バイトが入っていない日の夕方、待ち合わせの場所で通学用に使っているロードバイクを横に赤葦くんを待っていた。
約束の時間よりも早くクロスバイクに乗った赤葦くんが姿を見せ、俺の目の前でブレーキをかけた。
「お待たせ、」
待たせた?ごめん、と謝る赤葦くんに首を振る。
「待ってないよ。まだ集合時間まで時間あるし。てか赤葦くんクロス乗ってるんだね!」
いつもバイト先のお店に来る時は徒歩だったため、クロスバイクに乗っている赤葦くんを見ると新鮮に感じる。
「うん、あんまり詳しくないけどね。近場の時の移動は使ってる。みょうじくんはロードバイク?」
「そそ、俺自転車競技部だったから昔からずっとロードバイクに乗ってて」
「かっこいいね」
「いやぁ、赤葦くんこそ身長あるしクロスバイク乗ってるだけでかっこいいよ」
目の前に立つ赤葦くんを見上げる。侑達と近い身長は見上げ慣れていて懐かしささえ感じる。毎日顔を合わせていたのに、今は遠く離れてから久しい。
「乗ってるだけでかっこいいとか初めて言われた」
くすりと笑う赤葦くんに俺も肩を揺らす。
「練習場所の体育館、ここから近いからすぐ着くよ」
「んっ!」
行こう、と赤葦くんと体育館へ向かい出発した。少し走り体育館に近づくとボールが床に叩きつけられる音やシューズの擦れる音が聞こえてくる。
駐輪場に自転車を置き、体育館の入口へ向かった。
「シューズと着替えと…忘れてないな、ヨシ。…はぁ最初に謝っておく!俺…本当に下手だから!」
ボールも取れないレベルだからね?!と赤葦くんに向かって手を合わせる。
「大丈夫。ここのチームは楽しむことが一番、がモットーだから。色んな世代の人が楽しむためにふらっと来てバレーをしてる」
「そうなんだ…」
更衣室で動きやすい服装へ着替え終わり、ドキドキしながら体育館の中に入った。
「ナイッサー!!」「レフトー!」「上げたッ!」「よし、きたぁっ!」
掛け声や床を蹴る音、賑やかで活気づいた雰囲気に圧倒される。
「うぉぉ…すご…」
地域のバレーボールチームの活動に参加することなんて初めてで視線が忙しなく動く。体育館の半分をバレーチームが借りているようで20人弱の人達がコートを使って練習していた。
反対側のコートでは地域住民のバドミントンチームが使用しているのか、ラケットを振り切りシャトルを打ち込む姿が見えた。
「おー!京治!よく来たなー!」
中年の男性に声をかけられ赤葦くんが頭を下げた。周りに人が寄ってくる。
「お久しぶりです、お邪魔します」
「今回、京治くんが出てくれるなら盛り上がるわねぇ!」
「何たって全国大会出るほどの強豪校のセッターだものっ」
大人達に肩を叩かれ、赤葦くんは表情を崩さず「頑張ります」と意思表明している。そんな様子に後ろで少し微笑んでいると赤葦くんがこちらを向いた。
「今回のイベント、友達も参加するので何回か練習参加させてもらえれば、と」
「もちろんよ!!いつでも来て!」
「みょうじなまえくんです」
紹介され、頭を下げる。
「みょうじなまえです、バレーボールはド素人なのでミスが多いと思うんですけど…っ、精一杯頑張ります!」
大会までには何とか様になるように…っ、と目標を伝えると自分の母親と同じ世代であろう女性が笑って「大丈夫よ」と言った。
「私なんてサーブはいつもホームランだから!」
その言葉に周りが楽しそうに笑う。女性も「伸び代あるでしょう?」とお茶目に笑うから、明るい雰囲気にこちらまで頬が緩む。
赤葦くんを見ると「ね、大丈夫」と言っているような表情に少し口角を上げた。頷いて微笑み返す。
「よろしくお願いします!!」
俺の挨拶にチームのメンバーはバレー楽しんで行こう!よろしく!!と温かく迎えてくれた。
▽
「みょうじくん!ボール!」
「はいっ」
ボールが来ると分かってはいても、体が動くかどうかは別の話だ。
手を出して反応する前にボールは床に落ちた。
俺のレベルを確認するためにアップ後、1ゲームだけ参加することになったが、ボールへの反応は見事に遅い。
「うっ!すんません!」
「オーケーオーケー!」
失点を重ねる俺は申し訳なく思いながら1ゲームを終える頃には、腕は真っ赤になっていた。
コートから出て持ってきたペットボトルを掴む。水をごくごくと飲み、息をついた。
「はぁ…」
口を拭う俺の横に赤葦くんが立つ。
「大体分かった」
「っぷはぁ…どうでしょう、こんなに下手なんだけど、俺、本当に役に立つのか…」
苦笑いしながら肩を竦めると赤葦くんは腕組みをしながら顎に手を当てた。
「体が動きに慣れてないだけで、慣れたら違うと思う。たまに綺麗な型、出来てる時ある」
「!宮先生の教えが活かされたかなぁ…」
たまにスパルタ指導されたからな、と侑の教えを思い出す。
「そうかも。とりあえず、基礎練から、かな」
「……赤葦先輩っ、おなしゃす!付き合わせてごめんっ」
素人の練習ほど付き合いきれないものはないかもしれない…と少し不安になっていると赤葦くんは「誘い、引き受けてくれたし俺に出来ることなら何でもする」と首を振った。
「それに人の練習に付き合うのは慣れてる」
そんな頼もしい一言に肩の力がふっと抜け、軽く感じる。
「じゃ、まずはパスからやろうか」
はいっ、と返事をして赤葦くんの後を追いかけた。
▽
「お疲れ様でした」「お疲れっしたー!」
「おー、若者気をつけて帰れよー」
「また来週もお願いしますっ!」
外はすっかり暗くなり、もう少しで20時を迎える頃。
解散するメンバーに挨拶をして赤葦くんと駐輪場へ向かう。
「さすが、初対面なのに打ち解けるの早いね」
「え、そうかな?俺、小さい頃から引越しが多くてさぁ…馴染むのは割と、ね」
「なるほど」
「それに、皆さんが話しかけやすかったのもあるし、楽しかった!」
いつも自転車ばっか乗ってるけどたまには違うスポーツもいいなぁとぼやく。
ペダルを回す動きとは全く違うバレーは新鮮で楽しかった。
「ふ、みょうじくん誘って正解だったな」
「いやー戦力的には不正解のような…俺が断ったら、どうしてたの?」
「…正直に言うと断られる確率は低いかな、と想定してました」
「えっ?」
「みょうじくん、人が良さそうだし…断らないかなって」
「えっ」
「店で見るみょうじくんの雰囲気から押したらいけるかな、と」
「えっ」
まさかの赤葦くんの告白に俺は驚きの声を上げることしかできない。変わらぬ表情で「つけ込んでごめん」と律儀に頭を下げて謝る赤葦くんにセッターの片鱗を感じる。
謝ってるけどやってる事、かなり策略的だけどね!?侑といい、セッターて何かを謀りがちじゃないか?!
裏の裏まで考えて手を回すところ、怖いぞ!
「お願いしたら断れないかな、と」
「しょ、正直すぎるぜ赤葦くん…」
真顔なのに、その頭の中で何を考えているのか分からない辺り、セッターとは、と考えさせられる。
目が合えば、ゆるりと口角を上げるものだから全く読み取れない。
「ふふふ」
「こっわァ!」
俺は嵌められたのか?!と自分の身を抱くと赤葦くんは目を細めて笑った。
「でも上達早いし、どんどん良くなると思うから、懲りずに来てくれると助かるけどな」
「ぐぬぬ…」
正直に告白され、さらには来て欲しいと言われてしまうと、乗りかかった船を下りるわけにもいかないと観念する。
「それは赤葦先輩の教えが上手いからですよ、侑とは教え方が違うわ…」
侑がスパルタ指導なら赤葦くんは褒めて伸ばすタイプだろう。優しく「今のいいよ」と言ってもらえて、俺は上機嫌でミスを連発しながら練習した。
「侑はいっつも『下手くそ!このポンコツ!』てガミガミ言ってくるからな…。
まぁ、ちゃんと出来た時は『ええよ、今の感じ!』って褒めてくれるんだけど」
毒吐く時と褒める時とギャップが激しすぎて振り回されまくりだわ、と呟く俺に赤葦くんは想像したのか笑った。
駐輪場にたどり着き、停めたロードバイクの鍵付きチェーンを解錠して自転車を動かす。
「あー腹減ったなぁ…」
ぎゅるぎゅると鳴る腹の虫にぼやくと、空腹感が増す。
「確かに。時間大丈夫なら、何か食べて帰る?」
「お、いいね〜っ」
二つ返事で赤葦くんと夜ご飯を食べて帰ることになった。近くのファミレスに行こうと2人で自転車を押しながら歩く。
向かう途中、ズボンに入れていた携帯が震えた。取り出して画面を見ると侑からメッセージが来ていた。
宮侑〘帰った?俺まだ外。帰ったら、〙
途中で途切れたメッセージに電話の絵文字がついてきた。
帰ったら通話しようという意味だと察するが、今日はこれから赤葦くんとご飯に行くのだ。片手で手馴れたフリック入力をして返信する。
みょうじなまえ〘あ、今日はパス〙
すぐにはぁ??と首を傾げたキャラクターのスタンプが送られてきた。
みょうじなまえ〘赤葦くんと今からご飯〙
宮侑〘はぁあああああ???〙
みょうじなまえ〘今バレーの練習終わってさ、流れで〙
宮侑〘流れ??流れ??え?何の流れ??2人?〙
みょうじなまえ〘2人。また帰ったら連絡するな〜〙
ニコニコマークのスタンプを送るとすぐに既読になった。よし、これで侑にも伝えたし大丈夫だろう、とポケットに携帯を収めるとすぐに携帯が震えた。取り出して画面を見ると今度は着信だった。
「うお、赤葦くんちょっとごめん」
「ううん」
赤葦くんの隣を歩きながら、侑のアイコンが表示された画面をスライドする。
「ん、どした?」
通話口の向こうでは、侑は外にいるのか後ろがガヤガヤとうるさい。
『「どした?」ちゃうやろ?え、何?喧嘩売っとん?』
ムッとしたような喧嘩腰な侑の声が聞こえる。
言いたいことは何となく分かる。
多分、赤葦くんと遊ぶのが引っかかるのだろう。治曰く激重侑くんなので大体読めてきた。
最近、俺がアニメで見た束縛系彼女のキャラクターもまさにこんな感じだったなと思い出した。王道主人公が他の女子と遊ぶからと束縛彼女に嫉妬され、ポコポコ殴られていた。
二次元だと微笑ましいが、侑に置き換えると多分俺は重症を負うだろう。
ポコポコどころじゃない、ボコボコだ。シメあげられるぞ、と自分に注意を呼びかけたい。
「売ってないって、ごめんごめん」
『はぁぁ?謝って済む問題と思うか?』
「でもこの間、別にいいよって言ったじゃん」
赤葦くんと遊んでもいいって許したこと、忘れたとは言わせない。
『言うてへんし。条件付きで許しただけやし。忘れてへんよなぁ?』
ぐっ…やっぱ忘れておいてほしかった…
その条件のことだけは忘れておいて欲しかった…!
「な、何の事だっけ、アハハハ」
『あ??』
あ、ヤバい。侑のスイッチ押しかけたかも。
『俺言うたよな?侑クンが世界で一番好きです、て言うならええよ、て』
「はいっ?!ちょっと違うだろ?!何か増えてるしっ」
『増えてへんし、最初からそう言ったし』
「おかしい、非常におかしい」
『はよ言えや。今、すぐ』
「無理無理ッ、今、外だし一人じゃないっ」
声を潜めて必死の抗議をするも電話の向こうはお構い無しに求めてくる。
『言、え』
「……っ」
『言わんつもりなら、もうええけど』
出たぁっ!!
もういいとか言い始めると拗ねる直前だ。
拗ねると元に戻すまで手間がかかるのだ。ここは恥を忍んでも言った方が良いと過去の経験から推測する。
とは言っても…恥ずかしいものは恥ずかしい…
すぅはぁと息を吸い、口を開くもやはり道路の真ん中で愛を囁くことなんて出来ない。
『はよ』「……うぅぅ」
『唸るな、はよ』
恥ずかしさにバクバクと動く心臓のせいで頬だけでなく、体まで熱くなってくる。
侑が無茶な要求をしてくるのはいつものことだ。半ば諦めの気持ちで吐き出した。
「っ、一番!好きっ」
言った後で赤葦くんの視線を感じた気がしてすぐさま「ゲ、ゲームが!」と付け足した。
『…あかん、10点』
「低ぅっ!」
『、気持ちが込もってへん、マイナス50点。最後余計なん付け足したからマイナス40点』
「はぁっ?!俺にしては及第点だろっ」
『もうええ、帰ったら覚悟しとけよ』
「やだー」
『あ??』
「物理的距離がある今、俺に怖いものは何も無い!へっへ…」
『笑い方キッショ、調子乗んなよ』
いつもの掛け合いに口元が緩む。東京に来てから侑ほど冗談混じりの小言の言い合いができる友達はいない。
お喋り好きでテンポよく返してくる侑だから成立するのだ。それでもって、吹き出してしまうくらい面白い。
はぁ、やっぱり侑って面白いな。
会話しながらそんな親友兼恋人の電話越しの小言にくすりと笑うと侑は許してくれたのか『明日通話出んやったらシバくぞ』と言い残し、通話を終えた。
丁度、視界の先には目当てのファミレスも見えてきた。
「赤葦くん、ごめん」
「ううん、宮侑?」
「うん、よく通話してて…」
「へぇ、仲良いの、何か意外」
「あー、それはよく言われる」
「みょうじくん、控えめな印象だったから、あの宮侑と仲良いというのが…」
試合でしか見た事ないけど結構いい性格してるなって思うし、と言う赤葦くんの言葉は概ね当たっている。
アイツは非常にいい性格をしているのだ。
「YES。大正解っ!基本ジャイアンだからな…。めちゃくちゃ振り回してくる。物理的にも精神的にも」
「ははっ、傍から見るには面白そう」
「…まぁ天邪鬼な奴なんだけど、隣にいると噴き出すぐらいには面白いよ。侑の周りにいると皆笑ってる」
今頃くしゃみでもしていないだろうか、と遠くにいる侑のことを思い浮かべながら笑った。
▽
ファミレスに着き、俺はオムライス、赤葦くんは和風定食を注文した。料理を待つ間も話は続く。
高校生活での侑の自由奔放な話を披露すると「うわー、すごい陽キャ」と赤葦くんが笑った。
「だろっ?!生意気なところと自信満々なところは校内でも群を抜いてたから…ウケ狙って好き放題&自由だし、あと機嫌悪い時も隠さないしな。取り繕うことをしない。おかげで何度火傷したか…」
ほんとーにあのクマは扱いが大変なんですよ…と賑やかな日々を思い出しては笑ってしまう。
お互い頼んだオムライスと和風定食が運ばれ、手を合わせた。オムライスを口に含み、空になった胃に栄養を送る。
「まぁ、でも侑もプロにまでなったしすごいやつではあるんだけどなぁ…」
「普段一緒にいた友達が2人もプロ入りってさすが強豪。身近な人がプロってすごいよね」
「そうだなぁ、それで言うと尾白先輩もだし、柴さんも…」
「柴さん?」
「柴さんは1つ上の先輩で同じ自転車部の先輩なんだ、柴さんもプロ選手として活躍してる」
柴さんのことを話す時はいつも誇らしくて、少し自慢要素が入ってしまうのは否めない。だって俺の自慢の先輩、エースなんだから。
「稲荷崎って自転車競技も強いのか」
「柴さんは本当に強いんだよ!全国トップレベルで本当に強くてかっこよくて、俺の自慢のエース!!」
柴さんのすごいところを伝えようとするあまり、勢いよく身を乗り出してしまった。
ごめん、と元に戻る俺に赤葦くんは「エース?」と呟いた。
「ロードレースは個人順位がつくけどチーム戦でもあって、エースはレースで勝ちを獲りにいく選手。アシストはエースが勝つためにフォローする選手、」
自転車競技の説明を興味深そうに頷きながら聞いてくれる赤葦くんに言葉を続けた。
「俺、中学で関西に引っ越した時にレースで柴さんと出会ってさ…。脱落しそうな俺を助けてくれた柴さんの走りが本当にかっこよくて…稲荷崎で柴さんと同じチームになってから、絶対的エースである柴さんのアシストをしたいっていう目標が出来たんだよね」
「エースのアシスト…」
「うん、自分のアシストでエースが勝利を掴んでゴールラインを切るところが見たい。
そのために俺ができることは動けなくなるまで全力でペダルを踏み回してエースをアシストすること。
自分がゴールできるかどうかなんてどうでもいいんだ。
エースをゴール手前まで守り抜いて、送り出した後、誰よりも速く、真っ先にゴールラインを通過して拳を上げて勝利を掴み取る…あの背中を後ろから見るのが本当に好きで…」
頭の中で思い出していた。
柴さんと走ったレースの数々。
勝ちを掴み取る、あの力強い後ろ姿は今も鮮明に思い出せる。
「エースに花道を。俺の脚が動く限り、全力で。それが俺の走る原動力」
「エースに、花道を…」
赤葦くんの唇が俺の言葉を繰り返した。
「柴さんって本当にすごくてさ。クールなのに、実は熱くて…マジでかっこいいんだよ!!」と、柴さんがどれだけすごいかを語ると赤葦くんは「ははっ、」と噴き出した。
「え、ごめん。語りすぎたか」
「いや、その『柴さん』をすごく推してるんだなって」
「そりゃあ、もう!だって俺のエースだもん!柴さんと走れたから俺は生きているといっても過言ではない!」
「柴さん愛が伝わってくる」
「愛って、ちがっ、エースを慕う思い!」
「ふふっ、レースの話する時のみょうじくんすごく楽しそう。ロードレースって見た事ないけど面白そうだね」
「うん、レースはほんと楽しいよ。柴さんと、仲間と走れて楽しかった。……いや、楽しいだけじゃないな…悔しいのもまだ残ってる…」
一言で楽しかった!と言い表せないのはまだ俺に柴さんと走ったインハイの悔しさが残っているから。
「…柴さんの最後の公式レース。夏のインハイで、柴さんを勝たせるためにエースアシストとして出たのに、俺が落車に巻き込まれたせいで柴さんの脚を止めてしまって…」
インハイレースを思い出し右肘を擦る。あの時落車してズタズタになった傷は癒えども、悔しさはやっぱり浮き出てしまう。
「何で柴さんまで立ち止まってるんだ、エースなんだから先に行かないと、俺のことなんて放って置いて行かなきゃ、って思ってたのに、柴さん『勝つにはみょうじが必要や』って言って待っててくれて…」
「…先頭から遠く離れて距離埋めるために死にもの狂いで脚回して、最後倒れるまで踏み倒して…先頭には追いつけたけど…結局柴さんは2位だった」
赤葦くんの目が俺を見た。何となく、赤葦くんも同じ思いをしたことがあるような、そんなお互いに共通する雰囲気が漂う。
「エースを勝たせたい、エースアシストしたい、って言っておきながらエースを勝たせられなかったのは今でも悔いが残ってる…」
俺が落車しなければ、ってたまに考えてしまうんだ、終わったことなのに。
緩く笑いながら、悔しさは誰にでもあるよな、と呟くと赤葦くんは水を一口飲み、コップをテーブルの上に置いた。
「…似てる」
「……似てる?」
「……俺も、中学の時にバレーの試合を見てスターに出会った」
「え、スター?」
こくりと頷く赤葦くんの目は真っ直ぐ強いものだった。
「言い換えれば…『エース』」
その目には赤葦くんの言うスターが浮かんでいるのだろうか。
「木兎さんは一つ上の先輩で、試合で初めて見た時から衝撃的だった」
「ボクトさん…」
「とにかくパワフルで、バレーに対して常に本気。練習量も木兎さんの普通は普通じゃかった。でも、俺のやることに本気で返してくれるし、俺も本気で応えなくては、と思わせられるエースなんだ」
俺はセッターとしてスターである木兎さんにトスを上げられるのが嬉しかった。と話した。
「目立ちたがり屋で、細かいことは苦手。扱いは少々手間取るし、大雑把でどうにでもなる精神が激しいけど、あの人は紛れもなくエースでスター…木兎さんが自由に跳んで打ち込むとそれだけでコート内が一つになっていく。そんな力がある人なんだ」
赤葦くんは目を伏せ思い浮かべたかのように少し口角を上げた。
「最後の春高、決勝戦で負けた。俺が2年の時。木兎さんは3年」
「…………、」
決勝戦で負けた。それは1番になれなかった。2番目だったということ。
赤葦くんの状況が自分と重なる。視線がぶつかり、お互い、それぞれの『あの時のこと』を思い出している。あの時、味わった悔しさ。
「セッターとして、俺にできるトスを最後まで上げ続け、木兎さんはそれに応えてくれた。最後の最後までエースとして跳んで、戦った」
テーブルの上で赤葦くんの手がぎゅっと握られた。
「最後の1本、木兎さんのスパイクでブロックが決められた。「全てのボールを打ち切るのがエース」木兎さんはエースの役目を全うできなかったと自分を責めてた…」
「……」
試合の状況を聞いていると自分まで悔しい気持ちになってくる。赤葦くんも勝つために必死でエースにトスを上げて戦ったんだろうと伝わってきた。
「…あの時のエースの背中は広くて、大きくて…全部背負ってるあの背中に『自分を責めないでくれ』とは言えなかった」
あの人は、それも全部ひっくるめて「エース」だったから、と赤葦くんは笑った。
「…強い人なんだね」
赤葦くんがどれだけボクトさんをエースとして尊敬しているか、表情から滲み出るその思いに柴さんを思う気持ちと重なった。
「…うん。みょうじくんの言うクールでかっこいい『柴さん』とは少し…いや、大分違うけどね」
「え、聞く限りはめちゃくちゃかっこいいじゃん、そのボクトさん、て先輩」
「かっこいいけど、やることは無茶苦茶というか…子供っぽいというか…。好奇心から学校の非常ベル押して鳴らしちゃったり、試合で負けたらどん底まで落ち込んだり…」
「っぶはっ、え、ちょ、非常ベルはヤバいだろっ!」
いきなりのボクトさんの暴れっぷりに俺は噴き出してしまう。
「そうだな、賑やかで楽しい人だよ」
それから数々のボクトさんの珍エピソードを聞く度、俺は腹が痛くなるほど笑ってた。
「ひえぇっすげぇ、ぶっ飛んでる…っ!面白すぎる…、かっこいいんだか何だかよく分からん!」
「柴さんと比べられるとちょっと子供っぽいかもしれないけど、バレーではスター選手だから…」
本気でそう思っているであろう赤葦くんの表情に俺は頷いた。
「たまに核心をついてくることを言ったりもするから、木兎さんはすごいなと思ったり…」
何となく赤葦くんの人となりが分かってきた。
至極、真面目なのだ。本気には本気で応える、律儀なところは同い年の自分から見ても尊敬する。
「……結局、勝ち負けなんだから悔しくないことなんてないんだよなぁ。誰かが勝てば誰かが負ける。嬉しい人がいれば悔しい人もいる。それが勝負だもんな」
「うん」
「…インハイ後、撃沈してたら柴さんから一緒に走れって引きずり出されてさ…俺の失態に怒られるかと思ったら『一緒に走ってくれてありがとう』って言われて…俺泣きながら帰ったもん…。悔しくてしゃーないから、俺はもっと強うなるで、って言う柴さんはやっぱりエースだし、柴さんだし、もう…さぁ…」
おかげで少し悔しさと情けなさと自責の念とが浄化されたんです…と呟くと赤葦くんは「俺も」と続けた。
「……俺も、春高でギリギリで勝てた試合、自分の失態が多すぎて終わった後、涙出てきたよ」
「ぶはっ、赤葦くんも?!俺達、泣きすぎだろっ」
似ている境遇に笑って肩を揺らす。
「…『悔しい、勝ちたい、次は勝つ』皆それを持って次に進んでる…だから、今勝ちを目指して走る柴さんを誰よりも応援してる」
「…うん、俺もだな。ただのエースになった木兎さんを応援してる」
ふふ、と笑う赤葦くんにただのエース?ボクトさんはすごいエースなんじゃなくて?と思ったが深く気にせず頷いた。
▽
お互いの話をしているとあっという間に過ぎていた。ふと時計を見ると入店から軽く数時間は経っている。
「うおっ、もうこんな時間!」
食器はいつの間にか下げられていた。
赤葦くんの高校生活を聞いていると面白くて、聞きたいことが次から次に出てくる。おかげで時間もあっという間に過ぎていった。
赤葦くんも俺の話が面白いのか肩を揺らしていた。もし赤葦くんが同じクラスにいたら、よく話す仲になっていたに違いない。
「…どうする?ポテト追加する?」
このまま、まだまだ駄弁るか。赤葦くんはキリッと見てきた。
「…大盛りで」
「「はははっ」」
思うことは同じらしい。顔を見合わせ、夜更かしを楽しむことが確定し笑い合う。
ソースはケチャップとマヨでいいよね、と注文を入れ、親に帰りが遅くなるメッセージを送っておく。
「あ、そだ。俺らのアホしてる動画、見る?」
「見たい」
「これ、男子寮でドラマ撮影してるとこ」
「え、どういうこと?」
笑う赤葦くんに俺も思い出して笑った。
「倫太郎が撮ったんだけど、侑が暇すぎるからドラマの修羅場再現したいって言い出して…侑が彼女役、治が彼氏約、俺が治の浮気相手役」
携帯に保存している動画を再生する。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
『治!この女、何なん?!今日、私とデートの約束やったのに破って、これ?!』
『…ア、アツコ…な、何でお前ここにおんねん!』
『怪しい思て、付いてきたら…なぁ、百歩譲って私より百倍可愛い女なら分かるで?!それやのに、何この女!ふっつーすぎるやん!可愛いの「か」の字もないやん?!どこが可愛いん?!』
『おーい、一旦ちょっと待って。俺の設定、どちゃくそ可愛い浮気女って設定よね?次のセリフ「これが彼女?私より下じゃない」って鼻で笑うセリフなのに言えなくなっちゃったよ?』
『顔じゃないねん!顔やったら選んでへん!タイプがちゃうもん!なまえちゃんは性格が可愛いんや!』
『えっ、ちょっと待て待て、微妙なフォロー要らねーっ』
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
やいのやいの騒ぎ始める動画内に赤葦くんは噴き出した。
「何これ、ウケる」
「こんなことばっかしてたよ」
他にもアホしてる写真の数々を見せては笑っていた。赤葦くんもボクトさんや他のバレー部の人たちとの写真を見せてくれた。
「これが木兎さん、こっちが木葉さん…、こっちが猿杙さんで、これが…」
教えてもらいながらこれが木兎さんか…と、画面に写るおおきなガタイの人を見つめた。部活後の一枚の写真は皆、笑顔で楽しそうな表情だ。
「おおぉ、赤葦くんのエース…」
「はは、俺のっていうか、皆の、かな」
赤葦くんとの話は盛り上がり、店を出る頃にはすっかり夜も更けていた。
「はぁ、笑い疲れた…」
「動いたし、笑ったし、すぐ眠れそう」
「あはは、俺も。じゃあ、赤葦くん、また!」
「うん、今日はありがとう」
お礼を言う赤葦くん。多分、バレーボール大会への参加とか含めてのお礼じゃなかろうか。
「ううん、こちらこそ!」
手を振って赤葦くんと別れる。
夜のファミレスで語り合った俺達の距離は格段に近づいた気がした。
何よりもエースへの気持ちに心を打たれ、俺は赤葦くんの話を聞くだけで親近感が湧いたのだ。
「赤葦くん…話しやすかったなぁ…」
こっちに来て、こんなに語れる人はいなかった。満たされた思いでロードバイクに跨る。
ペダルを踏む前に携帯の画面を見ると、メッセージの通知が入っていた。侑からのメッセージだ。
宮侑〘帰ったん?〙22:01
宮侑〘無視すな、帰ったん?〙22:28
〘宮侑から着信がありました〙22:35
〘宮侑から着信がありました〙22:54
宮侑〘もう寝る〙23:02
「うお、気づかなかった」
来ていたメッセージに対し寝ているだろう侑に一言返信しておいた。
みょうじなまえ〘今から帰る!おやすみ!〙00:03
もちろん既読にはならない。明日、また返ってくるだろう。携帯を背中のリュックへ入れてペダルに足をかけた。
「はぁ〜…楽しかった…っ♪」
深夜の静かな道は走りやすい。軽快な気分はそのままペダルを回す脚まで軽くさせる。
勢いよくペダルを踏み込み、帰路についた。