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「どこ行くん」

平日、夜。
男子寮の玄関に座り込み、スニーカーの靴紐を結んでいると、頭上から声が降ってきた。
顔を上げるとジャージ姿の3人がぞろぞろと入ってきた。

「おかえりー」

治と角名が「ただいまぁ」と返事をしながら靴を脱いでいる。侑は俺を見下ろしたまま動かない。

「最近ゲームばっかで体鈍ってるし、外走ってこようかなぁって」

やはり部活引退となると運動量が減ってしまう。
最低週1はガッツリとロードバイクで走り込むが、気分転換にランニングでもしようかと思ったのだ。

「ふうん」

アキレス腱を伸ばしながらその場でストレッチをする俺を見て侑が治にスポーツバッグを投げた。

「サムぅ、俺のも持って上がって」

ぼすん、とバッグを受け取った治が目だけで返事をして角名と廊下を歩いて行った。

「俺も行く」
「え、練習終わったばっかだろ」

疲れてないのかよ、と首を傾げる俺に「一緒に走るとは言うてへん」とニヤリと笑いながら返す。

「チャリがあるやん。チャリが」

そう、男子寮には卒業していった先輩達が寄贈という名目で置き去りにしているママチャリが数台あり、近場への買い物等に自由に使っている。

なるほど、侑がママチャリに乗るから俺は走れ、とそういうことか。

近くを軽く走るだけだから、と告げウインドブレーカーのチャックを首元まで上げて外に出た。暗闇の中、街灯の明かりがポツポツと続いている。

その場でジャンプしたり、腕を回したりと体を慣らす間に、侑がママチャリに乗ってやって来た。体が大きい侑が乗るとママチャリが小さく見える。

「侑とママチャリの組み合わせって笑えるな」
「あ?」

ジャージ姿の侑がママチャリに乗っている絵面が少しシュールで笑ってしまう。ゆるく走り始める俺の横をゆらゆらと揺れながらついてくる。


最初はゆっくりとジョギングペースで進んでいたのに段々と侑が調子に乗り始めてきた。

「はよ走れ〜遅いで」
「っ、はぁっ、おま、上げすぎっ」

快適に走る侑の背中を全力で追いかける俺。もはや、ランニングというよりダッシュに近い。

風に前髪を煽られ、額を見せながら風を感じている侑は楽しそうだ。

「ちょっ、ストップ!一旦ストップ!」

俺が立ち止まると侑がブレーキをぎゅっと握った。

「あっつ…、ちょっとこれ脱ぐから」

上に羽織っていたウインドブレーカーを脱いで侑に押し付ける。

冷たい空気の中でも体を動かせば汗は出るわけで、温まった体には上着は必要なかった。

持っておけ、という意味で押し付けたウインドブレーカー。侑はじっと手元の上着を見た後、なぜかそれを羽織り始めた。

「何で着てんだよ」
「チャリやと寒いもん。うわ、ちっちゃ、腕きっつうぅ」
「ぶっ、肩パツパツじゃんっ、笑わせるなっ」

肩周りがキツそうで動かしにくそうなのに、無理やり着ている侑の背中を叩く。背中も生地がぴん、と伸びていて俺の背中の広さとの違いを思い知らされる。

俺のウインドブレーカー破るなよ、と念を押してもう一度走り始める。
上着を羽織った侑は機嫌が良さそうで鼻歌を歌いながら漕いでいた。

折り返し地点の川辺で少し休憩を、と止まりゆっくりと歩く。
侑は自転車に乗りながら、如何に歩く速度で進めるかゆらゆらと揺れながらペダルを漕いでいる。

「たまにむっちゃゆっくりな自転車のじいちゃん、おるやん。あれ、バランス感覚すごない?」
「わかる。歩いた方が速いのに、ものすっごい低速なじいちゃんいるよな。逆にバランス感覚すげえっ、て二度見する時あるある」

絶対あの空間だけ時空止まってんだろ、と思い出し笑いをしながら夜道を歩く。

「春高応援の選考、受かったぁ?」
「まだ結果は言われてないけど…あんだけ書いてたら目立つだろ」

というのも、休み時間に春高バレー応援の校内募集の用紙に記入した時、侑から選考に受かるために並々ならぬ応援動機を記入欄はみ出す程に書け、と言われたのだ。
その時の記憶が頭の中で巡る。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「あかんて。そんなん受からへんやろ。もっと現地で応援したい言う熱い思いを書け!」
「熱い思いって…こんな感じで『仲が良い友達がいるので応援したいです』って書いてるじゃん」
「ぜんっぜん、あかん!文章作る才能の欠片もない」
「うるさいな」
「あっ!!ええこと思いついた!ちょお待っといて」
「侑の言ういい事って全然いい事じゃないし…」

「連れてきたで!!ほら!」
「萩沼さん…」
「えっ、と何か呼ばれて来てみたけど…どうかした?」
「なあ、なまえのなぁ、このへったくそな応募動機読んで?有り得へんよなぁ?」
「おい、ディスんなよ」
「こんなん受かるもんも受からへん思わん?萩沼サンの力でこのみすぼらしい応募動機を、あっと思わせるようなんにしてほしい!!」

「ふんふん、なるほどねぇ…みょうじくん、ちょっとシャーペンいい?」
「あっ、うん。はい」
「おおっ、すごい!むっちゃ添削されていく!」
「あ、赤ペン先生だ…」

「こんな感じでどうでしょうっ?」
「す、すごい…さすが新聞部…」
「おお〜っこれなら受かるやろ!萩沼サンありがとう!」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

思い出した俺は呆れたように侑を横目で見た。

「新聞部の萩沼さん召喚するとかチートだろ」

冷たい空気が火照った体から体温を奪っていく。横でゆらゆらと自転車に乗る侑がニヤリと笑ってきた。

「使えるもんは使わんとなぁ。なまえ、欲しいもん、手に入れるためなら、どんな手使ってでも手に入れるっちゅう強い気持ちがないとな、得られへんのやで?」

策略家、宮侑の顔がチラつく。末恐ろしい親友に口元がひくついた。バレーをしている時も静かに笑いながら企む顔には、見ているこちらも、あの顔で今、何を考えているんだろうと内心ザワつく時がある。


「提出した後、先生から『応募用紙見たで!文章綺麗やなぁ、みょうじにそんな才能ある思わんかったわ』て言われて、気まずかったし愛想笑いしか出来なかったんだからなっ」

「ええやん『そうなんです、僕天才ですよね?』くらい言うとき」
「言えるかアホ。てか応援っていったら、今日チアの女子から話しかけられてただろ」

直前まで俺のことをいじって意地悪そうな笑みを浮かべていたのに、女子に話しかけられると最初は真顔で反応したのち、バレー部の応援の話と分かるとコロッと変わったように笑うから女子もギャップにやられていた。
応援ありがとうと微笑む侑を傍から見ていて、うわぁ営業スマイルこっわ、と思ったのは記憶に新しい。

まぁ、ちょっと前までは営業スマイルさえ出来ない気分屋で天邪鬼な侑クンだったから少しは成長したのかも、なんて考えもなくはない。

「なんや、羨ましいんか?」
「………いや?」
「今の間はなんやっ!今の間ぁは!」

羨ましいかどうかと聞かれると、純粋にチヤホヤされるのは…羨ましい。女子にチヤホヤなんてされたことが無いこの人生。
みょうじくん、かっこいいとか、取り囲まれてみたい。という願望は1ミリだけある。
実際、そうなったら恐縮すぎて倒れそうだがそんなことは夢のまた夢だろう。
隣にいるこの男がレベチなだけなのだ。

「はぁ、高校生活、周りに男しかいねえ。予定では高校入ったら彼女が出来て青春謳歌するはずだったのに…」
「なんの話しとん?空想の話?」

真顔で聞いてくる侑にじと目で返す。

「高校入ってもほぼ自転車しかしてねぇ…」
「俺やってバレーしかしてへんし。合宿、遠征、練習試合の繰り返しや」
「…だよなぁ。まあ寮に入る時点で自由は消えるものとは分かっていたけど…」

寮なら部外者を連れ込むことも無理だし、規則正しい生活を強いられる。
ある意味、健康的ではあるが年頃の高校生にとっては良くも悪くも、というところがある。

「そのおかげで自転車に乗り込めたから、よかったっちゃよかったけどなぁ」

走りもがいた2年半を思い返して、静かに感慨に浸る。

冬の夜ともなれば静寂に包まれている。虫の鳴き声さえもない静かな空間で、遠くに車の走行音が聞こえるだけだ。

お互い無言で歩を進める。
この静かな空気が嫌いではないし、むしろ好きだ。

僅かな風を頬に受けながら、侑は今何を考えているだろう、とふと思う。

春高のことだろうか。
バレー一筋でやってきたバレーバカにはバレーのことだけ考えていてほしい。

あの大きな会場のコート上で拳を握って、友達たちが喜び叫ぶ姿が見たい。

ライトを浴びながら、跳んで走って、振りかざす治を、倫太郎を、銀をこの目で見たい。

「…もう1ヶ月ないな」

ぼそりと呟くと侑がちらりと見てきた。

「うん」
「あー、ほんと現地で見てみたいな」
「絶対来い。ほんで俺のむちゃくちゃかっこええとこ見て、見惚れてまえ」

当然と言うような侑の顔に呆れた目で返す。

「何でそう自信満々なんだよ」
「だって、俺かっこええもん」
「……コートの中では、な」
「は?」

キレた侑にダッシュで走り始めると真顔で「は?は?」と言いながらガチ漕ぎしてきた。

「はははっ、怖ぇ!やめろっその顔で迫ってくんなっ」

笑いながら走る俺に自転車の侑がすぐに追いつく。諦めて速度を落とした。

「コートの中では、ておかしいやろ」
「おかしくないって」
「いつもかっこええ、コートん中ではもっとかっこええの間違いちゃう? 」

本当にどこからこの自信が出てくるんだと羨ましささえ生まれる。こんなに自分に自信があれば人生強く生きていけそうだ。

ちゅうか、もう惚れとるんちゃう?とブツブツ呟く侑を横目に続く暗闇に目を向けて小さく口を開いた。

「…足りないなぁ」
「あ?」
「まだ、足りない」
「なにがやねん」

「もっとコートの中でもがいて、剛球サーブ打ち込んで、ボール繋いで…。強いってところ見せてくれないと、」
「……」
「侑が、あの体育館(はこ)を揺るがして、誰よりも長くコートに立ってるとこ、見たい」

じゃないと侑のかっこよさ、全然足らんわ。と自信満々な侑くんへ向けて煽るように笑った。

侑はじっと俺を見たあと口角を上げた。

「…上等やんけ。見さらせよ」

低い声と暗闇に浮かぶその双眸には熱い闘志が見える。ゾクリと得体の知れない何かが背中を這い上がり、喉元まで到達した。

火をつけてしまったという自覚はあれど、後悔はない。

燃えるその闘志には油を注いでナンボだ。だってあの宮侑なんだから。

負けず嫌いでバレーに対する執念の塊のような熱い男だ。

「俺が現地まで応援しに行ってやるんだから、勝たないと許さん」
「ったり前やん。今日、トーナメント表、発表されたわ」
「…どうだった?」
「勝ち進んだら、…アイツらおる」

烏野のことだろう。去年、敗れた宮城の烏野高校。烏野が勝ち上がってくる前提で、ぶつかる気満々だ。

「絶対に最終日まで残ったる、勝つんは俺らや」

燃ゆる闘争心全開の侑を前にふは、っと息を吐いた。

「あぁ〜〜俺も走りたなってきた!!交代!」
「はぁ?」

ダッシュしたい気分やねん、と言う侑に堪えられない笑いをそのままに自転車を交代する。

自分のウインドブレーカーを羽織って自転車に乗ると侑が走り始めた。

イノシシかよ、と後ろから見てまた噴き出した。
猪突猛進、その勢いで突き進んでほしい。
大好きなあのコートまで。

友の背中を見て、俺もペダルを踏み込んだ。

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