三月に入り、とうとう卒業式の日を迎えた。
男子寮で登校最終日の朝食を食べる。今日の朝ごはんは少し豪華だ。
「おい、卒業式迎えとるやんけっ」
向かいに座る侑が机の下で俺の脛を蹴ってきた。
「いてっ、暴力反対」
「マジで何なん?今日、卒業式やで??はぁっ?!」
「侑、何でそんなに朝からキレてんだよ」
「なまえのせいやろ!お前、マジで今日の今日まで……!!」
そう、あれから俺も侑もお互いにあの二文字を言わないまま、今日を迎えた。
どちらとも譲らない平行線で卒業式を迎えたのだ。よって、現状は親友以上?で恋人…にはなってない。
毎日、侑から早く言えと攻められたが、俺にもプライドがある。応戦し攻防戦の決着はつかないまま、今に至る。
「治っ!侑の足癖の悪さ何とかしろよっ!」
「どうにもならんねん。諦めや」
眠たそうに目を擦る治と涼しげな顔でご飯を食べる角名を横に、俺は肩を竦めた。
「おい、侑、今日の今日は笑わせんなよ。お前のせいで卒業式の練習中、何回笑いそうになったか…」
何度かあった卒業式の予行練習でしんとした空気の中、先生と離れているからと言って侑が隣で『腹減ったぁ、あ、やばい腹鳴るぅ…』と実況中継しながらぐるぐるとお腹の音を鳴らせていた。
『あかんあかんあかん、今頭ん中、カツカレーしか浮かんでこん…やばい教頭の顔もカツカレーに見えてきた…皆カツカレーや…』
空腹で死にそうな顔をしている侑を横に俺は笑いを堪えるので必死だった。
斜め後ろにいた角名を振り返った時には、ツボに入らないよう虚無の表情で完全に己を捨てているのが確認できて、俺はさらにツボったのだ。
あれは笑いを堪えるのが苦しすぎて辛い練習だったな…と振り返る。
「人の生理現象で笑うとかサイテーやん」
「人でなし侑くんには言われたくありませえん」
「サイテー。なまえサイテー。…あの言葉、言うたら許したるけど?」
「……言いませえん」
隙あらばあの二文字を言わそうとしてくる侑が不服そうに睨みを利かせてきたが、スルーして手を合わせた。
「ご馳走様でした!」
朝食を食べ終わった後は一度部屋に戻り、制服に着替えた。
稲荷崎高校の制服を着るのも今日が最後かぁ…と少し寂しくなる。
去年は卒業生を見送る立場だったから三年生が学校からいなくなるのは寂しいなと感傷的だったが、自分が同じ立場になるとそこまで寂しくないのは意外だった。
新しい環境が春から始まるため、新生活への期待が大きいこともあり、見送る側と卒業する側では感じ方も違うのかな、と卒業する身になって初めて知る。
バレーボールキャラクターのキーホルダーを付けている黒リュックを手にした。結局侑に無理やり取り付けられた日から今日までずっと外さなかったな、と少し傷のついたキーホルダーを見て、笑いが漏れる。
部屋を出て、侑達と合流した。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!卒業おめでとう!」
管理人のおじさんに声をかけ、在寮掲示板の名札を4人で裏返す。
バス停まで向かう道を並んで歩いた。
最後の登校日も感慨深いなぁと思うも、4人揃えば結局いつものように騒がしい登校になる。
角名が携帯を取り出すから、侑と治は自然とポーズを取った。双子のポージングは常に独特で全力でウケを狙っていくため、その隣で俺はいつも爆笑している。
学校に着いて昇降口で内履きに履き替える。教室に入ると、黒板に卒業を祝うイラストやメッセージが書いてあった。
美術部のカラフルなチョークアートが毎年、卒業生を祝っている。各組の黒板を見ようと廊下は生徒たちで行き交っていた。
校内は卒業の雰囲気に包まれていて、本当に今日が最終日なんだな、と実感する。
「三分、茶川ぁ、おはよっ」
廊下で茶川達に声をかける。
「はよー」
「ついに俺らも卒業だなぁ、去年柴さん達を送り出したのにあっという間だったな」
「ほんまなぁ、今日、奈良木、泣くんちゃう」
「あははっ去年俺も泣いたから人のこと言えねえ」
軽く話した後、三年生は教室に集められSHRが始まった。それから体育館に移動し、粛々と卒業式は進んでいく。
『卒業生代表、挨拶──』
並ぶ生徒たちの後ろ姿を見ながら、皆これから別々の道を行くんだなと卒業式の雰囲気に思う存分、浸ってみる。
吹奏楽部の演奏は圧巻で、背中を押されるような力強さに、見送られる卒業生の顔は皆、活き活きとしているように思えた。
卒業式が終わり、教室で担任から卒業証書を受け取る。
「みょうじくん、卒業おめでとう。新しい環境でも頑張ってくださいね 」
「ありがとうございます」
受け取った後、クラスの皆へ一言告げて席に戻ることになっている。
「えっと、僕は寮生なんですけど…寮に入ってでも稲荷橋に入学して良かったな、と思っています。色んな人と出会えて…稲高生として三年間過ごせて良かったです、ありがとうございました」
当たり障りのない挨拶をして拍手をもらいながら席に戻る。涙声の女子や涙を流す子も何人かいた。
その後に続いた、侑と角名の挨拶を聞きながら、あっという間に時間は経っていく。
最後に担任から生徒へ言葉が贈られた。
「皆忘れるから一言だけ、な。先生から伝えたいのは『生きろ!!』以上!」
何やそれー、とドッと笑いがおこる。
「まぁ、冗談はさておいて。この先楽しいこと、楽なことだけじゃなくて辛いこと悲しいことにもぶち当たる時が必ずあります。人生、山あり谷ありです。しんどい時は、一人きりだと思いがちですが、一人じゃありません。この世界にたった一人で生きているわけじゃありません。周りを見てください。誰かがいます。辛くても、必ず生きてて良かった、と思う時が来ます。周りを頼ってください。
ここで出会った友達は一生もんです。時にぶつかり合う時もあったと思いますが、三年間お互いに同じ校舎で学んだ仲間達です。先生はこれからもこの稲高で作り上げた絆を大事にして言って欲しいなと思っています。
最後に、君たちの人生が豊かでありますように、これからの人生も幸せをいっぱい感じて、思いっきり笑って生きてください。たまに思いっきり泣いて、怒ってください。大人になると言葉を飲み込むことも多くなります。皆のこれからの人生を先生は心より応援しています」
担任の話を静かに聞いていた教室内から自然と拍手が起きた。
ここで出会った友達…繋がり…。
侑や治、倫太郎、銀、三分や茶川達を思い浮かべる。そして、柴さん、秋田部長、北さんや尾白先輩達も。
稲荷崎に入らなかったら、どんな高校生活を送っていただろうか…。
この三年間、特に二年に進級し、侑達と話すようになってからは笑い転げるくらい楽しい事が多かった。腹がよじれるほど、過呼吸になりそうなほど、笑った。
侑とはたまに喧嘩して最悪な空気になったこともあった。お互いに言葉のナイフで傷つけ合い、ズタボロになった時もあったが一緒に過ごすのは楽しかった。
自転車部では柴さんと秋田部長、茶川と三分と出会わなかったら、今の俺はいない。切磋琢磨できる先輩と友達がいたから、自転車競技に打ち込めることが出来た。
部活も日常も全部全部楽しかった。
稲荷崎に入って、皆と出会えて本当に良かったな、と心の底から思った。
***
最後のホームルームが終わり、解散となった教室内は賑やかだ。
侑は卒業証書を入れる筒の音をポンポンと鳴らしている。この席も最後かぁ、と頬杖をついて教室内を眺めていると、治が顔を見せた。
「ツムぅ、何遊んでんねん」
「……この音が癖になる…」
丸筒の蓋を抜いてポンポン鳴らす侑を治が無言で見た。治も手には丸筒を持っている。顔を見合わせた双子がいきなり、立ち上がった。
「「ここで一曲、踊らせていただきます」」
2人が丸筒を使ってポンポンと音を奏で始めた。いきなり始まったリズミカルな動きに噴き出す。
動きながらじわじわと廊下に出ていく双子に腹が痛くて机をバシバシ叩いた。
「ひぇーーっ、やばいっ、ちょ、倫太郎っ、アイツら止めてこいよっ」
「…絶対に、関わりたくない」
「腹痛いっ!」
廊下で双子を見かけた銀が、見てはいけないものを見てしまったかのような顔で後退りしている。
そんな銀を見て角名と二人で噴き出す。
ふざける双子を他の生徒達が笑いながら取り囲み始めた。どこにいても目立つなぁ、と最後の最後まで人の目を集める双子に肩を揺らして笑った。
***
(宮侑)
卒業証書を受け取り、開放された教室から帰り始める卒業生もちらほら出始めた。
治とふざけてひとしきり遊んだ後、教室に戻るとなまえの姿が見えない。
「なまえは?」
角名に聞くと「知らない、どっか行った。自転車部のところじゃない?」と返ってきた。
どこに行ったんやろ、と廊下に出て探してみる。
校舎内は生徒たちの声が絶えず聞こえる。泣く声、笑う声、喧騒から遠いて、違う階まで探し歩いた。
ほんま、アイツどこ行ったんや。
今日の今日まで終ぞ大事な二文字も言わずに卒業しようなんて、調子乗っとんなと少し憤慨しながら姿を探す。
さすがに他学年の階までは来てないか、と戻ろうとした時、空き教室で誰かが一人で席に座っているのがちらりと見えて、目を向けた。
その横顔はなまえだった。
「おった。何しとん」
教室に入り、窓際三番目の席に座るなまえに声をかけた。その席は二年の時の位置だとピンと来たため、自分が座っていたなまえの後ろの席の椅子を引いてドカッと座った。
窓の外からグラウンドを見ていたなまえの目が俺へ移る。
「ん…高校3年間の思い出に浸ってた。この制服も最後かぁって。何だかんだ楽しかったなー部活やって寮で騒いで、遊びに行って…」
なまえが体を横向きにして後ろの席の俺を見る。俺は前を向いて頬杖をつく。これがいつもの光景だった。
「…ぶはっ、たまにプリント配る時、侑白目だったよなぁ。あれは笑ったわ」
くつくつと笑うなまえをジト目で見る。
お前もヨダレ垂らして寝とったくせに。
確かになまえと出会ってからの時間を思い返すと楽しかったな、という印象が強い。
「あー…練習キツかったけど、自転車も学校も楽しかったなぁ…稲高来てよかった…」
「……」
「侑もバレー、楽しかった?」
「うん」
「…これからもっとバレーできるな」
「せやな」
「…応援してるから。遠くなっても応援してるぞ、強くなっていく侑、見たい」
ニッと笑うなまえに言葉を詰まらせた。
「っ、」
遠くからじゃなくて、もっと近くで応援してほしい。俺の隣にいてほしい。
「あー、言いたいことあってさぁ…。俺と友達になってくれてありがとう…」
はにかみながら笑うなまえを見て、どうしようもなく触れたくなった。俺は、この顔をこれからもずっと傍で見たい。
「…〜〜っそれ以上やろ」
「…うん、侑は…俺にとって親友だ」
「…親友、以上やろっ」
こいつ…、親友止まりでこのまま終わらせる気か?!
ボソッと呟いた言葉は聞こえていたかは分からない。なまえは肩を竦めて息を吐いた。
「はぁ…心残りがあるとすれば高校のうちに付き合うという目標が達成できないままだったなぁ、て…2年の時に話した倫太郎との賭けに負けたわ…」
ちらりと俺を見て眉を上げるなまえにドキッとした。
はぁっ?!お、まえっ!ここまで来て言わんつもりか…?!俺が一年以上前からコツコツと築き上げてきたのに!?
「まだ…遅くないんちゃう。今日、付き合えば目標達成やん。男なら勝負しろや、自分の想い伝えんのが男やろ」
なまえは俺をじっと見て ふっ、と笑った。
「…俺は、勝負するほど自分に自信ないからなぁ」
あああっ!!こいつ!マジで!言う気ないやろ?!言えや!
こっちは今か、今かと待っとんのに!!
「誰もが惚れるええ男逃して、後から後悔すんの自分やで」
「うわ、自意識過剰っ」
「あ?」
「そもそも、何で自分から言わないんだよ」
「俺は告られる側やねん。一回も告ったことない」
「ふうん…じゃあ尚更言えない」
「はっ?!?!シバくぞ?!」
俺のこと、好きやん!お前が言ったら俺は二つ返事でええよっ、付き合うたる、って返すのにっ。
なまえは考えるように数秒瞬きをした後、上目遣いで見てきた。
「欲しいなら、言ってよ」
「……」
こいつっ、ホンマにシバくっっ!!腹立つ!腹立つぅっ!!
「は?なまえが、俺のこと欲しいんやろ」
「ううん、俺は難しい道ならいつでも身を引く覚悟は出来てるし。叶わないのは当たり前で生きてきたので」
「…………」
「侑
ここで煽ってくるなまえにギリ、と歯を噛み締める。自転車に乗っている時もたまに見る煽りの表情に喉を鳴らした。
この分かった感じ…、控えめに言っても腹が立つ。
誰が、誰を、欲しいやて?
俺が、なまえを?
…否定できない自分がいて、悔しくて眉を寄せた。
握りこんだ手の力が強くなる。柄にもなく心臓がバクバクしてきた。今まで自分から想いを告げたことなんて一度もないのだ。
なんやねん、ほんま…!
絶対に言わせたるって決めてやってきたのに…!
…クソッ、ああ、もうどうでもええわ。
言わんと始まらんのなら、言うしかないやろ…!!
こいつが言わんのなら、俺から言わんとこの関係は終わってしまう。それだけは絶対に嫌や。
今までの、どの試合よりも緊張する。覚悟を決めて、息を吸う。
窓の外を見ながらぼそっと二文字を口にした。
「……好きや」
なまえの視線を感じる。
「……」
あああ、こっち見んな!俺今むっちゃハズイ顔しとる!
何の返事もないため、なまえをチラッと見ると、顔を赤くして教室の壁の方を見ていた。
「…おいっ、なんか言えや!」
「…聞こえんかった」
「…はぁぁっっ??」
「もう1回」
お前っ、絶対聞こえとったやろが!耳まで赤いねんで!
「くっそ…!好きや、言うてんねやろ!」
いつものボリュームで言うと、なまえは目を泳がせたあと「うん」と返してきた。
「うん、じゃないねんっ!俺も、て言うとこやっ」
「…え、どうしようかな」
「こいつ…!!調子乗んなよっ」
頬を片手で掴むと唇を突き出したようなぶっさいくな顔になった。
「いひゃいっ」
触れた頬が熱くて、赤くて、なんやお前もか、と思う。じっとその顔を見つめるとなまえが目を見てきた。
「……なに」
「目ぇ閉じろ」
「…なんで」
「今からやることくらい分かるやろ。聞きたいか?」
「…いや、侑のことだから絞めてきそうだなって」
「うっさい」
これ以上言わさないために頬を包んで、顔を近づけるとなまえは驚いたような顔をした。
触れる唇。温度が交わる。前に触れた時よりも少し長く。柔らかな感触が離れる頃にはなまえは真っ赤になっていた。
「茹でダコかいな」
「……っおまっ、人が来たらっ!」
「こんなとこ、来んて。ほんで返事は?好きか愛してるしかないねんけど」
有無を言わさず見下ろすとなまえは俯いた。
「……好き…ですぅ…」
「恥ずかしがんなや。きしょい」
「うっさい。お前も顔赤いぞ」
ジト目で見てくるなまえに、満たされた気持ちが溢れてトクトクと心臓が動く。
「アホ。ドアホっ。最後の最後まで言わんかったっ」
悔しさと小さな敗北感を覚えて、小言を言うとなまえがふふんと笑って「俺の勝ち」と言ってきた。腹が立つけど、その顔も好きだと思ってしまったから重症だと思う。
「今度、絶対分からせたるからな、覚悟しとけ」
負けたままではいられない。良い気になっているなまえを泣かせてやると凄めば、なまえは口元をヒクつかせて肩を揺らした。
ポケットの中の携帯が震えて、取り出すと治から〘どこにおるん〙と来ていた。
「サムが探しとる、戻るで」
「ん、」
立ち上がって教室のドアへ向かおうとした時、名前を呼ばれた。
「侑、」
振り向きざまになまえの手が俺の肩を掴んだ。ぐい、と下に押されて頭が下がる。
同時に、唇に柔らかい感触。
顔を上げて目を閉じたなまえの顔が視界に入る。なまえからキスされたのだとやっと理解した。
突然のことで目をぱちくりとさせた一瞬の間になまえは離れた。悪戯が成功した時のようにニヤリと笑う。
「不意打ち成功ナリ」
「………」
笑いながら、教室を出ていくなまえの背中を見送る。口元に手を当てて、立ち尽くす。
な、んなんアイツ…っ。
顔に熱が集中していくのが分かる。多分、俺の耳は赤いだろう。
何で、アイツあんな可愛ええん…
はぁぁ、負けた…完全に負けた…
なまえには絶対に、絶対に言わないけれど、落ちてしまったのは自分だと今、認めた。
あの日、校舎裏の坂道で初めて見たクラスメイトは、ただの特徴のない影の薄い普通の奴かと思っていた。
近づけば、近づくほど色んな表情を見せて、よく笑う奴で、クラスの皆が知らないような熱い思いを秘める自転車バカのなまえに、気づけば心を鷲掴みにされていた。
言葉を投げつけて、ぶつけると皆、逃げていくがなまえだけは血を流しながら受け止めてくれた。
絶対に手に入れたい、欲しいと願ったのは俺なのだ。やっと手に入れた。ずっと望んでいたなまえをやっと。
絶対に離さん。
離してやるものか、と心に誓い、なまえを追いかけた。
***
(みょうじ なまえ)
校舎の外で写真を撮ったり、友達と笑い合い、泣き合う卒業生達の間を歩いていると、名前を呼ばれた。
「みょうじ先輩っ!」
「お、奈良木〜」
「うぅっ、」
「人の顔見て泣くなよっ!」
ケラケラと笑いながら奈良木の肩を叩く。
「3月のクリテリウムレース頑張れよっ」
「はいっ、3月のクリテでみょうじ先輩見て、本気で心打たれたんで…っ僕も死ぬ気で回します!」
「え、ちょお待って、あのクリテ優勝したん俺!」
横から三分が入ってきた。
「三分先輩ももちろん…でもやっぱみょうじ先輩のアシストが凄かったんで…!」
「まぁ分からんでもないなぁ、あの時のみょうじには後ろで見とって俺も痺れたわ」
ケラケラと笑う茶川に少し照れくさくなる。
「後は頼んだで奈良木」
「おおっ、茶川部長、貫禄あるぅ」
茶化しながら三人で笑い合う。卒業しても自転車を乗り続ける俺達に別れの寂しさはなかった。
これからも一緒に走るし、新たな環境にそれぞれが期待を胸に膨らませている。
じゃあ、皆また今度な、とさらりと手を上げて分かれる。
萩沼さんや佐倉さんともお互いに卒業おめでとうと声をかけ、新生活への応援を送り合う。
黒リュックを肩にかけて歩いていると、バレー部の後輩に囲まれている侑と角名、銀を見かけた。
「侑さんっ!あざしたっ!」
理石くんが涙ぐんでいる。何だかんだ、主将として慕われていたんだな、と後輩達に囲まれる侑を見て微笑ましくなった。
「なまえ、」
「お?治、あの中、入らなくていいのか?」
バレー部の輪を指差す。
「ええねん、どうせ後で体育館行きやろうし」
「はははっ、最後にバレーするんだ?」
「お決まりやな」
「やっぱ皆バレー大好きだなぁ。…治、3年間ありがとな。1年の時に治と同じ組になってからさ、まさかここまで仲良くなるとは思わなかった」
「…俺もや」
「不思議だよな。治と一緒の組じゃなかったら、侑とも話すことなかったし…。そもそもバレー部と1ミリも関係なかったのに…」
全く関わりのなかった双子と、バレー部と関わり合うようになったのは治がきっかけだ。
偶然の積み重ねで、今では視界の先で皆に囲まれている侑と恋人という関係になってしまった。
「…ツムと引き会わせたん嫌やった?」
治の言葉に、2年の春、部活の練習中に治から声をかけられた時のことを思い出した。あの時も、侑は最初から高圧的だった。最初の印象はやっぱり陽キャ怖い、だったが話せばそれは段々と変わっていった。
「…ううん。俺ずっと人間関係浅かったし、稲高に入って初めてちゃんとした友達出来たから、侑と、治達と仲良くなれて本当によかった、って思ってる」
ありがとう、と笑うと治は俺を見下ろし、ふぅ、と息を吐いた。
「なまえ、気ぃつけや。…ツム重いで」
治の言葉に固まる。その意味は何となく、察するが治には何も言ってない。
「え?なんの事?」
キョトンとした顔で尋ねる。
「…気づかんわけないやん。ちゅうか、ツムから聞いたし」
治は俺と侑の関係を知ったんだろう。
「…まぁ、でも侑の一番はバレーじゃん。あいつのバレー愛すごいし」
侑がバレーのことをどれだけ好きか、どれだけ大きな愛を持っているかは見ていれば分かる。
俺はそんな侑を隣で応援出来れば、それで良い。
「アホ、それと相当のもんが来るんや。めんどくさい思うで」
「えぇ、俺にそんな来るかなぁ」
「覚悟が足りひんねん、覚悟が」
「えー…まぁめんどくさいのは分かってる…」
一筋縄では行かない男、それが侑だ。
「…せやな、まぁ逃げきれんかったなまえが悪いな」
「えっ、何でそうなんだよっ、あんなん逃げ切れるかっ?!」
押し潰されそうなほど詰め寄ってきたから、逃げきれないと判断した俺は諦め、手を上げて降参したに近い。
「…最初から無理やったな。 地獄の果てまで追いかけていくような奴や。好きなもんにはとことん突っ走るんがツムやもん」
「……」
さすが双子、兄弟のことをよく分かっている。
治と話していると侑が気づいて、駆け寄ってきた。
「うわ、来た」「何の話やっ」
「ぐえっ」
相変わらずタックル並の強さで肩に腕を回された。体重を掛けてくる侑に潰れそうになる。
「このクマっ、潰れるぅっ!」「こんなんで潰れるとか、よっわぁ」
「侑、治、体育館行くで〜」
銀が手を振って呼んでいる。隣で角名が面倒くさそうにしながらも体育館に向かおうとしていた。治が手を上げて、ゆっくりとした足取りで後を追った。
「ほら、銀が呼んでるぞ、行ってこいっ」
侑の背中をバシッと叩いて、送り出す。数歩進んで侑が振り向いた。
「ん、」
大切に手入れされている大きな手を俺に差し出している。侑の行動に頭にハテナを浮かべ、瞬きをした。
「なまえも!」
口を大きく開けて満面の笑みで笑う侑がぐい、っと俺の手を引いた。勢いのまま、足が前に出る。
「わっ、」
駆けていく侑に引っ張られて、頬に風を感じた。
3月の陽を反射した黄金色の髪が眩しい。
強引なのに、掴まれた手は温かくてどこか優しさを感じる。離れてしまわないようにしっかりと握られている。
前を走る広い背中を見て、笑いが出てきた。
これが、宮侑だ。
どこまでも前へ突き進んで引っ張っていく。
それで、俺はそんな親友が大好きだ。
先では治と角名、銀が待っている。
この場所で、この仲間達と出会った。
笑って泣いて喧嘩して、また笑って。仲間達と過ごした最高の時間は、俺の大切な思い出だ。
侑との出会いが、俺の世界を変えた。
感情も、見る世界も、周りの景色を有り得ないスピードで色鮮やかに塗り替えた侑と、今までも、そしてこれからも、一緒に笑い合いたい。
応えるように侑の手を握り返す。
目を合わせた俺と侑は大きく笑い、治達の中へ飛び込んだ。
BOY MEETS BOY 【完】