07

(宮侑)

19時。
なまえは来ない。

大勢が行き交う改札口を眺める中、待ち望む姿は未だ見えず、内心ため息を吐いた。

不安な気持ちはマイナスなことばかりを考えさせる。治が言ったように、もしなまえと別れるなんてことがあったら。


えっ、無理ぃ…絶対無理無理。
そんなん言うてきたら、聞かんかったことにするし。
『別れる』とかスルーワードや。俺の耳、絶対通さん。その部分だけ、自主規制音入れるわ。


なまえから何かメッセージが来ていないかと携帯の画面を見たが、会話内容は昨日から何も変わっていない。

……来るし。なまえは来るって知っとるもん。春高の時だって宿泊先の住所送り付けたら、夜に会いに来てくれたもん。
『誘い方がジャイアンすぎる』て、ぶうぶう文句いいよったけど、ちゃんと来てくれたもん。

だから来るはずと期待を込めてもう一度トーク画面を眺めるも、一方的に送り付けた場所と時間には既読表示しかされていない。


…返信くらいせえや…
ちゅうか、そもそもはなまえが原因やんか。アイツがいきなり色気づくんが悪いやん。
誰も見向きもせぇへんとか、よそ見するかもみたいなん言うて、無理やり帰った俺もちょびっとは悪いけどっ…

……あかん、そんなん言いよったら昨日と同じや。今日はちゃんと話しする、て決めたし…

両手で顔を覆い、暗い視界の中でなまえが来たら何と切り出せばいいのか、頭の中でウダウダと考える。

「んんん…」

唸り声を漏らしていると、地面を蹴る足音が耳に入ってきた。それはすぐ近くで止まり、荒い息遣いが上から聞こえる。

まさか…、なまえ…?

顔を覆う指をゆっくりと開いた。目だけを覗かせて、上に視線を動かすと息を整えているなまえが俺を見下ろしていた。

「……っ」

なまえ、来たっ…

驚いたのはなまえの髪だ。
昨日より短くなっている。美容室で髪を切ったのかセットもしていて、昨日よりもさらにいい感じになっていた。

はあっ?何で昨日より可愛くなっとんや。

「はぁっ、…っ予定ある、って言ったじゃんっ、マジでいんのかよっ」
「……だって、来るって知っとるしぃ…」
「アホかっ」

怒るようにムッとした顔で見下ろしてくるなまえ。
髪切ったん、ええやん似合うとるやん、と言いたいのに昨日の気まずさもあり、言葉が詰まって口から出てこない。

あああっ?さっきまでちゃんと話そ、とか思とったんに口から出てけぇへん。

顔から両手を退けて、なまえを見上げる。息を整えたなまえは俺を見下ろして腰に手を当てた。

「…で、急に呼び出して…何かあった?」

何かあった?ってアリアリやろ。
何で、なんもありませんでした〜みたいなすました顔しとん?
昨日のこと、なんも思ってないん?


「昨日のこと…、」

俺の言葉になまえの目が揺れた。ああ、思うところはあるみたいだ。
急に目を逸らしたなまえに、どことなく距離を感じて胸の内がざわつく。

一瞬見えた戸惑いもすぐに消え、なまえは何事もないようにへらりと笑った。

「あー、昨日いきなり帰るんだもん、びっくりするだろ!佐倉さんも驚いてたしっ」

はは、と軽く笑うなまえにざわつきは大きくなる。貼り付けただけの笑顔にぐっと拳を握った。

何でそんな無理して笑っとん。
言いたいことあんなら言えや。
何で俺にまで愛想笑いするん?
何で内に隠すん?

口から出そうになった言葉を飲み込む。

こんな時に北さんから言われた『ちゃんと考えて言わなあかんで』が頭を過ぎる。さらには治の『相手のこと気遣え、この人でなしが』を思い出し、留まった。

思うままに言って、これ以上こじらせたくはないが…

でも、ちゃんと話さな、コイツもっと壁作ってくるやんか、と思考がぐるぐると回る。

口を噤んだまま立ち上がり、なまえを見下ろした。自分がどんな顔をしているかは分からないが、多分愛想のない顔をしているだろう。納得のいかない思いが顔に出ているかもしれない。

「……話が、ある」

結局、出てきた言葉はそんなものだった。
なまえは静かに目を伏せた。

「話…?じゃあ…とりあえず、外行く?」
「………」

黙っていることを肯定と捉えたなまえは、足を動かした。その後を追い、一緒に駅を出る。
外はすでに暗く人通りはあるが、通りから外れた道を歩けば、すれ違う人は少ない。

線路沿い近くの公園に足を踏み入れた。日中は遊び回る子供達で賑やかであろう公園内は、人っ子一人おらず静かだ。

街灯にひっそりと照らされたベンチに腰掛けた。

「……」
「……」

お互いに黙ったまま会話が始まらない。
右隣に座るなまえの視線が横顔に刺さるも俺は口を閉じたまま、自分の靴のつま先を見ていた。

話があるとは言ったものの、何と切り出そうか考えていた。
『昨日、いきなり帰ってごめん』?
いや、いっそのこと『髪切ったん?ええ感じやん?』から入る?
…んんん、考えても埒が明かんっ、もうぶつかるしかないやろ!

自分の思いを伝えるために口を開いた。

「昨日のことやけど「…別れる?」


……えっ?
今、何て言った??
え、俺が自主規制、スルーワードとして設定しとった言葉そのまんま耳に入ってきたけど??何これ、現実?

「……は、?」

え、待って待って待っ「別れても…俺はこれからも友達のままでいたいけど、侑が嫌なら、ぅぐっ!」

思わずなまえの頬を片手で挟んでいた。これ以上、言葉を発せないよう物理的に阻止する。

「ちょお待て」

待て待て、何でそうなる?
いや、自主規制ワード俺の鼓膜、限界突破してきとるやん。は??どゆこと?

ちゅうかサムが言ったことほんまに起こっとるし、何アイツ預言者か?帰ったら絶対シメる。

それよりも何を考えているんだコイツは、と眉間に皺を寄せてなまえを見た。俺の目になまえはビクリと揺れた。

思わず苛立ったような低い声が口から出る。
「お前、何考えとん」

「…離し「何でそうなるん?」
「話すから離せぇっ」
頬を挟む手を離せと目で訴えてきた。

「…さっきの言葉、言わんのやったら離したる」

沈黙の後、小さく頷いたためなまえの頬から手を離す。自分の頬を撫でながらなまえは口を開いた。

「……可愛い子に声かけられたら…連絡先交換するって言ってたし、俺が色々頑張ってみたところで勝ち目ないし…。それならもう、今のうちに別れた方がいいなって思っ「おい、その言葉言うなて言ったよな?シバくぞ?」

そのワードを聞く度に胸が締め付けられて痛いし、ムカつくし、意味が分からないと困惑して胸の中がグチャグチャになる。

自主規制ワードをぶち込んできたなまえに苛立ち、勢いのままなまえの左肩を掴んだ。背もたれに押し付けるようにこちらへ顔を向けさせる。

「連絡先交換するとか言うてへんやろが!!するかも、とは言うたけど!」

「…同じだろ」

「同じとちゃうわ!どこが同じやねん!俺はお前と違ってよそ見激しくないし、そもそもする気なんかないわ!」

「…するかもって言ったじゃん」

「〜〜っ、あれはわざとや!そもそもなまえのせいや!」

「はっ?!わ、わざと…?!ひでぇ…。何で俺のせいなんだよ」

「いきなり髪セットして色気づくからやんかっ」
「だから、色気づいてないって」
「他の奴にええ格好見せるためにそんなんしとったら、俺だってああ言いたくもなるわっ」

「…そんな理由でしたわけじゃないし…」
「ほな、何のためや」

押し黙るなまえに、目を細めた。言わないつもりなのか、口を閉じている。

「言えや」
「…別に大した理由じゃない」
「ええから言え。『別れる』とか言うといて何なん。言うまで許さん、言え」

凄むとなまえは言いにくそうに口を開け閉めしている。

「…む、のために…」
ごにょごにょとなまえが口の中で呟いた。聞き取れない言葉に眉を顰める。

「は?何?」
「……侑にカッコイイって思ってもらいたいから…そしたら沢山言い寄られても俺を選んでくれるかなって…」
「は、ぁ…??」

俺にカッコイイと思ってもらいたいから…?俺に選んでもらうため…?

「まぁ、結局効果なかったし…もういいんだけど…」

顔に影を作ったなまえを見て、胸がきゅうと締め付けられた。

何やそれ…、他の奴に見せるためじゃなくて俺のためやったってことか…?ほな、俺は勘違いして色々と不満垂らしとったわけか…?

「そ、んなん…はよ言えやっ」
「…言えるわけないだろ。俺だってなけなしのプライドが…」
「変なプライド持つな!」
「……持つだろ普通に」

難しそうな顔をしたなまえはふい、と目を逸らした。
同い年で、同じ男で、親友同士。
対等でありたいという気持ちから言葉にしなかったのかもしれないが、その前に俺達は付き合っているのだ。
恋人同士にそんなプライドはいらないし、そもそもなまえのプライドなんかあってもなくても変わらない。


「俺は、昨日見た瞬間からかっこええとも可愛いとも思とったわ!」

「無理すんなよ…俺より良い人なんてごまんといるし…」

っ、何やこの絶対的な壁は!ネガティブ!たまにジメジメする時あるんよなコイツ…っ!

見えない壁が目の前に作られている。
それを作った原因は自分であることも自覚はしているが、あまりに距離を感じすぎて頭を抱えたくなった。

「無理してへんわ!佐倉サンにかっこええって言われてなまえも嬉しそうに笑いよったやんけ」

「そりゃ嬉しかったけど…、侑にそう思ってもらえないと意味ないもん…」

しょんぼりとした顔で俯くなまえに俺は開いた口が塞がらなかった。

「な、」んやコイツ…っ!
い、今、心臓ギュンて来た…っ

思わず胸を手で押さえた。今すぐにでも仲直りして、早く抱擁したいという衝動に駆られる。

「可愛いしカッコええ、今日はもっと昨日よりもっとええ感じや、似合うてる!」

「…でも侑は良く思ってなかったじゃん…怒ってたし…」

「〜〜っ、それは、他の奴がなまえ見て『ええな』て、なったら嫌やと思ったからで!それに、よそ見するかも言うたら、誰かさんが『仕方ない』とか『可愛い子から声かけられたらいいなって思うの分かる』とか言うからやろ?!」

なまえの言うプライドが何なのか知らないが、俺の嫉妬も不満も全部さらけ出してぶつけることにした。

「『仕方ない』で済むほど、俺のことそんなに好きじゃないんか?」

「違う、そういうわけじゃ…」

否定の言葉を聞いて内心安堵する自分がいた。

「俺は、侑みたいに自分に自信があるわけじゃないし…仕方ないとしか…」

「嘘つけ。ほんまのこと、言え。言うとることとも思っとること、ちゃうやろ。俺の前で無理やり笑って隠すな。言え」

核心をつかれたのかナマエは揺らぐ表情の中、ぎゅっと唇を硬くした

「……言えない」

「はっ?!何でや?!言、えっ」

なまえの脇腹をぐわりと掴むとひぅ、と鳴いた。言えともう一度強く言えば、ちらと俺を見上げ後、目を伏せた。

「…わざと意地悪なこと言ってくるから…、言えない」

くっっっそ、コイツぅ…っ!
さっき、『わざと』って言ったの根に持っとるな…っ。
しゃーないやん!あん時、腹立っとったし、虐めたいって思ってしまったし!

「…わざと言うたんは悪かった、て思うとる、ごめんて」

謝ったんや、はよ言えと脇腹を掴む手をピクりと動かすとなまえの体も揺れた。

「…ズキズキした」
「…っ、こっちだって『仕方ない』とか言われてそこまで好きじゃないってことか?てズキズキしたし、この間の女子と連絡先交換したって聞いただけでモヤっとんねんっ!」

お前だけとちゃうぞ、俺もやねんと呟くとなまえは考えるように瞬きをして「それは、ごめん」と言葉を漏らした。

「で、さっきの続き。言え」
「……恥ずかしいから無理」
「は?ええから言えや、はっ倒すぞ?俺がよそ見してもええんか?」
「…良くはない…」
「ほな、どうして欲しいん」
「……」
「言、え、」
「……お、れだけ…」
「何?『俺だけ』?」
「…み、見てほし…ぃ…」

尻すぼみに小さくなるなまえの言葉を聞き逃さないよう、耳をすませていた。求めていた言葉が胸の内を満たしていく。

……はぁ、あかん…今すぐ連れて帰りたい…

可愛すぎて愛でたいという衝動が抑えられない。言わされて恥ずかしいのか顔を手で覆うなまえの腕を掴むと薄暗い闇の中でも分かるほど、顔を赤くさせ情けない顔をしていた。

きっと今頬を触れば熱いほどに火照っているのだろう。俺はそんな顔が好きで堪らないのだ。

「俺ん中で一番はお前だけやアホ」
「……っ、」

なまえの目を見る。今日、やっとしっかりと視線が交わった。壁が崩れ、いつもの距離に戻った気がする。

「今度『別れる』とか言うたらどうなるか分かっとるよな?な?」
「わ、からな「二度と言えんように分からせる」

『嫌い』『別れる』これ、NGワードな。次言うたらはっ倒すぞ、覚えとけと伝えるとなまえは唸っていた。

「ちゅうか、そんなん言われても離す気ないし。離れる言うたら…閉じ込めるかも」

怖いと呟くなまえに冗談半分や、と返すも、半分本気であることには違いない。

はぁぁ、今猛烈に可愛がりたい。

なまえの頬を指で触るとやっぱり熱を持っていた。キスしたい、昨日出来なかった分、愛でたい。感情のままに顔を近づけたら、 なまえの手の平が邪魔してきた。

「なんや」
「こ、ここ明るい…」

誰もいない公園でもなまえには無理なようだ。街頭に照らされたベンチがダメなら、灯りの届かない場所まで連れていけばいい。

腕を引き立ち上がらせ、暗闇に包まれたジャングルジムまで近づいた。

ジャングルジムと自分との間になまえを挟み、見下ろす。

「ここなら見えんやろ」
「……、公園でこんなことっ!」

あー、マジで恋愛初心者なまえクン、ウブすぎやんな?
公園でくっつくくらい誰でもしとるわ、と鼻で笑ってやる。

「昔はよう遊んだよなぁ〜」

わざと背徳感を募らせるようなことを言い、なまえの唇に噛み付いた。震えるまつ毛に欲が膨れ上がる。

「……んっ」

漏れる吐息も惜しくて、開いた唇の隙間から入り込むとなまえはビクりと震えた。

「ぁつむっ、」
「んぅ?」
「ひぁ…、ちょ」

それはダメ、と腕を握ってきたが無視して続ければ、なまえはじわりと目を潤わせた。

「はぁっ、」

堪能した後、解放してやるとなまえは意地悪と言いたげに涙目で睨んできた。

意地悪?そんなん知っとるやろ?
多分、これからも意地悪なこと言うし、意地悪するかもしれんけど、許して?
意地悪したいと思わせるなまえのせいもあるからな?

互いにジャングルジムに寄りかかり、暗闇の中で余韻に浸る。正直まだまだ足りないところではあるが…。
今のうちに、とバッグの中からラッピングされたマグカップの包みを2つ取り出した。

「昨日渡せんかったやつ」
「何?」
「アイボリーとモスグリーンどっちがええ、色」
「色?」
「選んで」
「じゃあ、モスグリーン」
「ん」

なまえにマグカップが入った包みを渡した。

「え、何?くれんの?ありがとう、開けていい?」
「ん。」

包みを開け、中から出てきたモスグリーン色の大きめなマグカップを見て「おお、いいじゃん」と眺めている。

「色違いのお揃いや…離れるし、同じもん使ったらちょっとは寂しさ紛れるやんか…」
「……、」

俺の言葉を聞いたなまえは手の中のマグカップを握り、じっと見つめている。

え、何その反応、嬉しくなかった?

「…嬉しゅうないんか」
「えっ、いや嬉しい、嬉しいんだけど…」
「けど、何や」
「…引越しなんて何回もしてきたし、周りの人と離れるの、寂しいなんて思ってなかったのに…」
「……」
「こっちに来て侑と仲良くなって…これ貰って…離れるんだって実感して寂しく、なった…」

こんなの初めてで…困る、と眉を下げて地面を見つめている。

な、何なんやコイツ…急にぶち込んでくんなやっ。おま、そんなん正直に言えんのやったらもっと他の事、色々口に出せや!と言いたくなる。

「今頃寂しくなっとんかいな、遅すぎやねん」
「……侑は寂しくなった?」
「……、」

お前も?と上目遣いで見上げてくるなまえを見下ろした。ここで真面目に肯定するのも何だか癪だし、照れ臭い。息を吐き出し、もたれかかっていたジャングルジムから体を離した。

「…そのプレゼント渡した意味、考えろやっ」

寂しく思ってなかったらそんなん渡さんやろ、と呟きながら足を踏み出す。

「はぁ、晩飯どっかで食ってかえ「侑っ」」

公園の出口へ向かおうとしていた俺をなまえが呼び止めた。足元の砂を踏みしめ、じゃりと音を立てながら振り返る。

「何、」

なまえがゆっくりと近づいてきた。周りをちらりと見渡した後、両手をわずかに動かした。

その行動に何をするつもりなのかと思っていると、胸にトスッと軽い衝撃を受けた。
見下ろして自分の状況を知る。

なまえが腰に手を回し抱き着いていた。胸におでこを当てるなまえの顔はよく見えないが、まさか抱き着かれるとは思っておらず目を見開いた。

ちょ、ちょっと待ってくれ、理解が追いつかんのやけど?!な、何やこれ…?!
今までなまえから抱き着いてきた事なんかあったか…?!は、初めてやろ…っ?!

体が固まるのが自分でも分かった。急な展開に心臓の鼓動が速くなる。
空いている両手をなまえの背中に回そうか迷うほどには衝撃を受けていた。

「お、い…どないした…」
「ありがとう、大事に使う」

くぐもった小さな声が下から聞こえてきて、何だかこそばゆ「…俺も、侑が一番だから…」

はん?!?!な、何?!今の何?!俺の幻聴かっ?!

まさか自分の欲求と理想が幻聴まで生み出し始めたのかと自分の耳を疑い、思わずなまえの肩を掴んで引き剥がした。

「い、今、何か言うた?!」

覗き込むようになまえを見ると、一瞬目を合わせた後、ふるりと首を振った。
「……言ってない…」

「はぁっ?!嘘やろが!お前、言うたやろ?!」
「……いや」
「嘘つけ!吐け!」
「…ありがとう、大事に使うって言った」
「違うっ!その後!」
「………」

黙ったということは…
はい、確定。これは俺の幻聴じゃないと確信した。俺の勝利、大勝利や。

「もっぺん言って」
「……やだ」
「あ?ここでぶち犯すぞ?」

なまえはうぐ、と唸り観念したように口を開いた。
「……。俺も…侑が一番、って言った…」

〜〜〜っ、好、き!!!
連れて帰りたい連れて帰りたい連れて帰りたいっ!!!
何やコイツ!もう連れて帰る!家に連れて帰ったる!!

爆発した感情に任せてぎゅう、となまえを抱きすくめると「つ、潰れるぅ…」と腕の中から声が聞こえてきた。

ああーー離したくない、寝る時も抱き枕にして寝たい、連れて帰りたぃぃ…

連れて帰ったら、きっと治からは『捨て猫拾ってきましたみたいに連れて帰ってくな』とか『なまえはぬいぐるみちゃうぞ』とツッコミを入れられそうではあるが。

これは…このまま帰らすの無理やわ…

「何でそんな可愛いこと言うん」
「どこが可愛いんだよ…」
「俺が一番なんやろ、よそ見したらあかんで」
「…侑もな」
「俺はそんなんせんし、え、俺の愛が足らんてこと?分からせてほしい?」
「いや、ちが」
「分かった。もうちょいゆっくりしてこ、こっち来い」
「え、、ちょっ」

愛が足りないようなので、愛情いっぱい注いでやることにした。腕を引っ張り、暗がりへなまえを連れていく。



気持ちを吐き出したことで、やっとなまえがどう思っているのか分かった。

髪をセットした理由も、作り笑顔の裏の本音も全部俺のことを思ってのことだったと知り、疑心暗鬼になっていた自分に少し反省する。

なまえも同じようでNGワード『別れる』を考えるまでに至り、それをぶち込んで来た時は焦ったが結局はお互いの誤解だったわけだ。
決めつけずにもっと気持ちを汲み取ろうと心に留める。


滑り台の影に身を潜め、なまえの首筋をするりと撫でた。腕を回してなまえを抱きしめる。キスを落とすと先程よりも応えてきた。

プレゼントの効果なのか、俺の服をぎゅ、と掴んで一生懸命応えようとするなまえが可愛くて頬が緩む。

「ふ、…ぅ」
リップ音を鳴らして唇を離すとなまえが笑う俺を見上げて首を傾げた。

「な、に…?」
「ん〜…めっちゃ好きぃ」

満ち足りた気持ちでくすくすと笑いながらなまえの首元に顔を埋めると、目の前の恋人は困ったように体を強ばらせた。

するりと腰を撫でれば、熱っぽい吐息を漏らす。
そんななまえが面白くて、好き勝手に動き回る手を止められなかった。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

(公園の後、飲食店にて)


「なぁ、何でいきなりセットし始めたん 」
「…この間スーツの写真送ってきたじゃん」
「あぁサムと撮ったやつな」
「…かっこよかったから…。これからもっと声かけられるなっておもったから、俺もちょっとでもマシになろうと思って…」
「…はぁぁ、いらん心配や、そんなん。逆に俺の心配が増える…。それ向こう行ってもやるつもりなん」
「え?」
「セットぉ」
「…基本自転車乗るからヘルメット着けるし、普段はやらないけど、出かける時とか遊ぶ時はやってみようかなって、だめ?」
「ダメとちゃうけど…。他の奴があ、ええなって思うかもしらんやろっ」

吐き捨てるように言うとなまえはきょとんとした顔を見せた。

「……っふっ、ふへっ、ふふっ!」
「キッショイ笑い方すんな」
「ふぇっ、おもしろっ」
「笑うなアホ」
「だって、俺にそんな一目惚れするような要素皆無だぞ?その発想がよく分からん」

「アホかっ!一目惚れじゃなくても、話しとるうちにええなってなるかも…っ」

現にそうなった人間がここに一名いるのだ。

「押してきたら流されるやろがっ」

俺みたいに押してくる奴がおったらどうする?!
押しまくって手に入れた自分がいる以上、同じようになまえに押しまくる奴が現れたら、と不安でしかない。

「…侑だけだって。でも…」
「で、も?!」
「他によそ見出来ないぐらい、バレーでカッコイイとこ、見せて」

くすくすと煽るように笑うなまえに箸で掴んだ肉を噛み切った。

「当たり前やろっ!見とけよ!No.1セッターになったるわ!」
「うん、楽しみにしてる」

「…俺の引越し終わったら、東京行く前に泊まりに来いよ」
「うん…あ、変なこと考えんなよ」
「何や変なこと、て」
「…翌日にダメージ受けたくないんデスヨ」

匂わしてくるその表現にテーブルの下で足を動かし、なまえの脛をつついた。

「は?すること言うたら一つしかないやん」
「うわっ、ほら変なこと考えてるだろ!」
「好きなんやし、普通やんか。愛情表現やろが!」
「おかしいっ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも箸を進める。

「てか、いきなり帰るのやめろよビビるじゃん。佐倉さん居たし、置いてけないからちょっと会話して別れたら、もう電車乗ってるし…」

「むぅ…だって腹立ったんやもん」
「はぁ?」
「佐倉サンに褒められて喜んどるの見て腹立たん奴おる?」
「侑以外いないって…」
「……家帰っても腹立ちすぎて、おかんの『おかえり』無視しとったら、晩飯、豆腐一丁やった」
「はははっ!!なにそれ!うけるぅっ」

歯を見せて笑うなまえに胸がぎゅっと締め付けられた。

あ、好きぃ…今の笑った顔、かわい…
はぁ…ほんま連れて帰りたぃ…
やっぱ連れて帰ったろかな…
迷子の子、拾いましたって連れて帰りたい…

「無視は、そりゃ怒られるだろ。でも豆腐だけはウケるっ」
「次やったら梅干し一つにする、て言われた」
「ふはっ!梅干し一つっ!」

破顔するなまえにやっぱり好きだと実感しては肉と白米を頬張った。

俺の言葉で笑うなまえが一番好きやねん。

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