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「おはよ…」
「……」

無言を決め込む侑に予想していたとはいえ、非常に重たい空気を感じ、朝から早々に気が滅入っていた。

月曜日、教習所に通う俺達は4人で一緒に男子寮を出発した。が、侑の拒絶の意思は変わらないようで目は合わせないし、俺が話していると会話にも入ってこないし、で気まずいといったらありもしない。

おかげで教習所に着く頃にはお互い無言になっていた。

治と角名の会話だけが成立している状態で、無視してくる侑に少なからず俺の精神はダメージを受けていた。
決別したあの日までは侑の方からしつこいくらい絡んできていたのに、今では距離を取られ、あからさまに避けられている。


「あ、宮くん達やぁ」

教習所の教室で固まって座る俺たちに何度か顔を合わせた他校の女子グループが話しかけてきた。

治達と会話してキャッキャと楽しそうに笑っている。俺はというと、双子と角名の近くにいるものの、完全に蚊帳の外で女子達は侑達3人しか見えていない。

侑から話しかけられないだけでこんなにも扱いが違う…現実はそんなもんだ。
楽しく話す男女を見て静かに席を立ち、角っこの方へ移動して座り直した。

「あれ、あの子稲高よね?」
女子グループの一人が席を立った俺をちらりと見た。感じる視線を無視して教習資料を開いていると侑の声が聞こえてきた。

「…知らん」

その言葉に抉られるような痛みを感じた。
侑は…完全に俺との仲をなかったことにするつもりなんだろうか…。

『一生話しかけんな』という言葉があの日から何度も繰り返されている。

資料に目を落としながら痛みを堪えた。
侑とは喧嘩しても、友達のままでいれると思っていた。一晩寝て、起きたらアイツの気持ちも収まって元に戻れるかな、と思っていた。

そんな簡単な話ではなかった。侑の拒絶は相当だ。

仲良くなればなるほど、拒絶された時の痛みは大きいのだと今になって初めて知った。
侑は、転校続きの俺にとって今までで一番仲良くなった奴だ。
教室で上辺だけのクラスメイトに合わせ、当たり障りなく接して学校生活を送ってきた過去。

深く付き合うこともなく友達という友達もいない状態で入った稲荷崎高校で、始めて出会ったタイプ。

ジャイアンみたいな横暴な性格に振り回されてきたが、腹が捩れるほど笑い合って、本音で話せて、ちゃんと良いところもあって、才能を持っている人気者な『親友』という存在が嬉しかった。

唯一無二の親友。それが今や拒絶されるほど、嫌われてしまった。
悩んで考えて侑の気持ちに応えることは出来ず、最善策を選んだら、こんな状態になってしまった。

ゲームで例えたらバッドエンドだな…と他人事のように考える。まぁ、そもそも俺は主人公の立ち位置でもないし、ただのモブキャラ。モブと決別したところで主人公には痛くも痒くもないよな。

主人公みたいな侑には周りから絶えず人が集まるんだから。

つらいな…

今朝も治が気にかけて一緒に行こうと動いてくれたが、やっぱり避けられたまま近くにいるのはキツいと感じる。


その後、離れた場所でそのまま講義を受け、教習所が終わり、治から「帰るで」と声をかけられた。

「…俺、用があるから別で帰るわ」

へらりと笑って治と角名に手を振る。
用なんてないけど、侑達と一緒に行動するのは自分を苦しめるだけだ。

じゃ、と手を上げ教習所の前から離れる。侑の目は見れなかった。
治達と別れ、適当にどこかで時間を潰して帰ろうと思い、目的もなく繁華街の方面へ向かう。

どうしようかな、と携帯で三分にメッセージを入れてみた。〘今、家?〙と聞くとすぐに〘教習おわたーみょうじも?〙と返ってきた。

俺も終わったと告げ、落ち合うことが決まる。
三分が来るまでの間、フードコートに寄り、空いている席に座った。

三分と会って遊べば、この憂鬱とした仄暗い気分も少しはマシになるかもしれないと期待してみる。
携帯を取り出して時間を潰していると後ろの席に複数人が座る気配がした。

聞こえてくる甲高い声にさりげなく後方を見やると、座っていたのは先程教習所にいた他校の女子グループだった。

教習が終わって同じように遊びに来たのだろう。ここで侑達がいれば絶対に話しかけられていただろうな、と想像する。もちろん今は俺一人しかいないから、絶対にそんな状況にはならないが。

「ねぇ、宮くんの連絡先知りたくない?」
「えー、どっちがタイプ?」
「私、金髪の宮くん」「あーあれは絶対彼女おりそう。慣れてそうやもん」
「わかるぅ、あんなにかっこよくていないわけないよねぇ」
「やっぱおるかなぁ」
「ええよなぁあんな彼氏ほしい」

うわ、うわ。
いきなり始まった女子トークに聞いていいものか、でも耳に入ってくるし不可抗力じゃないか、と自問自答し悪いことをしているような気になりながらついつい意識して聞いてしまう。

ガヤガヤとした周りの音も遠く聞こえるほどに彼女達の会話に集中する。

「彼女もめっちゃかわええんやろうなぁ」
「そらまぁあんだけイケメンなら、やっぱ美人か可愛ええ子やろ」

ですよね…。普通、そう思うよな。
実際、宮家に遊びに行った帰りに元カノと出会った事があるが、かなり可愛かった。一目見てドキドキしてしまうほどには。

やっぱり、周りから侑にはそういう可愛い彼女がいるって思うもんだよな、とアイツの隣に恋人として居座るレベルには程遠いことを痛感する。

「まぁでもさぁ高校で付き合っても、卒業したら大体別れるて言うやん」
「それ言うよね〜。私今の彼氏と続く自信ないもん」
「うっそ、何で?!」
「えー、最近何か素っ気なくてさぁ。次行こっかなって」
「ほんまに!?まぁでも○○ならすぐ彼氏できるやろ、可愛ええし、男は他にもごまんとおんねやから。世界は広いで!」

聞くんじゃなかった、と後悔しても遅い。女子の会話えげつない…と身震いした。確かに、今後は各々新生活が待っていて、そこで出会う人達とこれからまた新たな関係が出来ていく。

高校という狭い範囲で関係が出来ても、卒業したらあっという間に崩れてしまうのかもしれない…。
侑だって新しい環境で惹かれる人と出会うかも…。

…俺、さっきから侑のことしか考えてないな、と落ち込みかけた時、目の前の空いた椅子が動いた。

「よっ待たせたな〜」
「三分…」
「どしたんやみょうじ、ひっどい顔しとんなぁ」
「三分ぅ…」

どん底まで落ちていた俺の精神は、目の前に現れた三分に少し救われた。

「何や、そんな泣きそうな顔して…教習の実技がボロボロなんか?」
「違う、実技は褒められた」
「俺はな今、イエローストップが怖いねん。行ってええんか、あかんのか、さじ加減が分からへん。指導員の先生に補助ブレーキ踏まれて『おっ、おお…』てなってな」
「ふっ、はははっ」

三分の話に想像して、笑いが込み上げる。最近塞ぎ込みがちだったため久しぶりに笑った気がする。

「わかるぅ、俺、歩行者信号が点滅し始めたらドキドキする」
「せやろ!」

あぁ、今だけは悩みの種を頭の片隅に寄せて、忘れられそうだ。

「茶川もそろそろ受験終わるし、終わったら三人で走りに行きたいな」
「おう、まぁ茶川なら大丈夫やろ。勉強できるし」
三分と頷き合い、笑う。三分との会話でいつも通りの自分をやっと取り戻せた気がして少し肩の力が抜けた。

侑とのことも、この時間だけは気にすることなく過ごすことが出来た。


***


男子寮に帰ってきたのは、薄暮時。
日が沈むと急激に寒くなる気候に外気に触れる肌を赤くして寮に駆け込む。

「さっむぅ…」

靴を脱いでルームシューズに履き替えた。
在寮掲示板の名札を裏返して帰寮が分かるようにする。早く部屋に入って着替えたい、と階段を上がろうとした瞬間、降りてくる人影が視界に入り見上げる。

金髪のツーブロック、大柄で筋肉質な体つきはこの寮に一人しかいない。

階段で対峙する寒さで頬も鼻も赤くした俺と、部屋着の侑。今から風呂に行くのか手には一式を持っている。

バッチリと目が合ったはずなのに、すぐにふい、と逸らされた。
「……」
表情のない顔で横を素通りされ、キリキリと痛むせいで眉が寄る。

「…侑っ、」

振り向いて声をかけるも、侑の背中はどんどん離れていく。
話しかけても反応もしてくれないなんて…。

「…無視かよ」

もう、本当にこの溝は埋められないんだろうか…見えなくなった後ろ姿に唇を噛み締めた。

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