登校して教室に入ると侑と角名はすでに席に着いていた。
基本自転車通学の俺と、バス通学の侑達とでは時間差がある。
机の上に黒リュックを置いて席に座る。俺の登校に気づいた侑が後ろを振り向いてきた。
「………」
何か言いたそうにしているが、その顔は謝ろうとしている顔ではなく、ムッとしていて不服そうな顔だ。
こいつ…謝る気ないな。
不合格。
「…何?」
無表情で言い放つと、片眉をピクりと動かして「別にっ」と前に向き直った。
苛立った口調に俺もイラッとする。
何でお前がイラついてんだよっ。イラついてのんは俺の方だっ。
侑の背中から滲み出るイライラオーラに俺は後ろで一人、信じられないというリアクションをしていた。
隣から角名の視線を感じて横を見ると、口元に手をあてて静かに笑っている。
眉を顰めて、俺は侑が謝ってくるまで絶対許す気なんてないんだからな、と意思表示をしておいた。
まじで侑の気分は天邪鬼すぎて分からなさすぎる。
知らない、気にしたら負けだ。と思考回路から切り離し、テストに向けて問題集を開く。
最後の悪あがきに集中して、シャーペンの芯を繰り出した。
***
SHRのチャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。配布物があり、プリントが配られる。
1番前の席の人が受け取り、後ろの席の人に回していく。
1番後ろの俺は、侑から最後の1枚を受け取ることになるわけだが…。
侑は確かに前の席の人からプリントを受け取ったくせに、俺にプリントが回ってこない。動かないその体に眉間に皺を寄せた。
は??何で回さないんだよ。
待てども待てども、回す気配のない侑に広い背中を後ろからグーパンで軽く殴る。
「(おい、プリント回せよっ)」
後ろから囁くように言うも無視してきた。
「(おいっ)」
もう一度手を出して、肩を揺らすと前を向いたまま、バサリと乱暴にプリントを回してきた。
なっ、こいつぅ……!!
多分、先程少しだけ冷たく当たったから機嫌が悪いんだと予測する。
ちょっと冷たくしたからって何でキレてんだよ?!俺の方がキレてんだけど!
気分屋ジャイアンの丸い金髪頭を後ろから睨みながら、プリントを受け取った。
ぜぇったいに許さない。
侑から謝ってくるまでは、ぜぇったいに許さないからな。
***
定期テスト初日、テストは午前中で終わり清掃時間を迎えた。日陰では肌寒さを感じる中、校舎の外で佐倉さんと一緒に箒を握り、手を動かす。
「男子の喧嘩って…なんか…」
呆れたような目で見てくる佐倉さんに居た堪れない気持ちになった。
多分、しょうもない事で喧嘩してるなと思われていることだろう。
「うっ、言いたいことは分かりマス…」
「ゲームしとって、喧嘩って…」
うああ、その目は厳しいです佐倉さん…。
「いや、ゲームを邪魔してきたのもあるけど、そもそも俺の尊厳を否定するようなことを言ってきた侑が悪くてですね…」
「何て言われたん?」
「それは…女子の佐倉さんに言うのは少し…」
モテないって言われてキレたなんて、絶対に言えるわけがない。非モテ男子丸出しの妬みが喧嘩の原因なんて口が裂けても言えない。
「まぁ宮くん言葉強いところあるもんなぁ」
「そうそう、基本的人権の尊重って知ってる?って言ったら、『喧しい』ってシメてくるヤツだから、アイツ」
「ふふ、それはみょうじくん限定やろねぇ」
眉を下げて笑う佐倉さんに肩を竦めた。俺限定なんて、随分と侑には下に見られたものだ。いつもは力尽くで攻められて、俺が折れることが多いが、今回ばかりは俺は断固反対姿勢で対抗してやるんだ。
***
掃除を終えて教室に戻ると、テスト初日の解放感から帰り支度を始める生徒たちの会話で賑やかだった。
席に座って明日のテストの教科書を机の中から出していると廊下側の窓が音を立てて開いた。
疲れた顔の三分が顔を覗かせる。
「みょうじ、どうやった?」
「まぁまぁ?かな」
「俺はな…終わったかもしれへん」
「まだ初日じゃん」
「まあな…でも全然手応えないわ…。なぁ昼食べてからテス勉せえへん?茶川もおるで」
三分の後ろから眼鏡をかけた茶川が手を上げた。二人とも通学カバンを肩にかけて帰る準備はできている。
いいね、と言う前に前の席に座る侑が勢いよく振り向いて「は?」と声を上げた。
「…なんだよ」
怖い顔をして見てくる侑を見返す。別に侑と午後から勉強する約束なんてしてないんだから、何も言われる筋合いはない。
「あ、寮組で勉強する予定やった?」
ほな、俺ら2人で飯行こうかなという三分に慌てて「俺も行く、」と答える。
「え、宮は?ええん?」
「知らん」
ふん、と鼻息荒くリュックに荷物を詰め込んで立ち上がる俺に、侑の眉間に皺が寄った。
「どしたんや、みょうじなんか怒っとんな」
茶川が首を傾げて俺を見た。
「怒ってない」
首を振って否定するも説得力があるかは不明だ。
「ほぉ、みょうじが怒るんは珍しいな…」
呟いた茶川が俺と侑を交互に見て瞬きをする。
「行こ、」
黒リュックを肩にかけようとしたのに、侑の手が邪魔をした。
黒リュックにつけているバボちゃんキーホルダーをギュッと掴まれてリュックが引っ張られる。
「…離せよ」
むぅ、と睨む侑に静かに口を開いた。
俺はお前が謝るまで許す気はないからな。
目で訴えると、侑がやっと手を離したため黒リュックを肩にかけた。
教室を出る前に侑をちらりと見ると伏せたその目が揺れ動いた気がしたが、無視して三分達と一緒に帰った。
***
「みょうじがそないに怒るなんて珍しいな」
茶川がカフェオレを飲みながらニヤリと笑った。
俺達はファミレスで腹を満たした後、ドリンクバーで元を取るなんて言いながら、飲みまくっていた。
自分達でも元を取れるわけないと分かってはいるが、変な努力をしてしまうアホな3人であることは自覚している。
「走っとる時なら、むっちゃイラついたり、怒ってんのやけどなぁ」
「わかるわぁ、走っとる時のみょうじは感情表現全開よな」
自転車降りたら、遠慮しぃなのになぁとケラケラ笑う茶川と三分に頬を膨らませた。
「茶川と三分には、ちゃんと素のままの俺を、見せてるつもりなんだけどっ」
「「知ってる〜」」
ニヤニヤと笑う2人に「俺をいじって遊ぶなよ」と抗議する。
「別に怒ってるっていうか、ちゃんと謝ってくれば俺だってそんなに…」
あいつが非を認めないから納得していないだけであって…。
ここまで来たら俺も徹底抗戦してやる、という気持ちしかない。ここで折れたらいつもと同じだ。絶対に、負けない。
そう心に決めて明日のテスト勉強に励んだ。
「じゃあまた明日なー」
「ん〜」
三分達と別れて自転車に乗り、男子寮への帰路に着く。
男子寮に帰った頃には外も暗く、気温も下がっていた。
帰ったら早くご飯食べて、風呂入ろう。
いつもなら侑から来る〘飯。〙のメッセージも今日はない。
部屋に一旦戻り、食堂で久しぶりに一人でご飯を食べた。人はまばらでご飯時のピークは過ぎている。
この調子なら風呂も空いてるかなあと予想してご飯を掻き込んだ。
食堂を出て部屋に戻り、風呂場に行く準備をする。カゴとタオルを持って風呂場に行くと予想通り、人は少なかった。
(ラッキ〜)
元から広々とした浴場ではあるが、運動部が固まっていたりすると賑やかでゆっくりはできない。
シャンプーをして、体を洗った後ゆっくりとお湯に浸かる。
男子寮でリフレッシュできるのは乾燥機から洗濯物を出した時の匂いと、独り占めの風呂場だ。
「ふぇ〜…」
寒くなってくる季節は特にお湯に浸かると生き返る。
しっかり温まり、風呂から出た後は着替えて、ドライヤーで髪を乾かす。さっぱりした気分でタオルを首にかけ、風呂場を出た。
後は寝るだけ、と階段を上がって自分の部屋に向かう。
廊下の角を曲がった瞬間、自分の部屋の前に塊が見えた。
よく見ると、ドアのところに座っている人間がいる。
「………」
黙って近づき、俺の部屋の前でドアを背もたれに座り込む金髪頭を見下ろした。
さっきまで風呂で温まってほかほかした気分だったが急遽チベスナ顔を作った。
歩いてきた俺に気づいた侑が座り込んだまま、見上げてきた。
「…何。なんか用?」
風呂上がり、血色の良い頬とは裏腹に俺の表情は無のはずだ。
「………」
「邪魔なんだけど」
黙ったまま見上げる侑に 退けろと示す。
「……」
「何か言いたいことでも?」
何か言いたそうなのに押し黙る侑に助け舟を出してやろう、とこちらから聞いてやる。
やっと謝りにきたか、と腰に手を当てる。謝罪の言葉を聞いてやろうと見下ろしていると、侑が自分の隣に置いてあるビニール袋を手に取った。
かさりと音を鳴らして持ち上げる。
「……プリン、食べるぅ?」
……はぁぁぁ???今なんて?
プリン、食べるか?って?
おま、それ今言うことじゃなくね?!
ここは『ごめん、』とか『すまん、』とかそんな言葉から始まるところじゃないのか?!
それをプリン、て…。
「…生クリームつきの高いやつやねん…」
もごもごと口の中で話す侑に俺は顔に手を当てた。
まさか、こいつ、これで許してもらおうとしてんのか…?
ちろり、と上目遣いで見てくる侑に、悪いことをした時にそろそろと上目遣いをしてくるじいちゃんちのチロルを思い出した。
……っ。こんな時にその上目遣いやめろよっ。
少しだけ俺の良心が揺れ動いた。いや、ここで許してたまるかという強い俺も僅かばかり残っている。
これが侑なりの精一杯の歩み寄りなんだろう。
下手くそすぎるだろ…。
はぁとため息を吐いて「食べる」と言うと侑がぴょこんと顔を上げた。
俺が断らなかったことに安堵したのか急に元気になって立ち上がる。
見下ろしていた顔を今では大きく見上げる形になった。レクルームに向かう侑の背中についていく。
2人の間に言葉はない。
誰もいないレクルームに入って侑がプリンを2つ、テーブルの上に出した。
濃厚生クリームプリンと、焼きプリン。
「どっちがええ?」
驚いた。いつもなら『俺、これ〜』と言いながら真っ先に自分の食べたいものを選び、さらには俺のものも横から食べてくるくせに。
「…じゃあ、生クリームプリン」
「うっ…」
おい、今の「うっ、」はなんだ。お前、絶対生クリームプリン狙ってただろ。
遠慮なく生クリームプリンを開けて一口食べる。
濃厚な甘さが舌に広がった。とろける味わいに美味しい、と少し気分が上がる。
「いるぅ?」
侑がスプーンを俺に差し出してきた。スプーンの上でプルプルと震える焼きプリン。
まさか…あの侑がここまでするなんて…。
「いる」
口を開けて侑の手からプリンを食べる。
うん、焼きプリンも美味いじゃん。
もぐもぐと堪能していると、侑が黙ったままプリンをちょこっとずつ食べている。
何か言いたそうだが、なかなか話し始めない。ただ、ここまでするということは、言いたいことは大体分かる。
しょうがないなぁと侑を横目に見て、息を吸った。
「……悪いと思ってんの?」
俺の言葉にプルプルの焼きプリンをつつく手を止めた。数秒のち、
「思てるぅ」
呟くような声が帰ってきた。
侑を見ると、ちらりと俺を見て目を逸らした。
完全にチロルと挙動が同じなんだよな。
俺が『だめだろっ』と怒ると困ったような顔で上目遣いで見てくる。
「傷ついたんですけど」
「…言うたこと、ほんまに思ってるわけちゃうもん」
「……」
「でも、やっぱモテへんのはモテへんとおもぅ…」
「おい。言ったそばからっ」
怒りマークが語尾につく勢いで睨む。
「せやけど、一人くらいはなまえのこと、ええなぁって思てくれる奴、おると思ぅ…」
「あ?」
「近くにぃ…」
唇を尖らして、まるでアニメのツンデレJKみたいにいきなりデレるのはやめて欲しい。
「………うるさい、もう黙れっ」
無理やり生クリームプリンを一口、侑の口に突っ込んだ。
うまいぃ、と言いながらもぐもぐしている侑にため息を吐く。
「…許してくれた?」
俺の顔を伺うようにこてん、と首を傾げる侑に悔しいが俺の『徹底抗戦』という意志は折れかけていた。
「…はぁ、仕方ないからプリンで手を打ってやる」
俺の言葉にパァァっと明るく笑う侑に不意を突かれて心臓がぎゅうと苦しくなった。
なんちゅー顔で笑うんだよっ。そんな嬉しそうに笑うなっ。
こいつ、自分の顔の良さを分かってない…。いや、分かってるけど分かってない…。
「でも、ちゃんと謝ってくれないと納得できん」
頬を膨らます俺に侑はニカッと笑った。
「ごめん、て!!」
おま……。
ケロリと悪びれもなく言う侑にさっきまでの言い詰まってたのは何なんだ、と呆れる。
結局、許されるか許されないかの瀬戸際で許されると分かったらケロっとする辺り、本当に調子が良い奴だ。
完全に納得したわけではないが、侑にしては頑張った方か、と諦めの境地でプリンを口に運んだ。
「あ、これな、サムのやねん」
「…は?」
隣で軽く言う侑をまじまじと見た。
今、何と?
「治の…?」
目の前で開け放たれたプリンを見下ろす。
「一緒に怒られてな?」
またケロッと笑う侑に俺は信じられないと口元がひくついた。
「はぁぁ?お前、何勝手にっ、これっ治のぉっ?!」
「うん。美味いっ、生クリームプリンちょおだい」
「いや、おい、おま、治がっ…」
「やって、冷蔵庫ん中見たら、これしかなかったんやもん」
しゃーない、とパクパク食べる侑に俺は天を仰いだ。
その後見事に治にブチ切れられたのは言うまでもない。
治の前で二人で正座しながら、何で俺まで怒られてるんだ、と完全に巻き込まれ被害にあったのだった。
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「おい、俺の楽しみにしとったプリン、2つも食ってくれたんか、あ??」
「治、ほんとごめん。こいつひっとことも治の、なんて言わなかったから!」
「せこいで!なまえも食うたやん!」
「はぁっ?!お前がプリン食べるかって持ってきたんだろっ」
「さぞかし美味かったやろなぁ??」
「美味かったで♪」
「こんのっ、クソツムが……!!!」
「ああっ、ストップ!ストップ!明日買ってくるから!!」
食べ物の恨みって怖いと感じた。