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(宮 侑)

コートに戻りながら目の前に落ちるボールに必死で手を伸ばしたが、届かなかった。

決められたスパイク、試合終了のホイッスル。

(終わって、もうた…)

無我夢中でボールを追いかけていたのに、終わってしまった。

治と目を合わせる。春高バレー準決勝でこのまま勝ち上がって一番強い奴を決める戦いに参加するはずだったのに。

「サム…終わったな…」
「せやな…」

嫌だ、まだ遊びたい。まだ、コートん中で遊び足りひんのに。

「「「ありがとうございましたっ」」」

応援席から拍手や賞賛が降ってくる。やっぱりどれだけ言葉と拍手をもらっても一番じゃなきゃ、納得もいかないし、嬉しくもない。

拍手なんか要らんねん。こんな中途半端な結果。

「侑ゥッ!!顔に出とんぞ!!」
「3年になっても変わらんなぁっ!素直に受け止めや!」
「この拍手はええ試合やったからや!!」
「よう戦った!!」

稲荷崎応援席から聞こえてくる言葉。
おっちゃんら皆、一年の頃から応援しとってくれた人らや。

「…あざした」

頭を下げて呟く。隣で治が俺を見ていた。監督の応援団に対するお礼の言葉を聞いている中、終わってしまったという実感がじわじわと沸いてくる。

まだコートにおるような感覚なのに。

「ツム、行くで」

治の背中を追い、退場の準備をする。控え室で着替える中、銀が嗚咽を漏らした。

静かな空気の中、響く声に治が「最後、やられたなぁ…」と呟いた。銀の嗚咽が大きくなる。

「銀、男泣きやん」

茶化すように言うと銀は顔をゴシゴシと擦った。隣で小作がタオルを渡している。

「泣いてへん…っぅっ、うぅ、最後のバレーが終わったんや…っ」
「ぁぁあーーっ、臣くんのすましたあの顔っ、腹立つぅ」
「ツムがコート戻んのが遅いねん、落とす前に取れや」
「はあっ?!どう考えてもあの距離戻るの無理やろっ!サム、お前さっきリベロの○○に全部ツムのせいやから気にすんな、て言うとったん聞こえとったからな?!」

俺のせい、て何やねん!!と息巻くと治はうるさそうに目を細めた。

でも、俺のせいでもある。崩されなければ、とかもっと早く動いていたら、とか。そんなことも考えたが惜しんでも、もう終わってしまったことだ。

「次は絶対、臣くん泣かしたる」

あれは泣かんやろ、と呟く治を睨む。俺には次がある。角名にも次がある。でも治には次は無い。銀にも次はない。

俺と治の小学生の時から二人でやってきたバレーがここで終わった。最強の双子、宮ツインズと呼ばれていた俺たちのバレーは、終わった。

「…っ、もっとお前らと、バレーっ、したかったぁっ」
銀が顔を歪めながら唇を噛み締めている。

「……」

全員が黙っている。銀の言葉を頭の中で繰り返す。もっとこのメンバーでバレーしたかったか?そりゃもちろん。

治とまだ、まだまだ二人でバレーしたい、なんて絶対に言わないけどまだその気持ちが少し残っているのは事実。

「俺も」
俺の発した言葉に銀は目を見開く。

「楽しかったで銀。三年間ありがとう」
治が銀に向かって言う。


「〜〜っ、何でここで泣かすようなこと言うんやっ!!」
普段そんなこと言わんくせにっ!!と目を潤わせる。天を仰ぐ銀に治と顔を見合わせて笑った。

横から角名が「俺も」とボトルを口に付けながらぼそりと言った。

「す、角名まで?!お前ら…っ何なんやぁっ!」

ケラケラと笑う俺たちに端で静かに黙っていた理石も嗚咽を漏らし始めた。

「おい、何やねん、この状況っ!負けは負けやっ、終わったんや、理石は泣いとる場合ちゃうねんぞ、次のIHで井闥山潰せよ?」

「ぅうっ、侑さん…っ」
「サーブもっと磨けや」
「はいっ…!」

ああ、終わってもうたなあ。
最後の最後、点を取られて負けたのは悔しいし、すぐには消化できない。

ベンチに座ったまま、足を投げ出して自分の右手を見る。疲労物質が蓄積された体は疲れを感じている。
でも、まだ動ける。まだ動き回る気力も体力もあるのに、コートに入れないことが悔しい。

着替え終わってベンチを立つ。

「ちょお出てくる」

外の空気を吸うため、控え室から出て歩いているとさっきまで試合していた井闥山のエースが目に入った。

そして自分の目を疑った。エースの前に立って見上げているその後ろ姿は、どう見てもなまえに見える。

ここで何してんねん。
ちゅうか、この間も知らんうちに翔陽くんとも話しとるし、何してんねん。

急にパトロール中の警備員のような気持ちに切り替わる。目を離したらすぐこれだ。

後ろからいつものように肩を手を回して臣くんを見ると、面倒くさそうな目で見返してきた。

「侑っ!」

何でここに、と言いたそうな目で見てくるが俺が一番それを言いたい。何でお前がここにおるんや、と。

臣くんと話していると古森クンと治まで来た。
なまえをバレー部?と聞いてきたが、なまえの詳細なんて教えるつもりは毛頭ない。

なまえの言葉を遮って臣くんらと分かれると、なまえが後ろからついてきた。

グズグズのなまえを見て潔癖の臣くんが引いていたのが分かった気がした。顔がひどいことになっている。

親切にタオルで拭いてあげようとすれば「使用済みタオルきたねぇっ」なんてぎゃあぎゃあ抵抗するから、もっとやりたくなる。

治が呆れたように見てきたが、気にせず楽しんでいるとなまえが母親からと言って懐かしいものを手渡してきた。

恐竜柄と電車柄の弁当袋。よく治と取り合って喧嘩したやつだ。

手にした弁当袋は重みがあり、開くと海苔で巻いた大きめのおにぎりが入っていた。治と顔を見合わせる。

小学生の時からバレーの試合でいつも弁当やおにぎりを握って用意してくれた。勝った日には大好物ばかり机に並べてくれた。全部応援に来て、声を上げて喝を入れてくれた。

俺達は両親に伝えなければいけないことがある。片割れの目を見て思っていることは同じ、と感じ取る。

「サム、行くで」
「おん」

ロビーの端にいる両親を見つけて近寄る。呼ぶと、振り向いて労いの言葉をかけてきた。
俺達よりも小さな母親を見て口を開く。

「思いっきりバレーさせてくれて」
「「ありがとう」」

おかんの目に涙が溢れた。

バレーがまだ全然上手くなかった小学生の時。練習から帰ってきて治と父親が二人で出かけた後、
『今日も負けた!悔しい!』『サムがムカつく!!俺のこと、下手くそ言うてきた!!』と一人、リビングでジタバタしていると「ええ加減にしいや!負けたからって騒いでる暇あったら練習し!負けるの嫌なら強なったらええだけや!」と怒られたのを覚えている。


「バレー好きやろ?侑がバレー好き、てずっと頑張ってたらちゃんと力になるから。治とも他の人とも比べんでええんよ、好きな気持ちがあれば、ちゃんと上手になれるんやから」

「侑のこの小さい手もな、ボールしっかり打ち込めるくらいお父ちゃんみたいに大きい手になるから。ちょっとずつや。ちょっとずつ力、つけてこ」

そう言って治がいない所で目線を合わせて、頭を撫でてくれた。
時に厳しく、時に優しく、甘えさせてくれた母親が目の前で涙を拭いている。

ボロボロに負けて悔しかった時、俺達を優しく抱きしめてくれた母と『勝つまで特訓や!』と練習に付き合ってくれた父。
感謝の思いが今、やっと言葉になって出てきた。

「遠征も、送り迎えも、応援も、全部、全部」
「ありがとうございましたっ」

何一つ不自由なく全力でバレーに向き合える環境にしてくれたこと、大好きなバレーをさせてくれたこと。やりたいこと、させてくれたこと。

治と一緒に頭を下げた。
母親の震える声に治と目を合わせる。頭を上げ「腹減った、飯もっと食いたい」と言うと呆れたように笑った。

おにぎりを頬張り、いつもの味だな、と感じる。これがずっと食べてきた母親の作る味。美味いともぐもぐと咀嚼する。

そんな俺達を見て母親が両腕を開き、俺と治の背中に手を回した。

「二人とも…、よう頑張ったなぁっ…最後まで頑張って、かっこえかったで。私らの自慢の息子や」

涙目でトントンと背中を叩く母親に、おにぎりを飲み込み口を開いた。

「当たり前やん。こんなかっこええ息子、他におらんやろ」

「…侑、あんたはちょっと謙遜て言う言葉を考えなさい」
社会に出たら謙遜、謙虚が必要になんのよっ、と言う母親にへいへい、と返しておく。

「はっはっは、さらに母ちゃんに似てきたなぁ強気で自信満々」

大きく笑う父親に母親がバシッと叩いた。

「何言うてんのっ。昔から私は慎ましくてお淑やかなことで通っとったやろっ」
「いや、気が強いべっぴんさん、てなぁ」
「はい?気が強いは余計やけど?」

またいつもの夫婦漫才が始まった。

「ほおっ美味いっ」

治は我関せずと飯のことしか考えていない。おにぎりを頬張って美味しそうに食べている。

この日が来ることはわかってはいたけど、いざ迎えてみると複雑な気持ちだった。

治と別の道を行くということは決定事項だったはず。それでも、コートから退場した今、残ったのは名残惜しい気持ち。

将来のことについて話した日、啖呵切った手前、絶対に言わないけど。
少しだけ寂しいという気持ちがないわけでもない。

「サム」
「なん」

何も言うつもりはないけど、呼んでしまった。自分と似ている治の目が俺を映す。

「…別に」
「何やねん、きっしょ」

何も言ってないのに。

「今頃になって寂しいとか言うなよ」
「…っ、何も言うてへんやんけ!!」

寂しいとか思うわけないやん、俺は俺の道を行く、て決めてんねん。この先ゴロゴロおるバケモン共使って暴れたんねんっ。

その先の隣に、今までおったお前がおらんから、て別に寂しいとか思うて…。

「なんや弱気か?ツムに負ける気ぃせんわ」
「あ??」
「俺は俺の行きたい道、歩いて、お前より実りのある、ええ人生おくったんねん。この先、俺を見て悔しがっとるツムしか想像できへんわ」

「はぁ??…サム、お前…その言葉忘れんなよ」

ひっそりと少しだけ感じていた寂しさは吹っ飛んで、代わりにふつふつと湧き上がってくる対抗心。青筋立てて睨みつける俺に治は涼しい顔で咀嚼している。

絶対に負けん、コイツだけには絶対に。
将来、どや、俺の方が幸せやろって見せつけたる。
バレーで俺は強い奴ら手玉に取って、祭りで一番極上のもん手に入れたんねや。

固い決意を心に決めて拳を握る。

「あ、なまえ、まぁた絡まれとるやん」

治の言葉に視線を追う。離れたところでなまえがまた他校の奴に話しかけられていた。愛想笑いしながら頷くなまえを見て目を細める。

おいおい、何で?何でなん?あまりに平凡すぎるから道聞かれやすいってよう言うけど、それにしても無害平凡オーラ出しすぎやろ。

教室でも頼まれ事ばかり聞いて八方美人。

ちっとは話しかけんなオーラ出せんのか!と絡まれやすいなまえを睨む。

「〜〜どいつもこいつも!自分勝手すぎんねん!」
「それツムが言うか?自分が一番、自分勝手やろ」

ハムスターみたいにおにぎりで頬を膨らませる治を無視して、パトロールに行ってくる、と立ち上がる。

「パトロールて、警備員か」

ニヤニヤする治をひと睨みしてなまえに向かって歩き始める。

応援団や観客で賑やかなロビー、三年間毎年踏み入れた東京体育館の雰囲気。

明日、センターコートには立てない。この悔しさを絶対に忘れない。一番強い奴を決める戦いの場にいたい。そのためにはもっと強くならないといけない。

帰ったらとにかく練習やな、と近づくなまえの背中を見ながら考えた。

春高四日目、準決勝。
今日、俺達の最後の春高が終わった。

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