待ち合わせの駅で、金髪頭の長身はすぐに見つかった。スタイルと顔の良さを惜しむことなく発揮させている姿は目立つし、チラチラと若い女性達の視線を引き寄せる姿に少し近寄り難く感じる。
目を惹かれる人達は本人の中身がジャイアンなことは知らないだろう。
黙ってれば良いんだけどなぁ、黙ってれば…。
「お待たせ〜」
「お、そ、いっ。何分待たせるんや」
若干不機嫌そうな顔で俺を見下ろす侑を見上げる。
待たせたって言っても数分だし、侑が乗ってくる電車の方が早いんだから、どう足掻いても俺が侑より早く来ることはないと知ってるはずなのに、このジャイアンときたら…。
「おい、今むっちゃ失礼なこと考えとったやろ」
「…いや?」
「目は口ほどに物をいう、て言うやん。むちゃくちゃ残念そうな目で俺を見とんねん。白状せえ」
「……黙ってれば良いけど、喋ったら残念だなぁ、て思、ぎゃあっ!!手を出すな!すぐ手を出すぅっ!」
「なぁ、それが彼氏に向かって言う言葉か?え?」
俺の肩を鷲掴みにしてくる侑に抵抗しながら一緒に駅の構内を出る。
「か、彼氏って…言い方っ 」
いきなり言葉を選ばず、ぶち込んでくる侑に顔が熱くなる。自重しろと睨むも、前言撤回しろと逆に睨み返された。
「久しぶりに会えるんや、電車降りたらダッシュで来いや」
「久しぶりって行っても退寮日から1週間も経ってないだろっ!そもそも駅構内は走っちゃいけませんっ、駆け込み、全力疾走禁止!」
俺を絞めようと腕を肩に回され、近距離にふわりと香水の匂いが鼻腔をくすぐる。
毎度の如くバチバチにきめすぎなんだよ、とボヤきながらヘアスタイルも服もバッチリの侑を見た。
「付き合ってから初デートやもん」
ここでオシャレせんで、どこですんねんと当たり前のように言う侑に調子を狂わされる。
さっきから単語のチョイスを上手いこと飲み込めない自分がいて、その度に心拍が上がってしまうのだ。
「言い方っ…」
「あ?」
何照れとんや、と足蹴りにされる。
彼氏とか初デートとか、そんな言葉を使われると強制的に意識してしまうだろっ。
隣を歩く大柄な奴と俺がまさか恋人同士なんて誰も思わないだろう。自分達だけが知っているこの関係に、俺はどうしようもなくドキドキしているのに、侑は全然そんな風には見えない。
駅を出て商業施設に向かう。今日は映画を見て、適当にゆっくり過ごして帰る予定だ。
デートと言ってもいつも遊んでいるし、侑も普段と変わらない。俺だけ意識するのは恥ずかしいし、遊びの延長線だと考えればそこまで構えるほどのものでもない、と思うことにした。
▽▽▽
映画館に到着し、俺が見たいと選んだホラー映画のチケットを買った。席について、館内の照明が落とされる。
さあ、いよいよはじまるぞというところで、右隣に座る侑が俺の右手を触ってきた。膝の上に乗せている手の甲をするりと撫でられる。
「…っ」
肩を揺らし、何事だと侑をちらりと見上げると「(しーっ…)」と口パクのまま、楽しそうに口角を上げた。
指の長さも手のひらの大きさも違う侑の左手が、俺の右手に指を絡めてきた。手を覆うように自分のものではない体温が伝わってくる。
映画の冒頭が流れるが、全然頭に入ってこない。
映画に集中しようとスクリーンに視線を移すも、にぎにぎと人の手で遊ぶ侑に痺れを切らし、手を引っ込めようとしたが許されなかった。
侑はしれっとした顔で前を向いている。
こいつっ…!
離す気はないらしく、諦めた俺は右手を放置して映画に集中した。
▽
映画を見終わり、侑がドリンクのゴミを捨ててくる間、館内の隅に配置されたベンチスペースに腰掛けて待っていた。
捨て終わった侑が目の前に立ったため、抗議する。
「…最初の内容、全然入ってこなかった…!」
「せやから途中で教えてあげたやん。いっちゃん最初に男が階段上がる前に斧後ろに持っとった、って。最初から、ちゃんと見とかな分からんやろ?集中しいや?」
映画館は映画見に来るところやで?と当たり前のことを首を傾げて言う侑に絞めかかりたくなった。
「誰のせいだ、誰のっ」
お前が人の手で遊ぶからだろ!
「知らーん」
くふくふと笑う確信犯の侑を軽く睨む。結局映画が終わるまで俺の右手を触っていたし、俺は周りにバレやしないかとヒヤヒヤものだった。
「外でやることじゃありません」
「中ならええん?はぁ、はよひとり暮らししたいわぁ」
色々ツッコミたいところだが、お互い新生活に向けて色々と忙しい月であることは違いない。俺は東京に、侑は大阪に引っ越しをするし、距離的にも離れてしまう。
「引越しかぁ、新しい環境…楽しみなような緊張するような…友達できるかなぁ」
想像できない先のことに淡い期待を持ってみる。また一から人間関係の構築をしていかないとな、と思っていると侑が怖い顔で隣に座ってきた。
「何?侑さん怖いんですけど」
目を細める侑に俺も同じように返す。隅のベンチスペースのため、周りは誰も居ないが侑は低く脅すような口ぶりで言ってきた。
「ええか?先に言うとくで。浮気すんなよ」
「はぁっ?」
浮気ぃぃ?浮気なんて言葉と全く縁のない人生だった俺は、初めて会話でそんな単語を使った。
恋愛にすら無縁だった俺にそんな言葉が使われる日が来るとは…。少し感動する。
「…おい、興味持ったような顔すんな。アホか、浮気は悪や!!」
「分かってるって、ていうか、俺がそんなこと出来るような人間に見えるかっ?平々凡々な俺にそんな浮つく気があるわけ…」
「は?年中、浮ついとんのは誰やねん。自分、チョロすぎんの自覚してくれん??」
「チョロくないし」
「唆されたら一瞬で落ちるやろ?なぁ?許さへんで?ガチで言うとるからな?」
メンチを切られまくっている俺は、手のひらを見せて笑う。
「だぁいじょうぶだって!………多分」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ自信がなくて保険で言葉の後ろに付け加えた一言を侑は聞き逃さなかった。
「あ???」
いや、だってもうこればっかりは俺もどうなるか分からないんだもん。
新しいこととか、興味があることとか、平凡だけど、平凡だからこそ、内心好奇心旺盛なところもある。ちょっと気になったら見に行きたい、少しだけ手を出してみたい、そんな興味関心に弱いところは否めない。
「た、ぶ、ん…???」
「いや、大丈夫大丈夫。浮気とか俺とは一生縁のない言葉だと思う、絶対ない」
言い切ったが侑は納得いかないようだ。
「言え。宣言しろ『なまえは侑クンのものです』、はい」
「……はぁぁぁっ?!言えるわけないじゃん!なんだよそれ」
いきなりそんな恥ずかしい言葉、絶対に言えない。
「言え」
「言わない」
「言え」
「言わな、ぬあっっ!」
服の上から脇腹を鷲掴みされて、ビクリと揺れた。
「そ、れは反則っ」
「言え」
言わないと離さないという怖い顔で詰め寄る侑に、言う通りにしないと解放してもらえない、と悟る。
「……侑くんのものでぇす…」
小さな声でボソボソと呟く。これで満足か?と侑を見ると首を振ってきた。
「主語があらへん、やり直し」
「はぁっ?!やり直しとか何?!」
早く言えという顔に、渋々口を開く。
「…俺は…」
「ん」
「…だああああっ!無理っ絶対無理!、ぅひゃ!」
侑の指に緩く力が入り、背筋を伸ばして首を振る。やめてと、懇願しても離す気はなさそうだ。
「はよぅ」
「……」
「はよ、」
「…おれは…ぁ、つむの、…です」
だああああっ!!恥ずか死ぬ!!こんなところで、何を言わせてるんだこいつはっ!!
か細く小さなボリュームではあったが、ちゃんと聞こえたはずだ。恥ずかしすぎて声にならない叫びをあげながら、両手を顔で覆う。いつの間にか脇腹を掴む侑の手は離れていて、俺の腕を掴んでいた。
最悪、最悪、無理やり言わせて、あまつさえ人の反応を腕をこじ開けてでも見ようとするなんて、最低っ!クソジャイアンっ!
「見るなっ」
今、絶対に顔が赤くなっている。顔を横に背ける俺を侑がニヤニヤとしながら見てきた。
「なぁ、照れとん?」
「照れてないっ」
「ほな、こっち向いて」
「い、や、だ」
「なぁー、なまえクンー、こっち向いてぇな」
キャッキャと楽しそうな侑は随分とご機嫌だ。
「はぁ〜腹減った!飯!何食お〜」
自分の要求が通るとケロッとして立ち上がる侑に、振り回される身にもなれ!と心の中で訴える。
「行くで」
「…っもう…」
『デート』をナメていた。いつもの遊びの延長戦と思っていたが、そうはいかないらしい。
まだ火照る頬を冷ましながら、侑の後を追いかけた。
▽
飲食店で注文したハンバーグを前に、モグモグとデミグラスソースと肉汁のハーモニーを堪能していると、侑が「次会える日、いつ?」と聞いてきた。
バレーの練習スケジュールを伝えられ、自分の予定と照らし合わせて次に会う日を決める。
「この日は?」
「この日は…茶川の合格祝いで三人で遊びに行くからなぁ」
「……この日は?」
「あ、この日は茶川達と卒業ライドするから無理」
1日200km超えのロングライドッ、受験で弱った茶川を俺と三分で引きずりまくるんだと楽しみにしていることを伝えると侑がむすりとした顔になった。
「…….俺より優先順位、高ない?」
「え?優先順位とか、そんな…」
「……友達より彼氏優先やろ」
むすぅと頬を膨らます侑のほっぺたを潰したくなったが、外なので自重する。
ははぁ…なるほど、これが治の言っていた重すぎ注意ってやつか…
確かに重ための愛ではあるなぁと侑の反応を見て思う。
「でもさぁ、ここ、この日5人で卒業旅行デーだし、会うじゃん?」
カレンダーの曜日を指して首を傾けてると侑が不服そうな目をする。
「…2人きりやないし」
ボソリと呟くその言葉に心臓が持ってかれそうになって、咳払いをした。いきなり、そういう可愛いところ見せられると困るんですけど…。
そんな侑にこれを言ったらどう反応するかな、と少し興味が湧いた。
「じゃあ…三連休の日、うち来る…?」
「は…?」
ちろりと侑を見ると言葉の意味が分かっていないのか、眉を上げて目をパチクリさせている。
「母さんも父さんも引越し準備する、って一週間東京で過ごすから…、俺一人だし…」
泊まりにきてもいいけど、と言うと侑はフォークを握ったまま固まった。
「おーい、侑?やめとく?」
「はっ…!行くっ」
絶対に行く、という侑に噴き出した。
「東大阪で練習あるなら、俺の家から行った方が近いよなぁ」
さっきまで頬を膨らませていたのに、今はキラキラした目で楽しそうな顔をしている。
親もいないし、ゲームし放題、遊び放題だ。寮を思い出して、楽しく過ごせたらいいな、と俺も楽しみになる。
「じゃあ、今度の休み、決定な」
「ん、楽しみやわぁ」
侑が嬉しそうに笑うから、俺も顔を綻ばせた。
▽▽▽
(宮侑)
なまえと付き合って、初めて2人で出かけた今日。
服も髪もバッチリ決めて、待ち合わせの駅で待っていた。声をかけてきたなまえを見た瞬間、久しぶり(一週間も経ってないが)に会えた喜びに思わず手を出して、抱きしめたくなった。
部屋の中だったら、絶対に手を出しているがここは外だ。必死で自分の理性を抑えてなまえに「遅い」と小言を言ってやると面白くなさそうな顔で見上げてきた。
ああ、その顔も唆んねんなぁ。内心ニヤける思いを我慢して、なまえに詰め寄ると「黙ってれば良いんだけど」なんて戯けたことを言うから絞めておいた。
彼氏に言う言葉ちゃうやん?
あ、『彼氏』ってむっちゃええ響きや。俺はなまえの彼氏。なまえの彼氏は俺。
あ〜〜、幸せ。絶対に離さへんし、俺のもんやし、今すぐ連れて帰りたい。
映画が楽しみだ、と隣を歩くなまえを横目に溢れる想いが止まらない。会う度に触れたくて、映画館の中でも黙って手を握ると面白い反応をするから、俺は楽しくて仕方なかった。
一つ一つに意識しているなまえが愛おしくて、可愛くて堪らん。
普通の同級生男子なのに可愛く見えてしまうから、好きって怖いなと思う。
映画が終わった後、これからひと月もしないうちに東京へ行ってしまうなまえに浮気するなよ、と念を押すと、「多分、大丈夫」なんて全然大丈夫じゃない回答をしてきたからしっかり分からせておいた。
何が多分、やねん。多分なんかあらへんし、許さへんし、浮気したらド突いたるぞ。
いや、浮気したら、とかそれはもう遅いっちゅう話や。
浮気はさせん、絶対に。
目移りが激しすぎるなまえをどうしたら良いものか、と一抹の不安は拭えないが…。
近くにおったら物理的に阻害出来るのになぁ、と自分の手の届く範囲から離れてしまうことが心許ない。
会いたいし、会ったら触りたいし、抱きしめたいし、なまえが足りひんもん。
次いつ会うかの話をしている時でさえ、他の奴の話が出てくると気に食わないのだ。全然予定を合わそうとしない自由ななまえに不満を募らせていた時だった。
「うちに来る?」
耳に入ってきた言葉に一瞬理解が追いつかなかった。
親がいないから、泊まりに来るかと言われて断る奴がおる?
え、行くやろ、もちろん。
2人きりで家の中、てそんなん、もう……!
え、誘っとんよな、これ。煽っとんか?え?ちょお待って、こんな煽り方、ある?
コイツ、自覚して煽っとる時と無自覚の時あるからな…どっちや…
「楽しみ〜っ遊びまくれるぞ」
純粋無垢な顔で笑うなまえを見て確信した。
あ、これ無自覚のパターンのやつやわ。
へらへら笑うなまえを前に、コイツ家に呼ぶということがどういうことか分かってへんな、と考えた。
「楽しみやわぁ」
にっこりと笑ってやると、なまえも口元を緩めて笑った。
遊びまくれると思う?足腰立たんくなると思うけど、大丈夫か?
と、何も分かってないなまえを前に笑顔を貼り付けて、密かに休みの計画を練ることにした。
順調、順調とホクホクしているとなまえが唐突に声を上げた。
「そうだ、卒業旅行の日、倫太郎、家から来るの大変だし前日に俺ん家に泊まって一緒に行けばいいのにな」
「は?」
「ん?」
「それはあかん」
「え、何で」
「いや、どう考えてもあかんやろ。何かあったらどないすんねん」
「何って何が?」
はぁ?コイツぜんっぜん危機感ないやん。
「あかんあかん。認められへん。そもそも俺がなまえの家に泊まる前に泊まるのがあかん。俺より先超すとか絶対あかん」
卒業旅行の日なんて、なまえの家に行く前だし、そんなことは認められない。なまえは理解出来ないと目を見開く。
「はぁぁ?」
「…今まで友達、家に泊めたことあるか?」
「ないけど…?あるわけないじゃん、転校ばっかりでそんな友達いなかったし…」
「…尚更、無理!絶ッ対に俺が1番最初や!」
そこだけは譲れない。絶対反対とナイフとフォークを持つ両手をぎゅ、と握って抗議する。
「でもさ、倫太郎も前泊しないとキツイじゃん」
「俺ん家や!俺ん家に来ればええ!」
「多分、宮家とみょうじ家どっちに泊まりたいか、って言ったら俺の家のような気がするけどな…」
「ダメや!なまえの家は絶対反対!」
後で角名に俺の家に来い、とメッセージを送っておくことを心に決めた。
「まぁ、侑が良いならいいけど…俺ん家も空いてるよって言っといて」
だぁれが言うかボケッ。 泊まらせようとすな!
舌を出して、なまえの善意を完全に突っぱねておいた。
▽
腹拵えを終えて、いつものようにショッピングをしたり、ゲーセンで遊んだり、ぶらりと歩いて二人の時間を過ごす。
笑いのツボが浅いなまえは俺が何か言うとすぐに笑うため、日が落ちて暗くなってきた頃には笑い疲れたなんて言って真剣に深呼吸していたから、アホすぎてやっぱり俺も笑った。
そろそろ帰る時間が近づいてきて、まだ離れたくないなと思ってしまう。
駅までの道中、人気のない路地を選んで歩く。もう少しで分かれるというところで、建物の影に引っ張り込んだ。
「侑っ、な、に」
夜になり暗い中、人も少ない。奥まったこの場所なら、なまえも抵抗しないだろうと踏んでのことだ。
なまえを壁際に寄せてじっと見下ろすと、焦ったような目で見上げてきた。
あ〜、今からすること分かっとるな。
意地悪い笑みが浮き出るが、隠さなかった。
まぁここまでして何するか分からんはずもないし、堪能させてもらお♪
頭を下げ、顔を近づけるとなまえは肩を揺らした。触れるか触れないか、のところで止める。近距離で止められたなまえは直立不動で固まっている。
「ぅうう…」
変な唸りを上げるなまえが面白くて堪らない。我慢出来ない笑いは喉から込み上がり、笑いを口の端から漏らしながらなまえの唇を啄んだ。
触れた直後は固く閉じていた唇も何度か角度を変えてやると、ゆるゆると本来の柔らかさを取り戻していく。
離れた後のなまえの顔は蕩けたように熱を帯びていて、思わず唾を飲み込んだ。
こいつ…この間もそうやったけどキスだけでその顔すんのはあかんやろ…
この先のことをしたらどうなるのか、どんな顔を見せてくれるのか、手を出したくて仕方ない。
笑った顔も、恐ろしい顔も、泣き顔も、怒った顔も見てきたが、この顔はまた新しい顔だ。
「あつ、むっ、時間…っ」
「ん…まだ…だいじょーぶや…」
そろそろ別れる時間。
分かっとる、分かっとるけど。
もうちょい堪能させてもろてええ?
抵抗も緩くなっているなまえに、笑いが込み上げる。未体験のものに興味関心が強い、押しに弱くてチョロい、そして…この様子から快楽に弱いことが分かる。
ちょっと気持ち良くしたら、大人しくなるの可愛すぎひん?
ああ、今だけ時間止まってくれへんかな、と切に願った。