侑がプリンを持ってきたせいで、とんでもないことになったがプリン自体に罪はない。
昼過ぎ、スプーンを取りに行こうとキッチンルームに向かうことにした。
まずは部屋をそっと開け、廊下に人がいないか確認する。
侑と出会さないよう、細心の注意を払う必要がある。今、顔を合わせたら俺の精神がどうなるか分からない。
ステルスゲームのプレイヤーになった気分で廊下に出た。
人、居ない。オーケー。
キッチンルームまで階段を降りていく必要があり、廊下を静かに歩いて階段へ向かう。
平日の日中、男子寮にいるのは3年生のみだ。
平穏な寮内に息を殺して一段一段、降りていく。
誰にも遭遇することなく、キッチンルームまで辿り着いた。少し開いたドアから甘い匂いが漏れており、誰かいるな、と察知する。
覗き込むと運動部が多い男子寮では珍しい、吹奏楽部の同級生を見かけた。キッチンルームの中でボウルと泡立て器を手にしている。
「お疲れ〜」
「お、みょうじくん」
中に入り声をかけると、パッと顔を上げた。同じ寮生として、たまに話す程度だが良好な仲だと思っている。
「お菓子、作ってるんだ?」
「うん、明日バレンタインデーだし」
お母さんがお菓子の料理教室をしていると前に聞いたことがある。吹部の彼の手作りお菓子をもらったことがあるが、お店のクオリティと遜色なくとても美味しかった。
「何作ってるの?」
「チョコブラウニー」
「すげーーっ」
「みょうじくん、ミャーサムくんに俺のこと話したでしょ。前『なまえからむっちゃ美味いお菓子作る、て聞いた』って宮くんから話しかけられたよ」
「あ〜夏休みの時に言った!だって美味いの本当だから」
本心を告げると嬉しそうに笑った。
「作ったやつは誰かに上げんの?」
「明日、吹部の皆に配るんだ」
「おお〜でも人数多くない?」
稲荷崎と言えば、男バレ部も有名だが、吹奏楽も強豪校として名を馳せている。吹奏楽部の人数もかなり多い。
「全員は難しいから、同じパートの子とか、仲良い後輩とか」
「ほお〜」
「…後は外部講師の先生とか…」
目を伏せてボソリと呟いた表情に、ん?と自分の中の何かが反応した。
「外部講師とかあるんだ、すごいな」
「顧問の先生だけじゃ指導しきれないからね」
「へぇ、吹部って厳しいイメージある」
「そうだね、厳しいけど、先生も優しい時もあるし、特に講師の先生には三年間お世話になったから感謝してて…」
微笑む顔に随分とその先生のことを慕っているんだな、と感じた。
「良い先生なんだなー」
「うん、年上でかっこよくて、春から通う大学の卒業生なんだ。正直、その背中追いたくて選んだ、っていうのもある。落ち着いた大人の男性って感じで、女子からも人気なんだよね」
ああ、男の先生なのか。
「…優しくて面白いし、相談にも乗ってくれて、本当に何でも話せるんだ…。あの人がいなかったら、俺吹部続けられてなかったと思うし…明日、今までの気持ち、伝えようかなって…」
照れくさそうに頬を染める表情。思わずまさか、と考えてしまう。
自分が色々と渦中にいるために、他の人も同じような目で見てしまうだけなのかもしれないが。
もしかして、その先生のこと…いや、でも彼も先生も男同士だし…
「気持ち、伝わるよ、きっと…」
その気持ちが感謝の気持ちなのか、恋慕なのかは俺には知る由もないけど…。
ちらりと俺を見て、数秒置いた後、口を開いた。
「……みょうじくんだから言うけど、俺その先生のこと好きなんだ。…恋愛の意味で」
シャカシャカと泡立て器を動かす彼は『好き』という言葉をさらりと口にした。
耳に入ってきた言葉に俺は目をパチクリとさせた。目の前の彼はいとも簡単に、同性である講師の先生が好きだと口にした。
俺がいくら侑に言えと言われても、口に出せなかった、その二文字。
「す、き…」
「うん」
「そう、なんだ…」
「引いた?」
目が合い、首を振った。
「いや、そこは全然…。…何で、俺に言ってくれたんだろうって驚いて…」
「…みょうじくんは、そういうの普通に受け入れそうだなあ、って思ったから」
「え…」
「みょうじくんって割と何でも受け入れるじゃん?ほら、宮くん、ミャーツムくんの方ね、
すごく賑やかだけど、結構性格強いでしょ?あの宮侑くんと仲良いんだもん、度量が大きいっていうか」
クスクスと笑う姿に、心の中で否定する。
そんな、俺は全然…。
ただ一方的に侑から絡まれてるだけで度量なんて大きくないし、周りに合わせているだけ。
恋愛に関して言えば、同性同士なんて、と周りの目を気にしてばかり。今告げられたように、自分の想いを誰かに打ち明ける勇気すらない。
自分を持って、それを口に出せること。強くてすごいな、と目の前の彼を見る。
「…俺は周りに流されて生きてるから、自己主張も弱くて…。○○くんの好きな人のこと、好きだって言えるところ、すごくかっこいいよ」
俺には真似できない彼のその姿勢に尊敬すると同時に、ほんの少しだけ嫉妬した。
こんな時でさえ、自分に出来ないことをやってのける人を羨ましく感じて、嫉妬するなんて浅ましい、と情けなくなる。
そう思うなら行動すれば良いだけの話なのに。
皆、先に進んで前を歩いている。俺は遙か後ろで一歩も進んでないまま、ウジウジしている。
「みょうじくんは好きな人いないの」という言葉にハッとして視線を落とす。
「好きな人…」
侑の顔が浮かぶ。アホしながら大きな口を開けて豪快に笑う侑を思い出して、口元が緩んだ。
一人笑いなんておかしい奴だ、と慌てて顔を引き締める。吹部の彼は俺に打ち明けてくれた。
それなら俺も、本当のことを…
「…いる、かも…?」
「ふっ、かもって!どんな子?」
今までなら、優しくて、小柄で、大人しい子と答えていた。けど…
「派手で…賑やかで、ちょっと…いやかなりわがままで…」
「ええ?何か聞いただけだと好きになる要素皆無な気が…」
「そうだな、アニメで例えるとジャイアンかつツンデレ女王様みたいな奴」
二次元で例え、オタク気質全開で答えた。
「え、みょうじくん振り回されるのが好きな人…?」
ああ、だからミャーツムくんと仲良いのか…と大きく頷かれたため、全力で否定する。
「違うよ?!振り回されるのが好きなわけではないよ?!むしろいつも困ってる!」
「ふうん…?」
納得いかないような顔をする吹部の彼に、違うからね?!と必死で訂正しておく。
「と、とにかく明日、応援してるっ。気持ち、伝わりますように」
グッ、と拳を握ると「ありがとう、」と肩を揺らして笑った。
スプーンを手にして、キッチンルームを出る前に「一つ聞いていい?」と投げかけてみた。
「ん?」
粉類をふるいにかけていたその手を止めて、こちらを向いた。
「…その、俺だったら男女じゃない分、ハードル高いなって身を引く考えになっちゃうんだけどさ…そういうのって…」
「……そう考えた時もあった。…でもさ、好きな気持ちはどうしようもないし、ここで伝えなかったら一生後悔しそうだなって思って…。引いてたら先に進めないし、結果がボロボロでも踏み出してみるしかないな、って」
「踏み出す…」
「当たって砕けろ!って吹っ切れてるのもあるかな」
はは、と明るく笑う彼に、自分とは正反対を行く姿勢が眩しくてやっぱりかっこいいなと思った。
「そっか…変なこと聞いてごめん、ありがとう」
キッチンルームを後にして、廊下を歩きながら衝撃の告白を振り返る。
まさか、年上男性を好きだったなんて…。
話している時の照れ臭そうな顔を思い出す。誰が見ても恋をしているその顔は、見ていて甘酸っぱくて少しドキドキした。
こんなに近くに自分と同じような人がいるとは知らなかった。
同性を好きになったのは、何も俺だけじゃないんだとどこかでホッとする自分に、周りと同調することで安心する典型的な日本人だなと呆れる。
それでも、彼の告白はどこか後押しされるような強さがあった。
俺も…好きな人のことを「好き」と想ってもいいのかな、って。
自分の中の考え方が変わり出そうとしている、かもしれない。まだ明確には定まらないけど、気持ちがぼんやりと色を変わってきているような気がする。
自分の気持ちと考えが入り乱れる感覚に陥りながら廊下の角を曲がった瞬間、目の前に現れた顔に思わず叫んだ。
「ひぃあぁあっ!」
「!何やねん、その悲鳴」
高い位置から見下ろす、その顔に一気に現実に戻される。正直、心臓が止まるかと思った。
明るい髪色は金髪ではないが、部屋での出来事を彷彿させる顔に俺は口をパクパクと動かした。
「お、おさっ、治!その顔はやめろ!」
「あ?」
廊下で出会した治に理不尽なことを言う。そんなことを言ったって顔はどうしようもないは分かるが、そうも言ってられない。
「び、びっくりしたぁ…」
「人の顔見て、そんな驚かれてもな…」
「いや…ごめん。あ、侑は…?」
まさかアイツは近くにいないよな、とキョロキョロする。
「ツムなら角名と練習行ったで」
「はぁ…安心した…」
治の言葉に肩の力が一気に抜けた。寮内にいないなら警戒する必要もない。
「何時に帰ってくるんだ?」
「さぁ、多分夕方遅めやろ」
「わかった」
それまでに色々済ませて、侑と遭遇しないよう細心の注意を払うこととする。絶対に顔は合わせられない。無理だ。
「体調良さそうやな、えかったわ」
「おう、色々と差し入れありがとな。本当に助かった!」
傷だらけのハートに治の優しさが身に染みた〜、なんて茶化してへらりと笑う。 そんな俺を治がじっと見てきた。
「……あれ、俺ちゃうで」
「え?でも袋の中に『治』って手書きのメモが」
「ツムや」
「…侑ぅ?嘘だろ〜、あいつがそんなことするわけ」
冗談きついって、と治の腕をバシバシ叩くも、治ののんびりとした表情は崩れない。
「……え…、マジ?」
「おん、今朝のプリンもや」
「え…あれも治から、って…」
まさか、あの侑が…?と半信半疑で治を見上げる。あいつにそんな素振り1ミリもなかった。
「なまえのこと、心配やったんやろ」
「な……なに、それ」
いきなり、そんな事実を告げられて動揺する。風邪を引いたのだって半分は侑のせいなのに。ジャイアニズムの塊のような奴のくせに、そんなところで優しさを見せないでほしい。
俺の事避けまくって、視界にすら入れなかったくせに…あの侑が、俺のために買ってきてくれた…?
普段からは想像も出来ない献身的な一面に心臓がぎゅ、と掴まれる。侑が買ってきたとは知らず、遠ざけてしまったなと少し罪悪感を感じた。
「…す、素直に心配しろよ…分かりにくぅ…」
呟く俺に治は「…どっちもどっちやろ」とぼやいている。
「今から部屋、来る?」
聞いてきた治の顔をちらりと見る。どうしても、似ている顔に侑を思い出してしまう。
「…なに顔赤くしとんや、キショイで」
「うっ!うるせー…」
必死で頭を振り、悶々と膨れ上がる今日の記憶を揉み消す。
「い、今から三分と通話するから…」
「ふうん、ほな俺は寝よ」
治に断りを入れて部屋に帰る。
はぁ、明日、学校で顔合わせるの大丈夫だろうか…。