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男子寮に帰り晩御飯までの間、侑は俺の部屋に来ていた。

「なぁ、この服、ええと思わん?」
侑が携帯の画面を見せてくる。モデルが着こなしているファッションサイトのスナップ写真。


さっきまでウイイレのバグ動画集を見て笑い転げていたのに、流行にも抜かりない所は同じ男子として尊敬する。
侑が着れば大体は着こなせるため、良いも悪いないだろう。それこそネタ的な服でも何でもドヤ顔で着る奴だ。

「んぁ?ふうん、いんじゃね?」
「おい、真面目に見ろや」
「だって大体、着こなしてんじゃん」

肯定的なことを言えば侑は瞬きした後、こくりと頷いた。
「…まぁな、俺かっこええし、何でも似合うしなぁ」
顎に手を当てて頷く侑にそこは余計、と付け足す。
「はぁモテる男は困るわぁ」

その言葉に数日前の春高応援の記憶が頭の中に浮かんだ。試合が終わり、帰る間際の記憶。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

東京体育館を出て兵庫に帰る前、俺は侑のお母さん、お父さんと立ち話をしていた。

「今年は侑と治ファンが増えて賑やかでしたね」
「応援してくれるんはほんまに有難いよなあ」
「二人とも、学校でもモテてますよ」

「あら、侑なんて特に性格きっついやろ?女の子に優しく出来てんのやろか?大丈夫やろか?て、私心配で…」
首を傾げるお母さんに、眉を下げて笑い返す。

「ははっ、治ほどではないけど、侑も意外と優しいところあるって女子から聞いたことあります」

そこに惹かれた女子もいる、佐倉さんのように。

「直球で言うし、すぐ顔に出るし、ほんま誰に似たんやろ、て」

はぁとため息を吐くお母さんにお父さんが首を振る。
「それはやっぱ母ちゃんに似」「なにっ?」
「なんでもあらへんっ」
視線で圧をかけられ口を噤むお父さん。そのやり取りに俺はくすりと笑った。

「はぁ、なまえくんみたいに侑のこと分かってくれる女の子が出来たらねえ」

お母さんの口から出た何気ない言葉に笑っていた表情が固まった。

ああ…そうか…そうだよなぁ、それが普通だよな。

口角を上げたまま、視線を落とす。鉛を飲み込んだように重たい感覚が襲ってきた。

分かってくれる、女の子。頭の中で繰り返した。『彼女』という言葉に簡単に結びつく。

「あ、はは。…すぐ、出来ますよ。女子に人気あるし…」

へらへらとお得意の愛想笑いを貼り付けて頷く。顔では笑っているのに、心の中はじわじわと暗くなっているのが自分でも分かった。

「ええ子を捕まえてくれたらええんやけどねぇ。なまえくんは?彼女おらへんのっ?」

楽しそうに聞いてくるお母さんは「こういう恋バナしたかったんよ〜っ、あの子ら全然そんな話せんし!」と女子高校生のようにキャッキャとしている。そんなお母さんを見てお父さんは呆れたように苦笑いしている。

「いやぁ、俺は…こんな感じですし…」
見てくれも平凡、頭脳も平凡、特に面白みのない自分に彼女なんているわけはない。

「何でっ!?なまえくん、むちゃくちゃええ子やのに!ウチが紹介したろか?!」

有り得ない、と驚くお母さんにお父さんが肩をすくめて首を振る。

「ええて、母ちゃんお節介すぎやで。なまえくんにも好きなタイプっちゅうもんがあるやろ」

「まぁそれもそうやなぁ。なまえくん、どんな子がタイプなん?」
「えっ?タイプですか?」

早く聞かせて、と楽しそうに微笑むお母さんに言葉が詰まる。

「えっと…その、黒髪で…」
小柄で、大人しい感じの…、と決まったテンプレのように言おうとしていた。
好きなタイプと聞かれていつものように答えていた特徴を口に出すはずが、頭の中にアイツが浮かんでしまった。

派手な髪色で、大柄で、喧しくて、横暴でジャイアンみたいなやつ。正反対のアイツが頭に浮かび、胸がズキズキと傷んだ。

本当は…金髪で、背が高くて、賑やかで…。

…求められている答えはそんなものじゃない。誰も、そんな答えなんか望んでいない。息子に彼女が出来たら、と考えるお母さんを前にして、言えるわけがない。

一瞬、言い淀んだ言葉を絞り出す。

「小柄で、大人しくて優しい子がいいなぁ、なんて」

そんな人に一度もお近づきになれたことがない人生だけど。

「ええなぁっ、合いそう!はぁぁ、若返った気ぃする!青春!」

ときめくわっ、と手を合わせてはしゃぐお母さんが、目をキラキラさせて楽しそうにしている時の侑と重なる。

「今好きな子ぉとかおるんっ?」
「えっ、好きな…」
「うんうんっ」
「それは…」
「あっ!それはおる反応〜っ」
「いやぁ別に…っ」
「なまえくん、グイグイ行ってナンボやで。女の子はな、押されたら弱いねん」

お母さんの会話に曖昧に笑う。

「そういうの、あんまり自信なくて…」
「あかーんっ!なまえくんはええ男や!自信持ちや!」
「あ、ありがとうございます」
「私はなまえくんに、優しくて可愛らしい彼女が出来る将来が見えてる…!」
「母ちゃん、はしゃぎすぎや」

「だって侑も治もバレーとご飯とゲームと漫画の話ばっかしてんのやもん。私だってそういう話したいやん?いつか女の子連れてくる日が来るんかなぁ、て思ったら、も〜ドキドキすんねんっ」

お父さんの腕を叩きながら、照れたように笑うお母さんを見て俺もへらりと笑う。胸の痛みが強くなった。

「ちょうど一年前、ここで北くんちのおばあちゃんと話した時『信介の結婚式、楽しみしとるんよ』て言うてはったやん?あれ聞いて、私もちょっと考えたんよねぇ」
「皆、えらい気ぃ早いなあ。まだまだ先のことやろ」

呆れるお父さんときゃっきゃと話すお母さんの会話を耳にして、重たくなる気持ちとは別にどこか冷静になってくる自分がいた。

侑のお母さんは普通のことを言っているだけだ。何もおかしいことはない。ただ、思い描いているその未来に俺の入る余地は1ミリもない、それだけ。それだけなのに、張り裂けそうな胸の痛みが襲ってくる。

この東京の地でアイツが本気で戦う姿を目にして、やっぱりかっこいいなと思ってしまった。チームの主将として、セッターとして、真っ直ぐバレーに向き合う姿にまた一段と強く惹かれてしまった自覚があった。

微笑んで話すお母さんを見ているとそんな気持ちは持っていけないような気がして、曖昧に笑うことしか出来なかった。

こんな想い、不毛以外の何物でもないのでは、と冴えた頭で考える。

何を勝手にドキドキして、期待してたんだろう。心の奥底で優越感に浸っていた。俺のこと好きかも、なんて。両想いかも、なんて。

俺は女子でもないし、ただの友達だ。お母さんがトキメキを感じる話の中に出てくる人間ではない。周りから見ればただの仲の良い男友達の1人だ。

そんな男友達が親友のことを好き、だなんて。侑と付き合いたい女子、侑とお似合いの女子はごまんといるのに。
普通の男友達がその隣に居座るなんて、有り得ないよな…。

夢から覚めたように現実を突きつけられる。
自分が男子寮、学校と狭い世界でしか考えていなかったことを思い知った。

「なまえくん、彼女できたらうちに連れてきっ。私が見極めるわ」
「世話焼きおばちゃんかっ」

なまえくんは押しに弱そうやもん、外堀埋められて、あれよあれよと事を進められそうやし、ここは私がちゃんとビシッと見てあげな!と意気込むお母さんに笑って返す。

「あははっ弱いのはちょっと自覚してます」
「ほら、やっぱり!」

話を合わせるのは得意だ。その場の空気に合わせて、笑っていれば皆、話が通じていると会話は弾む。楽しそうに笑いながら、相槌を打つ。

お母さんもお父さんも良い人で好きだけど、この時だけは仮面を被るしかなかった。

顔は笑っているのに、心は土砂降り雨模様のように沈みきっていた。

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思い出した記憶のおかげで、胸の痛みまでぶり返してきた。

「なまえ?何ぼーっとしとんねん」
「…別に。侑くんはモテモテで羨ましい限りだな、って」
「ふふん、引く手あまたな男やもん♪…今はフリーやけど、はよせんと他の誰かに取られてまうかもしれんで?」

楽しそうに携帯のスクロールする侑の横顔を見る。侑のお母さんと話した会話が頭を過ぎった。
胸が刺されたように痛む。

侑のことを分かってくれる子、女の子、彼女…。

「……彼女とか…すぐできるだろうな…」
つい口から出た言葉にハッとした。小さく呟いた声が侑に届いたかは分からない。

「…あ?」

侑が携帯から顔を上げて見てきた。視線が交差する前に、素早く目を逸らした。携帯の画面で時刻の確認をする。

「…なん、今の」
「っ時間きた、食堂行こうぜ」
「どういうこ、」「ぁあ〜、腹減った!」

侑の言葉を無理やり遮って立ち上がる。
怪訝そうな表情で見てくる侑を無視して部屋を出た。

「今日のご飯、何だろうなー肉かな、魚かなっ」

明るい声色でその場を取り繕う。食堂に向かうため、足早に階段を降りた。侑がどんな顔をしているかは分からない。
視線を背中に感じながら、目を伏せる。


夢から覚める時が来たんだ。
現実を見なければ、と自分に言い聞かせた。

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