コートの選手は動けなかった。
「おお…何だ今の…」

「「うぇぇぇいっ!!」」
ガッシリとお互いの手を合わせる2人。

なるほど、これが最強宮ツインズと呼ばれるわけか…。

「これがバレー…」
バレーのバくらいは分かるようになったと期待したかったが、目にするもの全てに驚く俺にはまだまだのようだ。

練習試合は3セットマッチの結果、稲荷崎が勝った。
反省会や掃除が終わるまで俺は校庭のベンチに座り、適当に携帯をいじって待っていた。

通知が入ってくる。
〘宮侑がみょうじなまえをグループに追加しました。〙

タップして開くと、5人のグループトークの画面になった。メンバーは侑、治、角名、銀、俺。

グループのタイトルは「スシ」。

宮侑〘なまえどこやねん〙
みょうじなまえ〘校庭〙
宮治〘正門前〙
〘角名倫太郎がスタンプを送信しました〙

会話の内容を見てリュックを肩にかけ、校舎の方へ向かって歩く。正門前に背の高い奴が4人いるのが見えた。

デケえ…。この中に俺一人って傍から見たら異様じゃね…?
身長があと10cm高くてもこいつらには見下ろされたままなんだろうと考えると悲しくなった。

「試合お疲れー」
「おう、待たせたな!ちゃんと見とったか?!」

侑がビシッと俺を指さした。合流して歩きながら学校を出る。

「見た。けどボールに目が追いつかねえわ。速すぎて」
「速さは強いで。考える時間を与えずに潰していくんや」
「怖っ、物騒な」
「あー、腹減った!寿司食べたい!」
ペコペコやわ、と言う侑の隣で歩きながら5人で近くの回転寿司チェーン店まで向かう。

ふと後ろを見ると角名が少し離れたところから携帯を構えていた。
「??」
ブブッと震えた携帯を見る。

〘角名倫太郎が写真を送信しました。〙

グループトークに歩道を歩いている俺達の写真が送られてきた。
角名倫太郎〘タイトル:中学生、連行〙

「なっ!角名お前…」
確かに身長差があるこの光景はどう見ても俺が目立つ。人が気にしていることを…!
涼しい顔で笑う角名にビシッと指さした。
「今度北さんに「角名が北さんのことロボットって言ってました」ってチクるからな。ヨシ決定」
「おおっ!言ったれ!今日俺が言おうとしたらど突いてきよったからな!」
「言ったらこればら撒くから」
「はあ?!脅迫断固反対!」

大人しいと思えば治はさっきから回転寿司チェーン店のホームページを見ている。
「治何見てんの」
「メニューや。何から食べるか構成を考え中やねん」
「回転寿司に対する本気度こわ」
「俺サーモンから食べよ」
銀がサーモンと言うから俺も食べたくなってきた。
「良いな。サーモンの炙りも食いてえ…」
「うわ、炙りなら肉の炙りもええやんか…」
「ヨシ、はよいこ」
治と銀が早歩きになる。
「あっ、待てや」

侑が追いかけてきて、数分後には目当ての店に着いた。
テーブル席に座る前に誰がレーン側になるかでひと悶着した。

「ここはじゃんけんやろ」
「いや、俺がレーン側に行く。死守や」
「サム、お前が行ったら永遠にこっちに寿司が回ってこんのじゃゴルァ」
睨み合う双子を尻目に片側のシートに角名、銀と座った。

「あっ、角名お前しれっと!」
「早く座れよ〜。後で変わればいいじゃん。てかレーン側の方が他の奴の取らないといけないんだから大変だぞ」

俺の言葉に
「横の人のために取る」<<<「食べる」という構図が頭の中で出来たのか、2人が俺を引っ張ってシートに押し込んだ。

「ぐえっ、お前ら…」
俺の言う寿司全部、レーンから取れ!という念が見えている。
くそう、こいつら…。

詰め詰めのシートの端っこでお茶を注ぐ。

ガタイのいいヤツが4人で俺一人、5人で一つのテーブルは窮屈だと思ったが店内にはそれなりに客が多いため仕方ない。

レーン側から俺、侑、治と座り、治がメニュー表を確保して覗き込んでいる。

「よし、俺トロ。あとサーモン、イクラ、タコ、エビ、肉マヨ」
「俺はなぁマグロ、アジ、えび天、」
「待て待て待て聖徳太子じゃねえよ」

レーンから回ってくる皿を必死に取って横に回すと、掃除機のように吸い込まれていく寿司2貫たち。

「うまぁー!試合後の寿司うま!」

ほっぺたを膨らませて笑いながら食べる双子に俺は白目を向きそうになる。

「驚きの吸引力…ダ イ ソ ンかよ」

角名と銀はお互いに食べたい奴を取っては食べている。え、なにこれ俺不利じゃね?

「おい角名、要領良すぎんだろ。俺まだひと皿も食べれてないんだけど。エビ!タコ!いくら!俺の取れよ!」
「え、やだ」

バクバク食っている角名にガン飛ばしていると横からまた2人がレーンを見つめている。

「何皿いけるやろ?」
「勝負やサム。なまえ、トロとカニとイカ、あ、軍艦もや!」
「俺はな焼肉握りと、カリフォルニアロール、」
「だあああっ!お前ら自分で取れ!席変わるぞ?!」
「「え?遠慮するわ」」
「それは遠慮じゃねえよ!」
「なあ、はよ取ってや」
「もうないねん」
腕を引っ張られながら、空になって積み上げられた皿を見る。

双子の吸引力怖ぇ。
レーンから要望のネタを取っては横に流す。バケツリレーみたいなもんだ。

流していると目の前にエビ、タコ、いくらが置かれた。銀が置いてくれていた。

「銀…っ、お前って奴は…っ!」

涙が出そうだよ、と口に含むと美味すぎて弾けた。
「美味いぃ…」

「なあ茶碗蒸し頼んで」
「あ、俺はフライドポテトや」
「分かったから、ちょっと待て」

止まらない双子の注文に比例して皿のタワーはどんどん高くなっていく。


「食った〜!」
「美味かったぁ…」
腹いっぱいになった後、会計時に店員の人も皿の数にちょっと引いていた。


寮に帰り風呂に入ったあと、今日の回転寿司を思い出して笑いが漏れた。

なんでもないことなのに食べている途中とか、帰り道に誰かが面白いことを言う度に爆笑して「笑わすな、トロが逆流する!」「うえ、きっしょ近寄んなや!」「逆流性食道炎か?」なんて言ってふざけていた。

携帯の画像フォルダを開くと、食べた皿で作ったタワーとそれを囲む5人。
角名のインカメで撮ったやつだ。

騒がしかったけど、楽しかった。中学の時には遠目で見ていたクラスメイトのバカ騒ぎ。賑やかだなあと蚊帳の外から眺めていた時には知らなかった楽しさ。

思い切り笑う、って単純なのに何だか満たされた気がする。

ベッドに寝転んでいると通知が入った。

〘角名倫太郎が動画を送信しました〙

双子にバケツリレーする俺の動画が送られてきていた。

角名倫太郎〘タイトル:おかん〙

「こいつ…っ」

いつか角名もギャフンと言わせてやると心に決めた。

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