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春高バレー三日目を迎え、東京体育館では午前中の試合が始まろうとしていた。

稲荷崎高校の生徒達を含む応援団が、コートに面する応援席を埋め尽くしている。対面の応援席には大きく『飛べ』と掲げられた横断幕と和太鼓を叩く応援団の姿。

うちの吹奏楽部も負けじと音出しをしている。レベルが高いゆえに演奏も迫力があり、バレーの試合とは別に、水面下で応援楽団の互いの戦いもあるんじゃなかろうかと思うくらいだ。

「なまえくん、今日は魔の三日目やで…」
「魔の三日目…」

隣に座る侑のお母さん曰く、午前に三回戦目の試合が終わった後、午後からは準々決勝の試合がある。勝ち進めば一日に二試合もあるのだ。

全力で戦う試合が二試合も…。削りに削った戦いを制して、勝ち進んだ先にまたやり合うとは…。

自転車は一日一レースが基本。その中で勝負どころは複数箇所あれども、ゴールすれば終わりだ。

侑達はゴールしても、またさらにレーススタート、からのもがき合いがあるのかと自分の環境に置き換えて想像してみると恐ろしくなる。

それでもこの試合、勝ち上がりたい両者。絶対に負けない、負けられないという強い意志を持ち、ここに来ている。

「おっ、治ら入ってきたで!」

お父さんの声に会場を見下ろすと稲荷崎の面々が監督、コーチに続いて会場に入ってきた。

朝のウォームアップを終えて侑達の顔色は良さそうだ。公式ウォームアップ開始前、ジャージを脱いだりサポーターを付けたりと各自が準備を始める。

同時に烏野高校のメンバーも会場内に入ってきた。金髪頭のコーチに、眼鏡をかけた顧問、続く選手の中にオレンジ色ユニフォームと同じ髪色の子を見つけた。

あれが、日向翔陽くん。侑がずっと話していた彼だ。実際に見ると、自分とさほど変わらない背丈に驚く。
あの身長で治や角名と同じように張り合うんだもんなあ、どんだけジャンプ力があるんだ、と今から始まる試合がとんでもないことになりそうで勝手に緊張する。日向くんの隣に立つ背の高い黒髪の選手が影山くんというのは去年見ていたからすぐに分かった。

「あの子ら、ちゃんと眠れたやろか」

侑のお母さんが公式練習を始めた侑達に目をやる。

「昨日の夜、侑と会ったんですけど寝る前なのにすごく楽しそうにしてました」

「侑、バレーになると小学生の時から全然変わらんのよ。『明日試合や!楽しみやぁ!』言うてリビングではしゃいどったよなぁ、お父ちゃん」
「せやな。ほんで放っといたら、そのうち治と喧嘩し出すしほんまに…」

宮家両親の呆れ笑いから、双子に手を焼いてきたことが伝わってきた。その分、その顔には深い愛情を感じる。

「はは、一回寝たらクマみたいに起きないからちゃんと眠れたんじゃないですかね」
「あら、やっぱ寮でもそないな感じ?」
「はい、たまにお互いの部屋で寝落ちしちゃう時あるんですけど、侑も治も寝ると起きないんです。倫太郎とか怒ってます」
俺も寝落ちして怒られました、と付け加えておく。

「あかんわもう〜。角名さんうちの子らがごめんなさいねぇ」
「いえいえ、楽しそうで何より。それに、あの子達見てると想像できますねぇ」

近くに座っていた角名のお母さんは応援席から目に入る侑達に視線を移し、くすりと笑った。
侑達はボールを手に何やら話している。調子良い双子に角名が呆れたような目で見ていた。いつもの光景だ。

侑、治、角名、銀の3年間の高校バレーはこの春高で終わる。それでも終わるのは今日じゃないと信じている。勝って、次に進んでほしい。

烏野のメンバーに目を向ける。寮で侑から聞いていた選手達だ。

主力のメンバーで三年はパワーのあるスパイカーの田中、トップクラスのリベロで烏野の守護神 西谷、二年には速攻で見る者の度肝を抜かしてくる影山日向コンビに、ブロックが堅い長身の月島(角名があの子とやり合うの楽しみだと言っていた)、サーブ要注意の山口…。烏野をまとめるキャプテンは縁下。

うちの侑くん大丈夫だろうかと侑を見ると楽しそうに影山くんと日向くんに話しかけていた。日向くんは元気そうに返している。

にこやかに話しているが顔には相変わらず『ぶっ潰したる』という感情が滲み出ている。

うん、大丈夫そうだ。頭の中はこれからするバレーのことでいっぱいだろう。

審判が試合開始の合図をした。
ついに始まる。

一年前からずっと望んでいた試合。烏野を倒したい、次は絶対に負けないと悔しがり、練習に勤しみ、全てを筋肉にして力をつけてきた男がいる。俺は隣で見てきた。

黒色の稲荷崎ユニフォーム、背番号1番を掲げた広い背中を見つめる。横に並ぶ治、角名、銀の背中も一年前よりも大きくなっている。

「「「お願いします!!!」」」

両校が挨拶を交わし、試合がスタートした。
最初のサーブは烏野から。殺人サーブと呼ばれる二年の影山くんだ。

審判の笛が鳴り、一呼吸のちボールを上げた。大きく踏み出し床を蹴る。振り上げた手は正確にボールを叩いた。侑のサーブに負けず劣らずの威力で打ち込まれた球は、治の腕を弾いてコートの外へ飛んでいく。

その強打と鈍い音に思わず自分の腕を握った。
(うっわ…何だよあのサーブ、腕持ってかれるだろっ)

1点が入り、烏野の応援が盛り上がる。

「……」
「サムッ!今の取れたやろ!」
「いや、無理やろ。えぐいコースやん」
「俺のサーブ取ってきたやろが!あんなサーブ楽勝や!」

まぁた侑が治にケチつけている。賑やかな稲荷崎コートに対し監督から指示が飛んだ。頷きながら双子がコートの上で構える。

「今のは様子見やアホ」
「ふん」
「次は、いける」

笛が鳴り、もう一度飛んできた剛球を治が宣言どおり上げた。それを見て満足そうに笑った侑がすぐにボール下に入りセットアップの体勢をとる。ふわ、と綺麗に上げた無駄のない綺麗なトス。高く跳んだ角名が上体を大きく振った。打ったボールは相手ブロックの間を抜けて床に落ちる。目を合わせた角名と烏野の月島。

「1点!!よぉしっ!」
稲荷崎の応援席が湧く。

角名と月島は両者共に涼しげな顔で定位置に戻った。一年前とは違う。烏野も成長して強くなったかもしれないが、ウチも、角名もパワーも上げているのだ。

吹部の演奏がさらに後押しするように声援が飛ぶ。
『ナイスキー!りんたろー!』

次は侑のサーブだ。付き合ってきた朝練で幾度となく見てきたサーブ。
ボール片手にサーブ位置まで歩く。笛が鳴り、十八番(おはこ)の演出で空気が変わった。音が止まると思うのだ。

来る。宮侑のサーブが、撃ち放たれる。

息を飲む思いで見つめる観客と、対面コートにいる選手とでは感じ方が違うだろう。
もし自分が相手コートに居たならば、自分の所に来ませんように、と祈っているはず。

静寂の中、ボールが上がった。影山くんと同じかそれ以上の勢いで叩かれたボールは烏野キャプテン縁下の腕を弾いた。どよめきが混じった歓声が上がる。
宮侑、去年より威力が増してないか…?という空気が生まれる。笛の音と同時に稲荷崎に1点が入った。

「しゃぁあッ!!」
『ナイッサー侑ー!』

よしっ、と拳を握って宮家と共に応援席で喜ぶ。湧く会場の中、烏野コートから大きな声が上がった。
「サッ来ーーい!!」
全員が侑のサーブを取ってやると前かがみになり、強い視線で前を見ている。

視線を集めて侑の口角が少し上がった。あれは完全に楽しんでいる顔だ。

二本目のサーブ。静寂の中、一歩を踏み出した。上から落ちてくるボールを見て、腕を振り上げた。吸い込んだ空気を溜め、バネのようにバチンと体をしならせ炸裂させた強打。恵まれた大柄な体、強靭な肩から腕にかけてムチのように力が伝わり叩き込まれたボールは回転と共に相手コートに勢いよく向かう。
烏野の田中が辛うじて上げたボールはチャンスボールとして返ってくる。

「チャンボッ!!」「後ろ!」
最高の状態で攻撃をしようと体制を整える稲荷崎。超攻撃型の烏野とは違い、稲荷崎は攻守をしっかり使い分けている。さらにバランス良く対応できる選手が多いのも事実。

さあ、誰を使う?
侑がコート内で目を見張り、舌をぺろりと出した。綺麗に曲線を描くボールを上げる。ネット際には跳ぶ銀と角名。銀が勢いよくボールを打ち落とす。

「ワンチッ」

月島の手に当たり、跳ねたボールにセッター影山が手を上げた。走り始める烏野選手。
これだ…全員で攻撃態勢に入ってくる超攻撃型。これに去年苦戦した。

影山は誰を使う?日向は囮か?田中が打つのか?月島か?跳んだ日向の手にボールが来ていた。
目が追えず、瞬きした頃には稲荷崎コートの床に落ちていた。
烏野の得点に和太鼓の音が大きくなる。

「うわ…速攻のレベルがっ…」
去年、見た速攻と違う。素人から見ても精度もパワーも上がっているように思える。会場の目を引く攻撃に、点を取られたにも関わらず侑は楽しそうに笑っていた。新しいおもちゃを見つけた時のように目をキラキラと輝かせている。

「おおぉっ!楽しませてくれるなぁっ!」
「感心しとる場合ちゃうねんぞ、アホ」
「まぁまぁ、次は取ればええだけやん?な?」

治達に向かってニィと笑う侑に稲荷崎コート内の気が引き締まる。締めるところは締める。次は取ると当たり前のように答える様子に北さんとはまた違う稲荷崎主将の顔が見えた。

『押せ押せ!烏野!いけっいけっ烏野!』

稲荷崎が烏野サーブを受けとめ、侑が治にトスを上げた。双子の息ピッタリの攻撃は相手ブロックを抜け、1点を取る。

『ナァイスキィーッ!治!』
「おおっ!治ーっ!!!」「ええよー!治ー!」

1点が入る毎に宮家両親と手を合わせて喜ぶ。その後すぐにまた烏野が追いかけてくる。両者、譲らぬ点の取り合い。

「りんたろーっ!」
角名のスパイクを拾う烏野。
侑のお父さん曰く、去年よりも考えて見えたうえで狙ってきている日向のスパイクがかなり脅威らしい。
銀が日向の攻撃に飛びつく。必死で上げたボールをどんな無理な体勢でも侑が俊敏にボール下に入り、繋ぐ。
ボールが目にも止まらぬ速さでコートを行き来する、そんな攻防がひたすら続く中、一球一球を全力で追っている選手達は既に汗が滲んでいる。

「長いな…序盤からラリー合戦なんて体力勝負やわ…」
「全速力が終わらない、って感じですね…」

宮家母の言葉に頷く。叩き込む、ブロックする、受ける、繋ぐ、攻撃するを繰り返す。

これが烏と狐の戦いか…。
必死でコートの中で戦う侑達を見る。続くラリーに学校の休み時間によく体育館で遊びのバレーをしたことを思い出した。
『俺、バレーしたことないしできんわ!』と言うと侑は『簡単な話や。ボール落としたら負け!』と笑いながら(下手くそと言われながら)オーバーやアンダーのやり方を教えてくれた。

ボールを落とさない。シンプルだけど、こんなにも熱い戦いが目の前で繰り広げられている。
「ファイトー!繋げー!」

応援の声を出すことしか出来ないが、一生懸命ボールを追いかける友達を前に声を張り上げた。

長いラリー合戦を制したのは稲荷崎だった。1セット目、ギリギリのところで勝ち取ったのは大きい。攻防の末、勝ったという事実は精神的にも影響するだろう。流れが良い方向に行っている。

「まだ1セット目!これからだ!次しっかり取ってくぞ!!」
烏野のコーチが発した言葉に大きな返事が聞こえた。烏野メンバーの気迫が伝わってくる。

稲荷崎ベンチでは選手が集まって何やら話していた。侑はタオルを頭をかけて暑そうに汗を拭っている。
角名はいつも通りの表情だが銀と治に手振りを少し加えて話している。ブロックの得意な角名が作戦を伝えているのだろうか、と想像する。

「2セット目で角名くんの得意なブロックの読みが完成してきたら、強いんやけどなあ…」
「倫太郎、スロースターターなのでこれから、ですねっ」

大丈夫。角名は強い。跳ぶし、守るし、アイツも他に負けない熱いバレー大好き野郎なんだ、と拳を握る。
今から、角名の本調子が出てくるはずっ。

2セット目が始まった。このままこのセットを勝ち取ってほしいという思いが強くなり、応援にも熱が入る。

「前っ!前っ!カバー!」
「サムッ!!」
侑のトスに治が応える、が烏野もそう簡単には通さない。

月島、影山の壁が動きを読んだかのようにドシャッとボールを落とした。侑が目を細めて影山を見る。角名はコート内で感情を見せずじっと烏野を見据えていた。

ボールが飛び交う中で、ネット際の攻防が白熱している。途中、選手交代やタイムアウトで物理的に応戦する稲荷崎。

宮家父の解説によると角名のブロックは完成しつつあるが、月島の動きも分かりにくいめ、どうもまだ完全には出来上がってないと聞いた。

「銀っ!前っ」
「ライッ!」
弾かれたスパイクに得点を取られた。
角名がイラッとした時の顔だ、とコートの外から見て思う。ネット越しに月島が笑いながら角名に何か言った。途端に角名の表情が変わった。

「うわあ…倫太郎、完全にブチ切れてる…」
「えっ、今角名くんキレとんの?」
「はい、あの顔は…完全にキレてます…」
「すごいなあなまえくん!いつもの角名くんにしか見えへんよ!」

確かに傍から見れば同じ表情かもしれない、が目の中に静かに怒りを灯している。
「倫太郎ー!落ち着けー!」

聞こえないだろうが、気持ちだけは伝えておく。
俺達も必死の応援をしたが、2セット目はじりじりと烏野に追われている。

『もう一本ー!押っせー!押せ!翔陽!』
「頑張れ稲荷崎ー!侑!治!銀!倫太郎!小作ー!」

すがる思いで見つめる先、烏野の点が入る。無慈悲にも2セット目終了の笛がなった。2セット目を制したのは烏野高校。

侑達も烏野も苦しそうな状況だ。長く続く怒涛のラリーに一瞬の隙も作れない。
見抜かれるとすぐに烏に啄まれてしまう。その嘴(くちばし)で素早く攻撃をされ、傷を負う狐は烏へどう対抗していくのか。

2セットを先取した方が勝ち。3セット目に入り、勝利がどちらに転ぶか分からない状況にコートの中も外も熱い。
『「平介ー!ナイッサー!」』

サーブに入る2年理石くんを応援する。侑は頭の後ろに手をやりながら真剣な顔で顔でネット向こうを見ていた。

負けるな、ここで負けたら、終わりだ。負けないでほしい、勝ってほしい。

「勝て!勝てよ!!」

両者譲らぬ点の取り合いに一点入っては取られ、二点取っては一点取られ、烏野が二点、先制して心臓がギュッと締め付けられるように痛む。

「負けるな!!頑張れ!頑張れ!!!」
終わるな、終わらせるな…!

侑達を見つめているとつい力んでしまい、唇が痛くなるほど噛み締めていた。俺に出来ることは応援しかない。必死で声を張り上げる。

『あと1点!龍之介ー!ファイトー!』

烏野の応援にも負けず、稲荷崎も強打に対応する。皆がセッターの侑にボールを集める。時に治が侑の代わりにセットアップする場面もあり、烏野も翻弄される。

終盤になっても崩れない安定したトスで侑がセットした、そこに治が跳び、相手コートに打ち落とした。

「「うぇぇえいっ!!」」
双子が体をぶつけ合い雄叫びを上げる。
『ナイスキィー治ー!飛べ飛べ治ー!』

1点を取り戻し、ほっと安堵したのも束の間、日向翔陽の可動域に惑わされ素早いスパイクに稲荷崎は攻められる。
次、点を取られると負けてしまう。口元に手を当てて、どうかどうか侑達に勝利を、と祈った。

終わらせまいと角名のスパイクが決まる。続けて侑がサービスエースを獲得し、同点になった。デュースだ。2点先制で勝ちが決まる。

「しゃぁぁあッ!!」
『ナイッサー!!侑ー!もう一本!』
ここで決めてくる侑に会場も盛り上がる。拳を握りしめる侑に、多くの人が惹き付けられるだろう。

激しい戦いに滴り落ちる汗、目に入って辛そうだ。肩で息をしている選手もいる。侑の2本目のサーブでセッターの影山が狙われた。相手を崩したおかげでチャンスボールが返ってくる。ここで稲荷崎も烏野と同じく全員が助走し、攻撃に加わった。見ている者も驚く。同じ手法で攻めるとは。

誰が来るか分からない攻撃にブロックが割れる。そこに侑が瞬時にトスを上げた。綺麗に決めた治に双子最強!!と応援席で飛び上がる人達もいた。

『あと1点!あと1点!』
烏野の集中力も、稲荷崎の集中力も凄まじい。きっと俺たちの声は聞こえてないんじゃないか、と思う。別空間のようにボールと味方と相手の呼吸だけが耳に入り、全神経が研ぎ澄まされたような感覚。

ロードレースでも苦しくてキツくて脚はもう動かないと倒れてしまいそうな時でも、無音のように感じる時がある。風を切る感覚と、チェーンが回る音だけが耳に入り、ふっ、と息が楽になる瞬間。侑達にもそんな状態になるんだろうか、と目の前の鬼迫な表情を見て唾を飲み込む。

「勝て!負けるな!!ボール追いかけてきた3年間、忘れんな!ここで終わるなーっ!」

応援の演奏に乗せて思いを叫ぶ。どうやったってこんな大きな会場で聞こえるわけはないが、どうしても伝えたかった。

朝も夜もボールを追いかけた。誰よりも強くなりたいと練習に励んできたアイツらに勝ってほしい。思い出なんかいらん、そう思い出は別にいい。別にいいが、悔しさを血肉にしてきて今があるんだ。勝ちを得るために、前を向いて全力で走ってきた侑達をここで終わらせないでくれ。

絶対に、ここで決めてくれ…!と手を合わせる。

稲荷崎のサーブに烏野の守護神が食らいつくようにレシーブで返す。常に進化する烏野に油断は出来ない。全員が走り始めた攻撃にブロックに動く角名が一歩踏み出した瞬間、治と銀に何か伝えた。すぐに稲荷崎の壁が変容する。高く高く跳んだ日向の前に大きな壁が出来た。

角名の読みは完璧だった。打ち込んだスパイクは治と角名の手に当たり勢いよく真下に落ちた。叩き落とした、に近いか。影山が手を伸ばしたが、指先を掠めボールはコート内に落ちた。
『ドシャット決まったぁぁっ!』

目を見開き立ち尽くす烏野。稲荷崎コートでは侑達が叫んでいた。
「「「うぉおおおおあっ!!」」」
角名でさえも拳を握り、腕を振りかざした後、短く叫んだ。侑達が角名に体当たりするが如く取り囲み肩を組む。
応援席で見ていた俺も言葉にならない叫びを上げる。
「おおおっ!!!勝った…!勝った……!!倫太郎っっ…!!」

宮家、角名家と手を取り合って喜ぶ。長く苦しい戦いを制した侑達に心が震えていた。

烏野は、負けたという事実に唇を噛み締めて涙目になっている選手もいた。勝敗とは、そういうものだ。誰かが勝てば、誰かが負ける。ここで終わったという事実は変わらない。

それでもインハイレースで同じ思いをした身からすると、烏野の3年メンバーにも同い年として悔しい気持ちは理解できた。

両者に拍手を送る。白熱した試合に心を打たれたのは俺だけでは無い。応援していた皆が手に汗を握る思いで見て、本気の試合に感化されたはずだ。

「「「ありがとうございました!!」」」

「お疲れさん、よう耐えた。冷静に、相手をよく見る。午後の試合でもそれが肝心や。疲労溜めんようにはよクールダウンしてき。侑、終わったら次の試合の確認するで」
「うす!」

監督の言葉に侑が頷いた。あれだけ烏野と削る戦いをしたのに、また午後から試合だなんて…。
体力がいくらあっても足りないな、と午後からの応援に備えて俺達も休憩に入った。


***


午後の対戦相手も決まり、試合開始まで体育館内を彷徨いていた。
少し外の空気を吸おうかと思ったが稲荷崎ジャージだけの姿では寒そうだった。
ウインドブレーカーを取りに戻ろうかと歩いていると前方から、堅い表情で歩いてくる人が目に入った。

すれ違ったオレンジ色の頭に思わず振り返る。烏野高校二年、日向翔陽だ。

侑が翔陽くんにいつかトスを上げるんやと言って影響を受けていた、すごい子。同じ背丈なのに脚にバネがついているかのように跳ぶ姿はびっくりした。

稲荷崎(うち)に負けて悔しそうな顔をしていた。その背中を眺めていると、肩に掛けていたタオルがはらりと床に落ちた。

「あ、」

気づいていないようで、踵を返して追いかけながら咄嗟に声をかけた。

「翔陽くんっ!」

口に出した瞬間、あ、しまったと思わず手で塞ぐ。
俺の声に反応して振り返った。床に落ちたタオルを拾って駆け寄る。

侑がいつも翔陽くん、翔陽くんと呼ぶものだからそのまま呼んでしまった…。知り合いでも何でも無いのに恥ずかしい。

誰だ知らない人だ、という困惑した顔で立ち止まる日向くんにへらりと笑う。

「ご、ごめん。侑がいつもそう呼ぶから…」
「侑、さん…?」

俺の着ている臙脂色のジャージを見て稲荷崎の刺繍にハッとした顔をする。そして、また悔しそうに顔を歪めた。曇ったその顔に、負けたことが悔しくて堪らないんだろうなと伝わってくる。

目の前に立つと同じ目線の日向くんに、さっきまでコートであんな高さまで跳んでいたのか、と凄まじい跳力に慄く。やっぱりすごい子なんだ。

「…あの、試合お疲れ様。すごく、かっこよかった」
「………」

うわああ、そんな白くなるほど唇を噛まなくても…!そうだよな、相手校の奴からこんなこと言われたら絶対嫌だよな。

焦りながらタオルを手渡すと力無い手で受け取った。ありがとうございます…、と呟く姿に狼狽える。
さっきまで水を得た魚のように楽しそうにバレーしていた姿を思い出す。バレーしてるところを見ると似てるなあ、と思った。侑と同じように心の底からバレーを楽しんでいるように見えた。
勝負に貪欲でバレーが大好きそんな日向くんと、一緒にバレーがしたいと侑は思ったんだろう。

『いつかどっかで一緒にバレーする、て感じとる』という侑の直感コメントを寮で聞いたことを思い出した。

「…試合見てて、こっちまで熱くなった。すごい跳ぶし、速いし、日向くんはもっともっと強くなると思う。応援してます」
「……」
「っていきなりこんなこと言われても、だな!一方通行!ごめん!」

忘れてください、と呟いて背中を向けようとした。

「あのっ…バレー部の人ですか? 」
「いや?全然違う。バレーしたことなくて」
「はあ…」
「ただの侑達の友達」
いつものようにへらりと笑うと日向くんは友達という単語に眉を動かした。
「宮侑の友達…。…影山並に毒舌なのに友達が…」

ぼそ、と呟く日向くんに思わず噴き出す。影山くんがどれだけ毒舌なのかは分からないけど、侑が毒舌なのは間違いない。

「よく知ってるね、そう毒舌でジャイアンなんだけどバレーに関しては誰よりも愛情深い奴」

バレーが好きで好きで堪らないってバレーのことしか考えてないような奴。その言葉に日向くんが顔を歪めた。きっと今は何を言っても悔しいだろう。簡単にこの敗北を消化できるはずなんてない。皆勝つためにここに来たんだから。

「侑も去年、君達に負けて悔しすぎて、一週間くらいずっとブツブツ言ってたよ」
だから、精一杯悔しさをバネにして、筋肉にして、強くなってほしい。

「バケモン達とバレーしたいって日向くんを待ってる奴がいるからさ。もっともっと強くなって、応援してるっ」

顔もすぐに忘れられてしまうような何の特徴もない他人の俺に言われても、記憶にも残らないだろうが応援しているという気持ちは伝えたくなってしまった。

じゃあ、と帰ろうとした瞬間、肩にずっしりとのしかかる重み。耳に入ってきた声に、まさかと上を見上げる。

「なぁにが『応援してるっ』やねん。応援する相手がちゃうやろがっ!」

いつものキレ気味の顔で見下ろす侑にギョッとして身を仰け反る。

「はっ?!お前何でここにいるんだよ!次の試合!」
「ちょお休憩しよ、思て外出てみたら、何やねん、この体たらくは」
「何がだよっ、てか休めよっ」

思わず勝てた喜びを伝えたかったが、目の前に日向くんがいる状況では忍びない。

侑の突然の登場に日向くんの顔はさらに悔しそうに歪んだ。

「ふふん、翔陽くん」

今はまだ敗北の余韻で悔しそうな顔をしている彼に侑はにっこりと満足そうに笑った。

「勝ちは、勝ちや。楽しませてもらったわ」
「っ……」

日向くんの眉間の皺が深くなる。

はぁぁ?勝ったからって何言ってるんだっ。えっぐぅ…何こいつ、怖すぎ。と隣でしかめっ面していると殺気立った視線を感じて振り向いた。

烏野セッターの影山飛雄くんだ。日向と同じか、それ以上に悔しそうに侑を睨んでいる。いや、元々の目つきが鋭くて睨んでいるように見えるだけなのか。

「おい、日向、探させんな…」

日向くんに近づいた影山くんはタッパもあるし、怖すぎて少し肝が縮む。侑の恐ろしい顔とはまた違う怖さだ。
あまり視線を受けたくなくて侑の背中に少し隠れるように動いた。敵にバレないように身を隠すステルスゲームみたいだ。侑は隠れるための障害物。

「宮さん…」
「おお、飛雄くん。最後ええトスやったなぁ」
「……」

歯ぎしりの音さえ聞こえてきそうな雰囲気に背後から侑の背中をバシバシと叩いて「(煽るのはやめろアホッ)」と注意する。
勝ったからって煽りすぎなんだよジャイアンッ。

「せやけど、読みが甘かっ「はい、ストォーップ!ごめんねごめんねっ!調子乗ってるだけだからっ!」

我慢ならず腕を伸ばし、侑の口を塞いで阻止する。もごもごと唸る侑は俺の手を掴む。

「っぷは、何やねん!ほんまのことやもん。俺らが勝ったんやしぃ」

どうしても去年の悔しさを晴らす、という執念に煽り始める侑の頬を挟む。これ以上、コイツを野放しにしておくわけには行かない。

「お前は去年のこと引きずりすぎなんだよっ!わかったから!すみませんっ、こいつは回収しますっ」

次の試合に勝ってから言えっ、と侑の背中を押す。

「次は、絶対に負けません」

影山くんがキッと侑を見た。指には白のテーピングが目立つ。

「上等や。楽しみにしとくわ飛雄くん」

去り際に侑が振り向いて日向くんに声をかけた。

「翔陽くん、待っとるで」

それは、未来のコートで待っているからと言っているように聞こえた。その言葉の意味が烏野の日向くんに届いているかは分からない。

それでも、日向くんの目に宿る強い光にきっと彼は上り詰めてくるだろうと確信した。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「侑、お前早く戻れよ。午後から試合だろっ」
「いつも通りのペースで過ごすんが一番なんや。俺のペースで、お、角名や」
「お。烏野の月島くんと…何話してんだろ」

「おーい角名、戻んで」
「…今行く」

「月島くんに何言ったんだよ倫太郎」
「『ブロック上手になったね』って」
「はぁっ?」
「ぶっは!!角名ぁ!最高や!」

「どいつもこいつも…何でそんなに煽るんだ?!」
「最初に煽って来たのは向こうだから」
「試合中、ブチ切れてたのは分かったけども!本当に…っ」

北さんが言っていた『バケモン達の宴や』という言葉を思い出す。確かに、バケモン達はどこか少しおかしいのかもしれない。

バチバチにやり合う好戦的なスタイルの侑、密かに熱いパッションを持つ負けず嫌いの角名。やっぱりバレーとなるとどこかぶっ飛んでいる気がする。

「ヨッシャ!午後もガンガン攻めてくで」

「はぁ…頑張れよ!!全力で応援する!」
「「よろしく」ぅ」

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