(宮 侑)
三年の登校日がだんだんと少なくなってくる1月。2月ともなれば学校にはほとんど来ない。来たとしても早く終わる。今日も早めの放課となり帰り支度をする。
バレー部を引退した今、入団決定したプロチームのMSBYに入るまでの間のバレー練習は監督が懇意にしている大学の練習に、角名と一緒に参加していた。
定期的に参加する練習に行くため、シューズや練習着を持って廊下に出る。そこで視界に入ってきた男女を見つけて目を凝らした。
廊下で話しているなまえと佐倉サン。親しげに話す二人を見ていると近くの女子の会話が耳に入る。
「あの二人、付き合ってんのやろか」
「誰?」
「ほら、あそこの佐倉ちゃんと、片っぽ分からん名前なんやっけ」
「確かみょうじじゃなかったっけ。茶川くんと同じ部活やろ」
「へえ、仲良え「付き合うてへんし」
話していた女子が俺を見上げてきた。
「み、宮くんっ」「ミャーツム…」
突如会話に横入りした俺に驚きの声を上げる。
「アイツは誰とも付き合うてへん、断言できる」
だってヘタレの極みやもん。
「へえ」「宮くんは?」
興味ありげに聞いてくる女子を見下ろす。
ここで、おるって言うてもええけど誰かさんのせいでまだおらんしな…。
近々恋人ができる予定ではあるのに、その予定が一向に進んでいない。
付き合ったとしても、誰かに明かすのは勿体ないと感じてしまう。俺だけのものを教えたくは無い。
「んー、内緒ぉ」
ふふんと笑うと小悪魔か、とツッコまれた。角名が「行くよ」と隣を通り過ぎて行く。女子に声をかけて角名の背中を追った。
振り返ってなまえを見ると、佐倉さんとは話し終わったのか3組の教室に入っていった。治と一緒に帰るためだろう。
「……」
どうも最近、煮え切らない態度が目立つ。春高終わったら、とクリスマスの時に言っていたくせに全然行動してこない不思議。
アイツ、記憶力ないんか?言うたやん、春高終わったら、て。侑クンもそろそろ我慢の限界なんですけど?
日々それとなく押しているのに、お茶を濁すような事しか言わない。まるで暖簾に腕押しのような手応えのなさに不完全燃焼だ。
「男に二言はないねんな」
「何の話し」
「ヘタレが過ぎて、腹が立つっちゅうことぉ」
「…意味不明」
横目で見てくる角名の隣を歩きながら練習に向かった。
***
「はぁ、腹減ったぁ」
練習が終わり、男子寮に帰って晩御飯に向かう。なまえの部屋をノックすると顔を出てきた。
「飯」
「あ、今日はもう治と一緒に食った」
「はぁぁ?」
「聞かなかった?」
聞いてへんし。サムは顔の上へに携帯落として寝とったし。サムと仲良く食べたんか?え、俺の事、待ってないとかひどない?
「そこは待っとけやっ」
「え、無理。空腹の耐えは想像を絶する」
「……」
「頬っぺた膨らましても無理なもんは無理ですぅ」
早く食堂行ってこいよ、と一掃されモヤモヤした気持ちで食堂に降りた。
「なまえは?」
「サムと食ったんやて」
「ふうん」
角名と一緒に食べながら今日の練習について話す。真面目にバレーの話をするのも楽しいが、期待していた状況じゃないのは少しいただけない。
食べ終わり風呂から上がった後、なまえの部屋に行くとゲームをしていた。
なまえの好きなホラーゲーム。隣に座って一緒に見る。
「うぉっ、ビビったあー」
ゲーム内でホラー要素が発生するたびにビクつくなまえを笑う。
「やる?」
「やるぅ」
コントーローを受け取ってプレイを交代する。なまえは立ち上がってベッドに移った。横になって携帯を触っている。俺に渡すということは大方ゲームに飽きたんだろう。
たまになまえの横出ししてくるアドバイスを聞きながら操作しているとパッタリと声が聞こえなくなって、振り向いた。
ベッドの上で携帯片手に目を閉じている。
落ちたな。
「……」
ゲームを一旦中止して、そろそろと近寄る。静かに呼吸するなまえの顔を覗き込んだ。床に座る俺とベッドで眠るなまえの距離は近い。
うつ伏せで顔を横にしているため頬が潰れている。ひっどい顔や。
くすくすと笑いが漏れる。触れてみたくなり、手を近づけ、人差し指をなまえの頬に押し込んだ。
「……すぅ」
気持ちよさそうに寝息を立てるなまえは全然起きない。少しだけ眉が動いたが、直ぐに戻る。頬をそのままするすると撫でると眉が寄る。
「ふっ、」
面白くてさらに、口元に指を近づけた。下唇をふにりと押してみる。なまえの口角が少し上がった。
「何の夢見とんねん…」
こちらまで口元が緩んでしまう。柔らかいその感触にもう一度触れた。付き合ったら…この唇に…
ごくりと唾を飲み込んだ。
想像力というものは恐ろしい。全然イける。むしろ…イロイロと…。
あああ、あかん。これ以上は想像したらヤバい。
他の奴では一切食指は動かず、全然働かない想像力もなまえだと不思議と湧き上がる。試しに角名や銀で考えてみたが寒気がした。
やっぱり、これは『好き』以外のなにものでもないんだと強く確信する。
去年の春高で自覚した想い。あっという間に一年経ってしまった。
今更、逃すわけが無い。目の前に極上の桃がある中、その果肉を喰わずにいられるだろうか。
周りからみれば固くて青い桃でも俺にとっては極上。
そのまま齧り付くのもいいが、丁寧に皿の上に乗せられた状態でナイフとフォークで口に入れるのも一興。
地を固めてきたのだ。
ここまで来たら向こうから差し出してきてほしいやん?
「はぁ…」
見れば見るほど普通の男子やのに…。
見れば見るほど欲しくなるのはなぜなのか。
顔に両手を当てて目だけ覗かせた。口元がニヤつくが誰も見ていないため感情のままに表に出す。
…ちゅうか、泣かせたい。
こんな願望、治には人でなしだと呆れられるかもしれない。それでもいつも手を出すと悔しそうに見てくる顔が癖になっている。
加虐心を煽ってくるこいつが悪い、と目の前ですぅすぅと寝息を立てる親友を見る。
「早く言え、このアホンダラぁ…」
俺は毎日、首を長くして待っているのに。
ぼそりと呟いた言葉は部屋に吸い込まれていった。