135

(宮 侑)

春高二日目、初戦を難なく終え宿泊施設に帰ってきた。頭に思い浮かぶのは体育館での監督の一言。
『明日の対戦校は宮城の烏野や』

対戦相手の予習として部員が集まり、『対烏野高校』のミーティングした後、大部屋に戻る。部屋の中には治と角名、銀、小作がいる。

「……」

やっぱり上がってきよったな、いや絶対にどこかで当たるというという確信はあった。同じブロックにいる以上避けては通れない。
まあ最初から避けるつもりもなかったが。

今日の試合で酷使した体を念入りに解す。ストレッチをしながら治に話しかけた。

「なぁサム、楽しみやなあ明日」

治にニヤリと笑うと、俺を見て息を吐いた。

「…浮かれすぎて寝れん言うなよ」
「なぁなぁ明日、何する?どうやって、アイツら倒す?」

ゲームの中間ボス攻略前の作戦会議のように治に話しかけるとくすりと笑った。

「まずはあの速攻潰しやろ。角名にちゃあんとブロックしてもらわな。あとあの眼鏡クンも威力増しとるし要注意やな」

名前に反応した角名が少し離れたところでちらりと見てきた。

「ほな最初の一点取られたら角名のせいな」
俺もうんうんと頷いて治に同意する。

「は?勝手に俺のせいにしないでくれる?誰も通すなんて言ってないけど」

その言葉に治と顔を見合わせて目で笑う。ブロックする気満々の角名に心が踊る。

「翔陽くんも飛雄くんも強なっとるやろか、なっとるやろなぁ〜楽しみやなぁ」
「遠足前の小学生やんけ」
「侑っ、明日も頼むで!全力で打ち込むわ!去年負けた悔しさは忘れてへんで!」

銀の言葉に布団の上でうつ伏せのまま頬杖をついて微笑む。

「俺の完璧なセットアップでガンガン打たしたるから、よろしく頼むで〜」

ニコニコと笑う俺に4人の視線が集まる。

『打たせたる?アホか、俺の打つ位置にドンピシャで持ってこい』という治の目。
『何でもいいから、上げろ、寄越せ』と静かに要求する角名の顔。
『押されたら俺が流れを変える!』と熱い視線を送る銀。
『全力で叩くっ一本一本ちゃんとやるで!』と静かに頷く小作。

ふっふっふ、ウチの最強の布陣で今度こそ烏野を倒したる。祭り前の浮き足立つ感じが堪らない。

先程、理石から「侑さん、何でそないに楽しそうなんですか…」と聞かれたから「明日烏野戦とか、むっちゃテンション上がるやん。勝って烏野の前でガッツポーズ決めたんねん」と言うと顔を引き攣らせていた。

「二回目やろ、楽しまな♪あ、せやけどコートん中でサボったら…許さんけどな?」とにこりと笑うと「治さぁんっ」と治の方に逃げて行ったのだ。

あ〜楽しみやなぁ、早く祭りに行きたいなぁとウズウズしていると携帯が震えた。
パッと手に取り画面に表示された通知を見る。

みょうじなまえ《ホテルの前、着いた》

「ふふん♪」

すぐにウインドブレーカーとマフラーを手にして布団の上から立ち上がる。
「ツム、どこ行くん」
「ちょお外出てくる。すぐ戻るわ」
「ふうん…」

治は俺を見上げた後、口はパクパクと動かした。

「(なまえによろしくぅ)」

口元の動きを読み取り、うぐっと詰まる。

コイツ…なんで分かったんや…。

舌を出して、足早に宿泊施設のフロントまで降りる。

外に出ると冷たい空気が頬に触れた。東京に来てこの寒さを感じるのは3回目だな、と思う。周りを見渡し、ベンチに座っている姿を見かけた。寒そうにネックウォーマーに顔を埋めて体を縮こませている。

その姿が何だか可笑しくて笑いが漏れる。何よりも今、応援のために兵庫からこの東京へ来て、目の前にいるという事実が嬉しくて、胸の内にじわりと温かいものが滲む。
この一年で積り重なった思いがここまでになるとは。自分でも感じたことがないこの感情に内心驚く。

近づいて、目の前に立つと顔を上げた。見下ろす俺と視線が交わる。

「…寒いんですけど」
「温めたろか?」
「遠慮しますぅ」

なまえは「急に俺の宿泊施設聞いたかと思えば、いきなり『俺の場所ここぉ』て、自分の場所送ってくるの何なん」と上目遣いでぶつくさ言っている。

「俺の場所送るっちゅうことは一つしかないやん?」
こてんと首を傾げて不思議そうに見つめてみる。

「誘い方がジャイアンすぎんだよ」
「ふっふ、ほんでも来る、て知っとるしぃ」
じろりと見るなまえの横に腰を下ろす。
「何も言わず『着いたら言うて』って半強制じゃねえか、全然意味が違うっ」

なまえが足を伸ばして座っているから、真似をして足を伸ばした。体格差で俺となまえの足の長さも全然違う。

なまえが「ナチュラルに足の長さ主張してくんな、」と軽く蹴ってくるから楽しくてくつくつと喉から笑いが漏れる。

「どやったぁ?試合」
「すごかった…初の春高観戦…よくあの空気に呑まれないよな。俺は会場入って即行で呑み込まれたぞ。ボールが速すぎてもう目がぐるぐる…侑のお父さんに教えてもらいながら見てたし」

バレー観戦初心者すぎて指南を受けました、というなまえにはきっと俺のすごさは全然分かってないのだろう。
それでも隣で「侑の剛球サーブすごかったあ!音が!勢いが!」とか「コートでのキレ良すぎ、動き早すぎてちょっとだけ侑のこと見直した。まじですげえ」なんて言いながら、キラキラした目で見てくる。
その賞賛と羨望の眼差しにトクトクと満たされていく。
そう、俺はこの屈託の無い言葉と眼差しにやられたのだ。

「ここまで来ても、俺の凄さ全然分かってへんやろっ」
「分かってるよ!6割くらい!」
「全然やん!もっと目ぇ見開いて見とけっ」
「いや、ほんと他の高校も見たりしたけど侑やっぱすごいなって思ったもん」

あかんな、まだまだや。こいつに俺の凄さを分からせるためにはもっともっと圧倒的でないと。

「他の、ってどこ見たん」
「えっと、東京の梟谷、だったっけな」
「ああ、今日で負けたな。去年のウチと同じやわ。前回は準優勝までいったのに次は二回戦敗退」
「負けたけど、俺梟谷すごい応援しちゃったよ、侑がセッターしてるからか、結構そのポジションの選手に目が行くんだよな。丁寧なトスで同い年だけど、すごいなかっこいいって思ったもん。最後まで諦めない姿勢、いや…見ててまじでな…」

口元に手を当てて思い出すように目を伏せるなまえに口元がヒクついた。

おいおいおい!お前なぁさっきまで俺のことあんだけ褒めちぎっとってこれか?!
あっっかん!こいつすぐ感化されるの何でっ?!
梟谷のセッター見て心打たれとるとか、こんなんで明日の烏野戦で飛雄クン見たらあかんのちゃう?!

それだけは絶対に許すまじ。
ならば俺が全セッターを押し退けるほど、圧倒的に強くあればいいだけ。
そうや、俺が強くあれば問題ない話や…。

隣で「すごかったなぁ」と呟くなまえを横目に誰よりも強くなると誓う。

「明日は…宮城の烏野とだな。やっぱり上がってきたな」

「まあ上がってくるやろとは思とったけどな。今日、インタビューで『明日は去年敗れた烏野が対戦相手ですが、意気込みは』って聞かれてん」

「見た見た。お前、笑いながら『今年も個人個人が強いし、自分も自信があるので負けません』て猫かぶってたけど、顔には『全力(・・)で潰したる』って書いてあったぞ」

言ってることと醸し出してる感情がマッチしてませんでしたけどね侑クン。というなまえにケラケラと笑ってみせる。

「さすがなまえ。よう分かっとるやん」
「褒めるところじゃない」
「はぁぁむっちゃ楽しみや、はよ明日にならんかなあっ」
「……ふはっ、侑すごいな」

俺の横顔を見て噴き出すなまえに何が?と聞く。

「いや、俺だったら色々と緊張して頭抱えそうだけど、余裕そうだし」
「全国から集まった強い奴らと戦えるんやで?楽しみ以外に何があんねんっ。ご馳走に、飢えとんや。美味い飯にありつくために全力で戦う。それだけや」

これが俺の大好きなバレー。
本気でやり合って、死にものぐるいでボールを追いかけて、繋いで、勝ち獲る。
この全国大会で、バケモン共と全力でバレーできることが嬉しくて、楽しくて、面白くて仕方がない。

なまえが歯を見せて笑った。
「…盛大に暴れてこいジャイアン」
「ジャイアンって何やねん。そこはかっこええ侑くん頑張ってね、やろ」
「へいへい。ほら冷えるから、もう戻れ」

ベンチから立ち上がって俺を見下ろす。
なまえの前に手を差し出した。

「はぁ、甘ちゃんかっ!」
俺の手を掴み、全身を使ってぐい、と引っ張ってくるなまえに、引かれるまま立ち上がる。

「まぁじで重たっ」
「筋肉やもん」
「はいはい、その筋肉で明日ぶちかましてくれよ」
「任せとけっ」

笑うなまえにおやすみ、と告げると暖かくして早く寝ろよ、と返ってきた。
オカンか、とツッコミを入れてホテルの中に戻る。

大部屋に戻ると治から「何ニヤケとん。キショいで。脳内お花畑か」と言われた。

「うっさいクソサム。むしろ冷や水浴びてきたわ」
「何で?」
「他の高校見て、かっこいいすごいとか連呼しよってん…」

治が面白そうにニヤケた。あぁ、その顔腹立つ。
「侑くんまだまだやなぁ」
「うっさいわ、治くん明日はオポジットとしてぜぇーんぶ拾って跳んでくださいねぇぇ?」

メンチ切る俺らに銀が「もう寝るで〜」と声をかけてきた。

「…明日、絶対勝つで。血反吐吐く覚悟はできとるよなぁ」

俺の一言に治達と視線が合わさる。

去年戦って負けた相手だ。きっと楽な試合ではない。苦しくて、どちらかが倒れるまで削り合うことになるだろう。

向こうもパワーアップして強くなっているかもしれないが、俺らも同じように成長した。一年間、何をしてきたか、それは明日分かる。

昨日までのことより、明日、何ができるか。何になれるか。

「当たり前や!絶対、勝つ!」
「その前に早く起きれるかどうかでしょ。起きなかったら知らないから」
銀と角名が布団に入った。

「今から寝る言うとんのに何テンション上げとんねんアホツム。これで明日烏野見て、まぁた新しいことやり始めたらシバくぞ」

「それは分からん!アイツらが何してくるか次第や」
「何が分からんやアホ」
「そこも含めて信頼しとるでサムぅ」

調子ええやっちゃな、と目を細める治に親指を立てて枕を抱いた。


明日、何をする?
烏野に勝つ。
頭ん中はそれだけ。

prev Back next ︎︎