09

東京へ移動する日。
練習前の侑と短い通話を終え、母親と一緒に新幹線に乗り込んだ。

途中下車する俺とは別に一足先に向かう母親と別れ、愛知県に降り立つ。

〘今、降りたー〙
〘りょ。出たとこにいる〙

倫太郎から帰ってきたらメッセージを見て改札を出る。高身長の跳ねた黒髪はすぐに見つかった。

「よっ、」

倫太郎の前に飛び出て、手を上げる。
私服姿の倫太郎は背が高いせいか、高校卒業したてとは思えない雰囲気だ。崩れない表情が大人びて見える原因の一つかもしれない。

「久しぶり」
「久しぶりー、俺に会えなくて寂しかった?」

開口一番に冗談を言えば倫太郎は「はぁ?」と鼻で笑った。
ゆるりと上がる口角に、あ、ウケたんだ、と分かる。


「髪切ったんだ」
「うん、変?」
今日はちょっと髪のセットもしてみたのだ。

「いいんじゃない?」
「ありがとう、褒めてくれるのは倫太郎と佐倉さんと茶川達だけだわ」
「褒めない奴がいんの?」
「そりゃ某ジャイアンだよ。最初何故かガチギレされたからな」
「ふっ、あー…なるほどね」

ガヤガヤと煩い場所から落ち着けるところへ行こうと歩き始める。
地下鉄に乗り、倫太郎チョイスのカフェへ向かった。
店の外装からしてオシャレ感満載のカフェに口から間延びした声が出る。

「ほぁ〜シャレオツやん…」
「SNS映え系でちょっと気になってたんだよね」
「こういうとこ探してくんの上手いよなぁほんと」

倫太郎と一緒に店内へ入り、席へ案内してもらう。倫太郎が頼んだものは小さなラテセットだった。

「え、倫太郎それで足りんの?」

お前、男子寮でも割と大盛りでよそって来たりと食べる時はしっかり食べるギャップがあるだろ、と驚く。

「カフェ巡りは色々巡るから」

あ、なるほど。今日はとことん映え巡りの日っすね。

男子2人なのに女子みたいな遊び方をする俺達はやってきたドリンクと装飾の凝った小さなケーキにおお、と声を漏らした。

携帯のカメラで撮る倫太郎を見て、変わらないなと噴き出す。

「見せて」
「ん、」
「すげー、綺麗に撮れてる」

角名倫太郎〘カフェ巡りなう〙
〘角名倫太郎が写真を送信しました〙
宮侑〘女子やん〙

「ぶはっ侑、反応はっや!」

宮治〘ええやん、映えとるわー。ええなー俺も行きたい〙
銀〘俺は入る勇気ないわw〙
宮侑〘俺は羨ましくとかないし、そんな店普通に入れるし、男なら黙って味噌カツ、天むす食っとけ!!〙

「これ言ってる時点で羨ましいんだろうなっ」

ほんとウケる、と二人して笑う。

「あ、倫太郎、スーツ買ったんだろ。写真見せろよ」
「え、やだ」
「えー、倫太郎くんのかっこいいところみたいなぁ」
「なまえの見せるならいいよ」
「交換条件か…、くそ…」

笑うなよ、と念押ししてカメラロールを開き倫太郎に写真を見せる。

「ふーん…」
「おいっ笑うなって言ったじゃん」
「笑ってないじゃん」
「笑ってないけど雰囲気が笑ってんだよっ」

早く見せろ、と倫太郎のスーツ写真を覗き込む。

「ぐぬぬぬ、何だこれは…。スタイルの良さが全てを奪っていっている…」

背が高いというだけで俺のスーツ姿とは全然違う。こんなの女子社員にモテるだろ絶対!

「そだ、チームのユニフォーム姿は??ないん?」
「…これ、」
「おおお〜っ!!倫太郎っ、かっこいいじゃん!!」

EJP RAIJINのユニフォームを来た角名の立ち姿に、友達がプロ選手としてバレーボールを極めていく姿は素直にかっこいいと思う。

そこに進めたのも今までの角名の積み上げてきたものがあってこそだろう。

すごい、と拍手する勢いで顔を上げた。

「……どうも」

俺をちらっと見たあと目を伏せた、その表情は変わらないが少しだけ嬉しさが滲み出ている気がする。

「様になってるぞ!早く見たいなぁ試合!」
「試合会場とか移動だけで大変じゃない?特に侑とか見に来いって言いそう」
「それな。まずはバイトして金貯める!」
「勉強もあるじゃん」
「それなぁぁ。両立させないとなぁ」

3年制の専門へ通い、全国どこでも働けような資格を取りたいと思っている。転勤族で転々としてきた自分にとっては、どこへ行っても働けるようになりたいし、逆に言えばどこかに行きたいと思った時に身軽に動けるといいなと考えた。

「鳥みたい」

俺の考えを聞いた倫太郎の例えに笑いが漏れる。

「一つの土地にずっといても、いなくても良いし、各地色んな魅力があって、そういうのも将来見てみたいなって思うんだよな」

「自由でいいんじゃない」

「侑には苦言を呈されたけどな」

「あー、想像できる」
「『そんなころころ、どこ行くつもりなん、宇宙にでも行くんか』って」
「ウケる」
「『海外とかも憧れるんだよなー』って語ったら怒られたから『侑だってジュニアの世界大会とか参加してるじゃん』って反撃しといた」

ぐぅぅ、て唸ってたぞアイツと言えば倫太郎はくすりと笑った。

「あー楽しみだなぁ、倫太郎がプロとして戦うところ!」
「…まぁまだまだだけどね」
「やっぱ皆強い?」
「ん、上手い人ばっかり」
「おおおっ、燃えるじゃん!」
「ふ、銀かよ」

確かに、銀なら『熱くなるな!よっしゃ!』と拳を握りそうだ。

「倫太郎はさぁ、もし今のチームから声かけられなかったらどうしてたんだよ」
「…さぁ」
「考えてなかったのか?!」
「なるようになるかな、って」
「うっわ、適当な奴だなぁ」
「なまえに言われたくない」

はぁーん?俺が適当だとぉ?
そんな冗談を返しながら小さなミニケーキを細いアンティーク調のフォークで刺した。
治なら一口で食べてしまいそうな大きさだ。

「何目指してんだよ倫太郎は」
「世界平和」
「ぶはっ!!吹いただろっ!」

咳き込みそうになりながら甘いドリンクを口に含んだ。
こういうところで面白いことを言ってくるから、油断できない。

「世界平和かぁ、いいねバレーで人が死ぬことはないし、熱い戦い、燃える闘志、最高じゃん」

「そう、世界平和っていう壮大な夢があるからバレーやめらんないんだよね」
「そのノリいつまで続けんだよっ」

侑達がいないとサラッとボケる倫太郎にくすくすと笑う。

「そだ、この間外でバレーした時の動画、見る?」
「うん」
「これ、」

いきなり写った侑のドアップ画面に倫太郎が肩を揺らした。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
『お?あ、インカメやった』
『おーい、ツム何やっとん』
『ん?撮るでー、ポーズ決めてー』
『…!組体操で行くで!あれや、しゃちほこ!!』
『ふははは、治しゃちほこはウケるっっ!腹いてぇっ!』
『銀っ!足こっちや!』『ふんっ、どや、しゃちほこやぁぁっ!』
『頑張れ治っ銀んん! おしっ!侑!カメラいいぞ!』
『『『せーの、うぃーーっ!』』』
『………あ、動画やったぁ』
『『おぃぃぃっ!』』

『なまえ、交代!これ持って!サム!サボテンや!サボテン!』
『サボテンやんなっ!!ちょ、笑いで震えて撮れねぇっ』
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「ふっ、何これウケるんだけど」
「まじでこの日は騒ぎすぎてさぁ… これとかも、アホしてるぞ…」

2人でスマホを覗き込みながら談笑する。
2軒目のカフェは静かな雰囲気で甘さも控えめ、軽食のホットサンドが美味しかった。

カフェ巡りをしながら最近あったことやこれからのことを話していると、あっという間に時間は過ぎていった。


▽


「じゃあ、次は倫太郎の部屋泊まりに行くな。置きパジャマと置き歯ブラシも持っていくな?」
「出禁にされたい?」

そろそろ新幹線の時間が近づいてきた。
倫太郎を見上げて、置きパジャマの話をするとそれはダメだったようだ。

「ふっふ、まぁまぁ俺の方にも遊びに来てよ」
「…時間があったらね」
「まぁ来なくても俺が試合見に行くからな!頑張れよ角名選手!」

バシッと倫太郎の背中を叩くと「なまえもね」と俺の片頬をむにりとつまんできた。

「ふっ、変な顔。てか今日一日なまえの変な顔とインスタ映えの写真しか撮ってないし」

「おい、変とはどういうことだ、聞き捨てならんな」

「俺も今日倫太郎のあーんな所とかこーんな所とか写真撮ったから後で上げとこ。ほら、これとか、ブレて白目になっ「消、せ」あっ!!あっ!俺の携帯奪った!!」

手を伸ばすも腕の長さは一目瞭然。呆気なく倫太郎の面白写真を消されてしまった。

「はい」
「ああああっ!勝手に削除したな!」

「イメージ壊れるじゃん」
「イメージと言えば…っ!倫太郎、ちゃんとファンには笑顔で応えることっ」

「わかってる」
「試しに笑ってみよ?」
「……無理」
「だろうな!まぁいいよ、倫太郎はたまに見せる笑顔が良いからそれでやっていけるよ」
「なにそれ」

「まだまだ、これからだし頑張ろうな、お互いに。じゃ、」

手を上げ倫太郎に背中を見せる。
「なまえ、」
名前を呼ばれ、ん?と振り向いた。

「また遊ぼ」

一言ではあるが、その短い言葉でも嬉しくなるのはあの倫太郎だからだろう。普段はそんなことを言うキャラじゃないのに。

面白そうに笑いながら告げられた言葉に、自然と笑顔になる。

「んっ!」

頷きながらグッと親指を見せ倫太郎と別れた。







▽▽▽




関西から関東、東京へ引っ越して一ヶ月が経った。入学式や入社式を終え、各々の新生活がスタートした4月。

最初は慣れない環境に戸惑うことも多かったが、人間の適応性は伊達じゃない。

5月に入る頃には授業や毎日の通学にも徐々に馴染み、生活のサイクルが定着してきていた。

慣れれば次に始めるのは、もちろんバイト。

何のバイトをしようか迷っていた。
ゲーセン?飲食?商業施設とか空いてないかなあ、と悩む俺に入ってきた朗報。

〘バイト、飲食関係やったら紹介できるで〙

そんなメッセージを柴さんが送ってくれた。
関東でプロロードレーサーとして活躍する柴さんの紹介でバイト先を上げてくれたのだ。

ぜひお話聞きたいです!と返信すると掛かってきた電話で詳しく聞く。

『オーナーが元々自転車競技しとってうちのコーチの知り合いやねん。メニューもアスリート向けのもんばっかりで、なんやろ、スポーツ好きな人向けの店っちゅう感じや』

「へえぇ、そういうところもあるんですね」

『普通に美味いけどな。PFCバランス重視とか、素材とか色々アスリートに優しい店や』

密かにアスリートに人気のお店だと言う。

『まぁ、オーナーもロードやっとるし、まずはいっぺん一緒に走ったらええんちゃう』

走ればお互い分かるやろ、という柴さんのワイルドな紹介により、俺は休日にオーナーが所属しているアマチュアチームの練習会へ参加した。

「おはようございますっ!みょうじです、よろしくお願いします!」

走りやすい季節、ヘルメット、サイクルジャージ、ビンディングシューズを身につけ集合場所にいる人たちへ声をかけた。
10人弱のチームは毎週休日に練習がてら3時間程走っているそうだ。

「お〜君がみょうじくんか」

柴さんの言っていたオーナーらしき人に声をかけられ挨拶をする。優しそうな人で引き締まった体は日々運動している人の体つきだ。日に焼けた顔で柔らかく笑った。

「柴くんから『パッとせん奴ですけど、真面目ではあるんで』って言われてねぇ」

し、柴さん…!パッとしないのは合ってますけども!!
ちょっとショックを受ける。

「あの、俺、関西から引っ越してきてこっちで走るのは慣れてなくて…今日はよろしくお願いします!」
「よろしく、こっちの風景も楽しんでよ!」

メンバーの方たちとも挨拶を終え、集団でのライドがスタートした。
1人でマイペースに走るのも好きだが、集団で走る楽しさも捨てがたい。

誰がアタックするか、どこで仕掛けるか、レースに似た楽しさは複数人で走っていないと味わえない。

最初は様子見で後方から全体を伺うように走っていた。慣れてくると集団のローテに参加し、巡航速度の維持に貢献する。

途中でアタック合戦があり、それに乗っかって張り合ったり、ちぎれた人をフォローして牽引したりと、久しぶりに集団内を大きく動いて走った。

楽しかったなぁ、とゴール地点で清々しい気持ちで汗を拭う俺にオーナーが声をかけてきた。

「パッとしないなんて柴くんに騙されたなぁ」

「えっ?!そうですか?!いや、影薄い方なんで…柴さんの言ってることは正しいというか…」

「はっはっは、自転車から降りたら確かにそうかもなぁ
でも、一緒に走ってたらすごく存在感あったよ。さっき一緒に走ってた女性も一番後ろで諦めそうになったけどみょうじくんが引いてくれて楽だった、って言ってた」

「いえ、そんな…。自分は、アシストが一番得意なので…」

「高校の時は柴くんのアシストしてたんだって?」
「っはい、柴さんは自分の中でずっとエースなんです。全力を出し切りたい、倒れても足を回し続けたいって思わせてくれたのが柴さんで…」

「献身的だねぇ」

「柴さんが活躍してる姿を見ると嬉しくて…ずっと応援してる先輩なんです!」

少し照れ臭くなり、へらりと笑う。オーナーも頷きながら口元を緩めた。

「僕もね、そういったアスリートの体を作る食事、アスリートの資本を支えるご飯っていうものを考えた時に店をやりたいなって思ってね」

「…すごい…かっこいいですね」

「どう?今度うちの店に食べに来てよ。割と人気なんだよ、みょうじくんならバイト歓迎だから、店に来て決めてほしい」

「えっ、いいんですか?!」
「もちろん、あ、でもスパルタなスタッフもいるけど、今大学3年の男の子なんだけどね」

スパルタは慣れてるので大丈夫です!と背筋を伸ばす。
秋田部長に罵倒され、扱かれた日々や柴さんに冷ややかにズバズバと言われた日々を思い返す。
大丈夫、多分!

そんな俺を見てオーナーはヨシ!と明るく笑った。


▽

それからあれよあれよとオーナーの店でバイトとして入ることが決まり、夕方から夜の時間をホールスタッフとして働くこととなった。

侑に言うと『接客とか一番あかんやつやん!』と何とか言っていた。
『侑に会うためにバイトしてお金貯めんだもん、頑張る』と目ウルウルスタンプを一緒に送っておいたら、自我が崩壊したようなスタンプが返ってきたため爆笑した。


店の客層はクチコミで聞くのかスポーツ好きな人や運動部の学生、アスリートが多い。

オーナーの『美味いものは糖と脂質の塊だが、糖と脂質だけに頼らずとも美味いものは作れる!アスリートの体は健康的な食事から!』というモットーの元、食事を提供している。

お店はそこまで広くなく、席数も対応しやすい割り当てだ。カウンター席も充実しており、おひとり様も多い。

日々、先輩スタッフのミネさん(大学3年生)に教わりながら俺は忙しい毎日を送っている。

「みょうじ、これ6番テーブル」
「はいっ」
「おい、ちょっと待て、この皿も」
「あ、すみません!」
「早く持ってけ」
「はいっ」

「ミネくん、みょうじくんどう?覚え早いでしょ?」
「オーナー、甘いっすよ」
「僕は褒めて伸ばすタイプなんだよねぇ」
「あぁー、ほらアイツまた絡まれてる」

女性グループの人たちにおすすめのメニューを聞かれ確認しようとしていた時、隣に人の気配を感じ見上げた。

「ミネさん、」
「ミネくん来たぁ!」「ミネくん!おすすめ教えて〜っ」

さすが、筋トレが趣味で程よく鍛えているミネさんの体つきに見惚れる女性客は多い。

「今日のおすすめは皮なし鶏モモグリルです、低脂質カレーもおすすめですよ」

「ダイエットしてるし、私鶏ももにしようかなぁ」「私はカレー!」

「別にダイエットは不要だと思いますけど…、ありがとうございます。以上でよろしいですか?」

ミネさん…今サラッと言ったが…今の一言で女性客の心を鷲掴みに「みょうじ」「っ、はい!」
ボーッとするなという視線に反応し追いかける。

「ありがとうございます、助かりました!」

横から助けてくれたミネさんにこそっとお礼を言うとじっ、と見られた。

「…真面目な奴だな」
「え?いや高校の時はアホばっかやってましたよ…」
「そういう話じゃない」
ビシッとでこぴんをくらった。
「ヴッ、ミネさんのでこぴんは痛いんですけど…っ」
「ふっ、ばぁーか」

ミネさんは弟がいるらしく、どうも俺が弟のように見えてしまうらしい。
絶対おでこ赤くなったと額をさすっていると店のドアが開いた。

「いらっしゃいませっ」

案内のため振り向き、入ってきた一人客を見た瞬間「あ、」と声が漏れた。

見た事、ある…

「おひとり様ですか?」
「はい」

声をかけると落ち着いた返事が返ってきた。
近づくと見上げるほどの長身。侑達と話している時と近い背丈だ。
黒髪の短髪、短い前髪に形の良い額が見える。
キリッとした眉に少しだけ上がった目尻。

俺は見た事があるぞ…
もしかして…もしかすると…

カウンター席に案内し、メニュー表を持って行く。

「こちら、メニュー表になります」
「ありがとうございます」

「あ、あの…」
「?はい、」

「も、もしかして今年の春高バレーに…出てました?」
「…出てましたね」
「…!!!」

や、やっぱり!俺の記憶は間違っていない!

春高の時に俺が同い年なのにすごいな、かっこいいなって思って応援したセッターの人だ!

名前は、確か赤…、赤なんだったっけ…

表情を崩さず、少しだけ首を傾げたその目と合う。

彼の名前を思い出すまで、あと少し。

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