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夕方は早めに風呂に入った。
食堂では帰寮した寮生達で混み合う前に、早めに晩御飯も済ませた。
あとは部屋に引きこもるだけ。完璧な計画、と自画自賛しながら部屋で過ごしていた。

治から〘もう飯食った?〙と来たため〘風呂もご飯も完了、早めに寝るわ〙と返す。

明日、どんな顔をして教室に入るか頭を悩ませていた時だった。携帯にポロンと通知が入る。
手に取り画面を見た瞬間、固まった。

宮侑〘今から部屋行く〙

「…っ?!はっ?!」
な、何で来るんだよ!!

部屋に来るなんて予想もしていなかった。椅子から立ち上がり、どうしようと頭を抱える。立ち上がったところで、どうにかなる訳でもない。

居留守だっ、居留守するしかないっ。

宮侑〘今、階段〙

「ひょええええっっ」

やばいっ、布団っ!布団に入っとくか!
急いで布団に潜り込み、頭の上まで掛け布団をかけた。
真っ暗な空間で携帯の画面を見つめる。液晶画面の明るさが眩しい。急いでマナーモードにした。以前、侑に扉の前で発信され、着信音で居留守バレしたことがある。通知だけでメッセージを読み、未読状態にしておくことも怠らない。

宮侑〘今、廊下〙

メメメ、メリーさんかよっ!!
迫り来る恐怖に有名な怪談『メリーさんの電話』を思い出す。俺にとってはメリーさんよりも怖い。

バクバクとする心臓を抑えながら布団の中で息を潜めた。

21時丁度。部屋のドアがノックされた。ノックというよりは手のひらでバンバンと叩くような手荒さ。
これは…侑だ。反応せずに静かに息をする。

宮侑〘おい、出ろや〙

あああっ、こっわ、出ろって言われて出る馬鹿がどこにいる。そもそも何で部屋に来るんだよ…!

宮侑〘居留守すんな〙

怖い怖い怖い。

宮侑〘こっちは部屋におるの知っとんや。サムで確認済み〙

なっ?!治に返事した内容が侑に知られているとは。

それでも俺は静かに身動き一つせず、じっと耐えた。数分経過して、何も起こらない状況に侑は諦めて帰っただろうか、と外の動きを窺う。

なまえはもう寝てるのか、と思って帰ってくれたら良い。
そっと布団を捲り、静かに静かにベッドの外に足を出した。抜き足差し足忍び足で部屋のドアまで近づく。

ゆっくりと床に手をついて座り込み、ドアに耳を当ててみた。外は静かだ。

ああ、よかった。諦めて帰ったんだろう。プリプリと怒りながら帰っていく侑が容易に想像できる。仕方ないもんな、明日責められたら寝てたと言い訳しておけば良い。

一応、念の為に確認しておこう、と部屋のドアの鍵をそっと回す。
ドアノブを焦れったいほどにゆっくりと回して、音を立てないよう、そーっとドアを引いた。

数cmの隙間から部屋の外を見ようと、目だけ覗かせた。伸びていく廊下、目の前に見える、人の足。

ん…足…?

ドアの隙間から、そろりと上に目線を上げる。

「………」

無言の侑が遥か高い位置から、無表情で俺を見下ろしていた。

ピャッ…

ホラーだ、とてつもなくホラーだ。
静かに目が合った数秒、心臓が止まりかけた。目を見開いて慌ててドアを閉めようとしたが、侑の手がそれを阻止した。侑がドアを開けようとしている。俺はドアを引いて閉めようとする。

「…くっ、ふぅ…っ!」
この怪力野郎…っ!

全力でドアノブを掴むも、力で適うはずもなく…。侑の腕力でドアは解放されてしまった。

「…やっぱり、おった」
侑の目は見れないが、無表情で見下ろしてくる顔はチラッと見えた。

「…な、何か用ですかぁ…」
お前、居留守したなという圧を感じながら、対峙する。

「……」
侑が無言で部屋に踏み入ろうとしたため、厚い胸板を押し返す。

「ちょ、ちょっ、入んなよっ」

俺の抵抗などものともせずに、押し入ってきた。
パタンと閉められたドア。
部屋で二人きりになり、今朝と同じ立ち位置に嫌でも思い出してしまう。

「居留守とはええ度胸しとんなぁ」
「…寝ようとしてたんだよ…」
「ふうん?」
「まじで眠たいんだって、もう寝るから帰れ」

目を合わせず、侑から離れてベッドに潜り込む。丸まって布団を頭から被った。何の用かは知らないが侑と顔を見合わせて話す気は無い。

諦めて帰ってくれ、と布団の中で目を閉じていると無造作な足音が近づいてくる。
来るな…来るなよっ!

願いも虚しく、無理やり布団を剥ぎ取られた。
「ぎゃっ」
ベットの上で横になっている俺を見下ろし、侑は目を細めて、にこりと笑った。

「この際、はっきりさせとこう、思てな」
「な、何をだよ…」
「まず、なまえに『友達のままでおりたい』とか言う権利、あると思うとる?」
「あるに決まって」「ない」

なまえに、そんな権利ない。

「はぁっ? 」

言い切る侑に体を起こして、見上げた。ベッドの横に立つ侑と、ベッド上に座る俺では高低差が大きい。

「最初からそんな権利ないねん」
「お、横暴がすぎる…」
「そもそもトモダチ、て何?」

ずい、とベッドに手をかけ近づいてきた侑に気圧され、少し体を引く。

「友達は友達だろ…一緒にいて楽しくて…バカして笑いあって、助け合う…」

さらに近づいてきた侑から逃げるように体一つ分、壁に近づく。

「ほな、今日のアレ、トモダチ同士ですることやと思う?」

胸の鼓動が速くなった。侑は余裕そうに口角を上げて笑っている。

「…何のことを言ってるのか…」

じりじりと縮まる距離。背中が壁に当たり、これ以上下がりきれない、と内心焦る。
今日のアレとは何の事なのか、しらを切る俺に侑の笑顔が崩れた。

「あ?もっぺん、されたいか?」
ガシッと肩を捕まれ、心臓が飛び上がった。

「分かってる、分かってますからっっ」
「今朝のキ、「うああぁぁっ言うなっ」

何を言い出すんだ、と侑の口を手で塞ぐ。多分俺の顔は赤いだろう。この部屋で起きた出来事を思い出してしまい、平常心ではいられなくなる。

「んぅっ!」必死で侑の口を閉ざすが、簡単に手を退けられてしまったうえに、腕を掴まれ壁に押し付けられた。

脳内で危険信号が点滅している。ニヤリと笑う侑が怖くて、喰われそうで、攻め落とされる焦りを感じた。

「なぁアレ、トモダチがすることじゃないねんな?恋人同士がするもん、て知っとるよな?」

ゆっくりと落ち着いた口調ゆえに、単語一つ一つが脳内に伝わってぶわりと羞恥心が沸き立つ。
逃げ出したくて、腕を引くも侑の手に力強く握られたまま、動けない。触れられた部分に人肌を感じ、余計に意識してしまう。

「…し、知りません…」
「…ふうん。ほなもう一回しとく?」
「っ!!知ってます!知ってます!!!嘘つきました!分かってます!!」

近づいてくる侑に慌てて首を振り、訂正する。

「…そやろ?トモダチでやることちゃうやんなぁ?」

非常に肯定しづらい。目を泳がせる俺に侑がふっ、と鼻で笑った。

「なぁ、責任取って」

語尾にハートマークでも付いてきそうな勢いで、にっこりと笑う。
侑の言葉の意味を理解出来ず、眉を潜めて「…はぃ?」と口を開いた。

「せ、責任…?」
「手ぇ出したんなら、最後まで責任取ってくれん?」
「……はぁぁ???」
思わず声が裏返る。ごめん、言ってる意味がよく分からないんですけど…

「その気がないのに手ぇ出すんは有り得へん、誑かすとか下衆の極みやん」
「いや、ちょっと待てアレはお前の方から、」「男なら覚悟決めて、最後まできっちり責任取れや」

当然と言うように見下ろす侑に、俺は驚愕を隠せない。自分からしてきたくせに責任を取れ、なんて横暴にも程がある。

「俺に手ぇ出した罪は重いで。選択肢は『トモダチ以上になる』か『俺のもんになる』しかあらへん。それ以外は認めん」
「はぁぁっ?!」

行き着く先は同じじゃねえかっ。
もはや選択肢でも何でもない。ものすごく勝手なことを言う暴君は、顔を近づけ「あんなことして、トモダチに戻れるわけないやろ」と囁いてきた。ビク、と肩が揺れてしまう。

ベッド上で侑と壁に挟まれている俺に逃げ場はない。完全に詰んだ。

「うぅぅぅ…」

何て答えよう、観念して自分の気持ちを認めるか、『友達』を突き通すべきか。踏み切れない俺に侑が目を細めた。

「逃げれると思うなよ」

全ての元凶である侑が獲物を狙う捕食動物のような目で見てくる。喉がひくつき、唇をひきしめる。
俺の腕を握りながら長い人差し指を曲げて伸ばして、肌の上を滑らせてきた。つつつ、と皮膚を撫でるその動きが厭らしくて背筋がぞわぞわとした。
「っ…」

ここまで言われて、ここまで攻め立てられて侑の気持ちが分からないわけじゃない。俺が想う以上に侑の『好き』が大きくてグイグイと押され傾きかけている自分もいる。

それでも、もう一歩踏み出す勇気がなくて、足踏みをしている。頭の片隅で引っかかるものが俺の気持ちを良しとしないのだ。

「………」

黙りこくる俺に侑が荒く息を吐いた。 ギリ、と握る手の力が強くなる。

「はぁぁっ、ええ加減にせえ。こちとら、とうの昔に我慢の限界、過ぎてんねん」
「なっ何…」
「人が待ってやれば、いつまで経ってもウジウジ、ウジウジッ 」

キレ始めた侑に、俺の気持ちも考えず理不尽だ、とも思うが、侑の気持ちを知りつつ、どっちつかずな態度をしてきた過去もあるため、侑が納得していないのは分かってはいる。

見下ろしてくる目は細められ、腹立たしいという感情がひしひしと伝わってきた。

「周りの目ぇとかどうでもええねん」
侑の言葉にドキ、とする。

「俺の隣におる奴は、俺が決めんねん。他の奴が納得するとか、せんとか関係あらへん。俺だけが納得しとけばそれでええ。勝手に決めつけんな」

真剣な目に、気持ちが揺れる。俺だって出来ることなら、その隣にいたいと思っている。

「何でもかんでも考えすぎやねん。考えただけで始まるか?何も進まんやろ。立ち止まったままでええんか?」
「……」

自分だけ前に進んでいない自覚は誰よりもある。吹部の彼だってそうだ。自分の想いに、正直に突き進もうとする強さを俺は持ち合わせていない。侑みたいに他者を跳ね除ける強さもない。
周りの目ばかり気にする人間だ。

「…俺は侑みたいに強くもないし、自信もないから…」

口から出たネガティブな発言に侑がいきなり「ぁあああっ!」と苛立たしげに叫んだ。
掴んでいた手を離し、ガシガシと頭を搔く。

「…なまえのそういうとこ、クッソ腹立つんや!」
「なっ、」

オブラートに包み込んでもない苛立ちと非難をぶつけられ、こちらも負けじと睨み返す。

「…っ俺は、侑みたいに他人は関係ないっていう鋼メンタルじゃねえんだよっ」
「他人、他人て自分の人生やろ!正直に、好きなように生きろや!」
「……それができたらっ…」

言い淀む俺に、侑が手をワナワナと震わせ睨んできた。

「んんんんっ!!ここまでして何で伝わらへんねん!分かれやっ!ほんまムカつくっ!もう黙れ!他人の言う事は関係あらへん!」

凄む侑は俺の肩を掴み、揺さぶる。

「お前はっ、俺の隣でっ、アホな顔して、一生笑っとけばええねん!!」

真っ向から投げられたド直球な言葉に、俺は目を見開いて侑を見た。
荒い息遣い、真っ直ぐ向けられた目に俺はこれほどまでにこの男に好かれていたのかと気づき、胸が熱くなった。
多分、自惚れなんかじゃない。侑は正直で、何でも直球で言ってくるから。

「…アホな顔って…ひでぇ…」

自分の隣にいろ、と取れるその言葉に動かせなかった片足を半歩、前に踏み出した。

一歩先が奈落の底なのか茨の道なのかどうかは分からないけれど、その隣に侑がいるなら、飛び込んでみるのも悪くないのかもしれない。

侑が俺の手を強く引いて、引っ張ってくれるなら。

「…侑の隣…、俺でも良い…?」

ぼそりと小さく呟いた言葉に侑が今更何を言っているんだという顔で見てきた。

「…お前しかおらん」

強く言い切ったその言葉に不安や葛藤ですり減った心が満たされていく。

…ああ、ダメだ。『好き』が大きすぎる。侑から溢れて伝わってくるその想いに呑み込まれてしまいそうだ。ここまで想われて落ちない奴がいるだろうか。ずっと前から、俺だけを見ているその目を見返した。

…手を上げて、負けを認めよう。
自分の気持ちに正直に足を一歩、踏み出してみよう。
差し出されたその手を、掴んでみよう。

考えて悩んで動けず足踏みしていた俺は、ジャンプして飛び込んでみることにした。

「…俺の手、離すなよ」
「誰が離すか、頼まれても離してやらん」

強気な顔でふん、と鼻を鳴らす侑は相変わらずで口から笑いが漏れる。

横暴で人でなしだが、誰よりも真摯で真っ直ぐな宮侑という男の大きな愛の中に飛び込んだ瞬間だった。

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