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(宮侑)

部屋のドアを閉めた後、困惑した頭でふらふらと歩く。自然と玄関に足が向かっていた。

寒さから避難するため早々に男子寮に帰ってきたはずが、無意識のうちに靴を履き外に出ていた。

身震いするような寒さと冬の静寂が体を包む。
本能的になまえと治のいる場所から離れたくて、トボトボと歩きながら白い息を吐いた。頭の中はハテナで埋め尽くされている。

何なんあれ…最近素っ気ないし、女子に唆されでもしたんかとか思とったけど、全然ちゃうやん…。
あいつサムのこと…す、す…

「…ありえん…」
認めたない。…俺のこと、好きやなかったんか?

引退してスケジュールが変わったことでなまえと治が一緒に過ごすことが多くなったのは事実だ。

双子で顔も似とるし、サムの方がええっちゅうこと?
サムの方が優しいし、何でもできるし、気も遣えるし、サムの方が…。

力無く進んでいた足が止まる。冷たくなった鼻先ですん、と息を吸った。肺に冷たい空気が入り込んでくる。気持ちをぶつける所もなく、アスファルトを睨みつけた。

よりによって片割れを選ぶなんて…。
他の奴ならどんな手を使ってでも、と思っていたのに治が相手なんて…。ぐっ、と拳を握る。

それが一番嫌で、一番相手にしたくない。
治の良いところも悪いところも誰よりも分かっているゆえに自分の勝ち目を確信できる要素が少ない。自信がないわけではないが、治と比べられると少しだけ、ほんの少しだけ引け目を感じることがないこともない。

「……」

この感覚。
小さい頃から感じてきたこの劣等感。
皆、治を見る。
治と俺を比べて『治くんは優しくて、ええ子やねぇ』と言う。
『侑ははしゃぎすぎや!ちょっとは大人しくしなさい!』と怒られたこともあった。
治だって俺と一緒にイタズラしたり、ふざけたりしていたのに、俺の方が怒られていた気がする。

皆、治を見て俺と比べる。
小学生の時、女子が言ってきた『治くんは優しいけど、侑くんはいじわる!』という言葉。勝手に言ってろ、と鼻で笑ったし、もっと暴れてやろうかと思ったくらいだ。

他人は他人、関係ない、と自分の思うままにバレーのことだけ考えていたら周りの人間は『侑って調子乗っとるよな』『ジコチューすぎるやろ』なんて宣う奴も出てきた。

他人なんてどうでもいい、バレーさえ出来ればいい。治に負けたくない、追い抜きたい、誰にも負けたくない、強くなりたいと思って過ごしてきた中で、なまえと出会った。

存在すら知らなかったなまえを認識したのは自転車に乗っている姿を見た時。
普通の奴なのに教室では見たことのない殺気立った顔に興味が湧いて、近づいた。
からかえば反応が面白くて、どんどん絡んでもなまえは他の奴みたいに離れていかなかった。

なまえの目には治じゃなくて、俺が映っていた。嫌なら嫌と言ってきたし、俺の言動にも口を出してきた。

『もっとオブラートに包めよ!』
『人の心がないのか、この人でなし。そう言ったら傷つくだろ。もっと違う言い回しで言ってくれる?』
『性格悪ぅ、侑くん怖すぎなんですけど』

そんなことを言ってくる奴は初めてで、ありのままを見せても、感情をそのままぶつけても、なまえは潰れない。吸収するし、押し返してくるし、そんな奴はいなかった。

さらには、なまえの自転車に対する情熱とその姿勢、自分を犠牲にしてまでもエースをアシストしたいという熱い思いに自分とどこか通ずるものを感じてより惹かれていった。
コイツ、なかなかやるやんと思ったのだ。

一人の男としてみょうじなまえを認めた時、初めてもっと近づきたいと思った。

もっと知りたい、もっと。
一緒に過ごすうちに段々となまえの隣にいることが当たり前になってきて、居心地の良さを感じた。
同時に、皆から知られざるなまえの顔を知っているのは自分だけで良い、一番仲が良いのは自分、という独占欲のようなものも生まれた。

そこからはあっという間だった。
みょうじなまえに惹かれて、俺のことを見てくれるなまえが欲しくて、絶対に落とすと決めた。
アプローチして、なまえの意識が俺に向くように仕向けてきたのに。

それなのに…お前はサムを選ぶんか…

ぎゅ、と胸が痛む。締め付けられるような苦しさが胸の内に広がる。

…嫌や、そんなん絶対認めん…。
なまえと一番仲良いのは俺なのに。
なまえのこと一番好きなんは俺なのに…。

なまえの隣で笑うんはサムじゃない、俺や。
なまえのこと笑かすのも俺でええし、なまえの笑った顔も、焦る顔も、恥ずかしがる顔も、拗ねる顔も、怒った顔も、泣きそうな顔も、全部全部俺だけに見せてほしい。

平凡な普通の男子やし、涎垂らして寝るし、自転車乗っとる時は殺人鬼みたいな顔しとるし、周りから見れば可愛くも何ともないけど、自転車バカでたまに惚れるくらいカッコええ所があって、俺のことすごい、てキラキラした目で見てくる時のあの擽ったさと、たまに煽ってくる時の挑戦的な顔、喉に牙を当てられたようなゾクリとする感覚、全部、全部、味わうのは俺だけで良い。

他の誰でもない、俺だけのもんなのに。


頭の中でくっついて笑い合う治となまえを想像した。途端に胸が痛みが強くなる。唇を噛むと同時に漏れ出た息が白くなった。

…痛い。こんな痛み感じたことない。
抉られるような痛みに顔を顰めた。

「〜〜〜っ、嫌や…っっ」

どうしようもなく嫌だ。なまえが他の誰かを好きになって、俺以外にそんなところを全部見せるなんて嫌だ。

結局…皆、治を選ぶのか。

頭の中に二文字の言葉が浮かび上がってきた。
『失恋』

……嫌だ…そんなの絶対に嫌だ。

「………」
思わずしゃがみ込んだ。
認めたくない、嫌だ、何で、がぐるぐると頭の中で回っている。

今まで告白されて断ってきた人達の気持ちが今なら分かる気がする。

望んでも手に入らないと突きつけられた瞬間、こんなにも苦しいのか。
どんなに気持ちが大きくても、選ばれないという現実に絶望しか感じない。

痛い。ズキズキする。
部屋に戻りたくない。

しゃがみ込んだまま、息を吐く。

「はぁ…無理…」

指先は冷たく悴んでいる。
もう立ち上がる気力さえも失せていた。

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