登校日、今日はバレンタインデー。
朝食を食べるため、食堂のテーブルで侑と隣同士で座っていた。
「すしの『す』!」
「…『す』ぅ」
「きつねの『き』!」
「……」
「言えや!このっ!!」
「いだだだだっ!!ギブっギブ!」
容赦なく締め上げてくる侑の腕を必死で叩く。背後から眠そうな声が降ってきた。
「朝から何してんねん」
「こいつに日本語教えとんねや!!」
「侑から日本語教えられるようになったら、終わりだね…」
「あ?角名何か言うたか?!」
「治、倫太郎っ…おはよ」
力加減ってもんを知らねえのかよこのジャイアン、とプンプン怒っている侑を睨む。
治と角名も向かいに座り4人でテーブルを囲んだ。
「仲直りしたんやろ、仲良うせえ」
呆れた顔で朝ごはんの卵焼きを一口で頬張る治。
「俺は別に仲良くしてないわけじゃない、侑が突っかかってくるだけで」「あ?」
侑がキレる理由は、分かってはいる。
昨日、侑が俺の部屋に来てお互いの気持ちを知った夜のこと。侑が、俺の隣で笑っとけとか、お前しかおらんとか、告白みたいなことを言うから「それって告白?」と聞くと「違う」と言い出したのだ。
いや、告白じゃんという指摘に「違う、俺は告られる側や。早く言え」と言うから俺も心の準備も出来ていないし、そもそも言わすなよ侑が言えよ!という思いもあり「無理」と返すと、キレられた。結局、俺たちの関係は平行線?のままだ。
「今日バレンタインデーやん!バレンタインデー言うたら想いを伝える日やろがっ」
熱弁する侑を放置して俺も朝食を食べ進める。
「はいはい、どうせ学校着く手前辺りくらいからチョコ貰い始めるんだろうな」
双子が歩く道すがら、女子達が群れそうだなと想像できる。
「嫉妬か?!嫉妬やろっ!」
「うるせー、侑に嫉妬はせんわ」
「しろやっ」
ぎゃあぎゃあと騒いで賑やかな朝食に久しぶりにいつもの光景だな、と感じる。
「せや、角名ぁ。準備は万全やろな」
「うん」
侑と角名が顔を見合わせてニヤニヤと笑っている。この二人が意思疎通しているなんて珍しい。
まぁ侑も角名もそうは言っても同じバレー部でずっとやって来たし、仲は良い方だろう。
深く気にせず、ご飯を食べ終わった。
「ご馳走様でしたっ!俺、先行くわっ」
ロードバイクで通学するため、バレー部三人を置いて食堂を出る。
支度をして男子寮を出発し、爽やかな天候の中、通学路を自転車で走り抜ける。走り出しは寒かったが残り半分の距離で体はほかほかに温まってきた。
バレンタインデーかぁ。
結局三年間、義理チョコ以外で女子から想いの込められた特別なチョコを貰うというシチュエーションには遭遇しなかったな…と自分の青春を悲しく振り返る。
チョコを貰ってドキドキしてみたい、という願望はあるが絶世の美男でもない普通の男子にそんな機会、あるわけがないことは百も承知。
双子はたんまり貰うんだろうなぁ、角名も割と貰ってるし、高スペックずるい…と内心羨ましい気持ちはある。
もはや次元が違う、と割り切ればそれでいいが三人とも同い年で同じ男子で、同じ生活をしている自分と何ら変わりない男子高校生なのに。毎日、同じ物食べてるのに。
ほんの少し悔しい気持ちを持ちながら学校に到着した。
ロードバイクを置いて、昇降口へ向かう。教室に入る前に三分のところに寄ろうかな、と靴箱を見た瞬間。
時が止まった。
「え……」
自分の靴箱を二度見して、間違っていないか確認する。恐る恐る手を伸ばして靴箱の中に入ってるソレを取り出した。
「こ、これは…」
俺の手の中にあるソレは綺麗にラッピングされた小さな箱。
え、なにこれ夢?
今日はバレンタインデー。この箱の意味なんて考えなくても分かる。多分、これは絶対チョコ。
全く予想していない出来事に一人、靴箱の前で固まる。誰かと間違えられたんじゃないか、と箱をまじまじと見る。くっついている小さなメッセージタグに『みょうじくんへ』と書かれてい。
「………」
まさかの俺宛て。マジか。一気に全身の血が騒ぎ始める。誰から?!と箱を見るも贈った人は分からない。
……まじかっっっ!!
口を押さえて心の中で叫んだ。
衝撃すぎて靴を履き替えず、土足で校舎に上がりそうになり、慌てて内履きに履き替える。小さな箱をリュックに押し込んで、ふらふらとした足取りで階段を上がる。
「お、みょうじはよ〜」
「……」
「みょうじ?おーい、みょうじ」
肩を叩かれてハッとした。
「銀、お、おおおはようっ」
「はよー、なんやねん、どもりすぎや」
「なな何でもない…」
「久しぶりやな」
「おお…寮組は毎日顔合わすからそんなでもないけど…銀、髪伸びたなあ」
「おう、春高前に切ってからそのまんまやし、そろそろ髪切らなあかんなぁ、て」
銀と雑談しながら、教室へ向かう。半分は心ここに在らずの状態で話していた。意識は完全にリュックの中の箱。
銀と分かれ、廊下から3年6組を見て三分と茶川を探したが見当たらず、そのまま自分の教室へ入ることにする。
5組の教室に入ると、去年と同じように侑の周りは立て続けに女子が来ていた。去年はその光景を見てすごいな、と圧倒されていたが今年は違う。
侑のことなんてどうでも良い。俺は、リュックの中にある箱のことしか頭にない。
「…おはよ…」
静かに声をかけると、角名と侑が俺を見てきた。
「なまえ…何かあった?」
角名の言葉にドキ、とする。
「え、な、何で?」
「どこに朝からそんな神妙な面持ちで教室に入ってくる奴がおるんや。時代劇の参謀かっ」
「いや、ちょっと…衝撃的なことが…」
「「何?」」
二人がハモった。
リュックの中の贈り物のことを話そうか迷った。が、初めてもらったチョコだし、1人だけでこの喜びを噛み締めたい、独占したい。それにまずは誰から貰ったのか知りたいし、と内緒にすることにした。
「な、何でもない」
俺の返しに二人は顔を見合わせた。侑は面白くなさそうな反応だ。何だよ、その反応。
ドキドキする胸の内を隠しながら、そっと椅子に座る。
「はぁ…」
俺にチョコをくれたのは誰だろう、想像してみる。同い年の女子?もしかして年下?でも俺、後輩の女子と接点ないし、唯一、一年生の園江さんくらいだ。
園江さんからは絶対ありえない…となると同学年の女子か…?
え、俺、誰かから好意寄せられていたのか?全然気づかなかっ「キッショイ顔すんな」
侑がジト目で見下ろしてくる。思考を中断され、自分の顔を覆う。
そんな顔してないし、でもちょっと嬉しくてニヤけそうになる気持ちは正直、ある。
「おい、手ぇ退けろや、にやけとんのバレとんねん」
「無理ぃ」
断りながらも口元が緩むのは抑えられない。
「チョコ貰ったぐらいでニヨニヨしよって」
「はっ?!何で知ってんだよ!?」
誰にも言っていないのに侑の言葉にびっくりして目を見開く。
「……そ、それは、あれや…お前がチョコもらったような反応しとるからや」
そわそわした様子で唇を尖らせる侑に違和感を覚えたが、俺の頭はチョコが占めているので気にはならない。
「そもそも、どこの誰から貰ったチョコか分かっとん」
「それは…分からない。書いてなかった」
「そんなんで浮かれてアホちゃうか」
誰か分からへんのに何喜んでんねん、チョロすぎかとブツブツ言う侑に言い返す。
「や、でも俺に好意的ってことだろ?どうしよう…俺にも…春が…来たかもしれない…」
「は???」
呟く俺と、何故か瞳孔開き気味で怖い顔をしている侑に、隣の席の角名が噴き出した。
「おい、倫太郎笑うな」
「や、面白すぎて…」
「春が何やて?お花畑なんはお前の頭ん中だけやっ!」
「ぐえっ、離せっ」
侑に手を伸ばして俺の肩をガクガクと揺さぶるが今日だけは許してやる。それほどに俺はトキメキと喜びを噛み締めている。
「や、めっ、うっ、連絡先とかっ…入ってないかなぁ…っ」
揺さぶられながら、途切れ途切れに出てくる俺の言葉に侑がやっと手を離し、俯いた。
わなわなと肩を震わせる侑を余所にリュックから箱を取り出して中身を開けてみようとする。
「こいつ…ほんま…っ、よそ見が過ぎる…っ」
顔を上げた侑が睨むように俺の肩を引っ張った。強制的に前のめりになる俺に顔を寄せ、押し殺した声で唸るように囁いた。
「お前は、誰のもんやねん」
その言葉の意味を考えて、ああ、と納得する。その上で侑を見て、言葉を返した。
「俺だって、チョコの一つや二つ欲しいもん」全男子の願望じゃん。
「なまえにチョコ上げる奴なんかおるわけないやろっ」
「は?いるし!これが目に入らんかっ」
「調子乗んなよ…」
キレる侑に舌を出して応戦する。
「うるさい、俺にもこうやって想いを込めて「それ、俺や」
「…………」
侑の言葉に固まる。
今、何と……?
「ワ、ワンモアプリーズ…?」
「せやから、それ俺」
黙って手の中にある小さな箱を見つめる。
「……嘘、だろ?」「嘘ちゃうわ」「……う、嘘だと言ってよ…」
スキップしそうな程、舞い上がっていた気持ちがハエたたきでスマッシュを打たれたかの如く、地の底に突き抜けていく。
「ちょおっとからかってやろ、て思とったんに『春が来た』て何?もし違う奴からやったら、お前……っ」
侑がごちゃごちゃ言っているが俺の沸点は到達寸前だ。道理で今朝も角名と何か示し合わせていたのがやっと合致した。
「……ゆ、許さん…」
「は?許さんのはこっちやねん。チョロすぎんのもええ加減にしてくれん?」
「お、お前ら俺の反応で楽しもうとしてただろ…っ」
「…計画したのは侑」
角名の言葉に侑がはっ?!と顔を向けた。そんな二人をキッ、と睨む。
「許さんっ!二人とも大っ嫌い!」
「だ、大っきらっ?!」
吐き捨てて椅子から立ち上がる俺に目を見開く侑。教室を飛び出して3組を目指す。
「治うぅぅっ」
3組に入ると女子にお礼を言っている治を見かけた。
「治くん、これあげる〜」
「おお、ありがとう」
半べそをかく勢いの俺に気づいた治が「どないしたん」と眉を上げた。
「侑と倫太郎に嵌められたぁっ」
事の経緯を話すと「やることが小学生やん」と呆れている。
「人の気持ちを弄ぶなんてひどい…っ」
治の席でしくしくと悲しんでいると銀がやってきた。
「どしたん」
「ツムらに遊ばれたんやって」
「あぁ、いつものことか…」
いつもの事とはどういう事だっ
「ドラ○もんみたいやな…ジャイアン達にいじめられたみょうじ…ドラ○もんに泣きつく…」
「ほな、銀は?」
「俺?俺は出木杉君やろ!」
「「それはない〜」」
治と2人でハモり噴き出す。
「あ、みょうじくん、おはよ〜」
3組の教室内で佐倉さんから声をかけられた。友達にお菓子を配りに来ているようだ。
「佐倉さん、おはよう〜」
「どうしたん?」
「侑が俺の靴箱にチョコ入れてて…嵌められた…っ」
今悲しみのどん底にいる、と言えば佐倉さんはクスクスと笑った。
「ふふっ、ほなこれあげるから『女子からもらった』て言うて!」
「えっ?えっ?もらっちゃっていいの…?」
「うん、みょうじくんにも渡す気で作ってきたから」
「うわああっ、ありがとう…!」
同じ組でもないのに、思いがけない佐倉さんの優しい贈り物に嬉しくて沈んでいた気持ちが浮上する。
お礼を言い3組の教室を出て、5組に戻った。ニコニコで戻ってきた俺を見て侑が目を見開いた。
俺はこれ見よがしと机の上に佐倉さんからもらった可愛い袋をさっと置く。
「それ……だ、誰からやねん」
侑が後ろを振り向いて、恐る恐る聞いてきた。微笑んで答える。
「女子から」
「誰…」
「内緒ぉ」
「……」
悔しそうな顔をする侑は、俺から「大嫌い」と跳ね除けられた手前、強く言いづらいのか黙って前に向き直った。
「はい」
角名が隣から、飴を渡してきた。
「9割は侑が悪いけど、俺も知ってたから許して?」
「倫太郎…」
涼しげな顔でさらっと、ごめん、と言える角名は大分、大人だ。
まぁ許してあげなくもない、と飴玉をもらっておいてやる。
「はっ?!おい、角名5:5やろ!嘘言うな!」
「誰かさんも早く謝れよ」
「…勘違いしたんなまえやん、俺悪うないし、ちゅうか逆になまえにチョコ上げた優しい奴やん」
「どんな解釈でそうなるんだよっ」
素直じゃねーー。侑が謝ってくるまで、知らないんだからな、と頬杖をついて知らんぷりをする。
「ミャーツム!チョコあげる〜!」
「ありがとう」
絶えずバレンタインのお菓子を貰う侑を後ろの席から眺める。
俺がチョコを貰う確率よりも、侑が女子から告白される確率の方が高い。
そんなに心配しなくても、平凡な俺が誰かに取られるわけでもないし、モテまくりのお前を見てる俺の方が立場は危ういのにな、と思った。
***
昼休み、三分、茶川と三人で昼飯を食べながら一週間ぶりに対面で話をする。
受験が終わった茶川は開放感MAXのようで毎日自転車で外を走っている。
「チョコ貰った?」
「義理チョコやけど、クラスの女子からもらった〜、茶川は違う組の子ぉから貰っとったやろ!」
「はっ?!マジで?!聞き捨てならんぞ!?」
「ちゃうちゃう、あれは塾が同じ子やってん」
「はぁぁ?!何その羨まエピソード?!俺なんかさっき、奈良木が来て『みょうじ先輩チョコ貰えなさそうなので、僕からです』ってチ/ロルチョコくれたんだけどな?!」
「奈良木っ、ウケるなぁっ!笑かす!」
三分が爆笑している。
三人でいつも通り、昼休みの時間を過ごし、教室に戻った。
学校に来るのもあと数回か、とカウントが始まっている。そのまま一日が終わり、放課後、部室からロードバイクを出して歩いていると、学校の正門付近に立つ高身長の金髪頭を発見した。
遠くからでも分かる、侑だ。俺に気づいてこちらへ向かって歩いてきた。未だに侑から謝罪の言葉はもらっていない。
たくさんのチョコが入った紙袋を手にした侑が目の前にきた。つっけんどんに言い放つ。
「何だよ」
「…バス停まで一緒に歩け」
一緒に帰ろ、じゃなくて歩けと言う半強制なところがすでにジャイアンだ。
「治達は?」
「帰った」
仕方ねえなあ、と侑に合わせて自転車を引いて歩くことにする。まあ多分一緒に帰りたいということは謝る気はあるのかもしれない。
チェーンの音を耳にしながら侑とバス停まで歩く。途中のコンビニが見えたところで侑が口を開いた。
「……ほんまに…」
ぽつりと呟く声に、横を歩く侑を見上げる。
「なに?」
「ほんまに…嫌いなわけちゃうやろ…」
唇を尖らせて地面を見る横顔に俺は無言のまま、眺めた。
え、引っかかってるところ、そこ?
大嫌いとは衝動で言ったけど、謝れば俺も許してやろう、と気が済む話ではあるんだが…。
その横顔を見ていると少しイタズラしたくなった。
「…ショック過ぎて、本気で思った」
「っ、」
侑の目が揺れた。動揺しているその様子に、ゾクゾクとした感情が喉まで這い上がる。思わず笑いそうになった。
「……悪かったって思てるぅ…」
マフラーに首を埋めて、体を縮こまらせているが、元々のガタイが大きいため全然縮こまっていない。
「…許してほしい?」前を向きながらできるだけ無表情で聞く。侑が俺の横顔を見ている。
「…ん…」
こくりと頷いた侑を横目で見たあと、 コンビニを指を指した。ほかほかの豚まん広告が食欲を唆る。
「豚まん奢ってくれたら、許す、かも」
「……」
お前…ただ食いたいだけちゃうか…という強い視線をヒシヒシと感じるが「ほら、早く」と促すと悔しそうに俺に紙袋を押し付けてきた。
ズンズンと大股でコンビニに入っていく侑の後ろ姿を見て、一人ケラケラと笑う。最高の眺めかもしれない。あの侑が俺の言葉で、従順に動いている!
「ふっふっふ」
堪えられない笑いにニヤニヤしていると、侑がコンビニの自動ドアから姿を見せた。
来た来た…!ニヤけないように顔を引きしめて侑を迎える。
「……ん!」
突き出された豚まんは外の冷えた空気の中、湯気を立たせている。
「美味そぉ〜っ」
熱々の豚まんにガブリ、と齧り付いた。
口の中に広がるゴロゴロのお肉、肉汁と甘めの生地に湯気が口の端から漏れ出る。
「ふっ、うまぁっ」
寒い中、食べる豚まんは至福。頬張る俺に、唾を飲み込んだのか侑の喉仏が上下に動いた。
「…これでチャラやろっ!」
侑の言葉にモグモグと咀嚼してゴクリと飲み込む。
「仕方ないなぁ、豚まんに免じて許してやる」
「……撤回せえ」
「はぁ?何を?」
「俺に言うたこと!き、らいて…」
ふんふん…なるほど。
侑の希望を聞いて、数秒考える。
「嫌い、ではない」
「なんやそれっ」
道端で大きなリアクションをする侑を置いて、歩き始める。
「せこいで!豚まん奢ったやんけ!ちゃんと言えや!」
「んー、『嫌い』の反対っ」
後ろにいる侑に言葉を投げかけると、数秒後、短い叫び声が聞こえた。
「……な゙っ!?」
ちらりと後ろを振り返ると、侑が顔を赤くしていた。その姿を見て、込み上げる笑いもついに我慢できなくなる。
「お、ま……えっ、」
追いかけてくる侑に、俺は笑いながら逃げた。