ロードバイクで走り回り、チロルと遊んで過ごした年末年始。
その間も侑とのメッセージの往来が途絶えることはなかった。
バレー部メンツのふざけた動画を送ってきて笑わせてくるものだから、俺もチロルとの戯れ動画を送った。
ロードバイクで登頂して撮った初日の出の写真を侑に送れば、治とバレーをする動画が返ってきた。二人とも相変わらずだ。
腹の上に頭を乗せるチロルを撫でながら携帯片手にくすりと笑う。
慌ただしい正月はあっという間に過ぎた。
春高一日目の夜、開会式のために現地入りしている侑から通話がかかってきた。画面に表示された侑のアイコンにスライドして携帯を耳に近づける。
「どした?」
『別にぃ』
「はやく寝ろよー。午後から試合って言っても、明日早いんだろ」
『はぁ?侑クンが寝る前に電話したってん、喜ぶところやろ普通!』
電話口の向こうでプリプリと怒る侑が想像できて口元が緩む。
「はいはい。俺の声が聞きたかったって素直に言えたら可愛いのになぁ」
『は、はぁっ?!アホかボケ!』
いきなり大声を出す侑に携帯を遠ざける。アホなのかボケなのか、言いたいのはどっちなのか。ケラケラと笑う俺に侑が声にならない唸りを出していた。
『今日なぁ○○テレビにインタビューされた。稲荷崎主将の宮侑選手に直撃!言うて明日の初戦の意気込み聞かれてん』
「ちゃんと答えたか?」
『ったり前やん。俺を誰やと思てんねん。勝ちしか見えてません、て言うといた』
真顔で言ってそうな侑が想像できて身震いする。
「はぁ、ついに明日かぁ…うああ、俺が緊張してきた」
『ふっ、何でなまえが緊張すんねん。初日なんかで終わらせんで、絶対』
「うん…。明日、楽しみにしてる。頑張れよ、侑」
『ん、…ほな寝るわ』
「おう、おやすみぃ」
侑との通話を終え、俺も早朝出発の明日に備えて眠りについた。
***
そして、ついに迎えた春高応援の日。兵庫から東京まで、応援要員の生徒達は教師の引率により春高の試合会場まで移動した。一年前、配信で見ていたため、雰囲気は知っているつもりだったが、現地に着くと想像以上の熱気に圧倒された。
「すげえ…でけぇ…」
目の前には巨大な箱。外にも中にも全国から集うバレー部の選手や関係者、応援団が行き交っている。
ロードレースでは長距離を走るため開放感があり、自然が多いコースがほとんどだ。
こんなに密集した箱の中で観戦したことがない俺には競技の違いを見せつけられ、圧倒されていた。
目立つ所には春高バレーのポスターが貼ってあり、注目選手の中に侑の写真が載っていた。
「稲荷崎高校 宮侑…、井闥山学園 佐久早聖臣…、鴎台高校 星海光来…、」
同じ学年でもすごい奴らがたくさんいるんだなと口を開けてポスターを眺める。
「みょうじくん、中に入るって」
同じ応援要員の生徒から声をかけられ、慌ててついていく。
初めて足を踏み入れる東京体育館、さらにはコートが広がる試合会場に入った瞬間、ボールの音や床を蹴る音、キュ、キュとシューズの摩擦音が一気に耳に入ってきた。
まさに、空気に呑み込まれる。そんな感覚に陥った。稲荷崎高校の応援席に向かうと名前を呼ぶ声が聞こえた。
「おっ、なまえくんや」
「なまえくん!」
「あっ!」
声をかけてきたのは侑と治のお父さんお母さんだった。
「なまえくん、東京まで応援来てくれてありがとう!」
「いえっ、侑達の高校最後のバレー直接応援したくて。応援も校内選考受かってよかったです」
「はっは、落ちたらうちが連れていくつもりやったからな」
「ありがとうございますっ、夏休みの時もありがとうございました!」
泊まりに行った時のことを改めてお礼を言うと宮家の母は「ええのにそんな気にせんといて!もっと遊びに来てや」と溢れる笑顔で肩を叩いた。
「あっそうやわ、角名さんも!」
閃いたように手を叩くお母さんに首を傾げると、キョロキョロとして周りを見た後、手を上げた。
「角名さんっ、角名さん!なまえくん!ほら、みょうじなまえくん!」
お母さんが後方に立つ黒髪のすらりとした女性に声をかけた。角名さんと呼ばれているということはまさか…。
「わぁなまえくん、倫太郎の母です。いつも倫太郎と仲良くしてくれてありがとう」
近づいてきて、にこりと笑う姿は和風美人という言葉がぴったりだ。やっぱり角名のお母さんか……とその容姿からも遺伝の強さを感じる。
「初めましてっ、俺も倫太郎とは仲良く…?させてもらってます!」
仲良くというか、バカ騒ぎというか。イジられたり、イジったり、たまに言い合ったり…それを胸を張って仲良くと言えるのかは不安だが全部ひっくるめて仲良く、でいいんだろうか。
「ふふっ宮さんから色々聞いてるのよ〜。男子寮で楽しく過ごしてるらしいわねぇ。倫太郎も帰ってきた時、自転車部に面白い奴がいるって言ってて、」
んんっ面白い奴ってどういうことだ?!変なこと話してないだろうな…っ。
「一時、倫太郎のトークアプリのアイコン変わった時あったでしょ?妹の○○が、あ、今はロビーの方に行ってるんだけど『お兄ちゃんのアイコンが変わった』って言うから、見たら、ふふっ」
思い出したように笑う角名家のお母さんに固まった。
うわああ、恥ずかしい。多分6月頃に角名とイジりあってアイコンを変えた時の話だ…。
角名が俺の半ケツアイコンにして、俺が角名のチベスナ顔アイコンにしたんだった。
家族とも連絡先登録しているアプリでするな、という話だがアホなことばかりやっているツケが今になって響いてくるとは…。恥ずかしくて消えたくなる。
「倫太郎、あんな無愛想な性格でしょう?地元離れて大丈夫か心配だったんだけど、なまえくんとも、侑くん治くんとも楽しそうにしてるって聞いて安心したの」
これからもよろしくね、という角名のお母さんに手を振って「俺も倫太郎達のおかげで寮生活楽しく感じてます」と頭を下げた。
「そろそろ
「なまえくん、隣に座りや」
宮家夫妻の厚意に甘えて隣に座った。
まずは初戦。去年は烏野に負けて辛い思いをしたが、今年こそは勝ち上がってほしい。いや、侑達なら行ける。アイツらは強い。
吹奏楽部の音出し練習の中、わあっと歓声が沸いた。
会場に入ってきた稲荷崎高校バレー部。侑を筆頭に治、銀、角名、小作や理石くん達が姿を見せる。荷物を置いて公式ウォームアップの準備が始まった。
侑達の様子はいつも通りだ。場馴れしている強豪校に緊張感は見えない。
吹奏楽部の音もこの会場を包み込んでいる。稲荷崎の雰囲気を作り上げる大きな一因だろう。
トスを上げる侑が治と何やら話しているところが見えた。余裕そうなその姿に勝手に緊張していた気持ちが少し解れる。
「あぁ…なぜか俺が緊張する…」
拳を握って初戦、勝てますように、と祈る。
相手校も県予選を勝ち抜いてきた高校だ。弱いはずがない。ここには数々の高校と勝負して勝ち抜いた勝者が集まっている。その勝者達がまた勝ちを狙って競い合うのだ。
一斉スタートのロードレースとは違うトーナメント制という競技ルールに対戦相手の組み合わせとかも合う合わないがあるんだろうか、と考える。
あっという間に公式ウォームアップの時間が終了し、侑達が上着を脱いだ。稲荷崎の黒色のユニフォームを纏う姿は強者の雰囲気を背負っている。
侑がふと、視線を上げた。応援席に目を向けて、動く視線。俺達が座る方へ辿り着き、視線がぶつかった。こちらを見ているような気もするが、きっと俺の隣に座る両親を見ているんだろう。
ほんの数秒重なった視線は外れて、侑達はコートへと駆け出した。
隣に座る宮家のお母さんが笑った。
「今、なまえくん見とったなあ」
「えっ?お母さんの方ですよ。やっぱお父さんお母さんの応援は大きいじゃないですか」
「同じくらいなまえくんの応援も大きい思うわ。大親友に俺の力見せたるんや、てこの年末に家で言うてたんよ」
こそっとウインクして微笑む宮母にそんなこと言ってたんだ…と侑の意外な言葉に眉を上げた。
「よっしゃウチらも本気で応援しよか!」
「っはい!」
頭に巻いた応援ハチマキをぎゅっと締まるお母さんに俺も頷いて立ち上がった。
審判が試合開始を告げる。
「「「お願いします!!!!」」」
春高二日目、稲荷崎高校の初戦が始まった。
鳴り響く応援曲。侑がサービスエリアまで歩く。
キュ、と足を止めて振り返り、相手コートに向かって視線を送った。治、角名達は頭の後ろへ手を置いている。
審判の笛が鳴った。8秒間。侑がゆっくりと左腕を上げた、開いた手をパシッと握りしめた瞬間、全ての音が消える。
シン、とした静けさに息を飲む。上げたボール、助走して、耳鳴りの良い打撃音と共に相手コートの中に剛球が撃ち抜かれた。
「おおおおっ!!!」
「ナイッサー!!」
いきなり一本!ここで決めてしまう宮侑に俺は周りと一緒に沸く。グッ、と拳を握りしめる侑に応援席が盛り上がる。
「「いっけーいっけー!稲高!!」」
吹奏楽部や応援団、チアも皆、稲荷崎勢が一つとなり、コートに立つ選手たちを鼓舞する。
「侑くーん!治くーん!頑張ってー!」
アイドル並に応援される双子。去年よりもウチワを持った女子が増えている。
「さすが宮ツインズ、魅せるプレー…凄いっすね」
黄色い歓声に呟くと、侑のお母さんは手を振って笑う。
「侑も治も調子ええだけよ〜。ほんまにあの子ら目立ちたがりやから、特に侑っ」
「ああ、わかります…」
大きく頷いて賛同する。
稲荷崎の空気を出来上がると、侑達の攻撃は快調だった。守備も強く、角名と治のブロックがどんどん決まる。
目まぐるしい速さでボールがコートを行ったり来たり。自転車競技とは違う観戦スタイルに「おぉ…、うわっ痛そう…」なんて一人バレー初心者丸出しで応援をする。
その横で宮夫妻は吹部の応援を背に「治ぅ!気張りやー!」「決めてこー!」「ええでええでっ」「ナイスキー!」と声を飛ばす。
侑と治の速攻も去年の烏野に負けない精度でどんどん点を取っていく稲荷崎は見ていて気持ち良かった。
試合終了の笛が鳴る頃には、侑達も相手校も汗だくになっていた。今までは勝ちが見えれば緩まることもあった侑達も今や最年長、むしろ後輩達を引っ張る存在となったからには手は抜かない。最後までキッチリ攻めていく姿勢で稲荷崎高校は勝利し、初戦を勝ち抜いた。
「よし、よぉしっ!!やりましたね!」
「まずは初戦突破や!」
喜ぶ宮夫妻の隣で、俺も選手達に向かって拍手を送る。応援席向かって頭を下げる選手達に喝采が上がった。
「明日も応援してるでー!」
「稲荷崎ファイトーッ」
応援席から上がる声と熱気に春高初観戦の俺はただただ春高すごい…の言葉しか出なかった。
教室や男子寮でバカ騒ぎしている時とは違う、本気でバレーをしている侑、治、倫太郎、銀達をカッコイイと思わないはずがなかった。
大きな会場で必死にボールを追いかける姿は見ている者の心を震わす。
コートでは次の試合が行われるため、入れ替えが発生する。応援席の一番下まで駆け下り、退場のため待機ブースで荷物を持って片付けている侑達を上から見下ろした。
「侑っ」
この大きな会場で他の試合も続いている中、聞こえるか分からないがそっと声をかけてみる。
声に反応した侑がパッと顔を上げた。
「なまえっ」
「カッコよかったぞ!」
「ったり前やんけ」
ふふん、と目を細める侑は当然と言うように首にかけたタオルで汗を拭った。ひと試合終えて疲れているはずなのに、気持ちよさそうに見えるのは試合を楽しんでいるからだろう。
いつもは『あ〜だるいわぁ』なんて言ってのしかかって来たり、寝たら冬眠したクマみたいにテコでも動かないような奴なのにコート上での動きは無駄がなく、機敏に、完璧なトスを上げる姿には感嘆とした。
「俊敏なクマだったっ」
「はぁっ?!クマてなんやねん!」
隣の治と角名が噴き出した。
「俊敏なクマ、てなまえ笑かすわ」
クツクツと笑う治に侑が横蹴りを入れている。
褒め言葉だぞと伝えておくと、どこが褒め言葉やねんっ!と返ってきた。
「治ぅ、倫太郎もお疲れ!かっこよかったぞ!」
前回、二日目で敗退したからこそ、初戦突破で肩の力が抜けたように思う。
んべ、と舌を出した角名は疲れた、とドリンクを持って歩いている。さっきまであんなにキレキレなブロックかましてたのに恐ろしい奴だ。
「銀もおつかれ〜」
「おおっ、みょうじそこにおったんか!見えんかった!」
それは俺が存在感ないからか?!とツッコミを入れたかったが退場する選手達の時間は限られている。
「うるへー。じゃあ明日も頑張ってな!」
手を上げて侑達と分かれる。
全てのコートで試合が終わった後、明日の対戦相手が判明した。
「明日の相手…」
宮母がロビーに掲示されたトーナメント表を前に手を握る。隣の宮父は腕組みをしたまま動かない。
「宮城県代表、烏野高校…」
やっぱり上がってきたか…。
明日の試合、穏やかではなさそうだなと宮家夫婦の隣で友達の勝利を祈った。