自動車教習所に向かう道すがら、侑が鼻高々に振り向いた。
「昨日な、ちゃあんと予習してきてん」
侑の言葉に横を歩いている角名が鼻で笑う。
「何、予習って」
「侑、あれは予習って言わんだろ」
俺のツッコミに角名が何?と聞くから「GT」と答えた。GTとはプレステのカーレースゲーム、グランツ/ーリ/ス/モの略称だ。
「へぇ」
昨日の夜、角名は眠いと言って部屋から出てこなかったが、双子の部屋で集まってゲームをしたのだった。
「俺の完璧なブレーキのタイミング!加減速について来れる奴はおらんっ」
「嘘つけ、コーナーで派手に事故ってたの誰だよ」
「俺もちゃんと予習したで」
こちらも自信ありげに言う片割れがいた。
「治、マリカーは予習にはならんから!」
「俺のドリフトテクニック凄ない?周り蹴散らすレベルやし」
「はぁ?サムぅ、お前昨日よわよわやったやん」
「あ?ゲッソーくらってブチ切れとったん誰や」
最終的に三人でマリカー対戦をすることになり、イカ墨攻撃で黒くなった画面にブチ切れる侑を思い出す。
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『んあああっっ!ゲッソーきた!こんのイカスミ野郎っ!!ふざけんな!』
『フウゥゥーッ!!俺が一番ノリやっ、て、あぁあ?!誰やテレサ使うたん!!』
『二人ともお先ぃ、失礼しまぁ〜す』
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騒ぐ双子に挟まれてカーレースに熱中した昨日の夜。
「お前ら、煽り運転すんなよ」
「するわけないやん、前の車がサムやったらちょっと詰めたろかな、て思うくらいやわ」
「そんなん一発不合格だわ」
「ツムの乗った車に赤コウラ使えんやろか」
もう教習所ついたからとりあえずマリカーから離れろ?と治を諌める。
教習所の自動ドアが開いた。
「「たのもー」」
道場かよっ。新しいことに目がない二人は楽しそうに中に入っていく。時期的に高校生が多く、他校の制服姿が目立った。
そして感じるのは女子の視線。ただでさえ長身で目立つのにこの双子と角名が一緒にいて視線を集めないわけがない。
手続きを終えて座学が始まる時間になり教室に向かった。
二人用長テーブルが並ぶ教室の中、空いている席を見ると横並びに座るしかない。角名の隣に座ろうとして、リュックを肩にかけて角名の隣に向かうとナチュラルに侑に腕を押され、座る席を固定された。は?なに?と思ったが侑の気分なところもあるので気にせず座る。
何をするにも気分屋なのだ。さっきだって自販機で買った俺の飲みかけの炭酸ジュースを奪い、自分のジュースはもう要らん、なんて言って無理やり俺に渡してきた。
『飽きた、味変や』と当たり前のように俺のジュースを奪うジャイアンに目を丸くした矢先のこれ、だ。
順に俺、侑、角名、治と席に座った。
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○○ │● 侑│角名 治│○○
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「あのぉ、隣いいですか?」
固まって座った俺達に早速話しかけてきた制服姿の女子。治が対応している。もちろんいつもの如く、女子達の眼中に俺はいない。
いたとしてもきっと顔がぼやけたモブ男だ。他校の女子に学校や名前を聞かれている三人をちらりと見た。「えっ、双子?すごぉーい」なんて黄色い声が上がる。
容姿の良さは前から認めていたものの何でこんなジャイアンがモテるんだ?と解せなかったのに今となっては周りと同じように惹かれている自分に驚くと同時に、男の自分が親友に思いを寄せていることを悩ましく思う。
もしも俺も女子だったら、普通に、普通の異性として話せていたんだろうかと空想の世界を想像した。
いや、もし女子だったしても平凡な俺はただの平凡なJKになるだけだ。侑達とさらに接点がないかもしれないし、その可能性の方が高い。
あぁ…女子だったとしても…どっちみち詰んでんじゃねえか。
自分の妄想に呆れていると俺の隣のテーブルに座った女子生徒が声をかけてきた。上目遣いに見上げられ、少し鼓動が速くなる。
異性というだけで意識してしまう己の耐性のなさを情けなく思いながらも、男として少し嬉しくなってしまうのは本能なのか。
「ねぇねぇ稲高?」
「あ、はい…」
こくこくと頷いて答える。
双子に行かずに俺の横に来るなんて、まさか…っ?!見目麗しいツインズよりも俺の素朴な良さに気づいてくれましたか?女子から話しかけられるなんて、やっぱ俺も捨てたもんじゃないなぁ、なんて「隣の席の…、友達?」
……ですよねぇ!!
話しかけられた時から薄々分かってはいたんだ。ただ、ほんの少しだけ期待したいという俺の願望がどうしても拭えなかった。
隣に座っている侑を目で示して首をこてんと傾けてる女子。長い髪がさらり、と机の上に垂れて、視線を奪われた。
「ああ、うん」
「え〜私、稲高に友達おってなぁ。何組やったやろ○○って言うんやけど」
「うーん…ちょっと分からないかも…部活とかは?」
知らない人でも話すことは苦ではない。話を合わせるのは得意なため、悪い印象は与えないよう返していると隣から鋭い肘鉄が入った。
「いてっ、何だよ」
侑を睨むときっしょい顔でニヤけんなと睨み返してきた。
「ニヤけてねぇし」
「嘘つけ、頭ん中何考えとるか簡単にわかるわっ」
「侑くん、黙っててくれますか?」
「侑くんって言うんやぁ」
女子がにこりと笑ったものの侑は無視して受付で貰ったプリント用紙に何やら落書きし始めた。
歪な人の頭を書いて中に女子、女子、女子、女子と書きまくっている。
「でけた。なまえ脳内メーカー」
一時期流行った脳内メーカーを真似た落書き。人の頭の上になまえと書き、ご丁寧に隣に『侑作』と書いてある。俺と称された人の脳内は『女子、女子、女子、自転車』で埋まっている。
「なぁなぁ、サム見てこれ!なまえの脳内メーカーっ」
「ぶっは、なんやねんこれっ」
「ウケる」
侑作の脳内メーカーを見て三人が面白がって笑うため「おいっ嘘書くな!んなわけないだろ!貸せ、侑の頭ん中俺が書いてやるっ」とプリントに手を伸ばす。
奪ったプリントに人の頭を書いて中に『バレー』と枠いっぱいに書く。ついでにもう一体人の頭を書いて中に『飯』と一文字大きく書いた。
「お前らの頭ん中、これ! 」
双子にプリントを見せると角名が「治、ただの食いしん坊じゃん」と笑う。
「食いしん坊、てかわええなぁっ」
プププと笑う侑にお前はバレーしか頭にないバレーバカだからなとツッコミを入れる。
「飯以外にも考えとることちゃんとあるわ、ただの食いしん坊とちゃうねんぞっ、ハイブリッド食いしん坊やっ」
「何だよハイブリッド食いしん坊って!」
意味わかんねえ、と噴き出して侑を叩きながら笑う。爆笑する俺たちに隣の女子も入り込めないと思ったのか引き下がっていた。
俺達の空気には入って来れないと遠巻きに見てくる視線を感じて、少しだけ優越感を覚える。
いつも一緒につるんでいるメンツなんだ、簡単に入ってこられても困る、なんて独占欲にまみれたことを思ってしまい、己の性格の悪さを痛感して内心少し落ち込む。
侑の手元を見るとプリント用紙の俺の脳内に何やら書き始めた。
「何書いてんだよ」
侑が『女子、自転車』と書かれた俺の脳内の上から大きな字で『侑』と書いている。
「なまえの頭ん中や」
ニヤニヤ笑う侑に今度は俺が肘鉄をお見舞いする。
「アホかっ、考えてない」
ボソボソと小声で反対する。
「侑くんのことで頭いっぱいやろ?」
「侑のことは1ミリも考えてない、あっ、おい増やすなっ、侑で埋め尽くすなっ」
止まらない侑の手からシャーペンを取り上げようとすると教習所の指導員が入ってきた。
諦めてニヤニヤする侑を睨み、仕方なく前を向いた。
***
教習が終わり、遊んで帰ろうということで繁華街をぶらついた。フードコートに寄り、四人でテーブルを囲む。
「あ、順番来たわ、行ってこよ」
「俺も」
治と角名が注文していた軽食を取りに席を立った。
残された侑と俺は向かい合う形でバーガーを口に含む。食べながら侑が苦言を呈してきた。
「話しかけられただけで何期待しとんねん」
侑が言いたいのは教習所でのことだろう。
「は?期待なんかしてないし」
「ヘラヘラ笑って人がええんですぅみたいな顔しよって」
「あのなぁ、人は第一印象が大事なわけ」
侑みたいに気分でコロコロ態度変えていたらやって行けない世の中だ。特に俺みたいな普通の人間はとにかく相手に悪印象を与えないことからスタートする必要がある。だからこそ、好感の持てる明るい表情で接するのは当たり前だと思うのだ。
納得いかないような顔で見てくる侑に俺も苦言を呈する。
「だからな、彼女いたりする?って聞かれて『関係あらへんやろ』って言うのはヤバいんだよ、アンダスタンド??」
女子から聞かれて、はぁ?という顔をした後に『関係あ、』まで言いかけた侑の口を塞いで「いないよ!いないけどコイツはオススメしないよ!」と笑顔で乗り切った俺のファインプレーを褒めて欲しい。
多分、侑は興味ある人間には『おると思う?』と面白そうに逆質問するだろう。興味ない人間、または機嫌が悪い時はドライ。想像できるからこそ、俺はいつもヒヤヒヤだ。
「やって関係ないやん」
「そうだけどっ!そこはもっと、こうオブラートな対応をだな!あぁっ、ほんとお前もっと優しくなろ?!」
こいつを社会に出す前にもうちょっと愛想良くできるようにさせねば、とマネージャーのような気持ちになる。
いや、でも『正直』と『猪突猛進』で生きてきてる奴だし一生無理かもしれない、と一抹の不安もある。
「じゃあ今度から、おる、て言う」
その言葉にドキッとした。心の中がザワつく。
「…え、いんの?」
「おらんけど、近々告られる予定やねん。今日にでも」
「ぐっ!ごふっ」
侑が変なことを言うからバーガーが変な所に入ってしまった。咳き込みながらペーパーで口を拭う俺を侑の目が真っ直ぐ見てきた。その視線の訴えに、俺は手元のバーガーに視線を落とす。
「今日にでもってどこから出てくるんだよっ、その自信は」
「なぁ今日が終わるまで、あと7時間なんやけど。はよして?」
そんな半強制的な言わせ方ってある??
ヒシヒシと伝わってくる熱い視線を受けながら目を逸らした。
…告んないよ。だって、現実的に考えたらやっぱりおかしいもん。俺、男だし。男女からモテる容姿端麗、完璧人間でもないし。
まだ同性同士でも納得行く魅力があれば他から見ても何も思われないかもしれないけど…。
凡人だし、侑の隣にそういう関係で居座って、納得する人がいると思うか?いないだろ。
何でお前が?って思うし、俺もそう思う。侑のお母さんからして見ればバレー選手になって、将来可愛いお嫁さんが、とか思ってたりするかもしれない。そんな所に俺がいたらたまったもんじゃない。
『好き』だけじゃ解決しない。舞い上がって侑の反応にいけるかも、なんて思ったけどやっぱりやめておいた方がいいよなという気持ちの方が大きい。
考えに考えた結果、やっぱりこのままでいようと思ったのだ。
侑が俺の脚をこつりと蹴ってきたところで治と角名が戻ってきた。
「おかえりーうわ、倫太郎のそれ美味そう」
「あげない」
角名の持つトレーにはオニオンリングとアメリカンドッグが乗っている。
「え、じゃあこのエビカツバーガー一口あげるからさぁオニオンリング1個ちょーだい」
「……」
黙ってオニオンリングを差し出してきた角名に交渉成立と一つ口に入れる。
角名が俺のバーガーに齧り付いたかと思えば、二口目の突入していた。
「はっ?!二口目?!」
「ごちそーさま」
ニヤリと笑う角名に文句を垂れる。
四人で食べながら移り変わる話題にリアクションして爆笑したりと楽しく過ごした。
治のボケに堪えられず、声を上げて笑う侑。
その破顔に胸の内がキュンと音を立てた。
歯を見せて大きく楽しそうに笑う侑の顔に自然とこちらも顔が綻ぶ。
その笑顔がいいな、…好きだな、と思ってしまう。
やっぱりその笑った顔はずっと見ていたい。
…身の振り方、考えないとな。と少し寂しく感じながら相槌を打った。
***
帰りのバスで侑と隣同士で座った。大柄な侑はスペースを取るため二人用シートは少し狭く感じる。静かな車内の中、侑が「あと6時間」と呟いてきた。
「…何の事?」
「あ?言わんでも分かるやろが」
「…今日疲れたし帰ったら即行で寝るわ」
スルーして、疲れたなぁと呟く俺に侑が眉を寄せた。
「は?なぁ、今の話聞いとった?」
「シーッ、車内ではお静かにっ」
無理やり侑を黙らせると苛立ったように携帯を触り始めた。途端に自分の携帯にポコンポコンポコンと怒涛の通知が来た。トークアプリを開くと侑から激おこキャラクターのスタンプが大量に来ている。
「鬼スタンプしてくんな」
侑の脚を軽く蹴ると睨んできた。お返しにバイバイと手を振るスタンプを送る。自分の想いに切りをつける意味も込めたスタンプに少し胸がズキズキと痛む。
そんな意味は侑には伝わらない。キャラクターが殴り合うスタンプを送ってきたため、くすりと笑う。何このチョイス。
笑って過ごせる今が一番心地良くて一番残酷だ、と侑の隣で思った。