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定期テストが終わり、12月に入った。

外の空気はひんやりとしていて陽が当たればまだマシではあるが、生憎今日は曇りだ。

「ぅう、寒い…何で体育、外なんだよ…」

臙脂色の長袖ジャージに身を包み、隣に立つ角名と一緒に震える。

「倫太郎、寒い。空気暖かくして」
「無理。あそこに暑苦しい奴いるじゃん」

角名が顎で示すのは少し離れたところで走り回っている侑。
グラウンドでサッカー部と一緒になってボールを追いかけている。

「人間カイロな。さっきまで一緒に寒い寒いって連呼してたのに…」
「中身、小学生だから」
「体温高いやつなぁ」

元気に走り回る侑を二人で見守る。ボールを追いかけず突っ立っている俺達は無気力以外の何者でもない。

ボールが近くに来たら、それなりに動くかな。いや、やっぱボール怖いし避けようかな、なんて考えていると、いきなり首に冷たい感触が走る。

角名が冷えた手をジャージの襟元に突っ込んできた。

「うぁあ゛っ!」
「ふっ、何その声っ、」

冷たくて縮み上がる俺にツボったのか、歯を見せて笑う角名を睨む。

「こ、のっ」
仕返ししてやろうと腕を伸ばすと角名に肩を押し返された。俺の腕の長さでは角名に届かない。

「おい卑怯だぞっ、リーチの長さが違うだろっ」

高みの見物と、余裕そうに笑う角名と騒いでいると侑が駆け寄ってきた。

「なんしてんっ」
「侑っ、いいところに!角名捕まえろ!」

面白いことに目がない侑は、なんか面白そうと判断したのか角名を後ろから羽交い締めにした。

「!ちょっ、」
「ふっふっふ、倫太郎くん…覚悟はいいかな…」

手をわきわきと動かして笑う俺に、ものすごく嫌そうな顔をする角名。

遠慮なく角名のジャージの中に手を入れて角名の腹をぺたりと触った。

指先の冷えた温度が角名の腹に移る。代わりに温もりを感じる掌。

「うっ、」

切長の細い目を見開き、俺を見下ろす瞳の中に怒りの色が見えた。

あっ、やばい。倫太郎くん、キレた。

「逃げろっ、」

角名から手を離した侑と一緒に距離を取るべく、一目散に走り出す。

角名の長い腕が伸び、指先が服を掠めて肝っ玉が震え上がる。

「ふぁああっ」
「あかん、角名が怒ったぁぁあっ」

本気で走る俺達に追いかけてきた角名も、動くのがダルくなったのかすぐに足を止めた。
ただし、俺達を空気よりも冷たい目で睨んでくるその顔は変わらない。

「きゃーっ、角名くんこわぁいっ」
「はははっ」

侑が女子の声を真似てキャピキャピしながら煽っている。ふざけ放題の侑に思わず笑いが出る。角名に追いかけられるスリルを味わった俺もテンションが上がって侑のノリに合わせる。

2人して時たま見かける仲良し女子2人組みたいにキャッキャと近距離で抱き合って角名を茶化す。

腕を回して俺をすっぽりと覆う侑に俺もノッて侑の背中に腕を回した。

「角名くん、ガチギレ怖すぎぃ」
「そんなんじゃモテないぞっ」

「………」

8m程、角名から離れて距離を取る。ふざける俺たちを冷ややかな目で見てくる様子にまたキャッキャと楽しんだ。

寒々しい外の空気に対し、侑の腕の中は暖かい。

「侑、まじで人間カイロだな」
「侑クンが温めたろか〜?」

潰されそうな勢いでむぎゅ、と挟まれて苦しい。
ていうか…

「ごついな…」

ぼそりと呟いた俺に侑が眉をぴくりと動かした。

「あ?」

筋肉質で骨太な体躯、タッパのある体はどこからどう見ても男らしさ満載の体つき。

同じ男から見ても羨ましいほど、恵まれたその身長、骨格、筋肉に、高3ともなるとアスリートとして鍛えられた肉体は徐々に完成体に近づこうとしている。

去年よりも増えた筋肉量に伸びた身長は確実にスポーツ選手として成長している。

「やっぱ女子とは違うな…」
「はぁぁぁ?女子が何やて?お前は女子の何を知ってんねや」

首を傾げてぼそりと呟いた俺に侑が片眉を上げ、目を見開いて見下ろしてきた。

何時ぞや萩沼さんが倒れた時にお姫様抱っこして保健室に連れていった時のことを思い出す。

あの時の柔らかさは…、正直、ない。

「何かなぁ…感触が、固い」

当たり前ではあるが、女子と比べるには無理がある。

柔らかい、ってだけでドキドキしてしまうのは何故なんだろう。
あの時は必死だったけど、あの感触は、今思い出しただけでも少し浮つく。

非モテ男子丸出しの思考にフルフルと頭を振った。

「はぁ、俺の煩悩よ静まれっ」

冷静を取り戻そうとしていると、侑の肩が震え始めた。

「お、ま、え…」

あ、やばい角名だけでなく侑もキレている。
危険を察知して逃げようと半歩、足を引いたのに腕をがっしりと掴まれていた。

「ひゃぁぁあっ、角名助けっ」
「こいつっっ」
「いだだだっ!背骨が折れる!折れちゃうっ」

グランドの端で攻防の末、騒いでいる俺達に体育教師の喝が飛んできた。

「こぉらっっ!宮!みょうじ!今はサッカーの時間や!!レスリングかっ!違う競技してんとちゃうやろがー! 」

ボールを追いかけろ、ボールを!!という教師の声にやっと侑から解放された。

ボールなんか毎日追いかけとるわ!と聞こえない距離でツッコミする侑の小言に、ボール違いでな、と俺も心の中でツッコむ。

サッカーコートの中に走っていく侑の背中を見送る。シメあげられ涙目で角名の元に帰るとニヤニヤと笑いながら見下ろされた。

「何言ったの」
「…感触がごつい、って言った」
「ホホッ、うける」

意地悪く笑う角名を見上げながら目を細めた。成長しているのは角名も同じ。絶対に身長が伸びている。羨ましさと嫉妬から少しいじりたくなった。

「頭が高いぞ、角名」
「はぁ?ちっちゃいのが悪くない?」

ニヤニヤと笑いながら目線を下ろしてくる角名は確実に俺をバカにしている。

「絶対身長伸びただろ」
「190まであとちょっと」
「うわ、えぐっ。やめて俺と20cm差とかつけないでね」
「でも俺ブロッカーの中では小さい方だけどね」
「えー、まじで。皆どんだけ背ぇ高いんだよ」
「190cm超えとか、ざら」
「まじか…」

角名よりも目線が高いってもはや未知の世界だ。
実際こんな大柄な奴にネットを挟んでブロックされたらとっても怖そうだ、と素人ながらに思う。

「角名のブロック怖そう」
「どこがだよ」
「煽りが半端ない」
「全然煽ってないし」
「そういう涼しい顔して言う奴が一番タチ悪いの分かってるぅ?」
「分からん」

ニヤニヤする角名の腹をつつきながら、昨日の夜、バレー部の合宿から帰ってきて俺の部屋でお喋りする侑を思い出した。

『ブロックしようと跳んだ時にネットの向こうでサムの目がぶちキレとってなぁ。バッチリ俺がドシャッと叩き落としたってん、最っ高に気持ちえかったぁ』
『角名がなぁ、やぁっと体あったまって、俺の上げた球、決めた時の相手校の顔!どや、ウチの角名、ええスパイク打つやろぉ?て!』

楽しそうに話す侑を思い返し口元が緩んだ。

「バレー部の合宿、どうだった?」
「…キツかった。今、筋肉痛」

身体中に重くのしかかる疲労感は理解できる。筋繊維の分裂、疲労物質の蓄積に体は今必死で回復しようとしているはずだ。

「でもさぁ、楽しかったろ?」

角名の目を見ると、ちろりと俺に目を向けて、それから侑を見た。

「…まあね」

「銀が『春高は最後のバレーやねん、俺は何があっても侑からトスが上がる限り、跳び続ける』って言ってた」
「熱い…」
「ふふっ、銀らしいよなぁ」

大真面目に言う銀はいつだって本気でそう思っている。かっこいいこと言うわぁとぼやいていると隣から風に乗ってぼそりとした声が耳に入った。

「…俺も跳び続けるけど…」

聞こえた言葉に、思わず眉を上げて横を見る。
気だるそうな顔で鼻先を赤くした角名はじっと前を見ていた。

その透明感溢れる横顔と、先程の言葉にじわりじわりと胸の内に溢れてくる温かいもの。

口元が緩まずにはいられなかった。

「笑うな」

じろりと見下ろされるもニヤける俺には効かない。

「ふっ、お前ら全員、負けず劣らず熱血すぎるだろ」

何も侑だけじゃない。
ここにもバレー大好き少年がいる。

クセづいた黒髪を風に揺らす同い年の角名は、物静かで、無気力に見えて、それなのに裏では負けず嫌いなところがあって、心の中で熱いもんを秘めているバレー大好き少年。


心の底から隣に立つ友達、角名倫太郎を応援したいと思った。


「…春高、死ぬ気で応援するから。勝てよ」
「…当たり前じゃん」
「あ、これプレッシャー?」
「全然?」

余裕そうに口角を上げる角名。稲高の男バレ部を背負う3年の頼もしい姿に俺も笑う。

こいつらは勝ちしか見えてない。そうだ、バレー部はそんな強者の集まりだ。

「どんどん点獲るとこも、攻撃を叩き落とす壁も、全部かっこいいから全力で応援するな」
「…どうも」

分かりにくい表情の中に少し照れが見えた。すん、と鼻をすする角名に俺は「ふはっ、」と噴き出す。

「倫太郎〜、寒いか!?俺が温めてやろう!!」
「ちょ、やめ、うるさいのが来るからっ」

角名の体にガバリと腕を広げて包み込んであげるも、俺の体の大きさでは包み込めない。

むしろ、俺が角名に引っ付いているような構図だ。どこからか駆ける足音が聞こえてきた。段々と大きく近づいてくる音。

「ほら、何か走ってきてるし、すごい顔でっ」

大木に張り付くかのように腕を回す俺と角名に衝撃が走った。

「どーんっ、」
「ぐぇっ」

体幹の強い角名のおかげで倒れずに持ち堪えた。両手を目いっぱい広げて俺達に抱きついてくる侑。

「寒いんやろ!あっためたるで!」
「いい、いいから離れろ」

鬱陶しそうな顔をする角名と力強く腕を回す侑に挟まれてサンドイッチの具みたいな気分だ。

「潰れるっ!挟まれて潰れるぅっ」

ケラケラと侑が笑うとその振動が体に伝わってくる。それほどに密着して暖を取る俺達は周りの女子から呆れたような目を向けられた。

「あそこ、何してんの」
「みょうじ、潰されとるやん」
「角名くんの胸板、どんな感じやと思う」
「ミャーツム、体温高そう」

そんな会話を聞きながら、また先生から怒られた。

「そこの3人!はよコート戻れー!」
「「はぁい」」
「また注意されたっ。侑が絡んできたら必ず怒られるんだよなあ」
「激しく同意」
「人を厄介者扱いすなっ、ド突くぞ?!」

はいはい、と言いながら3人でグラウンドのコートに向かう。

見上げる空には陽射しが見えてきていた。

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