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3回戦目で烏野に勝った稲高は勢いづいて、当日午後から行われた準々決勝でも勝利した。

次なる試合は準決勝。この時点でベスト4は確定だ。三日目を終え、平日を挟み迎えた週末。

春高四日目、準決勝の試合のため再び東京体育館に足を運び、応援席でセンターコートを見つめている。

「相手が井闥山ってところがまた…ここに来てもぶつかんねんなぁ」
「井闥山学院とは去年のインハイでも負けたし、いつも当たるんよねぇ」
「どの道、倒さなあかん相手ではあるけれども…」

宮家両親の言葉に試合の過酷さを感じる。侑と同じく、全日本ユースに選ばれたトップレベルのエースの佐久早に、リベロの古森も全日本ユースに選ばれた実力者。

侑達は出発前に井闥山学院に負ける気はない、と意気込んでいた。

後は勝ち進むだけ、といつも以上に集中している様子の侑達に風邪だけは引くなよと来る今日までの体調管理を心配していた。

会場では関西 対 関東の戦い、と実況者が大々的にアナウンスし、試合開始が近づいていた。

対面の応援席には『努力』と掲げられた横断幕が見える。

センターコートに入ってきた稲荷崎高校と井闥山学院。

注目する視線、歓声、応援団の迫力ある演奏。

先に行われた試合ですでに長野県の鴎台高校が勝利しており、決勝進出を決めていた。
残る試合は稲荷崎と井闥山。

コートに並ぶメンバー、井闥山の佐久早はインハイの時に一度だけ話したことがある。話したと言っても俺がぶつかってしまい湿布臭いとまで言われてしまっただけだが。
まぁ、あれは俺が完全に悪かった。

同学年なのに、どうしてそんなに体格が違うんだ、と思うくらいの高身長。強者揃いの井闥山に息を飲む。

「「「お願いします!!!」」」

始まった準決勝。勝った方が鴎台と明日、やり合うのだ。

『ファイトー!稲高ー!』
「頑張れー!」
「侑ー!治ー!気張りやぁー!」
「倫太郎ーっ!頑張ってー!」

大きな声援がコートに降り注ぐ。

序盤から侑のサーブが炸裂するも、対戦し合ってきた井闥山は攻略しているように対応してくる。
サービスエースを取ってもすぐに点を取り返される攻防が続く。

「サムッ!」
「ん、」

崩れる侑に代わり、治が活躍する。

「治ー!ナイス!」「ええよ、ええよっ!」

ラリーが続き、なかなか点が入らない状況に押される形で試合が進んでいく。

「…さっきから侑ばっか狙われとんな」

宮家父の言葉に注目すると、確かに侑を崩そうと明らかに動かされている気もする。

「クソッ、一旦、返すっ!」
「チャンボッ」
「叩け!佐久早っ!」

ここぞとばかりに跳んだ佐久早、打点の高さはトップレベル。打ち落とされたスパイクはリベロの手を弾き、井闥山の点に入る。

セッター宮侑を崩す、という意思が見え隠れする。

侑がギロリとネットを合わせた井闥山を睨む。タイムアウトで監督の元に選手が集まる。

「…あれは…キレてますね…」
「ほんまねぇ…」
頷いて心配そうに見守る宮家母。

「侑、冷静に、よう見ていき。全員でカバー。この時のために全般できるよう練習してきたんや、ボール落とさん思いで突っ込め、追いかけるの止めたらあかんで」

監督の言葉に全員が頷く。
負けられない。負けたくない。その思いが強くなればなるほど、周りが見えなくなることもある。

冷静に観察して相手を取り囲んでいけ、という言葉に大きな返事が聞こえた。

再開しても侑狙いは続いた。

「あんなに全力で動き回って体力、大丈夫かな…」

汗だくで前を見据える侑に手を握って呟く。

「大丈夫や、きっと。あの子、自分の隣に体力おばけがおるんや、て言うてね。夏も帰ってきた時『何であんなにちっこいのに俺より体力あんねやろ、おかしいよな…寮でも同じもん食ってんのに…。ちょお走ってこよ』なんて言って」

もしかして、それは俺のことか…?

「真夏なのに真昼間からランニング行って帰ってきたら『暑い!暑い!溶けるぅ!水ぅ!』て大騒ぎしてんのよ。ほんま…どうしようもない子やろ?」

簡単呆れたように笑う侑のお母さんに俺も笑い返す。

「ふふっ、どうしようもないですね」

「体力おばけ、て何なんて聞いたらなまえくんのことや、って言うてん」
「今じゃ侑の方が体力あると思うけどなぁ。侑、何でも張り合って来ますもん」

「ふふふ、せやから大丈夫や、って信じてんねん。負けん気強い子やし、倒れへん、て。うちらにはあの子を信じることしか出来へんからね」

後は応援するのみ。二人で声を揃えて叫ぶ。
「「侑ー!頑張れー!」」

大きな会場のセンターコートで必死でボールを追いかける友の背中を後押ししたくて、声が出る限り声援を送る。

なかなか潰れない侑に、周りもフォローして攻撃態勢が整ってきたところで井闥山の動きが変わった。

セッター狙いは終われど、攻撃のパワーとテクニックは日本一を取っただけあり稲荷崎も押されつつあった。
1セット目は惜しくも井闥山に取られてしまった。

「次、次!ファイトッ!」
『稲高ファイトーッ!』
チアや吹部の応援も大きい。

次のセットは絶対に落とせない。侑と治、銀と角名が顔を見合わせた。
2セット目に入り、稲荷崎の調子が徐々に上がってきた。角名のスパイクも点をもぎ取る。治のファインプレーに会場が沸いた。

「侑っ!レフト!!」
スパイカーが飛び出したうえで、敢えてフェイントでボールを落とす侑に井闥山の空気がピリついた。
相手セッターを見てニヤリと舌を出し笑う侑にドキッとする。
あの目で見られると呑まれるよなあ…。

何をしてくるわ分からないセッター同士の心理戦。ネット越しのプレッシャーは相当だろう、と想像した。

「小作っ!」
「おうっ、」
絶妙にスパイカーを使い分けて点を取っていく侑に今度は井闥山が押される。角名のブロックも対井闥山に合わせて読みが鋭い。
「ッシャ!!どや!」

2セット目は稲荷崎が獲った。治達が肩で息をしながら、お互いに手を合わせる。
「っしゃ、次取るで」

お互いの視線が交わる。一歩も引かない両者に応援席の声はどんどん大きくなっていく。

「うぉおおおっっ!!次!次取ったら!」
決勝…!!!

勝ってくれ!!まだ終わらせたくない!終わりたくない!次、絶対にゲームを取ってくれ!

ギュ、っと手を合わせて顔の前へ持ってくる。セット合間の侑達の様子を見る。

ドリンク片手に汗を拭いていた。治が侑に話しかけて侑が頷く。双子の最後の高校バレーなんだ。ずっと二人でやって来た、侑と治のバレー。ここで終わってほしくない。

毎日毎日、二人で張り合ってぶつかって大喧嘩しながら、バレーを続けてきた二人の戦いをまだ、見ていたい。

「絶対にっ、勝ってくれ!!」

3セット目が始まる。この結果で全てが決まる。

「ナイッサー!!侑ーー!がんばれー!」

喉の痛みなんて無視して叫ぶ。
届け、この思い、届け!

始まった3セット目に誰もが固唾を呑んで見守る。

序盤サービスエースを取る侑に古森が目を細めて侑を見た。

『いっけー!いっけー!侑ー!』

順応性が高いトップリベロ、二本目は取らせない、と上げてくる。

稲荷崎も負けじと拾い、攻撃に結びつける。

「侑さんっ!お願いしますっ!」
「ほっ!」

「侑っ!トスくれ!!」
「銀っ、」

「角名ぁっ!打て!」
「っ、」

「ツムッ!」
『治!ナイスキィー!』

攻撃する理石くんや銀、角名、治に献身的に上げ続ける侑。治と侑の速攻には井闥山も手を焼いている。それでもじわりじわりと点の積み重ねでマッチポイントに近づいていた。

あと一点というところで、井闥山に取られる。あと一点取られたら負けるというところで点を奪い返していく。

「決勝戦みたいや…勝負が決まらん…」
応援席で誰かが言った。

譲らない、負けない、負けたくない、勝ちたい、勝つ。強い思いが選手を突き動かす。

寮で見てきたバレー部メンツのバレー漬けの日々を思い返す。暑くても寒くても、しんどくても、風邪引いても、バレーのために、バレーのことしか考えてないのかと思うほどに練習に明け暮れた奴らの姿を見てきた。
まだ終わるな、と強く願う。

バレーが好きで、どれだけキツくても負けたくないと這い上がってきた奴らだ。勉強さえ放り出してバレーボールを触る、バレー大好き少年達の全力疾走を近くでずっと見ていた。

まだ、足りてないはず、侑も、治も、倫太郎も、銀も、苦しそうにもがいて、跳んで、肩で息をしているけど、まだまだこの宴から降りるつもりなんて毛頭ないだろう。

あいつらはコートの中で戦うのが大好きなんだから。
トスを上げて、スパイカーに一番良いボールを打たせて、勝ち取ることに全力を賭けている男の背中を見て胸が熱くなる。

背番号1番を背負って戦うあの姿をまだ見ていたい。横暴で、毒舌で、自信家で、高圧的で自分勝手な奴だけどアイツほどにバレーを愛している奴は見た事がない。

不器用なだけで、人一倍愛情深い奴だ。その思いが今の侑を作り上げている。

「侑のどデカいバレー愛…っ、届けよ!勝てっ!」

絶対にボールを落とさない。執念の塊のような男は無理な態勢でも飛び込んででも、ボールを上げる。

「頑張れっ!頑張れっ!! 」
井闥山のマッチポイント、あと1点、取られたら終わってしまう。

休む間もなく繰り広げられるラリーの中でブロック、スパイク、レシーブ、セットアップ、と続いていく。攻撃をしてもリベロの古森が絶対に拾ってくる。

「落とすなっ、落とすな…っ!」

祈るように見つめるコート、井闥山の佐久早が跳んだ。幾度となくこれでもか、と叩き込んで強力なスパイクに角名が寄せて壁を作る。

佐久早の打ち込んだスパイクが稲荷崎コートを狙う。回転のかかった球が稲荷崎リベロの腕を弾いた。観客ブースの方へ飛ぶボールを追いかけて侑が全速力で突っ込んだ。

ボールが落ちる前に、ネットに向かって返す。
「戻れっ!」「侑、戻れっ!」
チャンスボールとして、相手コートに行ったボールを井闥山が稲荷崎の体制が整う前に決め打ちしようと動いた。侑がコート内に戻る前にセッターがトスを上げた。

「治ーっ!りんたろーっ!銀ーっ、!!」

崩された稲荷崎のコートを狙って佐久早が跳ぶ。渾身の一打は一瞬だった。

真上に跳ぶ角名と治、銀。壁を作り、ブロックする。空中で全身をしならせて打ち出したスパイクはブロックを抜き、コートの余白を狙った。稲荷崎リベロと侑がボールに向かって飛び込むも手が触れる前にコート内に、落ちた。


床をバウンドして跳ねるボール。

一瞬の間の後、井闥山勢の応援が盛り上がった。加点され、試合終了の笛がなる。

「……、っ」

言葉が詰まって出なかった。視界がぼやけて、瞬きをするとクリアになる。侑達は肩で息をしたまま、立っていた。

膝に足を尽き、悔しそうに唇を噛み締める銀。
顔を上げて眩しそうにライトを見上げる角名。
そして、治と侑は互いに目を合わせていた。

井闥山の勝利。決勝進出は井闥山学院、とアナウンスが流れる。

「…っ、ふ、」

瞬きをしてクリアになったはずの視界がまたぼやける。

今、試合が、終わった。
朝も、昼も、晩も、同じ寮で生活して、頑張ってきた侑達を思い返して目に汗が溜まってきた。

春も夏も秋も冬も、バレーに明け暮れて全てを懸けてきたそれぞれのバレーが終わった。

勝つために、練習に励み、汗を垂らし、苦痛を味わいながら、戦ってきた。

侑の、治の、角名の、銀の、高校バレーがここで終わったという事実にどうしようもなく込み上げてくるものが止められない。

「整列!」

応援席に向かって並ぶ選手達に大きな拍手が送られる。
「ようやった!!」「お疲れ!!」「ええ試合やったで!!」そんな声が各所から飛び交うも、侑達の表情は堅い。

一番上に勝ち上がりたかったのに、負けたのだから当然だ。

「「ありがとうございましたっ」」

頭を下げる選手達にまた大きな拍手が送られる。
俺も強く手を叩きながら、鼻をすすった。

一生懸命、戦った。結果は、どんな結果であれその戦った姿に皆心を打たれた。そう大人たちは言う。

でも、侑はそれは綺麗事だ、と言うだろう。結果が全て。勝ってこそナンボ。その悔しさが全身から伝わってくる。

主将として、治の相棒として、稲荷崎のセッターとしてもっと戦いたかったはずだ。

鼻水をすすって上を見上げて瞬きをする。目を開いても、閉じても止まらない。

「ちょっと、お父ちゃん!!見て!なまえくん、」

隣を見ると侑のお母さんも目元が潤んでいた。

「ウチらより泣いとるわっ!」

泣きながら笑う侑のお母さんに首を振った。

「ち、違います、目に汗が…っ」
「はっはっ!ベタなこと言うなぁ」

お父さんが豪快に笑う。二人共よう頑張ったわ、と双子を見つめている。
そんなお父さんとお母さんを見ていると、侑と治の小学生の時から二人で繋いできたバレーが終わったと実感して、さらに溢れてくる。

あれだけ仲の良い双子がこれで終わり、なんて…。悔しくてついに零れてしまった。頬を伝う感覚に急いで拭う。

「…なまえくんずっと、隣で見てくれとったんやねえ」
「……っ、」
「なあ、あの子ら楽しそうにバレーしとった?」

侑のお母さんが双子を見つめながら微笑んだ。

「…っはい゛っ、たまに寝坊しながら、喧嘩しながら…ぶつかって、大喧嘩してっ、でもすぐ笑いながら、ボールッ、必死に追っかけてましたっ…!!一生懸命、全速力でっ」

「そうかぁ…よかったわぁ」

お母さんの侑と治を見る目が優しさに溢れている。ふんわりと微笑んだ目尻は侑達が笑った時の目元と同じだった。

「二人とも、大きなったなぁ」

泣いてるのか、笑ってるのか、お母さんは笑いながら目元を拭いた。

「なぁあんた見てみ。こぉんなにちっちゃかったあの子らが…。二人ともあんなに…、っ、ちゃんと大きくなってくれたなぁ」

「…せやな、母ちゃん、散々怒ってきたけどなぁ」
「ほんまや。全然言うこと聞かへんし、調子乗ってふざけてばっかで、二人ともちゃんと育ってくれるか思うたけど、知らんうちにあんなに…しっかり…」

隣にいるお父さんに話しかけて涙するお母さんに、俺も涙が止まらなかった。

「あははっ、何でなまえくんが泣いてるん、オカンかっ!」
「ぅうっ…男子寮での、母みたいなもんです……っあいつら雛鳥みたいにいつもメシ頂戴、お菓子頂戴って、口開けて待ってるんで…っううっ、親鳥みたいな気持ちに…っ、」

「ふふふっ、オカンやなぁ、ありがとう」

試合終了に、応援要員の生徒も自由時間に入る。
黒リュックからタオルを取り出し、目から出る汗を拭う。侑のお母さんが俺の黒リュックを指差した。

「あら、なまえくん、そのリュックのバボちゃんキーホルダー、買ってきたん?にしてはボロボロやねえ」

ぐず、と鼻をすすりながら答える。

「…これですか?これは…去年、侑がくれたんです。春高のお土産で、って。まぁ、くれたっていうか、絶対外すなって無理やりつけられたんですけど」

思い出してくすりと笑う。
何で自転車部がバレー部みたいにバレーグッズ持ってんねんっていうウケを狙ったみたいです、と伝える。

「まぁた、あの子変なこと考えて…。面白いことにしか興味無いねん。ほんま付き合わせて堪忍なぁ」

笑いながらキーホルダーを見ていたお母さんがそうや、と俺に荷物を差し出してきた。

「…なまえくん、あの子らにこれ持って行ってくれん?」

手渡されたのは弁当袋。恐竜柄と電車柄の二つの袋だ。手作り感のあるその袋に幼少期に母親が作ってくれた弁当袋を思い出す。

「二人ともお腹空いとるやろ思って作ってきたんよ。お昼ご飯。終わったら、食べさせよう、て」

これな、小さい頃毎回二人で『今日は俺が恐竜、今日は電車がええ』とか取り合って大変やったんよ。

そんな会話に、ここにも母の大きな愛が溢れていて、思わず涙腺が緩んだ。
ダメだ、さっきから涙腺がユルユルだ。

「持って行ってきます…っ」
「うん、頼むなぁ」

2つの袋を手に待ってロビーに出た。エントランスに降りて各高校の待機場所に向かう。

手にしている弁当袋を見ると視界がぼやける。稲荷崎の場所はどこだろうか、と首を振って探していると人にぶつかってしまった。

「あっ、すみませんっ」

視界に入る黄色と黄緑のジャージ、壁のように大きな背丈に見上げないと顔は見えない。

顔を見て、ギョッとした。マスクをしているがさっきまで侑達と戦っていた佐久早聖臣だ。

続く言葉もなく、ただでさえ涙腺弱々な俺は鼻水をすすった。
瞬間、佐久早は眉をしかめ、汚いものを見るような目で俺を見てきた。そして俺と当たった部分を見て一歩下がった。

「鼻水…」
ぼそ、と呟いた言葉に、まさか俺の鼻水がついたと思ってんのかっと少しその反応に俺も傷つく。


「違っ、鼻水はつけてないっ」デスッ、と言うも涙目で鼻水をすする俺の説得力は皆無かもしれない。

手を振って否定すると佐久早は目を細めて俺を見たあと、「インハイの…湿布…」と呟いた。

やめて、俺をそんな汚いような目でみないでくれ、そして変な情報で認知しないでいただきたいっ。どうして、佐久早にぶつかってしまったんだとタイミングの悪さを恨む。

「すみません、鼻水はつけてないんでっ」

では、と後ずさりして逃げようとした時、今度は後ろに人がいたようで、どん、ぶつかった。

何なんだ、どうしたんだ、ぶつかりまくりじゃないかと後ろの人にも謝ろうとしたら、肩に回ってきた腕。

「ハイハイ、臣くんウチの奴に絡まんといてくれるぅ?」
「侑っ!」
「宮…。絡んでないし鼻水つけられたのは俺だ」

侑の介入にホッとしたのもつかの間、煽るような言い方にヒヤヒヤする。
心底機嫌悪そうに眉をしかめる佐久早に「いや、つけてない」と否定するとギッと睨まれた。

「ひぃ、ごめんなさっ」
肩を揺らして佐久早と距離を取ろうとする。

「なまえ、何で泣いとん」
「泣いてない、目に汗が入っただけだっ」

お前らの試合に感動した、なんてとてもじゃないけど言えないだろ。

「まぁ、ええけど。臣くん、今日は気持ちよう決められたかもしれへんけど、次はそうは行かへんから覚悟しといてなあ」

キレたように笑う侑がいきなり煽りだすものだから、どうしてコイツはすぐにバチバチ火花を散らしはじめるんだと、背中を叩く。

「次ってどこに所属するんだよ」
「4月からMSBYやねん」
「ふうん」
「俺はプロで一足、二足先にガンガン強うなったるわ」

宣戦布告する侑を見返す。そこに古森が通りかかった。

「二人とも何してんの、もう試合終わったぞ?」

まるで侑と佐久早だけ戦いの最中かのように振る舞う古森にコミュ力の高さが窺える。

「分かっとるわっ!」
「ツム、何してんねん、どこでも絡むな」

治が後ろから呼びかけてきた。

「絡んでへんし。絡んできとったん臣くんや」
「え、聖臣お前絡んでたの?」
「ちげえよ」

佐久早がお前のせいだ、と言うように俺をじろりと見下ろした。

ごめん、事の発端は俺です!と内心謝る。

「宮治…」

佐久早が治と侑を見比べる。古森も一緒に双子を見た。

「双子は同じとこでバレーすんの?」
「…俺はこれで引退や」

その言葉に肩に回る侑の腕がぎゅ、と固くなった。途端に実感する、今まで一緒に歩んできた双子のバレーが終わったという事実。

「…そういうわけや。俺はサムの分まで強うなんねん。まとめてかかってこい」
「…熱苦しい」

はあっ??と反応する侑に助けてくれ、と周りを見渡すと角名が遠目にこっちを見ていた。目が合ったかと思えば逸らした。

あっ、アイツわざと逸らしやがった!

「倫太郎!!おいっ、助けろっ」

綺麗にスルーする角名に、あいつぅ、と睨む。井闥山の古森が手を降って「角名ぁ、また4月からよろしく〜」と手を振っている。

4月からよろしく、って何?!と思っていると古森が、俺の疑問を感じとったのか「俺、角名と同じとこ所属」と言った。

ああ、なるほどプロチームか、さすがトップレベルは違う。

「ほお、皆まとめて潰したるわ」
「いいからっ、お前はっ、煽んなっ」

すみませんっ、俺が事の発端ですっ、皆帰りましょう、と侑の腕を引くも動かない。

「何、バレー部?」
古森が俺を指差して双子に聞く。
「いや、俺は「教えん〜」」

ただの応援ですと否定する前に侑が俺の言葉をぶった斬った。
まあ侑みたいにユース合宿で仲良くなったりとかそんな知り合いでもないし、俺の詳細は不要だろう。そのまま黙っておく。

「ほな次の試合楽しみにしとくわ」

侑と治の背中を見て、一応佐久早に「ぶつかって、ごめんっ」と謝り、双子を追いかける。

先を歩く二人の背中に「…お疲れ」と投げかけた。振り向いた双子は何も言わずに俺を見た。

視線を下ろすと二人の手が目に入る。テーピングした指、今までバレーボールに触れてきた大きい手は、これから別々のものを手にしていく。

「…悔しいよな」
ここで終わって悔しくないわけは無い。

「負けは、負けや」
侑が言った。

…俺はもっとお前らのバレーが見たかった。仕方がないことではあるが、悔しくて引っ込んでいた涙がじわりと滲み出る。

「…ふ、悔しいけど俺は納得しとる。あとは…この悔しさはツムが全部一緒に持ってってくれんねん。俺の分まで、バレーするんやろ?」

な?と侑を見る治。
侑が治を見て、拳を握った。

「…せや、サムの分まで強うなったる。…二人分持って俺は上に登ってくで」
「〜〜っ、」

「泣くなアホッ」
侑がタオルを投げてきた。
「ぅえっ、おま、これ、使用済みタオルぅ…きたねっ」
「あ?俺が汗水垂らして頑張った証やぞ」
「きたねぇっ、ビショビショっ」
「これで拭いたるわっ」
「ぎゃあっ 」

治が、さすがに試合後の替えタオルや、とフォローを入れてきたがそういう問題じゃない、っと嘆くも侑から無理やり顔をゴシゴシされて逃げ惑う。

「俺はっ二人に渡すものが」
「なん?」
「これ、お母さんから」

恐竜柄と電車柄の弁当袋を二人に差し出す。

「「これ…」」

二人が袋を開けて中を見る。ラップに包まれた大きなおにぎりが入っていた。侑と治は顔を見合わせる。

「サム、行くで」
「…ん」

侑が治に声をかけて、歩き始める。階段を上がってロビーの端にいたお父さんとお母さんを見つけた。

「おかん」「おとん」

侑と治が呼びかけると、両親は振り向いた。

「侑」「治」「よう頑張ったな」「お疲れさん」

口々に言う両親に向かって侑と治が口を揃えた。

「思いっきりバレーさせてくれて」
「「ありがとう」」

双子の言葉にお母さんの顔が歪んだ。涙がほろりと大きな目から零れ落ちる。

「なんやの、あんたら、来ていきなり…、」
お父さんがお母さんの背中をさすった。

「遠征も、送り迎えも、応援も、全部、全部」
「ありがとうございましたっ」

頭を下げる兄弟にお母さんが口を押さえた。

「…っ、私を泣き落とししてどうするつもりなんっ」

顔を上げた治が「…ほんで、おにぎりもう1個ある?足りひん」とケロリした顔で聞く。
「腹減ったぁ、肉食いたいぃ」
お母さんを取り囲む双子。

「ほんまに…っ、まだおにぎり、あるからちょっと待ちなさいっ」

宮家を見て一人、泣くまいと上を見上げていると、視界が暗くなった。

「うっ?!」

タオルを掛けられたのだと気づき、顔に乗っかったタオルを取って横を見ると角名と銀が立っていた。

「ぎゃっ、これ、倫太郎の使用済みタオルかっ?!きたねっ」
「泣いてるなまえに優しくしてあげたんじゃん。侑のよりは綺麗だと思うけどね」
ニヤニヤしながら笑う角名に泣いてないっ、とタオルを投げる。ふざけ終わり、二人の横顔を見た。

「…二人とも、お疲れ…すごい試合だった、もがいてたな」
「はぁ…終わってもうたわ…」
目に涙をためている銀に俺もつられて潤いはじめる。
角名が無言で補給食のゼリーを口に咥えた。

「…戦ってるお前ら、ものっすごいカッコよかったよ」
「負けたけどね」
「…負けたけどな」

「でも、すっごく楽しそうだった」
「…せやな、苦しかったけどずっとあのコートにおりたい、て思ったわ。楽しかったなぁ…っ」
肩を震わせる銀の背中をぽん、と軽く叩いた。

「…お疲れ」

それ以上の言葉はなかった。黙って気持ちを汲み取ってやれることしか出来ない。枯れた喉から出た掠れ声に角名がくすりと笑った。

悔しさと涙の塩っぱさが残る春高バレー四日目、親友たちの高校バレーが終わった。

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