03

言い出しっぺは誰だったのか覚えてはいない。
多分、侑だったか治だったか。

卒業旅行、どこに行く?
卒業前にそんな話をしていた。

1つ上の先輩、北さん達の卒業旅行は落ち着いている先輩達のイメージとは違い、テーマパークに遊びに行ったと聞いた時には「あのメンバーでテーマパーク?!ヤバい、想像できひん」「はしゃぐアランくんと赤さんは想像できても残りの2人…」「子供を見守る夫婦…」「分かる、絶対に傍から見たら保護者やろ…」
とそんな失礼なことを言いまくっていたバレー部の後輩メンツ。

「北さんらがテーマパークなら、俺らは逆に渋い旅にしたろ!」
「おおっ!大人の男旅か?!」
テーマパークなら今までにも遊びに行っているため、侑の言うことは興味を誘った。渋いという言葉に反応する銀。

「大人言うたら、グルメ巡りやろ。美味いもん食いたいっ、食い倒れや!」
「食い倒れは渋さと関係なくない」

大人と言ったら美味いもん堪能やろ!と乗り気の治に、角名が鼻で笑う。

「渋いって言ったら何があんねや」
自分で言い出したくせに眉を寄せる侑に銀が首をひねった。
「難しいなぁ、温泉??」


「渋いと言ったら、温泉」
「温泉と言ったら、旅館」
「「…マジカルバナナや!」」
治と侑が顔を見合わせていきなりマジカルバナナをしよう、と言い始めた。

「うっわ、懐かしっ。てか、何でここでマジカルバナナなんだよ、旅行の話は?!」
ツッコミどころが多くて噴き出す俺に角名が「単純にマジカルバナナしたくなっただけのやつ」と呆れていた。

卒業旅行の話を脇に置いて、唐突に始まるマジカルバナナ。

「「マジカルバナナ〜♪」」
「バナナと言ったらゴリラ♪」

治からスタートして俺に振られた。

「ゴリラと言ったら侑♪「あ??ちょお待てや」
「おい、侑ぅ止めるなよ」
連想ゲームに素直に従っただけなのに、侑が無理やり止めに入り、キレ気味に俺を見てきた。

「誰がゴリラや?あ??」
「うっ、絞めんなっ!こういうとこ!これだぞ!これ!ゴリラ!」

力加減なしで絞めあげてくる侑と苦しむ俺を見て、治が呆れたようにため息を吐いた。

「アホ二人や。ゴリラなんは否定せんけど、今のはなまえが悪いわ」
「おいサム、お前まで俺に喧嘩売っとんのか?」
「で、どこにすんの旅行」

怪獣みたいに色んな方向へ火を噴く侑を無視して角名が表情を崩さず本題に戻した。

「美味いもん、温泉、旅館、やな」
銀の言葉に目指すところが見えてくる。

「俺はどこでもいいけど。なまえはどっか行きたいとこあんの」
角名に振られて俺は首を振った。
「俺もどこでも良い」

俺はテーマパークでも何処でも侑達と遊びに行けるなら何でも良かったし、常に自分の意見は後回しで生きてきたため、主張する気もなかった。
が、多分侑なら自分の意見を言えと詰め寄って来るんだろうなぁ、と思っているとやっぱり「自己主張薄いねん、腹立つ」と面と向かって言われた。そういうところが侑だ。

言ったところでお前は自分の希望と反していたら聞かないだろっ!と思ったが、綺麗な風景とか見てみたいなぁと言う希望は伝えてみた。

結果、絶景と美味いもんを堪能し、温泉を楽しむ大人の男旅というテーマのもと、果たして渋さを感じられるかどうかは不明な一泊二日の卒業旅行が計画された。

どれだけ安く多く食べられるか食に全ての金を注ぎ込むつもりでいる治に、温泉が楽しみだと言う銀、双子と部屋が別ならどこでも何でもいいという角名(結局、旅館を5人1部屋で予約した)に、絶景も美味いものも温泉も全部堪能したいという侑。

俺も友達とグループで旅に行くなんて初めてで、楽しみに旅行の日を待っていた。


▽▽▽


卒業旅行当日、兵庫から出発し男5人で降り立った観光地は、旅行客で賑いを見せていて、角名を除く4人のテンションは分かりやすく跳ね上がった。

「おおっ、ザ・観光地!旅行やぁ〜っ!」
「っしゃあ!食いまくるで!さっき美味そうなん見た!」

晴れ晴れとした顔で旅行気分を満喫している侑と治を余所に、角名はさっそく写真を撮っていた。

「とりあえず腹ごしらえやな!食べた後は絶景目指すで!」
「おお、銀、頼もしいな!」

計画通りに動く銀にさすが頼れると安堵する。基本自由奔放な双子と、マイペースな角名に頼れるのは銀しかいないのだ。

俺達は観光客で賑わう通りを歩きながら、目に入るご当地グルメに片っ端から目を光らせて、食べ歩きを堪能した。

「あ〜、俺もそれ食いたいっ」

地産牛肉のゴロゴロ肉コロッケを頬張っているとさっそく隣で侑が口を開けて待っていた。じとりと見上げて体を引く。

「…あげないからな?自分の一口が大きいの自覚しろっ」

手でガードして侑に奪われないようにコロッケを守る。侑に食わせたら俺のコロッケなんて半分以上持ってかれてしまう。
そんな俺の必死の防御も虚しく、無理やり腕を取られてしまい、コロッケの大部分が侑の大きな一口の中に消えてしまった。

「おっふ!うんまぁっ」
「あぁぁ!!」

美味しい、と咀嚼しているその顔は幸せそうだ。さっきから買うもの全て侑に横から食べられてしまうため、コノヤロウ…と目で訴えるもニヤリと笑いながら見下ろされた。

「なまえのもんは俺のもんやもん」
「クソジャイアン…」
「あ??」

先に歩く治達の背を見ながら、侑が肩に腕を回してきた。耳元に口を寄せられ「ちなみにぃ、なまえも俺のもん♪」と囁かれ勢いよく顔を上げる。

「(おいっ…!他の人がいるのに!)」
「ふっふ、聞こえとらん、て」

際どい行動に、自重しろと睨むが愉快そうに笑う侑は何のそのだ。

「俺は俺のもんなんですけどっ」
「ちゃうで。俺のもん」
「ちょ、重いぃ体重かけんなっ」

肩に回された腕から伝わる重みに潰れまいと踏ん張りながら歩く。
ニヤニヤ笑う侑はもちろん、治も角名も背が高く目立つため、観光地でも視線を集めていた。

「倫太郎〜、銀、待って!」

全部俺のもんやねん!と隣で鼻高々に言う侑に「うるさいうるさい」と小突きながら、銀達の背中を追った。


治は事前に下調べをしていたようで、目当てのご当地グルメを制覇するんや、と足早に店舗を巡っていく。

目をキラキラさせる治が面白くて、微笑ましく思いながら食を楽しむ。
満足行くまで練り歩いた後は、最高の夕陽が見れると評判の絶景スポットを目指してバスに乗り込んだ。

バスの時刻とルートの確認は俺の担当だ。
普段から自転車で長距離を走るため、知らない土地でも事前に調べてルート作成をするのは苦ではないし、むしろ好きな方だ。

どこに行って何をするか事前に計画するのは楽しくて、旅行の醍醐味だなと計画段階からワクワクしていた。

目的のバス停で降りて、携帯のアプリで地図を表示させ、他の4人に見せる。

「この道を歩いていったら展望台の方に行ける」
「ふうん、ちょっと距離あるんや」
「なぁなぁ、こっち行ったら近道やん」

山の中を指さしながら言う侑の提案に俺は耳を疑う。

「いや、道ないじゃん」
「ツム、そこ山やんけ」
「え、行けるやろ」

侑くん何言ってんの?

「行き着く先は同じやん、真っ直ぐ行ったらええんやろ?」
「お前はイノシシかっ!こっちに舗装された道があるんですけど!?」

猪突猛進にもほどがある。

「時間かかるし、こっち行くで!」

ズンズンと道無き道に入っていく侑に俺は手の平を返して信じられないと口を開く。

未知の世界に入っていく不安はないのか!と思うも皆どことなく楽しそうで、少しだけ自分にも探検するような気持ちが芽生えているのは否定できなかった。

「しゃーない。侑がああなったら行くしかないやろ。うちの主将は突っ走るタイプや」

銀が降参、と手を上げて後ろをついて行く。

「はぁぁ…計画通りに行かないのはなぜ…!」
「あいつらに計画通りを求めてもね」

角名も最初からこうなることは分かっていたと言うように歩いていく。
続く角名達に仕方なく俺も道無き道、生い茂る木々の中に足を踏み入れた。


「はぁっ、はぁキッツ!なんだよこれ…登山じゃん!」
「先に音ぇ上げた奴、負けなー」
「ツム、バテんなよ」

そんな事を言われて音を上げるやつはこのメンバーにはいない。皆どこかで負けず嫌いなところがあるのだ。
癒される大人旅だったはずなのに、アスレチックみたいになっているのはナゼ?という疑問が浮かぶが、このメンパーだとそうなるよな…ともはや笑えてきてしまう。

「やばい、なまえが1人で笑てるで、頭おかしなったんちゃう」
「うるさい、呆れて笑いしか出てこないんだよっ」
「ほぉ、笑えるとは余裕やんけ」
「はいはい、侑くん前見ろ?枝あるぞ」
「お、っと」

「ツムぅバテんなよ?」
「バテてへんわ!」
競い合う双子は我先に早足で進んでいく。
舗道ではなく険しい山道を登り歩いた先に開けた場所に出た。展望台とは違う方向に出てしまったが、功を成したのか大自然そのものがそこにはあった。

「おおお〜!!水平線!」
「すげえーっ!」
「…疲れた」
「ヤバっ、むっちゃ絶景やん!」

視界に広がる一面の海、空との境界を遮るものはなく、ただただ水平線がはるか遠くまで続いていた。

5人で横並びに立ち、青々とした海を眺める。

「わぁ…」
隣に立つ侑が「どや?絶景」と聞いてきた。

「綺麗…自転車で来たかったなぁ。ロードバイクで来たら最高だと思う!」

走り抜いてこの景色にたどり着いたらどんなに幸せだろうと想像して頬が緩む。自転車に乗りたい、走りたいとウズウズする思いは止まらない。

「…走ることしか頭にないんかい。走りたい、て顔に書いとるわ」

呆れたように言う侑に、自分だってバレーしか考えてないだろとツッコむ。

「どこまで続いとんのやろ…」
銀の言葉に先を見る。
広がる真っ青な水平線。地球は丸くて、この先は世界の大陸と繋がっているのかと思うと身震いした。

「すげえ…真っ直ぐ行ったら世界に繋がってるんだぞ」
「当たり前やん」

アホかという顔で見てくる侑を肘でつついた。

「世界だそ、世界!侑も世界と戦うようになるんだろ、この先と!」

海の向こうを指を指して見上げると、侑が真っ直ぐ前を見つめた。その横顔に少しドキッとする。
サーブを打つ前の、あの真剣な表情が垣間見えた。

「侑も角名も、2人とも世界と戦えるように頑張れよ!」

銀の言葉に海を見つめる二人の表情が楽しそうに笑う。侑は不敵に、角名は少しだけ口角を上げた。

「角名より俺が先に行くで」
「…言ってれば」

2人の会話に治と銀と目を合わせ、口元が緩む。

「待て!世界と戦うのは2人だけじゃないからな!今はネットがあるし、俺も将来、仕事とかで世界を相手にするかも!」

「張り合うてるし」
俺の主張に治が吹き出すように笑った。

「それ言うたら俺もや!」
「銀も、かいな!ほな俺もや!いつか海外の人からも美味い、て言われるもん作ったるし!」

5人で真っ直ぐ続く水平線を眺めながら将来について語る。徐々に沈みゆく太陽がオレンジ色の空を作り出し、俺達の頬を陽の色に染めた。

「写真、撮ろ」

角名の一声に夕陽と一緒に5人の思い出を形に残した。

幻想的な夕焼けを背に写真を撮りまくり、自由に周りを散策する。高いところからの景色はやっぱり最高だなあ、と展望台に移動して少し離れたところで海を見下ろしていると侑が隣にやってきた。

治達は反対方向で何かを見つけたのかはしゃいでいる。

「夕陽、綺麗だな」
「来れてよかった?」
「うん、最高に楽しい。友達と旅行とか人生初めて」

友達と一緒に遊びに来れたことが嬉しくて思わず笑う俺に、侑がじっと見てきたため、何?と返す。

「…んー、今むっちゃキスしたいなぁ、て思た」
「……はぁっ?」

素っ頓狂な声を上げる俺を無視して侑の見下ろす目が面白そうに歪んだ。
周りには誰もいないとはいえ、ここは外だ。いきなり何を言い出すんだと心の声を口にする侑に目を白黒させる。
何をどう捉えたらそうなるんだっ?

「あ、ほかっ」
「なぁ、今度泊まるやん。なまえんち」
「それが、何…」
「意味、分かっとる?」
「なにが…」「二人きりやん?お泊まりやん?何も起こらんわけないやん??」

首を傾げて己のビジュアルをこれでもかと投げつけてくる侑に、まさか、まさかまさか何か良からぬことを考えているのか、と頭を過ぎった。

この決定的なことは言わないけど、匂わせてくるこの感じ。身に覚えがありすぎる。

「恋人同士のお泊まり、やで?」

強調する言い方に冷や汗を感じた。俺が考えていることが間違っていなければ…つまり…

そ、それは…そういう…こと…ですか…?

「………」
「………」

無言で視線をぶつけ合う。へらりと曖昧に笑ってみた。

「…あの、やっぱり泊まりはやめ「無理」…デ、デスヨネー…」

予定変更を申し出る前にバッサリと言いきられて後がなくなった。軽率にうちに来る?なんて言うんじゃなかったと後悔しても、もう遅い。

くつくつと楽しそうに笑う侑は捕食者のような顔で俺を見下ろす。さっきまで綺麗な夕陽に感動していたのに、今は夕陽に照らされる侑の顔が恐怖でしかない。
取って喰ってやろうかというような表情にたじろぐ。

「なぁなぁ♪チューしよ?」

甘えたような声で距離を縮めてくる侑に、逃げようと下がるも腕を掴まれた。

「何言って、む、無理無理っ」

こんな外で絶ッ対無理!と手でバツを作ったが、目の前の男は聞く耳を持たない。

「こっち、来て」
影になる場所に引っ張られて行く。

「ちょっ、侑」

治達からは見えない位置で頬をむにゅりと挟まれた。背後は海、目の前には侑。いつ治達が来てもおかしくない状況に焦るが侑はお構い無しだ。

「むぅ…やめ、」
侑の顔が近づいてキスを落とされる。

「ばれ、るぅっ」
「大丈夫やって」

柔らかな唇の感触を楽しむような口付けを受けながら、必死に視線を侑の背後に向ける。

誰も来ませんように!ていうか、来るな!

執拗に啄む侑に段々と息も絶え絶えになってくる。

く、喰われる、まじで喰われるうぅ…っ

侑の背後が気になり、されるがまま気もそぞろな俺がお気に召さないのか、目を細めて威圧的に見下ろしてきた。

「口、開けろ」
「んぅ」

とにかく早く終わってくれ、と言われるがままに口を開けた瞬間、ぬるりと動くものが入ってきた。舌に当たるそれが何か分かった瞬間、目を見開く。

「んぅっ!?! 」

ベ、ベロがっ!入ってき、た!

咄嗟に身を引くも腰を強く引き寄せられ、逃げられない。吸われるように舌を這わされ、息の仕方が分からなくて焦る。口角を上げた侑の胸板を叩くも全然効いていないし、喰われそうな勢いに涙目になってしまう。
きっと俺の顔は酸欠と羞恥心から真っ赤になっているだろう。

「ぅ…っ、や…ぁ」

クチュ、と水気を帯びた音にまで敏感に反応して恥ずかしくなる。

ぞわぞわと背中をなぞられるような感覚が込み上げてきて、本当に!本当に!これ以上はやばい!と眉を下げて懇願する思いで侑の目を見るとやっと腰に回す腕の力を緩めてくれた。

瞬間、その場にしゃがみこんで口を押さえる。まだ柔らかさを味わおうと舌を這う感覚が残っていた。

や、やばいって。今のは、ちょっと本当に…っ!
腹の下が熱くなりかけてしゃがんだまま、侑を見上げて睨みつける。

「お、ま…っ!ベロッ、」
「え〜ベロチューだけで立てへんの?なまえクン顔真っ赤やぁ」

ニヤニヤと笑う侑を睨むも、足の力が抜けて立ち上がれないのは事実だ。

「う、るさい!侑のせいだろ!」
「もっとするぅ?」
「し、な、いっ!」

「おーーい、侑ー!みょうじー!行くでー」

遠くで俺達を呼ぶ銀の声が聞こえてきた。

「えー、もう行くんやて」
唇を尖らした侑が影から出ようとする。裾を軽く摘んでくいっ、と引いた。

「…ちょ、と…ま、まだ無理…」

火照る頬の熱もおさまっていないし、まだ立てない。涙目で見上げる俺に数秒固まって、じっと見たあと侑はにんまりと笑った。
悦に浸る顔は整っているがゆえに怖さも感じる。
侑が遠くの銀に向かって声を張り上げた。

「ちょお待ってーーっ、なまえが腹下したーっ」
「下してねぇっ!!!」

おい、なんだよその理由は!!
ゲラゲラ笑う侑は楽しそうだ。

「うぅぅぅ…くっそ…」絶対許すまじ。
「なん唸っとん、ウケるわっ」

侑のバカバカバカッ!!と心の中で吐き出して、意地悪そうに笑いながら立っている侑を睨みつける。
侑が俺と同じようにしゃがみこんだ。屈伸の可動域の広さと柔らかさはバレーで培われたものだ。目線を近づけて、舌なめずりをした。

「楽しみやなぁ?お、泊、ま、り♪」
「〜〜〜っ」
誰か助けて!!マジで、喰われる、5秒前!

唸りながら火照る熱が冷めた頃、治達と合流する。

「お、治ぅぅっ!」
「なんや、どないしたん?」

助けを求めて治に駆け寄れば、眉を上げて不思議そうに見てきた。

助けてくれと泣きつきたい!が、お前の片割れに喰われそうなんですけど!なんて言えるか?
…そんなこと言えるわけがない。

「〜〜っ、な、何でもないぃ…」

泣く泣く諦めて首を振り、誰にも打ち明けられない心の叫びを無言で空に吐き出す。
誰かに相談したいのに出来ないこのもどかしさをどうすればいいんだ?このままだと俺はアイツに喰われてしまうっ

余裕そうな侑の目を思い出してまた喉元がぞくりとした。動物的な雄の目を向けられ、自分が弱肉強食の世界で強い者に喰われる弱者の立場だと思わされてしまう。

強い者に喉を噛み切られるのが弱者の運命。
ごくりと唾を飲み込んで己の逃げ道がないかと頭を悩ませた。

「何かあったん?まだ腹痛いん?」
「いや腹は痛くない…ちょっと喰われそうで…」
「食う…?食べもんの話すんな、て!腹減ったぁっ、はよ旅館行くでっ」
「あっ、待って!」

侑にこれ以上、手を出されないよう治に引っ付いて歩く。後ろを歩く侑をちらりと見て、目が合うとニヤリと笑ってきた。

こ、怖いぃぃっ。完全に狙われた小動物の気分だ。

「は、早く温泉街行くぞっ!」

侑の視線から逃げるように先導を取り、バス停に向かった。


▽

夜の賑やかな温泉街で地元メシを食べた後、予約していた旅館にたどり着いた。

案内された部屋は綺麗な和室で5人で寝るには十分な広さだ。

「ふぁ〜満足!後は温泉に浸かって寝るだけや、最高…」

肉に魚、ご当地の絶品グルメに舌鼓を打った治は幸せそうな顔で腹をさすっていた。

「温泉と言えば露天風呂よなぁ」
「寒いのと熱いお湯が丁度ええねんなぁ」

備え付けの浴衣を持って5人で大浴場に向かう。角名と一緒に泉質の案内看板を読んでいると双子と銀は、さっさと風呂に目掛けて飛び込んで行った。

「温泉って種類が色々あるんだよなー。すごいな効能。今日山道歩いたし、筋肉痛予防になるかな」
「まじで疲れた、あれ、もう登山でしょ」
「だな。登山だった」
「しかも明日、朝走るし」
「え?朝走んの?」
「さっき侑から、体鈍るから朝軽く走って、朝風呂入るって言われた」
「さすが…ストイックぅ…」

さすがバレー選手、というよりも自分に厳しい侑がやりそうなことだ。
常に鍛えておく、体を鈍らせない。バレーに関係することなら手は抜かない、逆にバレーに関することなら嬉々として自分を苛め抜くだろう。

「で、倫太郎も走んの?」
「…面倒だけど」

面倒と口では言いながら、侑に付き合うあたり抜かされたくないんだろうなと負けず嫌いな一面を感じる。

「ふっ、どっちもどっちだな」
「何その笑い、何かムカつく」

侑も角名も二人ともこの先もバレーを極める者として期待溢れるバイタリティだなと思った。

「温泉、入ろ」
「泳ぐなよ」
「いや、それは侑に言ってくれ」

入る準備をして角名と露天風呂に向かえば、頭にタオルを乗せて極上の顔で微笑む双子と銀の三人を見てしまい、俺たち二人は噴き出した。



温泉から上がり、浴衣姿の5人はほかほかの状態で部屋に戻った。敷き詰められた5人分の布団を見て、誰がどこに寝るか話し合いが始まる。
侑が「端っこがええ!早いもん勝ちや!」と布団にダイブした。侑の隣は誰が行くか、目配せをする。なまえが行け、という視線を他3人から感じ取れる。

「え〜俺、侑の隣やだ」
侑の隣は危険を感じるので却下と手を振ると本人から睨まれた。

「あ?文句言うな」
「文句じゃない、正当な防衛だっ。侑の隣になったら絶対、足で蹴られる」
「そんな寝相、悪うないし!」

いいや、絶対に悪い。男子寮で幾度となく布団を奪い取られ、押し潰されそうになったことは忘れてはいない。

「倫太郎、俺と代われ。チェンジで」
「無理」
「即答かよっ!じゃあ銀っ!」
「あ、俺も無理」

銀も即答してきた。

「〜〜っ!治ぅ!」
「無理ぃ」

コイツら…っ!!
全然話し合う気もない他三人に、結局俺は侑の隣になった。五人で横並びに布団に入る。

侑│俺│倫太郎│治│銀

布団に入ってからがまた長いのだ。話をしたり、枕を投げ始めたり、照明を切って寝ようとしたのにプロレスが始まったり…。

結局、着ている浴衣と布団がグチャグチャになった頃にやっと遊び疲れて眠気に誘われる。

角名は先に睡魔にやられて、綺麗な顔で横を向いて寝ている。角名の寝顔を携帯のカメラに収めて遊んでいると銀が照明のスイッチに手をかけた。

「明日もあるし、もう寝るでー」
「よし、寝よ。おやすみー」
「おやすー」

照明が落とされ、真っ暗な部屋に窓から月明かりが差し込む。

はしゃぎ疲れたけど楽しい一日だったなと深く息を吸い込んだ。侑の暴走以外は何一つ申し分ない初日だったと一日を振り返っていると隣の侑が何やらモゾモゾ動いていた。

お互い布団と布団の間は少し空いているが、ひと1人分程度だ。

深く気にせず仰向けに寝て目を閉じていると、自分の布団を引っばられる感覚に薄らと瞼を上げて横を見た。

薄暗い月明かりの中、俺の方へ体を向けて侑が手を伸ばしてきた。布団の端から伸びてきた手が俺の布団の中に入り、手を握ってくる。

侑の行動に、何をするんだと目を細めると、静かにいたずらっ子のような顔で笑ってきた。

「(おいっ、寝、ろっ)」

自分の腕を引いてみたが侑の手が掴んで離さない。布団と布団の間で侑の広い手の平が俺の手を握っている。侑の体温が手から伝わってきた。

「(は、な、せ)」

口パクで手を離すよう伝えるも侑は笑いながら拒否してきた。

「(い、や、や)」

侑くん、暴走が過ぎませんか?と言いたくなるが布団に入り込んだ俺にはすでに大きな睡魔が襲ってきていた。

片手を侑に取られたまま、ウトウトと瞼が落ちかける。手から伝わる体温も助長するかのように睡眠を誘った。

眠くて仕方がない俺は、暗いしどうせお互い寝たら手も離れるだろう…と無理やり理由を付け、諦めて手を投げ出し、眠りについた。


▽▽▽


物音がして、ぼんやりと意識が浮上する。
目を半分ほど開けると、視界の端で白む空が窓越しに見えた。

まだ覚醒していない意識の中、物音の方へ目を向ける。ジャージ姿の侑と角名の姿がぼやけて見えた。

ああ、そういえば朝軽く走るって言っていたな、と2人のプロ意識を感じる。

いってらっしゃいと声をかけようかとしたが微睡みの中で声を出す気にもならず、目だけで2人を眺めていると、侑が近づいてきた。しゃがみこんだと思ったら、静かな低音が耳に入ってくる。

「…もうちょい寝とき」

ぽふり、と頭に乗せられた手に温かさを感じた。大きな手に安心感が生まれる。

あ…今の気持ちい……

心地よい囁き声に、言われるがまま目を閉じれば、すぐに意識は落ちていった。



***

(宮侑)

卒業旅行2日目。
初日から楽しいことばかりで気分は最高潮だ。

早朝、軽く走ろうと角名を誘い、早起きをした。
物音に気づいたのか寝ぼけ眼で見るなまえに笑いそうになりながら近づく。とろんとしたその顔に堪えられず小さく吹き出してしまう。

気持ちよさそうに寝ている治と銀を起こさないよう、静かに囁いて頭に手を乗せると大人しく言うことを聞いてなまえも気持ちよさそうに目を閉じた。

日頃の焦って困る顔も良いが、大人しく聞き分けの良いなまえもええなぁと、一人で感心する。

部屋を出て、普段とは違う環境で新鮮な空気をめいっぱい吸い込み、ランニングをした後は温泉の朝風呂で汗を流した。

走る前の角名は眠たそうにしていたが自分の納得するところまではやる男だ。何食わぬ顔でしれっとついてきていたし、負けてられないなと闘争心を燃やした。

朝風呂から部屋に戻ると銀と治、ナマエが楽しそうに話す声が聞こえてくる。

「何の話?」
「バイト何するかって言う話」
「俺は体動かすバイトがええなぁ」

銀の希望になまえは「俺はシフトとか融通がきくところがいいなぁ」と話している。

「治は?」
「何しよ、やっぱ飲食関係やな、けどどこがええか迷うわぁ」
「未成年でも居酒屋とかバイト出来るんだよな」
「なまえが居酒屋バイト…酔っ払いのおっさんに絡まれるところしか想像でけへんな」

治の言葉に酔っ払いのおっさんに絡まれるなまえを想像する。
愛想笑いしながら「いや、えっと、困ります…そのぉ…」なんてあしらえずに相手する姿は想像するに容易い。

あかんやろ、セクハラでもされてみろ。
コイツ絶対にヘラヘラ笑いながら、されるがままやろ。笑うおっさんに合わせて「あははは…」と無理やり笑顔を作るなまえが想像できる。
居酒屋とは酒の力で陽気になった大人達が羽目を外す場所でもあるのだ。
そんな中でなまえが上手く立ち回れるか、不安しかない。

「絶対にあかん、居酒屋だけはやめとけよ」
「え?いきなりなんだよ」
「なまえに居酒屋バイトは無理や。強うないとやってけん世界やで」
「はぁぁ?」

無理じゃないもん多分、俺、愛想は良いほうだしと謎の自信を持つなまえにちゃんと釘を刺しておいた。


▽

宿を出発して2日目の目的地を巡った。
観光地を巡る旅はどこも楽しくて、ハプニングがありつつも、順調な旅程だ。

なまえの嬉しそうな顔を見ては口元が緩みそうになる。

あーぁ、昨日のなまえ、もっと色々と無理やりしたかったなぁ。

ベロチューで目尻を赤く染め、まつ毛を震わすなまえは美味しくて堪らなかった。
無理、立てない、と本気で困ったような顔をするなまえを見下ろして、もっと困らせたいと思う自分が出てきてしまったが仕方ない。

そんな気にさせるなまえが悪いんや。

立てなくさせたいし、泣かせたいし、羞恥心でぐちゃぐちゃになるなまえを作りたい。
そんな気持ちを持っているなんて知ったら逃げてしまうだろうか?

ま、逃がさんけどな。

あぁ、最高やな、と鼻歌を歌っていると隣を歩いていた治が目を細めて俺を見てきた。

「クソツムが…自重せえ」
「はぁ?何が??」

兄弟の目を見て、何言うとん?とわざと不思議そうな目を向けてみた。

「マジでダルい。お前、ほんっまダルいで」

面倒くさそうな顔をする治に思わず笑ってしまいそうになる。治が何を言いたいか、なんて聞かなくても分かっている。
分かってはいるが、こればっかりはどうしようもないし、仕方ない。
楽しくて最高な気分をそのまま醸し出して何が悪い?

「浮かれまくっとんのがきっしょい、腹立つ」

片割れの暴言も今の俺には痛くも痒くもない。

「うっわ!オサムくん心せっまぁー!そんなんやとモテへんでっ!」

囃し立てケラケラ笑う俺に青筋を立てる治が愉快で堪らない。

「はぁ、俺はなまえが可哀想でならんわ。ようこんな奴と…」
「ああ?なんやサム、こんな奴ぅ?は?は?」
「めんどっ!」

ガンを飛ばすと肩を押し返される。

「ええか、好きなもんこそ大事にせなあかん、て習ったやろ」

お前、好きすぎてどんだけモノ壊してきたとおもてんねんと治から指摘される。

取り合いの末やだやだと駄々を捏ねて壊したおもちゃ、ハマってしまい肌身離さず持ち歩いて破けた漫画、ボロボロになるまで使ったバレーの練習球。

「分かっとるて。大事にしとるもーん」
「…力の加減分かっとんのか、ほんま…」

治の心配には及ばないと思う。だってなまえはか弱いか、と言うとそうではない。耐え忍ぶ力は誰よりも持っているはずだ。
だからこそ、好きになったのだ。

「はぁ、ツム…潰すなよ」
「潰れる、思うか?底なし沼やねん」

俺の言葉に治は眉を上げ、少し考えてほぉと息をついた。

「ふっ、なるほどな。呑まれるんはどっちやろな」

面白そうに笑う治に物申したくなる。

「言うとくけど、俺はちゃうで。溺れさせとんのは俺や」
「…ふうん」

ニヤニヤ笑う治にムッとして軽く睨む。

なまえを好きに振り回しているのは俺なはずだ。俺がなまえに溺れかけているはずはない。いつだって俺に振り回されて困ったような顔をしているんだから。そんなはずはない。

…ないけど…果たして本当にそうだろうか?

一度、生まれた疑いはきっかけさえあればあっという間に大きくなる。

「侑〜っ!これ!欲しくね?!」

変なキャラクターのキーホルダーを手にして笑うなまえの顔にきゅんと来た。

何やねん、そのキーホルダーとツッコミを入れるところなのに、くしゃりと表情を崩して笑うなまえに出だしが遅れる。

……えっちょお待って…まさか…俺が…溺れとんのか…?

振り回しているはずなのに、振り回されているのは俺なのか…?
治の言葉を思い出して、溺れて振り回されているのは自分ではないかという疑念が膨らむ。

そんなはずはない、ないけど…!
何やねん、この負けた感じ…

やっぱり完全に否定できない自分がいて悔しい。
腹が立つのに半分そんな状況さえも、心地よいと思ってしまう自分に呆れてしまう。

「…俺は負けへんで…っ!」
「…何の話??」

きょとんとするなまえを見て、無自覚底なし沼…侮れんなと空を仰いだ。

「最後は、絶対俺が勝つ!」
「…バレーの話?頑張れ!応援してる!」
「どアホッ」
「はぁっ?!」

攻防戦の決着はまだまだ、つきそうにない。

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