いつもなら寒さを感じて無意識のうちに布団を手繰り寄せる朝。
寒いどころか、なぜか温かく感じる感覚にぼんやりと意識が浮上した。
体の上に布団では無い重さを感じる。腕にも脚にもずっしりと感じる重み。これは夢か?
寝返りを打ちたくて腕を動かすと何かに当たった。布団では無いゴツさ。重たい瞼をゆっくり開けると、視界に入ってきた黄金色。
「……」
理解が追いつかない頭に薄ぼんやりと見える侑の寝顔が伝達される。
…夢だよなぁ。どんな夢見てんだよ、俺。さすがに侑のこと考えすぎだろ。
また目を閉じて寝ようとした。が、体に伸し掛る重みはどう考えても夢ではない物理的感触。
徐々に覚醒してきた意識にもう一度目を開ける。やっぱり先程と変わらない光景。金髪頭が寝ている、俺のベッドの中で。
…夢…じゃないぃ…?
眉を寄せて瞬きをした。
…ぁ?!何で、侑がここに?!
一気に目が覚めて布団の中で固まる。
何があった?!昨日の夜は侑とゲームしていてそのまま寝落ちして…って何でこいつがここで寝てるんだっ!
ガバリと起き上がり、とりあえず携帯を手に取る。時刻は7:18、自分の目を疑う。
「やっっべ!!」
すよすよと寝ている侑の背中を思いっきり叩いた。
「ヴッッ」
「侑っ!起きろ!!今7:18!!」
飛び起きてすぐにスウェットを脱ぐ、椅子の上に置いていた制服を掴んだところで侑の唸るような寝起きの声が飛んできた。
「うぅ…きょう…登校日やないやろ…」
「はぁっ?!んなわけっ」
カレンダーを見て今日は何日だ、と目を走らせた。
「…あ、明日か〜〜!」
自分の勘違い、と一気に脱力した。同時に寒さを感じて身震いする。焦りによる緊張で忘れていた冷えも布団の外に出ると急激に襲ってくる。
「さっむ」
脱ぎ捨てたスウェットをもう一度手に取った。ボクサーパンツ姿の俺を見て侑があくびをしながら「色気皆無…」とボヤいている。
「はあ?何言ってんだ」
「…ぼっさぼさの頭してパンツ一丁て…まじで唆らんわぁ…」
ベッドの上で我が物顔でうつ伏せになってこちらを見てくる侑を睨んだ。
唆るとかアホか。唆るも何もないんですけど。
貶されたことだけは理解できる。少しムカついてスウェットを着終わり、裸足で侑の体をふに、と踏みつけた。
「ていうかお前は何でここで寝てんだよっ」
「眠たすぎて部屋に戻る力なかったんやもん」
「睡眠妨害っこのクマっ部屋に帰れっ」
「あ?誰がクマや」
踏みつけていた脚を掴まれて、あっ、と思った時にはベッドの上に引きずり倒されていた。
「ぎゃぁっ」
覆い被さるようにずしりと押さえつけられ、重量差で身動き出来ない。侑はニヤニヤと勝ち誇ったように見下ろしている。
「クマっ退けっ」
「前言撤回してくれん?カッコええ侑くんおはよう、くらい言うたら許したるで」
「どこがカッコイイんだお前も頭爆発してんぞっ」
「寝癖があってもイケメン?せやろぉ、知ってるぅ」
「言ってない。そんなこと一ミリも言ってない」
「早よぉ、朝の挨拶」
あろうことか侑の手がスウェットの中に入ってきた。指先が脇腹に触れてびくりと固まる。これは…いつもの鷲掴みだけは避けたい。でもカッコイイ侑くん、おはようなんて言いたくない。
選択肢の中で揺れる思考、頭を悩ませる。
「うううぅぅ…」
「ぶっは!何唸ってんねん、笑かすぅ」
ケケケと侑が楽しそうに笑う。
脇腹に直に触れる指が撫でるように動いた。ぶるりと腹が震えて咄嗟に口に出す。
「っ侑くんおはよ!〜っ言ったから退けっ」
「言葉が足りんやろ」
「うるさいっ早くしないと朝飯が終わるだろっ」
不服そうな侑は、朝飯の存在を思い出したのか仕方なく俺の体の上から退けた。部屋から追い出すように侑を締め出して部屋の中に戻る。
「はぁ…」
朝から心臓に悪い。触れられた腹を服の上からぎゅっと押さえた。侑の表情を思い返すとじんわりと熱くなる。起きた時もすっぽりと侑の腕の中にいた状態だった。同じ男子なのに体格差を感じて勝手にドキドキする。
…最近さらに距離を詰めてきている気がする。これ以上、アイツに振り回される前にどうにかしないと…。
気持ちに区切りをつける、そう決めたんだ。
ひどい寝癖を押さえつけて食堂に行く準備をした。
***
三年生は自由登校とはいえ、遊び歩けるわけではない。自動車教習所に行った後は寮に帰って静か(ゲームやら漫画やらネットサーフィンやら)に過ごした一日。
風呂上がり、スウェットを着ていると侑が入ってきた。今から風呂に入るのだろう。
「風呂出たら行くわ」
声をかけてきた侑に少し考えた後「今日はもう寝る」と返す。
あんまり近づきすぎるのも良くないと思うのだ。断られると思っていなかったのか眉を動かした。侑の返答を待たず、濡れ髪のまま鏡の前に座る。
備え付けのドライヤーを置いて、タオルで髪の毛の余分な水分をワシワシと拭き取る。鏡の中で、後ろから近づいてきた侑の姿が見えた。椅子に座る俺の後ろに侑が立っている。
「侑クンが乾かしたろかぁ?」
「遠慮します。髪が燃えそう」
「んなわけあるかいな!!」
ムキになった侑が貸せっとドライヤーを手に取った。
「俺の髪、焦がす気かっ」
「アホ!こちとら髪の毛のケアは誰よりも重んじとるわ!俺が一番手入れしてんねんっ!」
確かにそう言われてみればそうかもしれない。身なりに一番気を使っているのは俺たちの中では侑が一番だろう。
ドライヤーのスイッチを入れ、送風音が響く。温風が頭に当たり、侑の手が濡れた髪に触れた。
思いのほか、侑のドライヤーテクニックは悪くなく、荒いかと思ったが優しく柔らかな触り方で髪の毛をすくっていく。
揺れる風と撫でるような指の動きに自然と体の力が抜けた。
ブラッシングされるチロルもこんな感じで気持ちいいんだろうか、とされるがまま目を閉じて身を委ねる。
うぁぁ、このまま寝落ちしそう…頭、触られるって気持ちいいなぁ…もっとしてほしい…
顔を真上に起こして、立っている侑を見上げた。
「う、ご、く、な」
侑が窘めてくるが無視して、目を閉じ頭を触られる感覚に集中する。
「ん…きもちいぃ」気持ちよくて自然と口元が緩む。素直に感想を述べると、侑の手がぴたりと止まった。
「?」あれ、何でやめるんだよ、と目を開けると見下ろす侑は顔を赤くしていた。
「なん」何で、という前にドライヤーが俺の後頭部にヒットした。
ゴツッという音に気持ちよくてリラックスしていた気分が一気に崩壊した。
「いっづ!!おまっ、は?!今ドライヤーで殴っただろっ?!」
「殴ってへんっ!当たっただけや!」
「嘘つけ!今完全に当てに来てたぞ?!」
「そないな顔するからやろ!もっと顔引き締めろや!」
「はぁ?!」
俺は何もしてないのにっ!何でドライヤーで殴られなければいけないんだ、と憤慨する。
髪は燃やされなかったが、物理的にダメージを受けた。
長い髪でもないため、すでに髪は乾いている。侑の腕からドライヤーを奪い、元の場所に片付けた。
「はぁ、ドライヤー攻撃がなければ高得点上げたのになぁ」
独り言を言う俺にまだ血色の良い頬をした侑が何か言いたそうに立っている。
「なぁ、やっぱ後で」
侑の声が耳に入った瞬間、次の言葉が出てくる前に遮らなければと咄嗟に立ち上った。
「部屋に、「寝るっおやすみっ」
侑の言葉を遮り、風呂セットを掴んで慌ただしく横を通り抜けた。
逃げるように風呂場から出て、廊下を歩きながら危なかった、と胸を撫で下ろす。あのままいつもと同じようにしていると何も変わらない。友達の距離に戻らなければ。
部屋に戻った後、すぐに布団に入って眠りについた。
***
登校日。
朝のSHRが始まる前、三分と廊下で雑談していた。
「三分、教習所どう?」
「やっと場内コース走り始めたわ」
三分は住んでいるエリアの教習所に通っているため俺達とは別の所だ。「縦列駐車が鬼門やわ」と順調そうな様子。
「感覚がわかんないよなぁ」
「免許取ったら色々レース行けるし楽しみやな」
「分かる。でも車の前に俺、新しいロードバイク欲しい」
「俺も!フレームかっこええの出たし迷いすぎてなぁ」
「まずお金貯めることからだけどさぁ」
「それな、バイトなんしよ」
「稼げる、かつ出会いがあるバイト」
「出会いぃ〜?学校でもあるかも、やん」
「学校でも外でも出会いが多いに越したことはないだろ!」
「言うて蓋開けたら自転車とバイトに明け暮れた生活になりそう…」
「うああ、それは回避せねば…高校で春が来なかった分、卒業したら期待したい…っ」
「出会い、言うたらカラオケとか?」
「ああ〜やっぱ接客系になるよなぁ」
「でもバイトしとって声かけられるとかよっぽど顔良くないと無理やない?」
「……それナチュラルにディスってる?」
「ちゃうねんっ!ちゃうけどぉ!」
笑う三分におい!三分!と背中をバシバシ叩く。2人で笑いながら話していると茶川も来た。
「何の話ぃ〜」
「出会いがあるバイトの話」
「ええなぁ楽しそう」
「ほんでも自転車とバイトに明け暮れそうな未来が予想できるっちゅう話」
「ああ、ありえるな。みょうじとかロードの方が楽しくて返信とか忘れてそうやもん」
「はっ?!んなことはない、俺の頭の中では完璧なイメージトレーニングが出来てるぞっ」
「どんなイメトレやねん」
楽しく雑談をする最中、予鈴が鳴り教室に戻った。
自席に座ると侑が後ろを向いてきた。
「楽しそうに何話しとったん」
「ん?何のバイトしたら出会いがあるかって話してた」
「はぁ?何やねん出会い、て」
「…出会いは出会いじゃん男女ので、あ、い」
侑には必要ないだろうけどなぁ、と茶化して言う俺を怪訝そうに見てきた。
「やっぱカラオケとか接客系だよなー」
あっけらかんと言えば強い目線を送ってきた。
「出会いとかなまえには必要ないやろ」
侑がぼそりと呟いた言葉に、どう反応したら良いか迷う。その言葉の意図を、真意を考えると複雑な気持ちになる。
適正な友達の距離に戻そうとしている俺と、その距離を飛び越えようとしてくる侑。
「…俺にも必要だけど?」
「は?」
「俺は高校で学んだ。出会いが大事だ、と」
「はぁ??何言うとん」
「だからちょっとでも出会いの幅を広げようと努力するしかない、ってな」
「お前…」「皆おはよう、SHR始めます!」
侑が何か言いかけたが担任が入ってきたところで強制的に遮断された。
訴えるような視線を残して、前に向いた侑の背中を見つめる。
俺達は友達。これからもずっとトモダチ。