男子寮に帰省届を出し、家に帰る日がやってきた。練習から帰ってきた侑達に「また東京で、」と告げて荷物を持った。
治と角名に「電車で潰されんよう気ぃつけや」と言われ笑って返し、寮の玄関に向かう。
「今年もお世話になりましたっ!みょうじ、帰省します」
「おお、気ぃつけてなぁ」
管理人のおじさんに挨拶をして在寮掲示板の名札を裏返した。管理人室から俺の後ろに立っている侑に気づいて眉を上げる。
「お?侑くんも外出か?」
「ちゃいますぅ。俺は見送りっす」
「ん、ほなみょうじくん、気ぃつけて帰りや。また来年な〜良いお年を!」
「ありがとうございます!」
ウインドブレーカーにマフラー姿の侑は俺と一緒に男子寮を出た。
バレーボールキャラクターのキーホルダーが揺れる黒リュックを背負い、バス停へ向かう道を歩く。
去年と同じだ。あの時も侑が一人、バス停までついてきた。
一年前のことを思い出し、隣を歩く侑をちらりと見上げる。侑は一年前よりも大きくなった。背も伸びたし、筋肉もついて体格は更によくなった。
たった一年なのに、変わるもんだなと思う。と同時に、俺も一年前と比べて、どこかしら変わったんだろうかと考えた。
身長だって伸びてないし、自分で鏡を見ても一年前の自分と変わったかどうかなんて分からないけれど、高校二年の時と三年の時ではやっぱり違うんだろうか。
侑の横顔は北さんら三年生の先輩達がいた時より、少し大人びて見える。中身はジャイアニズムに溢れているけど、それでも今や稲荷崎高校の男子バレー部主将だ。数多くの部員をまとめるリーダー的存在で、最年長の先輩。
必然的に責任や模範を求められる立場になったおかげで少しはしっかりしたな、と身内目線から見て思わないことはない。(俺から見るとまだまだわがままジャイアンであることには変わりないが…)
そんなことを頭の中で考える俺に、侑が横目で見下ろしてきた。
「なんや」
「何にも」
「見物料取るで」
「うわ、侑くん自意識過剰〜」
侑を受け流して歩いているとリュックをがしりと掴まれた。
「ぐぇっ、」
いきなり引っ張られてカエルのような声が出る。俺の反応を見て楽しそうに笑うジャイアン侑は悪魔の子だ。
「あ〜わかった!俺と会えへんから寂しいんやろ?」
真顔で聞いてくる侑にまぁた何か言い始めたぞ、と片眉を上げた。
「はぁぁ??んなわけないだろ」
「一週間以上やもんな、分からんでもない。そないに熱い視線送られたら、誰でも気づくわ」
送ってませんけど。
顔を顰める俺なんて見もせず、うんうんと頷いている。
「しゃーないから優しい侑クンが毎日メッセージ送ったるで」
「いらんわ」
「その代わり、俺が送信したら30分以内には返してな?」
それが当然だと言うように首を傾げる侑に、アニメで見たメンヘラキャラが頭の中で浮かんできた。ヤンデレ属性の可愛い女の子。否、目の前にいるのはガタイのいい男子高校生。
「無理。せめて一日以内にしといて」
「はぁっ?!一日ぃ?!アホちゃう?!一日言うたら24時間やん?!」
一日って24時間あんの知っとんか?!と俺の肩を揺さぶってくる侑に当たり前だろ、とされるがままになりながら答える。
「無理。待てへん」
「自転車乗ってロングライドするし、気づかねえよ」
「は?侑クンからのメッセージ受け取る気合いが足りひんわ。逐一待っとけや、走っとっても休憩する度に侑から来てないかなぁ、てチェックしろや」
恋する乙女かっ。それともメンヘラ気質入った彼女か?
既読とか未読とかあるから、またややこしんだよな、これが。
文字を打ってる最中なのに『はよ。見とるやんけ、はよ、』とか『既読無視すんな。なぁなぁなぁ』とか追い討ちで、ぽこんぽこんメッセージを送ってくる時があるから、ちょっと待って!というスタンプを押すことが多い。
すると『スタンプ一個で俺の返信終わらせようとすな。150文字で返せ』とか言ってくる。そんな奴だ。
意味分からん〜、せっかく俺が毎日送ったる言うてんのに、とブツブツ言う侑は不服そうに俺のリュックに体重を掛けてくる。
まるで石を詰められたように重くなる背中に腰が反れる。力では勝てない。後ろに持ってかれる前に降参した。
「わかった、わかったから!てかまずは春高に集中しろっバレーのことだけ考えとけっ」
「考えとるしぃ。春高楽しみすぎやもん。はよ東京行きたい」
ウズウズしている侑を見て、さすが試合慣れしているトップレベルの選手は違うな、と感じる。
全国大会に出ることが当たり前の感覚でいる侑は緊張より楽しみが上回っているのだろう。
俺はインハイで具合が悪くなりそうなほど緊張したのに…。
「侑は寝ても覚めてもバレーのことだけ考えとけばいいんだよ、バレーも侑のこと考えてるよきっと」
バレー大好き少年だもんな、と独りごちていると隣の侑は、何言うてんのとバカにしたような目で見てくる。
「ぷっ、寝ても覚めてもって…」
自分の言った言葉で、この間茶川と話した時も同じようなことを言ったなと思い出し、唐突に吹き出した。
「なんや、いきなり」
「いや、思い出し笑い。この間茶川と話してて、冬休みの間、寝ても覚めても茶川のこと考えとかないといけないって話してて…」
24時間無休で応援しとけって茶川に言われて笑ったんだよなあと言うと侑がなんそれ、と呟いた。
明らかに面白くなさそうな顔。その理由に少し期待してしまう自分がいてネックウォーマーに顔を埋めた。
「なまえが24時間無休で応援せなあかんのは俺、やろ」
「コンビニかよ」
「大親友の侑クンを応援せずして、何を応援すんの??お前の応援する人はここにいますけどぉ??」
ぐい、と体を傾けて覗き込む侑はいつでも自分が一番という自信で溢れている。
「もちろん、応援してるよ」
視界の先にバス停が見えてきた。そろそろだ。
「俺から『気』を入れてやるっ」
気合い注入、と侑の背中をバシッと叩いた。
「そうだ、これも三分と一緒に茶川にもやってあげたんだよな。受験ファイト!つって」
めっちゃ2人でバシバシ叩きまくった、と思い出し笑いする俺に侑は拗ねたように口を横に引いた。
「何で茶川と
バス停に立ってポケットに手を突っ込む侑を見上げる。東京である全国大会だ。すごいことなのは理解っているし、応援したい気持ちは溢れるほどある。
どうしたら、この気持ちが伝わるのか。
頑張れ、努力してきたものを全部ぶつけて来い、力をつけたお前達なら絶対に勝てる。
毎日毎日バレーのために捧げてきた侑を見てきた。バレーが全て、とでも言うように大好きなバレーには誠心誠意向き合ってきた。
周りの仲間達ともぶつかり合いながら、お互いに高め合いここまでやってきた。
コートの外にいる俺には応援することしか出来ない。コートの中の空気、感覚も、俺には分からないけれど、その外で同じ会場で見守ることはできる。
周りをちらりと見た。人はいない。寒空の下、バス停に立つ俺たち二人だけだ。
人がいないことを確認して侑を見上げる。
「…右手、出して」
侑に右手を出すように言い、ポケットから出された右手を両手で包み込む。
ずっとずっと前から大事にバレーボールに触れてきたその手は大きくて厚くて、温かい。長い指の先は綺麗に整えられている。
侑の手を掬うようにそっと持ち上げ、頭を下げる。包み込む自分の両手越しに額をこつん、とつけた。
目を閉じて、思いを託す。
持っている力を全部、出しきって思う存分戦えますように。
最後の春高、侑達が繋ぐボールで一秒でも長くプレーできますように。
バレーを愛してる宮侑が、コートの上で笑って勝利を掴めますように。
祈りのような気持ちを込め終わり、そっと顔を上げた。
侑が真剣な顔で俺を見下ろしていた。
「宮侑は、強い」
侑の目を見る。本人には祈りみたいな言葉は言わない。○○できますように、なんて他人任せなことは毛頭思ってないはずだ。
全ては自分の手で掴む。そんなストイックで熱くて、真摯な男に言えることは一つ。
「勝て」
冷たい空気を揺らし、放ったその二文字に侑は両手の中でぐっと握りしめた。
「確かに、もろたで」
なまえの気。
侑の双眸が力強く煌めいた。
頷いたところに、バスのエンジン音が聞こえてきた。バス停に立つ俺たちの前で停車してドアが開く。年末ともなると乗車している人は少ない。
「頑張ってな!じゃっ、また東京体育館で、」
バスに乗り込もうとした瞬間、後ろから腕を引かれて動きが止まった。侑が俺の耳元に顔を近づけてきた。振り向く間もなく囁かれた言葉。
「俺だけ、見といて」
へ…、
そのままポン、と背中を押されて勢いでバスに乗り込む。動揺して思わず窓越しに侑を見ると、してやったりと口角を上げてひらりと手を振っていた。
何だよ、それ。ずりい。
赤くなる顔を隠すようにネックウォーマーを鼻先まで上げた。動き始めるバス車内で適当に座り、深呼吸をした。
「はぁ…」
俺だけ、なんて。まるで呪いの言葉のように頭の中で繰り返される。
上がった心拍数はしばらく治まりそうになかった。