「ツムを部屋から出せとは言うたけど、喧嘩しろとは言うてへん」
「うぅっ…」
食堂で治と向かい合い、晩御飯のコロッケを口に入れた。サクサクの衣に牛肉とすり潰されたジャガイモの味が口に広がる。美味しいのに素直に食にありつけない自分がいた。
「何があったら、あんなになるんや」
治が目を向けたのは、対角線上に離れた位置で座って角名と一緒にご飯を食べる侑。完全に俺と距離を取っている。こちらと目を合わせようともしない。
「別に…これからも、友達でいようって言っただけ」
「はぁ…」
盛大なため息を吐く治に、俺もため息をつきたくなる。
「さすがにそれは…ああなるんも無理はない」
「友達なんだから、当たり前のこと言っただけなのに…」
「…そう思てるんはなまえだけやろ」
もぐもぐと牛肉コロッケを頬張る治から侑へ視線を移す。やはり全然こちらを見る素振りもない。不機嫌そうな顔をしている侑の目の前に角名は座っている。いつもの無気力な表情で侑のことなんかお構い無しにご飯をモリモリ食べていた。
「はぁ、どうしたら良いんだよ」
呟く俺に、ごくんと飲み込んだ治が眉を上げた。
「簡単なことや。諦めるしかない」
「はぁ?」
「世の中、どうにもならんこともあるやろ?流れに身を任せてみるのも手やん」
「簡単に言うけどな…。俺は今の友達の関係を壊したくないわけ」
「もう壊れとるやん」
即答され、じと目で治を見る。
「何がそんなに引っかかってんねん」
「…色々と、あるんだよ」
乗り越えられない大きな壁がある。俺はそれを無理に突破しようとは思わない。
「納得できる答えやないと、ツムの堪忍袋の緒は切れたまんまやで。まぁそれはなまえがよう分かっとるやろうけど」
「……」
治の言う通りだ。感情的かつ衝動的、頑固な奴だが侑の思考は非常に合理的なところがある。
周りの目もあるし、友達のままでいるべきだ、と言ったところで『それは俺と何の関係があるん?』と言われてもおかしくは無い。
私生活でもバレーでも真顔で言ってくる時が一番、冷え冷えとする。誰もが距離を取りたくなるだろう。
『俺が納得できることならええけど、ちゃうなら口出しせんといてくれる?』
『今の返球、何?本気でやってそれなん?』
本人が本気でそう思っているからこそ、たちが悪いのだ。
ド直球の言葉はキツすぎて、メンタルが弱ってる時は「アイツには近づきすぎ注意!」だ。
かく言う俺も侑のド直球コメントには何度もやられているし、グサグサ胸に刺さるし、他の人に言っている時も隣でドン引きしている。
その度に『何かおかしいこと言うた?間違うてへんよな』と真顔で言う。間違ってはいないけど、人に向けるには直球すぎて鋭利すぎるのだ。
「…気持ちだけじゃ、どうにもならないことだってあるのに…」
「ツムんこと嫌いなわけちゃうやろ?」
「…うん」
「ほんなら、好き?」
二文字にドキ、とする。
「んなわけ…」
反射的に否定の言葉が口から出た。
友達に対してそんな想いを持ってはいけない、と自分を押さえつけるような考えが先に出て、心が痛む。
この痛みはなぜなのか。自分から口に出した言葉なのに、本心からそう思えないのはなぜなのか。
考えないように、と目を伏せる。
治は綺麗にたいらげた皿を見下ろして「素直になれへんのはどっちなんやろな」と呟いた。
返す言葉も見つからず、話題を変えようと口を開く。
「…ていうか、侑の靴なかったのに、何で外じゃなくて倫太郎の部屋にいたんだろうな」
「靴は角名の靴箱ん中に突っ込んどったらしい。角名が自分の靴の上に無理やり突っ込まれとった、てキレとった」
「何それ。何でそこで俺達にバレないように工作してんだよ、アホだな」
「アホやろ」
ふっ、と口角を上げて笑っては見たがすぐに顔から笑みが消えた。
全然、笑える気分じゃないと心が訴えている。侑の話をすると、話しかけんな、と吐き捨てた侑の声を思い出し、暗く沈んだ。
「……」
箸の動きを止めて黙る俺に治は何も言わなかった。
「月曜日は朝10時集合な」
「うん…」
平日からまた自動車教習所の受講がある。治は一緒に行くために声を掛けてくれたが、正直侑がどんな反応をするのか分からなくて怖い。話しかけるなと言われた手前、一緒に行くべきなのか、足踏みしてしまう自分がいる。
『赤の他人』その言葉が響く。
空気みたいに扱われたら…俺はもういないものとして、存在すらなかったことにされたら…。
箸を握る手が強ばる。
不毛な想いには蓋をするから、せめて友達としてこれからも笑い合っていけたら、と思っていたのに。
俺はどうしたらよかったんだ。何が正解だったんだ。
だって皆、侑に彼女はいるのか、と俺に聞いてくるんだ。侑に片思いする女子も多い。男女の恋愛が普通で、俺なんかが女子と同じような想いを持つのはお門違いだ、と痛感した。
『侑のこと分かってくれる女の子が出来たらねえ』
春高の時に聞いた、侑のお母さんの言葉。
そもそもの対象にすら入ってないのだ、身の程を知れ、と自分に言い聞かせた。『侑のことを分かってくれる子』は俺じゃない。
侑のことを分かってくれる女の子はいつか現れるし、それがお母さんの望んでいること。
それが普通のことなんだ。
ここ最近、侑が部屋に帰った後、自室で一人になる度に頭を悩ませ考えた。
文化祭前に自覚した侑への『好き』、隣に居たい、侑を独り占めしたいという欲は秋から冬へ移ろう中で膨れ上がっていった。
春高のコート上で本気で戦う侑を見てさらに惹かれてしまった日、侑を取り巻く人達の思いを知ると、自分は何て愚かなんだろうと恥ずかしくなった。
隣に居たい、とか、侑の『好き』は俺じゃなきゃ嫌だ、とか。独りよがりな気持ちに逆上せていた俺は盛大に冷水を浴びせられた。
俺は男友達だ立場を弁えろ、と侑の将来のためを思って必死でこの気持ちを捨てようとしているのに、侑には拒絶された。
…誰か正解を教えて欲しい。考えても考えても分からなくて、どん詰まりの状態に頭がパンクしそうだ。
ぐちゃぐちゃに絡まった思考の糸は解けない。
機械的に手を動かして、口に運んだ牛肉コロッケは味気なかった。
***
(宮侑)
晩御飯も食べ終わり、風呂から出て部屋に戻ると二段ベッドに背中を預け携帯を触っている治がちらりと視線を寄越す。
「…ツム、お前いつまでそんなキレとんや」
「あ?何やサム」
「俺にまで喧嘩売ってくんな」
「売ってへんし」
とにもかくにも何をしても、今は腹立たしいの一言に尽きる。
もちろん原因はなまえだ。
荒れ狂う感情は全てなまえのせい。
いきなり『友達のままでいたい』なんてアホなことを言い出したのだ。
床に座り込み爪の手入れに取り掛かりながらも、頭に浮かぶのは角名の部屋でなまえに言われた言葉。
『男同士なのに好きも何もない…じゃん』
『現実的に考えて、無理があるっていうか…』
現実的に考えて、てどういうことやねん!
まだ好きな奴ができた、とかなら片っ端から潰せばええ話やけど、現実的に、って何?はぁ??
アホちゃう?何なんアイツ。
クッソ腹立つ。
ここ最近の素っ気ない態度に、治のことが好きになったのか、とショックを受けたがそれも勘違いだったと分かった矢先。
男同士は現実的に考えて無理がある、可愛い彼女が隣にいるべき、なんて抜かした。
何を
お前、散々俺が分からせるためにやってきたのに、それを全否定か?なかったことにしようとしとんのか?は??
余りにもお粗末なことを言うため、プチッとキレた俺は堪えられず『もうええ。一生、話しかけんな』と吐き捨てて部屋を後にした。
…もうええ、て言うたけど、ぜんっぜん
自分の気持ちに正直になれって選択肢出したのに、何であそこで黙んねんっ、黙んなや!!
思い出すほどにムカムカと怒りが膨れ上がる。
思い通りにならない苛立ちというよりは、気持ちを蔑ろにされたようなショックの方が大きい。
「……あのアホ!!」
感情を吐き出してもどうにもならない。それでも吐き出さずにはいられない。怒りのままに感情を露わにすると、治が横目で見てきた。
「言いたいことあんなら、話せぱええやん」
「知らん。あいつはもう赤の他人や、友達でもなんでもない」
「…極端すぎやろ。喧嘩したら絶交、て小学生の喧嘩か」
柔軟に考えろ、と他人事のように言う治を睨む。お前にこの気持ちが分かってたまるか。蔑ろにされた俺のこの気持ちを。
「そんなに好きなら自分から言えばええやん」
「はぁっ?!何で俺から言わなあかんねん!気持ち踏みにじられたん、俺やで?!」
俺がじわりじわりと外から固めていって、やっとなまえを囲んだのに、易々と俺からくれてやるなんて、そんなの到底納得できない。
「…素直じゃないんはどっちもか…」
ぼやく治を無視して爪の形を整える。
今、猛烈にボールを叩き込みたくて仕方がない。この湧き上がる怒りを外に出さないとどうにかなりそうだ。
大体、周りの目を気にすんのがおかしいやろ。何なん、釣り合うとか、お似合いとか。それ以前に自分の気持ちやん。自己主張ないんか?
自己主張。
その言葉を思い浮かべ、目を細めた。
……そうだ、あいつはそういう奴だ。自己主張が薄くて、教室でも周りに紛れるように空気を合わせ、愛想良く笑っている。
周りから何を思われるかを一番重視して、自分の主張は二の次で、事を進めようとする。
ここでそれを発揮すんな、どアホ。
「何なん…」
自分の気持ちはどうなんや、っちゅうねん。
ほんまに友達のままがええんか?
俺とは友達以上になりたくない、てこと?
もし…本当にそうだったとしたら…俺とはこの先、それ以上の関係は望んでいない、としたら…
「はぁぁぁ」
胸がズキズキと痛む。最悪だ。
怒りと動揺が一気に押し寄せてきて、感情が揺さぶられる。
ほんま、何やねん。
自由過ぎんのも、ええ加減にしてくれん?
振り回しすぎとちゃうか?
なまえが泣いて請うまで、心改めて俺に好きと言ってくるまで、絶対に俺は折れてやらない。
「ふぁぁ…ねむ…もう寝るで」
治は二段ベッドの下段に入り込み、布団に潜りながら眠たそうにあくびをしている。マイペースな兄弟にまで少し腹が立つ。
「他人事かっ」
「当たり前やん、ツムとなまえの問題やし。…なまえも色々考えとんのやろ」
「頭ん中で考えすぎなんやアイツは…」
ウジウジ考えてばかりで、勝手に自分で答えを出して、向き合おうとせず、避けようとするから余計に腹が立つ。
こうなったら徹底的に分からせてやる。
さんざん俺の気持ちを弄んだ罪は大きい。俺が本気で怒っていると分かれば、明後日ぐらいにはごめんと謝ってくるだろう。
それまでは一歩たりとも引くつもりはない、と強く決意した。