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二学期の終業式が終わった。
いつもより早い下校に教室も廊下も行き合う生徒達の会話や笑い声が響いて賑やかだ。

「宮くんっ春高頑張ってなぁ」
「角名、応援しとるでー」

声をかけていく生徒に返事をする侑と手を上げて短く応える角名。リュックを背負い、二人に声をかける。

「じゃ、二人とも練習ふぁいと。また寮でな〜」

3年5組の教室を出て、隣の6組に入り込んだ。

大学受験に勤しむ生徒が多い中、進路が決まった俺と三分は今日も自転車に乗り、距離を走ろうとしていた。

三分を待つ傍ら、これから受験勉強漬けとなる茶川を励まそうと席に近づいて声をかける。

「茶川〜、冬休み最後の追い込み頑張れよっ!遠くから応援してるからな」

グッと握りこぶしを見せると「24時間無休で応援しとって」と返してきたため、笑いが漏れる。

「寝ても覚めても茶川のこと考えとかないといけないのかよ、無理」
「つれへんなぁ」
「うは、茶川言われとんな」

帰り支度を終えた三分も近づいてきた。

「お、三分。もう準備出来た?」
「おん」

「みょうじは明日からすぐ家に帰るん?」

勉強用の眼鏡を外して両腕を頭上に伸ばしながら、茶川が首を傾げる。

「んー、数日は寮にいるけど、年末前には帰るかなあ、年明けたら春高バレーの応援行くし」

「おぉせやったな。バレー部の応援か。すごいよなあ昇降口に貼ってあった公式ポスター見たわ。注目選手で宮、乗っとったよな」

東京か、ええなぁと三分が羨ましいと言いたげに見てくる。

「そうそう。優勝候補だもんなあ男バレ部人数多いし全国大会常連でさすがって感じ」

「応援の校内募集通ったのすごいやん」

三分が意外だと眉を上げて驚く。

「並々ならぬ熱い思いの丈を書かされたからな…。なんだろ、兄弟の試合応援しに行くような気分」

「寮組は毎日一緒に生活しとるもんなぁ」

「もちろん茶川の勉強も応援してるから」

「へいへい。2人とも今から走りに行くん?」

「言うて寒いし、ゆっくりめの耐久走的な感じでな」
「絶対ゆっくりにはならんだろ」

三分にツッコミを入れていると茶川が「ええなあ、俺も走りたい…。受験、終わったら引いてな。俺は後ろでひたすら楽させてもらお」と頬杖をついた。

「終わったらリハビリライドな。それまでは全力で!もがけ!脳みそが疲れるまで!」
「簡単に言うてくれるわぁ」

三分と笑って茶川の背中を叩いた。俺たちの『気』を分けてあげよう、なんて言いながら茶川が止めるまで叩きまくった。

6組の教室を出た後、部室に置いているロードバイクを取りに行く。

1,2年はすでに練習開始しようとしていた。奈良木の姿を見かけて手を上げる。

「奈良木部長〜、いってら〜」
「あっ、みょうじ先輩っ」
「気ぃつけてな〜」

お2人も、と手を上げて走っていく後輩達の背中を見送る。稲荷崎の文字が入ったサイクルジャージがどんどん小さくなっていった。

今まであの集団の中に当たり前のように入って練習していた過去の日々を懐かしく感じる。

少し寂しくも思うが三分の横顔を見て、同じ思いを持つのは自分だけじゃないと安心した。

「…俺らも走りますかねぇ」
「そうやな」

俺の言葉に三分は頷いた。
俺達の高校での自転車競技は終わったが、ロードレースは何も高校だけじゃない。

もちろん高校3年間でしか感じられないこと、味わえないことはあるが、何歳になってもレースに参加して勝負することはできる。
舞台は違えど、鍛錬に励み、競い、勝敗を味わうことは皆平等に出来る。それがスポーツの根源、楽しさの一つだろう。

高校三年間を通して感じた『やっぱり自転車って楽しいな』という思いは変わらない。

楽しむために、己の力を高める。だから俺たちは今日も大好きなロードバイクに乗って、走る。

「よーし暗くなる前にひと汗かいとくかっみょうじ、鬼引き頼むで!」
「みょうじトレイン、今日は各駅停車のためゆっくりめです〜」
「あ、ほな北側のコースにして饅頭屋で一旦止まる?」
「おっそれいいな〜、久しぶりにあそこの饅頭食べたい」
「俺はたい焼き食いたい!」
「!たい焼きもいいなっ」

速さを求めて走るも良し、景色を楽しみながら走るも良し、ただただ風を感じて走るのも良し。ロードバイクの楽しさはたくさんある。

走る楽しさに魅了された俺達は今日も今日とて、愛車に乗って真っ青な空の下を出発した。


***


三分と走り終えた後。
日没が早いこの時期、薄暗くなった帰り道を走行していた。

男子寮に近づいた時、前方にゆっくり歩くジャージ姿の背中を見かけた。暗くて分かりにくいがあの髪色と背丈は多分。

「治〜」

声をかけると振り向いたのはやはり治だった。マフラーに顔を埋めて寒そうにしている、治の横にゆっくりとこぎつける。

「侑達は?」
「ツムと角名は先帰っとる。明日からみっちり練習あるし、今日は、はよ終わってん」
「そうなんだ」

自転車を降りて、一緒に歩くことにした。片手をロードバイクのハンドルに添えてやれば軽い力で横を動く。

「あとちょっとだな、春高」
「せやな」

隣を歩く治を見上げる。侑と顔は似ているが雰囲気は絶対的に違う。おっとりとしている所がそう思わせるのだろうか。
侑におっとり感は皆無だ。

治には侑みたいな人でなしの一面はないし、治からジャイアニズムを感じることはない。もちろん侑と一緒で調子良い時もありまくりだが、どちらかと言うとぶっ飛んでる侑のフォローの方が多いかもしれない。

銀も言っていた、最後の高校バレー。
治も同じだ。高校でバレーを辞めると決めた時からこの日が来るのは分かっていた。

高校最強ツインズと呼ばれる前から二人で切磋琢磨してきた過去がある。

夏に宮家に遊びに行った時に見た、バレーと共に成長した双子の数々の写真。
バレーボールを追いかけて笑顔を見せる双子や試合後のVサインをした二人の写真はどれも楽しそうだった。

その思い出を目にした時。コイツらはここに来るまで、どれだけぶつかり合って来たんだろうと思った。

家の壁の殴った時の穴や、蹴った時に出来た穴の修復跡を見て、普通の兄弟とはまた違う『双子』だからこその葛藤や衝突もあったんだろうなとも思う。

そんな侑と治の二人で戦う試合が最後だと思うとつい胸が絞められるように苦しく、切なくなる。もっともっと見ていたい2人の連係プレー。

この先、双子達はそれぞれ違う道を歩いていく。生まれる前から一緒にいて、ここまで隣同士で歩いてきた相棒と別の道を歩むという決意は少なからず衝撃を受けた。

だからこそ最後の高校バレーで二人の一球一球をこの目で見たい。声を張り上げて、喉が枯れるまで応援したい。


「東京体育館で全力で応援するから。頑張れよっ、…て今日同じようなこと色んな人に言われただろうけど」
「むっちゃ言われた」
「だろうな〜」

くすりと笑うと、治は前を向いた後、少し黙った。その横顔を見て、何か考えていることがあるんだろうかと同じように静かに男子寮への道のりを歩く。

「……思うんよな」
「……?」
「去年の今頃。北さんら三年生もこんな気持ちやったんやろか、て」
「………」
「前から春高が最後って決めとるし、吹っ切れとるけど。ついに、来てもうたなって」

治の横顔がほんの少し寂しそうに見えた。

「来てほしくないような、来てほしいような、そんな感じ?」
「うん」
「わかる、俺もインハイ前そんな感じだった」

思い出すように目を伏せて笑う。

「終わりたくないな、って。茶川と三分ともっともっと走りたい、もがきたい、苦しさも楽しさも嬉しさも一緒に味わいたい、って」

でも泣いても、笑っても、陽はまた昇る。日々は俺たちの気持ちなんて関係なく、無慈悲にやってくる。

練習キツイな、なんて思っていたのにいざ、最後の試合がやってくるとまだ走りたい、終わりたくない、なんて都合の良い話なのだが。

「はは、三年になったら皆、思うことなんだろうな。北さんらもちょっとだけ寂しくなったかも知れんな」

治の顔をちらりと見る。ゆっくりじっくり考えるところは侑とは違うな、と思う。あいつは閃いたり、直感型ですぐに行動するけど、治は静かにじっくり考えているように見える。

だからこそ、春高前の今も色々と思うことがあるのかもしれない。

「ツムはこれが最後やないし、全然そんなこと考えてへんけど」
「…そうかなぁ。それはない気がする」
「ない、て何が?」

「侑にそんな素振りはないけど、治と同じコートに立って戦うのが最後なのは寂しいってどこか感じてると思うんだよな」

今は感じていなかったとしても、絶対終わった後とかどこかで感じてる奴だと俺は思う。
だってあんなに熱い男が、ここまでずっと一緒にやってきた唯一無二の相棒と最後となることに、何も思わないはずがない。

最初は憤慨して納得しなかったように葛藤した気持ちはかなり大きかったはずだ。
治が高校でバレー辞めるという話になった瞬間、俺の部屋に入り込んで来てブチ切れるほどだったのだから。

そんなネガティブな気持ちさえ飲み込んで、勝つために自分の筋肉にして強くなっちゃうのがアイツなんだろうけど、治の存在は何よりも大きいはず。


「ツムはこれからもっと色んなスパイカーにトス上げてくやろうし、最後とか別に何とも…」

目を伏せた治の前髪が風に揺られて動く。空気に触れる耳が冷たそうに赤くなっている。

「…寂しい?」

聞くと、治は数秒の間を置いて下を向いた。
「…別にぃ?」

「…ふふっ」

こういう所、兄弟似てるよなあ。寂しいくせに寂しくないとか、悔しいくせに悔しくないとか、ちょっと強がる時のこの感じ。

「侑にとって治は…唯一無二のスパイカーで相棒だと思うけど。侑がセッターになるずっと前から、隣で一緒にバレーしてきて、侑の要求に全部応えてきたし、逆に侑をここまでにさせるほどの力を持ってんじゃん。これからこの先、誰にどれだけトス上げたって治に適う奴はいないだろ」

治は絶対、特別。
だってお前ら、生まれる前から一緒にいるんだぞ?遺伝子レベルで相棒なんだぞ?

「逆に聞くけど、宮治の代わりになるような奴、いる?侑の読みも、次何するかも、全部感覚で分かんの、治以外にいる?」

侑の変幻自在で、何するか分かんない動きに対応出来る奴、いる?

治を見ると、しばらく考えた後、ぼそりと小さく、それでも確かに言った。

「…おらん」

侑の横で長年やってきたからこそ言える、確固たる自信が垣間見えた気がした。
盛大に喧嘩もするけど、仲の良いこの双子に思わず笑いが漏れた。

「だろぉ?治がいないと侑はいないし、侑がいないと今の治もいないじゃん」

俺はな、そんな二人の戦うところ、全力で応援したいんだ。

『俺のトスに応えろ、言わんでも分かっとるやろ』という侑、『俺の打つ位置に、寸分の狂いもなくドンピシャで持ってこい』と要求する治。

お互いにぶつかり合い、高め合う二人の阿吽の呼吸に、そこには兄弟二人だけにしかわからない絆があるのだろうと思う。

「…治ぅ」
「なん?」
「お前はまだ終わってないからな。こっち側に来るのはまだ、早いぞ」

お前の高校バレーはまだ終わってない。

「浸って寂しがってる暇なんかないんだからな」

まだ、死ぬほどもがき倒してないだろ?

全神経が研ぎ澄まされてボールしか見えない、ボールの動きしか感じない域まで到達して、苦しい、脚が止まりそう、倒れそう、その域を超えてなお、バレーをやってきて良かったと心の底から思える日が来るのは、今日じゃない。まだ先なはずだ。

それまでは我武者羅に汗水垂らして、バレーに打ち込んでほしい。

そんな思いを胸に秘めて治を見ると、視線が返ってきた。

「…ふっ、なまえにそれを言われる日が来るとはなぁ」
「何だよ、俺は鼓舞しようとだなぁ」

息を吐いて笑う治に、からかわれたようでムッとする。
どうせ俺はジャンプの読みすぎでスポ根熱血に弱いジャンプファンですよ、と唇を尖らせた。


「前にな。ツムがユース合宿行った時、なまえとキッチンルームで話したやん」
「うん」
「…あん時、全力でバレーする、て言うた時から俺は俺なりに全力でボール叩いてきてん」
「うん」
「せやから、春高も全力でバレーするつもりや。今までのバレーを全部、全部捧げたる」

治が右手を開いて、見つめた。
小さな頃からバレーボールに触れてきたその手は、たくさん怪我もしただろう。ボールの衝撃に耐えかねる時もあっただろう。
それでも一球一球打ち込んで、繋いできたその大きな手を治は大事そうにぎゅっと、握りしめた。

治は全身全霊、全力で戦いに行くつもりだ。

「…その意気だ!あとは風邪ひくなよ!!」
「ぶはっ、オカンか」
「よく食べて、早く寝る!ぐっすり寝る!」
「オカンやん」
「侑にこれ言ったら、ほな子守唄歌ってぇ、とか言い出したからロックを爆音でかけといた」
「ウケるわ、そこは般若心経流すとこやろ」
「こっわ!」

想像してケラケラと笑いながら歩く。

「てか侑さ、最近俺の部屋で寝落ちし過ぎな」
「枕持って行っとる時あるやん」
「それな。枕持参とか完全に寝るつもりで来るの何なん?!毛布も勝手に置いてるし!」

俺たまにベッドから突き落とされて床で寝てる時あるんだけど…、と愚痴る。

「俺は快適やねんけど」

ツムがおらんと静かでええわ、とすっきりとした顔で言う治をじとりと見上げる。

人の部屋を私物化するのは、如何なものか。
二人部屋の広さと一人部屋の広さの違いを考えてほしい。

「寝たら、冬眠中のクマみたいに全然起きないし本当にさぁ」

自分の体重考えずにのしかかって来るところとかマジでクマ。と独りごちると治がくつくつと笑った。

「アホやわ、そのうち潰されるで」

笑うと垂れる目尻は侑よりも柔らかい印象を受ける。

夏、三年最後のインハイ前に応援してくれたように俺も宮治を応援したい。

「……治、頑張れよ。あの体育館のコートの上で治が跳んで、打ち込んで、決めるの楽しみにしてる」
「…任しとき」

横目に口角を上げて笑う治は余裕の表情だった。勝ち上がっていく自信、今までやってきた鍛錬があるからこその余裕。

侑と似てはいるがほんの少し違う、その不敵な笑みに俺も笑って頷いた。

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