01

卒業式が終わり、教科書も何も入ってない軽くなった黒リュックを肩にかけ男子寮への帰り道を歩く。

寮生は卒業式の翌日が退寮日のため、今日が寮で過ごす最後の夜となる。

歩道で隣に並ぶ角名はすました顔をしているが、さっきまで体育館で双子に追いかけられて、笑って走っていた。

後ろでは双子が騒ぎながら歩いている。

角名にちらりと目を移し、笑いが零れた。

「なに。人の顔見て笑わないでくれる」
「いやぁ、倫太郎が笑顔で走ってるところみたら、微笑ましくてさ…倫くん、大きくなったなぁ、て」
「は?」

横目で俺を見下ろしてきた。何?バカにしてんの?バカにしてんだろ、という目で見てくる角名にくつくつと笑う。

「だって、最初は俺の中で倫太郎は全然笑わない奴ってイメージだったもん。寮でもいつもチベスナだったのに…」
「…なまえだって存在感薄いのに話してみたら、ギャップあり過ぎて笑えるんだけど」

双子と同じく、最初は取っ付きにくい印象だった角名は話してみれば常識人で冗談も言うし、二人で遊ぶこともあるほどに、今では仲の良い友達の一人になっていた。

角名は俺にギャップがあると言うが、角名こそギャップがあると思う。すました顔して、心の内でバレーに関しては熱い思いを持っている。その熱がなければここまで来ていないし、これからもバレー選手として上を目指さないだろう。
並々ならぬ熱意があるからこそ、だ。それを普段、表に出さないだけで角名のそういった隠されたところにも俺は友達としてリスペクトしている。
そんな友人へサプライズと言わんばかりに含み笑いで口を開いた。

「ふっふっふ、倫太郎、俺は一つ言わねばならないことがある」
「何?」
「二年の時、俺が高校卒業までに付き合えるかって話で、倫太郎が『達成不可に賭ける』って言ったやつ。アレ倫太郎の負けだからな」

俺の言葉に角名はちらりと見てきた後、片眉を上げた。
「どういうこと?」
「最後の最後でそういうことになった」
「…へぇ。うちの学校?同い年?誰?」
「…それは、ナイショ」

卒業直前に出来た恋人が後ろで騒いでいる金髪頭、なんて言えるわけもないので伏せておく。

角名は考えるように少し間を置いた後、ニヤニヤし始めた。面白がるような笑いに信じてないな?と疑う。

「黒髪眼鏡?」
ああ、そうだ、あの時は好きなタイプの話をしていて、俺は黒髪眼鏡がタイプと話していた。

「…違う」
「へぇ。じゃあ小柄な感じ?」
「…違う」
小柄どころか大柄だ。俊敏なクマだ。
「大人しくて優しい子?」
「…違う…」
優しい?いや、むしろひどい。それに大人しくもない。基本的に賑やかでうるさい。

「どしたん。全然タイプと違うじゃん」
ニヤニヤと笑ってくる角名に自分でもウグッと言葉が詰まる。理想と全く違う恋人は、後ろで片割れと一緒に賑やかに歩いている。

「し、仕方ないだろ。理想と現実は違うっていうか…」
自分で言っていて、あまりにも違いすぎる現実に額を押さえた。

「だって…めちゃくちゃグイグイくるんだもん…気づいたら俺も…」

俺だって最初は全くその気はなくて、友達、親友ができて嬉しい!高校生活最高!楽しい!と高校生活の楽しさと喜びを噛み締めていただけだった。

それなのに、すごくグイグイ来られるし、段々(こいつ…俺のこと好きなんじゃね?)と考え始めたが最後、無駄にカッコイイし、勢いありすぎて、圧が強すぎて断るに断れないというか、そのまま呑まれてしまったというか、……俺も好きになってしまったというか…!!

自分の気持ちを再確認しては恥ずかしくて顔を覆う。

「…なまえってほんと押しに弱いよね」

呆れたような目で見てくる角名に唇を尖らせて抗議した。

「…俺が弱いんじゃなくて、相手が強すぎたというか…」
「遅すぎなんだけど…もっと早ければ、毎回被害受けなくて済んだのに…」
と気怠げな顔でボソリと呟いている。

「どっちが告ったん」
「え?もちろん、あつ、」
ああああ危ない。侑の名前を言いそうになり慌てて口を噤む。
「む、向こうからっ」
「へぇ」
聞いている角名は何だか楽しそうだ。

「まぁ頑張って」
「何が?!何を頑張るんだ…?!」
「俺は遠くから楽しく見物させてもらうことにする」
鼻で笑う角名の言葉に、つい先程の記憶を思い出して声を上げた。

「あっ、遠くと言えばさ、俺東京行くし、侑は大阪だし遊ぶなら中間の倫太郎んとこに行くのアリじゃねって話してたんだよ、さっき」
「は?」
角名の顔がいきなり曇る。春から一人暮らしを始める角名のところにいつか遊びに行くのも楽しみの一つだ。

「倫太郎んち行くの楽しみ」
「来るな」
「歯ブラシ持っていっていい?置いとくな?」
「置くな」
「あ、パジャマとかも置いとくな?」
「来るな、置くな」

角名の反応が面白くてケラケラと笑う。

「東京来たら、俺ん家遊びに来ていいぞ?」
「……考えとく」

俺は我慢ならず噴き出した。
「倫くん〜っ、可愛いとこあるじゃんっ」
ニヤニヤしながら背の高い角名の頭に精一杯手を伸ばしてくしゃくしゃと黒髪を撫でると、擽ったそうに目を細めた。

「やめ、この…」
角名の目が静かにキレて、仕返しと言わんばかりに俺の頭に手を乗せてくしゃと掻き回す。

「ぎゃぁっ」
お互い頭をボサボサにしていると後ろから衝撃が走った。

「どーんっ」
両腕を開いて衝突してきた侑に角名はよろけなかったが、俺は衝撃に耐えかねた。
「ヴッ、あつ、むっ」
「何の話しとん」
「り、倫太郎の部屋にパジャマと歯ブラシ置いて、彼女疑惑作る話…」
「あ?」「あぁ…面倒くさくなる…」
片眉を上げる侑と空を仰ぐ角名を見上げる。
「俺の歯ブラシとパジャマ、持ってったら面白くない?」
くつくつと笑う俺に侑が目を細めた。

「はぁ…?誰が誰の歯ブラシ置いとく、て?置く場所がちゃうやろが」
「え?でも、倫太郎、置いても良いって言ったし」
「はぁ????はぁ???」
「俺は言ってない」
「どういうことや角名ぁ」
「俺ん家にも遊びに来るって約束したし」
「はぁぁ??」
「………」

侑に絡まれる角名を爆笑しながら見やる。侑に肩を掴まれてグラグラと揺らされる角名の目はいらん事いうな、と静かにキレている。

キャッキャと逃げるようにその場から離れ、治の近くに駆け寄った。

「楽しそうやな」
「治、見ろ、あれを。侑に絡まれる倫太郎、の図」
「何や あれ」

クスクスと笑い合う、高校最後の下校。
俺達は男子寮への帰り道をゆっくりと歩いて帰った。


***


男子寮に帰り、晩御飯の時間までに部屋の掃除や片付けをする。
明日の退寮式が終われば、すぐに搬出できるよう纏めておかなければいけない。

ダンボール箱に適当に詰めていると部屋のドアがノックされた。

「はい、」

ドアを開けると部屋着に着替えてラフな格好をした侑が立っていた。
二人きりになるのは卒業式後、教室で告白されて以来。

顔を見合わせるのが少し照れくさくて目があった瞬間、ドキリとした。
お、俺達は本当に付き合い始めたんだよな…??夢じゃないよな…と妙に緊張する。

「あ、侑…な、何?どうした?」
「何ってなん?」
「え、いや」
「入れて」
当たり前のように入ろうとする侑に、心の準備がまだ出来ていなくて、侑が開けようとするドアをガシリと掴んだ。
「ま、まだ準備が終わってないから」
「は?せやから何?」

何言うとん?という一瞥され、呆気なくドアは開放された。ズカズカと部屋に入った侑はベッドにボン、と飛び込む。
いつものように携帯をいじりながら、仰向けに寝転んだ。

「……」

あれ、こいつ全然意識してる感じがない。
え、もしかしてこんなに意識してるの俺だけ…?

ゆっくりと静かに床に座り、片付けの準備を再開する。
侑が俺の部屋にやってきては、お互いに自分のしたいことをしながら、無言で過ごすのはいつものことだ。たまに雑談したり、一緒にゲーム始めたり、と気を遣わずに過ごしていたから今まで何も意識してこなかったが…。

昨日までの二人の関係と、今の関係は違う。親友じゃなくて恋人同士になったのだ。

お互いに好きだ、と言い合ったんだし、キ、キスまでしたんだぞ…!意識しないわけが…!

…俺は付き合うとか初めてだけど、侑は初めてじゃないもんな…こんなに意識するのも、ドキドキするのも俺だけなんだろうか…
え、これって俺が恋愛初心者過ぎる…?

モヤモヤと頭の中で悩みながら、作業を進める。視界の端にはいつもと変わらず携帯を見てクスクス笑っている侑が見える。
…いつも通りだ。

「なぁ、そっちの部屋は?もう片付け、終わったのか?」
「後はサムに任せた」
「はぁ?治ブチ切れたんじゃね?」
「ちゃうねん、サムと境界線作って、こっからこっちは俺がやる、そっちはサムでやれ、て決めて、俺は自分の分終わらせてきたんや」
「ふうん」

自分の仕事は終わったと主張する侑に適当に相槌を返す。クオリティはいかほどなのか、という疑問は残るが、いつも通りの会話に俺は幾分か気分を落ち着かせた。

侑がいつも通りなら俺もいつも通りに、と普段の自分でいようと心掛ける。


黙々と進めていく作業の中、懐かしい漫画を見つけてしまいパラパラと捲っているとつい読みふけってしまった。

「ふっ、おもれー…」
床に座りこんで、漫画本を手にしていると背後から声がかかる。

「何見とん」
侑に背を向けて片付けていたため、急に聞こえた声にびくり、と動いて顔を動かすと、侑が手元を覗き込んでいた。

「ん、懐かしいやつ、見つけて」
「ふうん」

聞いてきたくせに興味無さそうなその反応に、気にせずページを捲り読み進めていると、いきなり後ろから侑の腕が伸びてきて、腰に手を回された。

「っ、?!」

投げ出された侑の両足が視界に入る。背中に感じる体温。すっぽりと包まれて、座った状態で後ろから抱きしめられていると理解するには時間がかかった。

「な、なに…」

密着した体に心臓がバクバクと動き始めた。今まで、セクハラまがいなことは度々されてきたが、こんなにもドキドキするのは初めてかもしれない。

「侑クン…どうしました…?」

返答もなく侑が首元にを顔を埋める。侑の髪がうなじに触れ、ピクリと揺れた。

「ひぅ、は、離れ「無理ぃ」

即答され、腰に回された腕がぎゅ、と強くなる。さらに俺の心臓は跳ね上がった。

っ、この空気はヤバいって!
ゆ、油断していた…っ!侑がいつも通りだから、俺もいつも通りに行こう、って己を制していたのに…っ!

「お、俺も無理っ」
「…ええやん、付き合っとんやし」

サラッと口走る侑に俺は両手で顔を覆った。

そ、それを言うなっ!まだ俺の心の準備が出来てないっ。

「ちょっと待て、距離が近いっ」
「は?俺のこと好きやろ?」
「そ、それは」
「ちゃうん?」
「ち、が…わないけどっ」
「♪、ならええやん」

良くないぃっ!距離の詰め方が問題なんですよっ!いきなり、この距離感はないだろ?
付き合うってまずは手から繋ぐ、とか「ぶああぁっ!?」

侑の手が服を捲って、腹を直に触ってきた。

「ぶっは、何やねん、その声」

耳元でくつくつと面白そうに噴き出す侑。笑いから起きる震えが背中越しに伝わってきて、顔に熱が集中する。

「色気ないなぁ」
「ど、どこ触って」
「んー」

俺の反応を楽しむように手を動かすため、これ以上はいけない、と侑の腕を両手で掴んだ。

「や、やめなさい」
「無理」

即答され、さらには侑の力には勝てずそのままぐるり、と体の向きを変えさせられた。対面になり直視することは不可能だ。

「顔、真っ赤ぁ」

ニヤニヤと笑う侑に見られたくなくて両手で顔を隠すも、すぐに剥ぎ取られ頬を包まれた。

「むぅ、」

満足げに俺を見下ろす侑が顔を近づけてきた。
心の準備もさせてくれないまま、唇に触れる感触に、困惑しながらも目を閉じることしか出来ない。
柔らかさを確かめるように啄まれ、離れた後そっと目を開けると侑の視線とぶつかる。

口に手をやり、顔を背ける。

「おま…今日の今日で…っ、いきなり手ぇ出すの早すぎだろ…っ」

あまりにも早い展開に俺は身も心もついていけていない。教室で俺からもノリと勢いでマウストゥーマウスをしたとはいえ、こんな…雰囲気を作られては戸惑ってしまう。

ちょっと、もうちょっとゆっくり「はァ?誰のせいやねん、ここまで伸ばしたんなまえやろ」

「は、はぁっ?俺のせいなのかっ?!」

解せないその言葉に侑の顔を勢いよく見る。不服そうに目を細める侑の顔はお前のせい以外に誰がおるんや、と言いたげだ。

「こっちはずぅっと前からお預け食らってんねん、このドアホ」
「お、お預けとか…っ」

もっと言葉を選んでくれませんかね?!と心の中で叫ぶ。

「ウジウジ、ウジウジしよって…人の気持ち弄んで、散々遊んだんどこのどいつや…」
「はぁっ?!」
憎たらしそうに言う侑の言い草に俺だって黙ってられない。

「…どうせ侑から告白するんだから、もっと早く言えばよかっただけだろ」
男なら当たって砕けろ、の精神だと付け加える。

「……お前…言うたな…?」
低い声と同時に、ひくりと侑の目元が動いた。

あ、やばいかも。

目が完全に怒っている侑から逃げようと体を動かす前に顔を固定された。

「散々掻き回しといてどの口が言うんや、どの口がっ!!」
「こ、この口ぃ」

こうなったら、もう諦めて煽るしかない、と返すと侑の目の奥がメラりと燃えた。

あ、点火してしまった。

「はなっ、んぅ…っ」

息が苦しくなるほど、貪るような口付けに侑の胸を叩いた。ビクともしないその体に、緩むことなく攻められるようなキスが続けられ頬はますます紅潮していく。

「はぁっ…、つ、むぅ…っ」

もう許して、と涙目になりかけた時、携帯の着信音が部屋に響いた。

「んんっ!!」
侑を叩いて、携帯の存在を主張すると面倒くさそうに仕方なく、といった様子で離れた。

「ふっ、はぁっ…」
「……サムやん」

侑が手を伸ばして携帯の画面を見る。治っ、助かった!と侑の両脚の中、肩で息をしながら安堵した。

「サム?何?今、ええとこやねん。むっちゃ邪魔しとるで」

おおおいっっ!何言ってんだよ!と侑の首を絞めにかかる。

「飯?わかったぁなまえと降りる」

通話を終えた侑を信じられない、と揺らす。

「なぁ?!何言ってんの?!アホか?!」
「何、て。邪魔やったもん」

邪魔なもんに邪魔言うて何が悪いん?と首を傾げる侑にドン引きする。

ダメだ、こいつ…直球すぎる…。
分かってはいるが、やっぱりド直球なのは変わらない。

「はぁ、降りるぞ…」

頬を押さえて火照った熱を落ち着かせようとする。ニヤニヤと笑う侑から逃れるようにすく、と立ち上がった。 侑の手が、俺の服の裾を掴む。

「なぁ、こんなんで顔赤くしてもらったら困るんやけど」

楽しそうに笑いながら煽ってくる侑にせっかく落ち着き始めていた熱が戻ってくる。

「〜〜っ、う、るさいっ」

ふい、と顔を背けて、足早に部屋のドアに向かう。侑のせいで片付け終わらなかった!と愚痴りながら部屋を出る俺に、侑が後を追ってついてきた。

***


食堂は賑わっていた。
明日は男子寮の退寮日でもあり、三年生を送る会としてちょっとしたパーティーチックな雰囲気でバイキング形式に手料理が盛られている。

寮母さん達の振る舞いに寮生が舌鼓を打つ。
寮最後の晩御飯をモリモリと食べる三年生を見て、寮母さんも笑顔で「いっぱい食べや」と笑っていた。

「うまぁ」
「さっきからポテサラばっかやん」
「このポテサラ無限に食べられそう」

4人でテーブルを囲みながら晩御飯を食べる。

「風呂上がったら部屋集合な」

侑の言い出しに角名が「もう部屋片付いたんだ?」と聞いた。

「俺の分はもう片付いとる。サムがおっそいねん」
「はぁっ?ツム、お前テキトーに箱に入れただけやろがっ!ちゃんと整理して入れろやっ!」

俺が全部入れ直しとんやっ、と怒る治を余所にフライドチキンを頬張っている。

「俺もあと少しで終わるから、 風呂上がったら枕持っていく〜」
「は?何で寝る気でおるん、今日はオールでスマブ/ラ/大会する言う話やろ」

侑が眉を寄せる。オールと言いながら、絶対落ちる自信がある俺は枕を持っていくことに余念はない。

「仮眠用の枕ぐらい持っていかせろ」
「夜食何にしよ、ラーメン残っとったやろか」
治も夜食の準備には余念はなさそうだ。

今日だけは管理人のおじさんも騒ぎ立てなければ多めに見てくれるため、4人で集まってオールで遊ぶことにしたのだ。

「部屋の電気切って怪談せえへん?」
「侑、お前自分の部屋でやるからそんなこと言ってるけど、前倫太郎の部屋でやった時、部屋に帰れなくなったの誰だよ」
「俺ちゃう。サムや」
「ツムやろが」
「治に迎えにきてって言ってたのは笑った」

思い出すように肩を震わせた角名に俺もケラケラと笑う。
「『廊下に何かおる気がする!』って部屋から出ようとしないの笑ったよなぁっ!」

笑う俺達と、火を噴く侑にモグモグと美味しそうにご飯を食べる治。

「「「「ご馳走様でしたっ」」」」

食べ終わり寮母さん達に頭を下げて、返却口に食器を戻す。

俺達はこの3年間、この食堂で手作りのご飯を食べて身体を作ってきた。この食堂で喧嘩もしたし、仲直りもした。ふざけて、爆笑し過ぎて味噌汁を噴き出した時もあった。騒ぎすぎて北さんに注意されることもあったし、調子に乗って咳き込んで死ぬかと思った時もあった。

最後の寮飯も笑いに包まれ、食を囲む楽しさを改めて感じた、満ち足りた時間だった。

***


風呂から上がり、後は寝るだけの状態となった俺は角名と合流して双子の部屋に向かった。


「お、だいぶ片付いたじゃん」
「俺がほとんど片付けたんや」
「サムぅ、嘘つくな、こっからこっちは俺がやったやん」
「アホ、範囲狭すぎやろが」

言い合う2人を放置して、さっそくゲームのコントローラーを握った。

「っしゃあ、これ買ったら今度の卒業旅行の昼飯奢れよっ」
「何でなまえが勝つ前提なんだよ」
「倫太郎くん、僕に勝つつもりですか?…ふふふ」
「あ、始まった」
「あっ!ぁあっ!!スタートダッシュ卑怯だぞ!」


それから周りの部屋に注意しつつ、ゲームをしながら、これからのことや、今までのことを語った。

丑三つ時が近くなる頃には怪談話をして、身を寄せてくる侑を剥がすのが大変だった。

段々と眠くなってきて口数を少なくなってきた頃。角名は床に横たわって目を閉じている。オール第1敗退者だ。

俺もそろそろ限界が近い…と目を擦ってまだ元気な侑の服を引っ張る。

「今どっちで寝てんの…」
「何が?」
「上か下か」

二段ベッドを指差すと「下や」と帰ってきた。
持ってきたマイ枕を掴んで二段ベッドの下側に潜り込む。

「おい、寝んな」
「ちょっとだけ…ちょっとだけな、仮眠するぅ…」

これは仮眠にはならないな、と目を閉じればあっという間に意識が落ちていった。

第2敗退者となった男子寮、最終日。


鳥のさえずりが聞こえてぼんやりと浮上する意識の中、体の身動きが取れないことに気づき段々と覚醒してくる。

「……」

柔らかな陽の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。視界には金髪頭が見えて、まさか…と自分の状況を確認すると、侑に抱き枕の如く、腕と足を回されていた。
どうりで動けないのだと理解する。

何で侑が、と思ったが侑の寝床に侵入したのは俺の方だ。侑の重たい腕を動かして体を起こし、床に視線を移すと、掛け布団をかけられた角名がうつ伏せになって寝ている。その隣で治も毛布にくるまっていた。

「……全員落ちたな…」

誰一人としてオール完遂した者はおらず、気持ちよさそうに寝ている。

くすり、と笑いが漏れた。

今日には退寮して別々の道に進んでしまうけれど、寮生として過ごした3年間は忘れたくても忘れられない濃厚な時間だったと言える。

隣でスゥスゥと眠る侑を見た。

侑はこれから、どんな姿を見せてくれるだろうか。
角名は、治は、これからどんな生活をおくっていくだろうか。
そして、俺はどんな出会いがあるだろうか。

巣立ちの名残惜しさよりも、未来への期待が勝る。想像できない未来に胸を膨らませていると、腰に腕が回ってきた。

「っ…」

ドキリとして見下ろしたが、無意識のうちに抱き枕を探しているのか、侑は熟睡しているようだ。

瞼にかかる侑の前髪を指でそっとはらってみる。
普段の強気な表情ではなく、無防備なあどけない顔に少し可愛いな、と思ってしまった。

高校で友達ができて、親友ができて、その親友が恋人になってしまった。

思いもよらないことばかりで走り抜けた高校生活。俺達には次の新しい生活が待っている。

未来への少しの不安と、ワクワクした気持ちを胸に、もう一度眠りについた。

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