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目の前に座る同い年の彼の名前を必死で思い出そうとする。


ええっと、赤、赤…なんだったけ…
……だめだ、思い出せない!


頭の中の記憶を探し回ってみたものの、結局ピンとくる続きの漢字が思い当たらなかった。

名前は分からなくても、それなりに話はできる。引越し続きの幼少時代に培ったコミュニケーション能力を発揮する時だ。

「春高、友達の応援で現地に見に行ってて…2日目の試合見てました!かっこよかったです!」

「…、ありがとうございます」

律儀にお辞儀した赤なんとかくんに首を振る。
まさかバレーの全国大会で見ていた選手がバイト先に現れるなんて。

はぁぁ、すごい偶然だ、帰ったら侑に言おっと!

「どこの高校だったんですか?」
「っ稲荷崎です、兵庫の!」
「ああ、宮ツインズの…」
「!そうです、侑達の応援で…だから同い年!ですっ」

同い年とは言え、初対面だしお客様だ。
敬語を付け加えて頷く。

「あの試合乗り出すほど見入って…友達も…侑もセッターをしてるのでついセッターの人に目が行ってしまうというか…」

それで、あの第3セットのフェイント…唸り声が出るほどでした、と呟くと「覚えてるなんてすごいですね」と返ってきた。

「同い年なのに冷静で…落ち着いていてすごいなぁって」
「宮侑を見慣れていたら、さほどすごいことでは…」

いやいや、そんなご謙遜を!!
思いっきり首を降った。

「いや!俺はすごいと思いました!!あの試合すごかった、セッターの選手がかっこよかったって興奮してたら侑にキレられたほどです!」

胸の前で拳をぎゅっと握り、気持ちを伝えると赤なんとかくんはゆっくりと瞬きした後、目を伏せお辞儀した。

「…ありがとうございます」

その表情は少し分かりにくい。がほんの少しだけ嬉しそうな雰囲気を感じ取った。
試合の時も常に落ち着いた顔をしていたな、と思い出す。

「すみません。東京でバレーの話が出来る人久しぶりで…嬉しくてつい…」

興奮を抑えるように手を振り俺もぺこりと頭を下げると「バレー、していたんですか?」と聞かれ、慌てて否定する。

「バレー部の友達と寮でもいつも一緒にいて…」

おっと、自分の話はここまでにしよう。
彼は美味しいアスリート飯を食べに来てくれたのだ。
緩く笑い、自分の話はそれとなく切り上げた。

「急にすみません、ゆっくり選んでください!」

席を離れて、自分の仕事に戻ると先輩アルバイトの峯里さん、通称ミネさんから話しかけられた。

「みょうじ、知り合いか?」
「いや、見た事がある人だったんで…高校バレーの全国大会出場者ですよ!強豪チームです!」
「お前…バレー部だったか?」
「違います、自転車部です」
「だよな」
「バレーは下手くそです」
「…なんか想像できる」
「えっ、ちょっと傷つきました」

ミネさんはバレーって体つきじゃないよな、とボヤきながら離れて行った。

注文が入るまで他のテーブルを片付ける。一段落したちょうど良いタイミングで赤なんとかくんから声をかけられた。

もしかして、俺がテーブルの片付け終わるの待っててくれた?と少し申し訳なくなりながら、足早に横に付く。

「お待たせしましたっ」
「紅鮭の塩焼き定食でお願いします」
「かしこまりました!」

ナイスチョイス〜!俺もその定食好きなんだよなぁ!
なんて心の中で呟きながらオーダーを受ける。

「…この玄米のローストビーフ丼も気にはなったんですけど」
「っ!俺もそれ好きです。肉!米!ヘルシーな食材が疲労した筋繊維に染み渡る感じっ」

赤なんとかくんが尽く俺の好きなものをあげてくるものだから少しテンションが上がってしまった。
この料理の美味しさを伝えたくて、オススメですと頷くと俺を見てくすりと笑った。

さっきまで堅い表情だったのに、緩んだ目尻に年相応の雰囲気を感じる。

「紅鮭定食でよろしいでしょうかっ?」
「お願いします」

注文をキッチンへ伝え、清掃や他のテーブルへの対応を進めていると紅鮭定食が出来上がった。トレーを持ちカウンター席まで運ぶ。

「お待たせいたしました〜、紅鮭の塩焼き定食です」
「ありがとうございます」

出来たてほやほやの定食を前に、赤なんとかくんは手を合わせた。

「いただきます」

箸で紅鮭の切り身を解し、白米と一緒にぱくりと食べた。

「………」

咀嚼した後、クールな表情がふわりと和やかに綻ぶ。
自分が作ったわけではないが、美味しそうに食べてもらえるとそれだけで嬉しいものだ。

「……ふふっ」

緩みそうになる口元に力を入れ、ミネさんの手伝いに戻った。



▽


赤なんとかくんの会計を終え、お釣りを手渡した。満足そうな表情にこちらまで満たされたような気持ちになる。

「ありがとうございました!」
「美味しかったです、知り合いにオススメされて来たんですけど…メニューもたくさんあって選ぶのが楽しかったです」
「〜っ!!どのメニューもオススメなので、またぜひ来てください!」

得意の接客スマイルで店を出ていく背中を見送った。

美味しそうに食べる表情を思い出し少し笑ってしまう。同時に男子寮でご飯にがっついていた治達が目に浮かび、懐かしくなった。

侑は今どうしてるだろうか。練習?
倫太郎も練習してるかな、 治は今どうしてるだろうか。バイトかな…
銀は、三分は、茶川は…

「みょうじー、次、水の補充」
「はいっ」

遠くにいる友達を想像し、俺も頑張ろうと拳を握る。
よし、残りの時間もしっかり働くぞ!と背筋を伸ばした。


▽▽▽


バイトが終わった後、家に帰り自室で侑とトークアプリで通話を始める。

用があるわけでもないが、お互いに何もない時はいつも繋げておくのが恒例になっていた。

男子寮でも何を話す訳でもないのに同じ空間で静かに過ごしていた。時たま会話しては笑う、あの時の状況に近い。

聞こえてくる音をBGMに勉強を進める。侑は風呂上がりのストレッチをしているらしい。

『ふんふん♪〜、〜♪』

イヤホンから聞こえる侑の鼻歌にくすりと笑う。何だか今日はご機嫌だ。

段々鼻歌に歌詞が乗るようになってきた。

『〜〜♪』

終いには最近流行りの曲を熱唱している。無駄に上手いところがまた面白くて噴き出してしまう。

「ぶはっっ!!熱唱すんなっ、集中できんだろっ」

笑う俺を無視して本気でビブラートを効かせている。カラオケでも歌の上手さを活かして、マイクを握ったら盛り上げ始めるのが侑だ。治と2人で倫太郎に絡んではウザがられていた。

「くっくっく…ひぁーおもしろ…」
『おい、どこに笑う要素があるんや、俺の歌唱力に惚れるところやろが』
「いや、今の絶対ウケ狙っただろ」
『狙ってへんし。人の熱唱バカにすな、アホ。……、〜〜君の〜〜っ♪〜〜♪っ』
「ふははははっ」

また熱唱し始める侑に肩を震わせる。

ほんとーに、コイツは!絶対笑かしに来てる!
「ひぇー…ホントに、もう…っくるしっ…」

グフグフと笑う俺に『笑い方キッショ』と言ってくる侑がまた面白くて噴き出した。

「何でそんなに機嫌いいんだよ」
『んー?今日なぁ、サーブが調子良かったんや。良すぎるくらいで怖いわぁ』
「へぇ〜すごいじゃん」
『感覚忘れんうちにもっと打ちたかったんやけどオーバートレーニングになるからあかん、て』

そこは不服だと言わんばかりの声だが、練習量なんて気にせず突っ走ってきた侑もプロチームに入ればちゃんとその辺りも管理してもらえて安心だ。

「ちょっとずつだろ、まだまだこれからなんだし」
『むぅ、はぁ…はよ練習したいなぁ』
「ふっ、バレーの虫だなぁほんと。あっ!そういえばさ、侑に聞きたいことあって」
『なん?』
「春高でさ」
『うん』
「2日目に俺が他校の試合見て、同い年のセッターすごいって言ったの覚えてる?」
『…梟谷ぃ?』

侑の声が少し怪しむような声色になる。

「そうそう!それ!!あのセッターの人、名前知ってる?」
『………赤葦やろ』

何だか言いたくなさそうな声だが、名前を聞いた瞬間、頭の中で一致した。

「!!それだ!!赤葦くん!!ああーーっ、すっきり!!」
『はぁ??何?赤葦が何なん??』
「ちょっと待って、今俺の脳がアハ体験してる」

この快感に浸らせてくれ、と言うも侑は急かしてくる。

『うっさい、はよ言え。赤葦が何や』
「実はさ…!今日バイト先にその赤葦くんが来たわけ!!」
『はぁぁぁ?なんそれ?』

「すごくね?あれ?この人、見たことある!って気づいて声かけたらやっぱり赤葦くんだった!」
『……声かけたって何?』
「いや、こっちきて知ってる人居ないし、何か嬉しくなって…って言ってもあの時の試合すごかったです、としか話してないけどな」
『……俺の方がすごいし』

拗ねるような声に「もちろん侑もすごかったけどさ」とフォローを入れておく。

『どういう事?赤葦クンとお友達にでもなったん??』

「ううん、俺が一方的に知ってただけだから、向こうもただの店員としか見えてないと思う。赤葦くん、美味しそうに食べて帰ってったよ。また来てくれるといいけどな〜」

『……ふうん』
「まぁ俺、記憶に残らない店員として定評があるからな」
『何やねんそれ』

「先輩バイトのミネさんからは印象が薄すぎて客トラブルもないから最適だなって褒められた。喜んでいいのか複雑です、って言ったら笑われたけどな」

『………ふぅん。そのミネさんって人何歳なん』
「2個上〜」
『……彼女おるん』
「いなーい。女性客が狙ってやってくるー」
『は??』
「ミネさんかっこいいし、筋トレ趣味だし、俺はその横で霞んでる」

『はっ?!?!年上かつイケメンで、筋トレが趣味?!はっ?!』
「侑ぅ、うるさい」
『聞いてへんしっ!!』
「え?言っただろ、この間。侑、寝落ちしてたけど」
『寝落ちしとったら言うたうちに入らんやろがっ!』
「おお、侑にしてはまともな正論だ…」

感心する俺に『くっそ腹立つ!今すぐシメたいっ』と怒っている。
今目の前に居たら確実に手を出されていただろう。ある意味、安全圏にいるのかもしれない。

「でもすごいよな、俺赤葦くんの名前がどーーしても思い出せなかったんだけど、おかげでスッキリした」
『普通に強いとこやし、同い年で同じセッターなら覚えとるわ』

「バレーのことになると記憶力半端ないよな。その力を勉強でも活かせたらなぁ…」

不思議でならない、侑七不思議の一つだなと呟くと低い声が返ってくる。

『あ??』

そういうバレーに全振りな侑も嫌いではない。ノートに勉強内容を書き写しながら、無意識のうちに思ったことを口に出していた。

「まぁ侑のそういうとこも好きなんだけどな」

…あ…。

言ってしまった後になって、唐突に『好き』なんて口走った自分に恥ずかしくなってきた。唇を軽く噛み、シャーペンを握っていた手を止める。
通話口の向こうで続く沈黙に、侑の反応が気になり少し焦る。

「おい、あつ『……っはぁぁっっ!』え、ちょ」
『な、ん、で、東京なんやっっ!!』

ゴツン、と鈍い音と共に苦しそうな声が聞こえる。

「え、侑、大丈夫か…?」
『……大丈夫やない』
「え…」
『今すぐギュってしたぃぃ、無理ぃぃ、潰したいぃ…』
「なっ…」
『……すぐ来て』
「む、無理だろ」
『はぁぁぁーーー無理が無理ぃーー』

『ううぅぅ…』と唸っている侑の率直な要望に頬に熱が集中する。
よかった、通話だからバレないものの、実際会っていたら恥ずかしくて顔を見ることもできないだろう。

「ふぅ…」
火照る頬をそこら辺に置いていたノートでパタパタと扇いでいると侑が『ビデオ通話に変えて』と言ってきた。

「え、無理」
『無理』

〘宮侑がビデオ通話を開始しました〙

携帯に表示されたメッセージ。有無も言わさずビデオ通話に切り替えようとしている。

「もぉーー…」

仕方なくビデオ通話をONにしたが顔を映すことは躊躇った。まだ火照りは取れていない。

『おい、顔が見えへん。変なTシャツしか見えへんわ』
「変じゃないだろっ、これ倫太郎が選んだやつ!」
『はよ、はよ顔見せえ』
「い、今は無理」
『何で』

何でって…さっきからギュッてしたいとか潰したいとか…!変なこと言うから…っ

顔の熱が治まるまで待ってるんだよ!

『無理無理無理無理無理』
画面の向こうでは侑がフローリングの上で頬杖を付きながら覗き込んでいる。

『はーやーくぅー』

これは言うことを聞かないといじけるパターンだと察知し、仕方なくカメラに入るように覗き込んだ。

「……」
『…顔隠すな。手ぇ退けろ』
「…む、無理ぃ」
『何で』
「…顔が…赤いから…」
『何で?』
「な、何でって…お前が変なこと言うから…っ!」
『えっ、何?なになに??ギュってしたいって言ったんがあかんやった?』

画面の向こうでニヤニヤと笑い始める侑に悔しくなってくる。

「う、るさい…」
『え、ほんまはギュっ、どころじゃないねんけど。一日中ずぅーっと抱き潰した「ストーップ!!」』

「も、ういいからっ」
『かーわーいーー、なまえクン顔赤い〜♪』

くっそ!!小学生みたいにからかってくるこの男をどうにかしたい!

「次会う時、覚えとけよっ…」

苦し紛れに捨て台詞を吐き出す。
次会ったら俺も侑を赤面させて、見下ろしてやるんだから…。

『あ?そんなこと言うてええん?次会うた時どうなるか分かっとん?』

覚悟しとくんはなまえやで?
と言われ、クマみたいな侑に潰されかける自分が簡単に想像出来てしまった。

「う…」
『覚悟出来とんよな?』
「さ、さっきの言葉はやっぱ撤回しますぅ…」
『むーりー』
「はっ?!」

そこからまた言い合い、笑い合いを経て雑談を交わす。

寝る時間になり通話を切ろうと声をかけた。

「もう切るぞ」
『んー…嫌や』
「スポーツ選手は睡眠が一番大事なんだよ、早く寝ろ」

睡眠と食事が体を作るんだぞと伝えるも、携帯の向こうは静かだ。

「侑?」

耳をすませ、侑の声を待つ。

『…繋いどって。じゃないと眠れん』

小さく呟く声が耳に入った瞬間、胸の辺りにギュンときて唸り声をあげそうになった。

は、はぁ?!……こ、こいつ…クマのくせに可愛いこと言うなっ!

「この甘ちゃんが…っ」
『むぅ』

ああ、不満そうな顔が目に浮かぶ。隣にいたらいたで喧しいのに、遠く離れた今その顔が見られないと少し恋しく感じてしまう自分がいた。


「はぁ、仕方ないなぁ…布団入った?」
『待って』

モゾモゾ動く物音と一緒にぼふっと布団を叩く音が聞こてきた。

『入った!』

寝る準備は万全だと言いたげな声。
幼稚園児かよ、とお昼寝を促す先生の気持ちになった気分だ。

「ふっ、笑かすな。じゃあ…おやすみ」
『おやすみぃー』

安心したような侑の声を聞き、俺も枕に頭を載せる。 目を閉じ一日を終えようと体の力を抜いた。
うとうととしてきた頃、携帯の向こうから眠たそうな声が聞こえてきた。

『なぁ…』
「ん…」
『…好きぃ…』
「………う…ん…」

後に続く言葉も、返ってくる言葉もない。寝てしまったのか静かな音だ。

……いやいや、ちょっと待てよ…っ
今ので一気に目が覚めてしまっただろ…っ!

何?!そんな寝落ちある?!

「……はぁ…」

また熱を持ち始めた頬を枕に押し付けた。ひんやりとした布の感触が気持ちいい。

ギュッてしたいとか、好き、とか…
そんなこと平気で言ってのけるけど、言われる度に俺はドキドキするのだ。

モゾモゾと動き両手で頬を挟んだ。熱が手に伝わり、照れていることを実感しては更に恥ずかしくなる。

…人に好かれる、想われるって、こういう感じなんだ…

「〜〜っ…」

ドキドキして、心の中に生まれるのはトキメキだけではない。
直球の気持ちをぶつけられ、恥ずかしくて素直に受け取れないもどかしさ。
初めて知る感情に思考が追いつかず、よく分からない胸苦しさ。

恋愛経験ゼロの自分には全てが初めてで刺激が大きい。

好きと言われることも、熱い目で見られることも、初めてなんだ。

追いつかない気持ちと思考に戸惑いを感じることもあるが、それでも胸の内はとくとくと温かいものが流れている。

侑の眠たそうに呟いた言葉を思い出し少しだけ心臓がキュッとなった。

……侑に、会いたいな。

「…あつむ…」
好き、と発する勇気はなくて薄く開いた口は動きを止める。

「……おやすみ…」

小さな声で眠る恋人へ囁いた。好きという言葉はまだ言えないがそれで十分だった。

こんな自分を見たら絶対に侑からヘタレと言われるだろうなと想像しては心の中で苦笑いをする。

夢の中にいる侑を追いかけ、俺も瞼を閉じて眠りについた。

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