(宮侑)
なまえの部屋から出た瞬間、咄嗟に頭を抱えた。
……あかん。やってもうた…
しゃがみこんで今のは全部、夢やった?と顔を覆うも夢ではないことは分かっている。
なぜなら唇の感触をしっかりと覚えているから。
「嫌い」という言葉が耳に入った瞬間、頭に血が上った。
怒りと衝動でぐちゃぐちゃになりなまえの胸ぐらを掴んで、壁に押し付けた。
衝撃で顔を歪めて、睨みあげるなまえの目にどうしようもなく征服欲が込み上げてきた。
今すぐ、その口を塞ぎたい。
俺のことを「嫌い」というその口を黙らせたい。
聞きたくないその言葉を二度と発しないように、無理やりにでも塞いでやる。
怒りのままに、もっぺん言うてみろや、と凄むと迷いもなく口を開いたものだから、俺の我慢は限界に達した。
クソほど分かってないコイツに分からせなあかんと思い、その口を塞いでやった。
手ではなく、自分の口で。
「…やってもうた…」
どうしよ…とフラフラとした足取りで自室にたどり着く。頼りない足取りで部屋に入ると、治が「なまえどやった〜」と声をかけてきた。
「…あかん…」
「あ?まだしんどそうやったんか?」
「…あああああっ!!!やっってもうたっ!!!」
自分で自分のしたことが信じられなくて、頭を抱えて突然叫ぶ俺に治が怪訝な顔で見てくる。
「…頭でも打ってきたんか…?」
「打った方がまだマシやったかもしらん!!」
「…どういうこっちゃ…なまえにプリンあげる、言うて出ていってから、何があったんや…」
「……黙らせてきた」
「はぁ?」
「…クッソ腹立つこと言うてきてん…」
「なんや、口喧嘩出来るくらいなまえ回復しとったんか。えかったわ」
全然良くないし…!!
「何言うてきたん。どうせツムが煽ったんやろ」
「煽ってへんし…風邪伝染るの嫌なら、プリン床に置いて、はよ帰れとか言うてきてん…」
「……なまえがそこまで言うん、お前その前に絶対、何か言うとるやろ」
自分のことを棚に上げて話していることがバレているのか、治に指摘にされる。
確かに昨日、俺から風邪伝染るから近寄んな部屋から出んな、とは言うた…けども!!
なまえのあまりにも突き放すような冷めた態度に我慢ならなくて手が出てしまい、あんなことに……。
「クッソ態度悪いねん!!人が親切にプリン持ってったんに!」
「態度悪いとか、なまえもツムにだけは言われたないやろ…」
二段ベッドに置いている自分の枕を掴んで顔を埋めた。
「あああああぁぁっ!!!」
枕でこもる叫び声に治が何やこいつ、という視線を寄越すが、今はそれどころじゃない。
「うっさいねん。発狂するなら、外で叫べ。異常な目で見られてこい」
「はぁぁぁぁ、あかん…やってもうた」
「何したん」
「…キ、……ああああ、自分で自分が信じられへんっ、体が勝手に動く…!衝動が!止まらん!」
「 …ツムの衝動が止まらんのはいつもの事やん」
お前、バレーでも何でも、昔から衝動と気分で動くん自覚してないんか?と言う治の言葉にグッと言葉を飲み込む。
仕方ない。手が出るもんは出てしまうし、口で言うても分からんなら、力尽くで分からすしかないし…
あぁ、でもやわかったな…と今も鮮明な記憶を思い返す。
何が起きたんだ、と理解してなさそうな阿呆な顔に腹が熱くなったし、もっと、もっと攻めたらどうなるやろう、と情欲を掻き立てられた。
むしろ、あそこで止めた自分を褒めたい。
「はぁぁぁ完全にやらかした…」
俺の予定ではなまえを、完全に俺に落としてから手を出すはずだった。
どう見ても恋愛初心者のなまえには男同士という事実だけでも刺激が強いだろう、と最初は慣らして徐々に触れていくつもりだったのに。
ああ、やってもうたなぁ…
どないしよ…
両手を頭の後ろで組んで、ごろんと床の上に仰向けになる。天井を睨みつけて、悩むこと数十秒。
まぁ…でもアイツ、ヘタレすぎるしこのままやといつまで経っても全然進まへんし…。
……しゃーない、必然だったと考えるしかないか。
「…ええわ。ショック療法と一緒や」
「さっきまで絶叫しとったのに…切り替え、はや」
窮地に陥った時こそ、すぐに順応し、攻撃に変えていくのはバレーに限った話では無い。切り替えの早さに定評があるのは自負している。
ペロリとなまえに触れた唇を舐めて、頭の中で攻略を考える。コートでも敵をどうやって落とすか考える時が一番楽しい。
「ええ事考えたっ♪既成事実やっ」
飛び起きた俺に漫画を手にした治が呆れた顔をした。
「まぁた何か言い出した…」
「はぁぁっ!やっぱし俺、天才やっ」
やってしまったもんはしゃーない。
どうせ遅かれ早かれ、する予定だったし、避けようのないことだし、ただ早まっただけに過ぎないのだ。あんなので目を白黒させてもらっていては、先が思いやられる。
「選択肢与えた俺がアホやった。そもそもアイツに選択肢なんかあるわけないんや」
『今までのことを一切なかったことにして赤の他人になるか、自分の気持ちに正直になるか、選べ』なんて提示したが、そもそもなまえに選ぶ権利なんてないに等しい。いや、ない。
アイツには『俺に想いを告げて、晴れて俺のもんになる』という選択肢しかない。
「はぁ〜時間の無駄やったわ。俺のやり方でいかな」
スッキリした顔で両腕を伸ばすと、治が「変なこと企むなよ」と投げてきた。
「何も企んでへんしっ、…俺は今までずぅっとコツコツやってきたんや。雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けず…」
「お前は宮沢賢治か?」
「春夏秋冬、せっせと耕して、実りある豊作を得るためにっ、ここまでやってきたんやっ」
立ち上がり、拳を握った俺を治が見上げる。
「俺は…勝利を手にする男や」
「今、盛大にフラグ立ったで」
「ふっふ、見とけよサムぅ。最後に笑うんはこの俺や」
「…せいぜい、へし折らんように気ぃつけや」
***
(みょうじなまえ)
一人になった部屋で、放心状態のまま座り込んでいた。侑が出て行った後、どれだけ時間が経過したかは分からない。
壁に背中を預け、必死で起きたことを理解しようとした。
侑が部屋に来た→帰れと言ったら怒ってきた→もうしんどいしズキズキするし嫌いだと言ったら、ものすごい怖い顔で突き飛ばされ、胸ぐら掴まれた→もう一回言ってみろ、なんて煽ってくるから、売り言葉に買い言葉で、嫌いだと言おうとしたら……
キ、キッス…
俺は…侑と…キ、
「な、な、な…」
言葉にならない声が口から漏れる。
…何でだ…?!言い合っていたはずなのに…何で俺は侑にあんなことされたんだ?!
指で唇に触れる。自分の指と、先程の触感は全く違う。
や、柔らかかった…。
侑が近づいてきて、訳も分からないうちに口付けされた瞬間が何度も何度も頭の中で繰り返される。
衝撃的な侑の行動に驚きつつ、何が起きたのか何をされたのかやっと理解し始めると、徐々に恥ずかしさが込み上げてきて、急に胸の鼓動が速くなる。
ど、ど、ど、どうしよう。唇と唇が触れてしまったぁ…マ、マウストゥーマウス…。
自分の顔を両手で覆い、床に倒れ込んだ。
「うぅ…無理ぃ…」
耐えられない、こんな恥ずかしさ。
何で、どうして、が頭の中で渦巻いている。
何より、嫌悪感はなかったということに自分でもびっくりしている。
男、女関係なく胸をときめかせる相手なら、キ、キスも出来てしまうのか…と自分の気持ちが嘘偽りではないことを知ってしまい、また更に恥ずかしくなる。
……待てよ、明日学校あるんだぞ…?!
俺はどんな顔をしてアイツに会ったらいいんだよ。
違う組ならまだしも、同じ組、かつ席は前後。
「無理無理無理無理…!」
何してくれてんだよアイツ…何考えてんだよ…。
ジャイアン侑のすることは何時だって突拍子もないということは周りも俺もよく知っている。だからと言って、さすがにこれは…。
「何でぇ…??」
人の顔色を伺い、考えていることを読み取るのは得意なはずなのに、今回ばかりは侑の意図が分からない。
感情をぐちゃぐちゃにかき乱された俺は混乱した頭で、放置されたプリンに手を伸ばした。