13

(宮 侑)

なまえが赤葦くんとバレーの練習に行くと言っていた今日。
MSBYのチーム練習が終わり自分のロッカーを前に着替えていると、先輩選手が上がっていった。

「んじゃ、先帰るわーお疲れ!」
「お疲れっしたー」

声をかけ、自分も、と上着を羽織った時、部屋の扉が開いた。

「侑ー。飯、行くか?いや、行くぞ!」
「明暗さん…昨日も行ったやないですか」

声をかけてきたベテラン選手の明暗さんに肩を竦める。

「それなら今日も行って、明日も行くぞ!」
「えぇー、ワンさん誘ってくださいよ」
「おまっ、入ったばっかで心細い新米を優しく迎え入れてやろうとだなぁ!あと、シオンならすでに体は確保した。安心しろ」

「体は、って何?!意味深…」
引いた表情でドヤ顔の明暗さんを見ているとワンさんも更衣室に入ってきた。

「確保ってなんすか、修吾さん」
「あっ!ワンさん!助けてくださいよ〜!」
「侑、俺が行ってお前が行かないという選択肢はないからな。俺が捕まった以上、お前も行けっ」

ビシッと下から人差し指を向けられ、逃げられないと悟る。

「俺、もう中華は飽きましたもん、これ以上中華食ったら、俺の体、麻婆豆腐になってまう…」

明日の朝、起きたら自分の体が麻婆豆腐になってる気持ち分かります?ボール触れへん…と真顔で言っておいた。

「どんだけ修吾さんに中華食わされてんだよ…」
「じゃあ今日は和食にするか」
「!ほな、寿司がええっす!トロ!」

帰り支度を終え明暗さん、ワンさんと練習施設を出ながら3人で食事処へ向かう。

「おまっ、遠慮ないよなぁ!」
「侑の頭に『遠慮』はないでしょ、だって最初の手合わせで「あれ?今のトス、打てへんかった?」って顔するような生意気な奴なのに」
「あぁぁ〜今でも侑のあの顔、頭に浮かんでくるわ…」
「せやから、あれはちゃいます、て!明暗さんならクイックあそこに持っていっても打つかなぁ、打てるよなぁて思って上げたんですっ」

ちゃんと「すんません!」って謝ったし!
しかも特別スマイルつけて!

「あれのどこがすみませんって顔なんだよ」

「まぁ、おかげで皆ルーキーに触発されてメキメキ上がってきてるし、いいんじゃないか?」

「はぁ〜、修吾さんは優しいっすよねぇ。ま、その後、しっかり皆から『ここまで持ってこい』って要求されて俺は後ろで笑ってたけどな」

クスクスと目を細めて笑うワンさんに唇を尖らせて反論する。

「煽ったわけちゃいますもんー」
「ま、その要求にも応えるのが侑の良い所だろ。伸び代あるし、監督も今からが楽しみだって言ってたしな」
「ほんまですか!」

褒められるとやる気が漲ってくるのは普通のことだろう。高校を卒業してプロの世界に進んだはいいが、この世界は強い選手がゴロゴロいるのだ。高校の時とはレベルが違う。

求められることも、プロの仕事としてしっかりこなさなければいけない。
強い人がたくさんいるこの環境は最高。腹を空かせたバケモン共がわんさかいるコート内で暴れたい。本気の勝負、したい。

強くなればなるほど、バレーって楽しい。
だから、もっと強くなりたい。
もっと上手くなれば、それだけ俺の手で動かせるスパイカー達の数も多くなる。

こんなに楽しくてどうしようもないことがあるだろうか。

高みに向かって、足を止めず走り続けるのみ。俺はまだまだ新米だ。セッターとしての腕を上げることに余念はない。

「どの位置でも打ちやすいセッティングだし、侑のトスは皆やりやすいと思うぞ」

明暗さんの言葉に嬉しくてホクホクとする。気分良く口角を上げているとワンさんが横目で見上げてきた。

「まー、確かに実際目の前で見るとそこでもボール下に潜るんかい、って思う所はたくさんあるけど」

「セッターですもん。どこにボールが来ようが最高のスパイク打てるように上げるんは当たり前でしょ?」

全力でスパイカーを支えるのが俺の仕事。
申し分ないセッティング、最高のトス。
全部用意するんで、後は気持ちよぉく打ってほしい。

そんな思いで2人を見るとワンさんは息を吐いた。

「はぁ…監督から目標聞かれて『チームのリーグ優勝と日本代表に選ばれること』って欲張りなこと言ったかと思えば、そのどこまでも献身的なとこ…生意気なのかひたむきなのか…」

よく分からん、と呟くワンさんに明暗さんが口を大きく開けて笑った。

「はっはっは、目標は大きく!全部掴み取るぐらいの勢いで行け!皆、早くお前と一緒に戦いたくてウズウズしてんだから、期待してるぞ新人(ルーキー)!早くメニュー慣れろよ!」

明暗さんの広い手のひらでバシッと背中を叩かれた。プロの世界で何度も戦ってきたその手は力強く、気合いが入る。

「っス!!!」
「あ、修吾さん、侑がトロなら俺ウニがいいです」
「シオンっ!乗っかるなよ!お前ら、先輩に遠慮というものをだなぁ」
「誘ったの修吾さんですもん」「ですもん!」


▽


「ご馳走様でしたー」
「ゴチでした!美味かったっす!」
「はぁぁ、食いっぷりが激しいわ全く…」
「侑、明日何食べる?」
「イタリアンとかどうですか?オシャレなとこ連れてってほしいです!」
「いいな、じゃあ修吾さん明日はイタリアンで。トマスも確保しとくんで」
「こらっ!侑、お前にはまだ早い!」
「えーー、なんでですかぁ」


寿司を食べ終わった後、ワンさん達と別れ一人になったところで携帯を見ると20時前。

あー、美味かったぁ。
好物のトロも食べたし、満足満足♪
そろそろ、バレーの練習終わったんちゃうかなぁ。

帰ったら通話しよ。ほんで、明暗さんとワンさんとさっき話した面白いこと、なまえに話したろ…♪

どんな反応をするだろうか、爆笑するやろなとニヤニヤしながらメッセージを打ち込む。
〘帰った?俺まだ外。帰ったら、〙通話しよ。と送る前に途中送信してしまった。

電話の絵文字を押しておけば、意味は通じるだろう。

ちゃんと出来たんやろか。アイツ、バレー下手くそやしなぁとなまえのど素人なアンダーを思い浮かべて噴き出しそうになっているとなまえから返信がきた。
その内容を見て動きが止まる。

〘あ、今日はパス〙

「……は??」

立ち止まり急いで返信して聞くとなまえは赤葦くんと2人でご飯を食べに行くらしい。

「……はぁ…???」

え、いやいやいや、ちょお待って、さっきまで寿司食って幸せな気分やったのに、一気に急降下したんやけど。

なまえと赤葦くんが、2人で、ご飯んん??

なまえの呑気な返信にどういうこと?と思い迷わず発信のアイコンをタップした。

『ん?どした?』

数コールで出たなまえに「「どした?」ちゃうやろ?え、何?喧嘩売っとん?」と開口一番聞く。

『売ってないって、ごめんごめん』
「はぁぁ?謝って済む問題と思うか?」

聞いとった話とちゃうしっ、2人でご飯とか聞いてへんけど?!
俺だってまだなまえと夜、2人で外にご飯食べに行ったりとかそこまで回数無いのに、赤葦くんと仲良くなって頻繁に食べに行き始めたらどないすんねん!

俺の回数より赤葦くんと一緒に食べる飯の回数の方が上回ったらどないすんねん!!
やだやだやだやだやだやだ!!!

治から言わせれば『クソほどどうでもええことやな』と鼻で笑われそうなことを瞬間的に考えてはさらに拒絶反応が生まれる。

それでもなまえは、俺が他の奴と遊んでもいいって言ったからいいじゃないかと言うような暴論を持ってきやかった。

腹が立ちすぎるから赤葦くんの隣にいるであろうなまえに今すぐ、俺のこと好きって言えと要求を投げつけてやる。

電話の向こうで焦ったような声をするなまえに、あー、こいつ絶対恥ずかしがっとんなと見えていないけどその顔さえも想像に容易い。
照れたようなあの表情を赤葦くんの隣でしていると思うとモヤモヤが大きくなる。

ああぁぁぁ、やっぱ、嫌や…っ!!!

これ以上膨れないと思われるほど頬を膨らませなまえの言葉を待つ。

『っ、一番!好きっ…』

ゲームが!と付け足してきたなまえに息を吐き出した。

「…あかん、10点」

不貞腐れたような俺の言葉になまえが変な鳴き声を上げた。

はぁーあ…コイツ今絶対顔赤くなっとるやろなぁ…
え、まさか赤葦くん見てへんやろな???

やだやだやだやだ!!!
ほんま…表情管理せえ!角名になれ!角名みたいに表情殺しとけや!

仲良くご飯とか嫌だ、という気持ちが膨らみすぎて爆発しそうになるが、長距離である以上どうしようもできない。

小言を言い合っているとなまえが楽しそうにくすくすと笑うから、あぁ早く笑った顔が見たいなぁなんて思ってしまう。

…何で赤葦くんがその顔見れて、俺は声だけしか聞けへんねん。ムカつく。

こんなに男前な彼氏がおるのに、放置とか有り得へんやろ。

不貞腐れつつ「明日通話出んやったらシバくぞ」と告げるとなまえは『ん、明日な』と言い通話を終えた。

「……むぅ」

ちょおっと不服。いや、かなり不服。

さっき食べたトロを思い出して幸せな気分を取り戻そうとする。が、やっぱりモヤモヤが消化されない。

「…なんやねん」
話す気満々やったのに。

…通話はできなくても寝る前におやすみの一言だけでも声聞きたい。
そうしよ。なまえが帰ってきたらちょおっとだけ電話かけよ。

そう決めて帰り道を歩き始めた。


▽

22時前。

あとは寝るだけ。ベッドの上で月バリを読みながらも携帯を気にしていた。

そろそろ帰ったかなぁと先程からなまえのメッセージを待っているのに通知は来ない。

さすがにもう帰っとるやろ、飯だけやん。

携帯を手に取り〘帰ったん?〙と短い言葉を送信した。
すぐにピロンと鳴った携帯に画面に食いつく。

宮治〘帰っとるで。今日バイト休みやもん〙

「…はっ?!サムに送っとるやん!」

送る相手を間違えたと治に〘間違えた〙と返信し、今度こそなまえへ送った。

「サムが帰ったとかどうでもええわ…」

俺が気にしてんのはなまえや。

送ったメッセージは既読にはならない。

「……」

帰ってたとしたら、風呂入っとるだけかもしらんし…まぁ、待ってみるか…。

そうして20分経っても何も反応がない。

え、まさかまだ帰ってないとか有り得る?
いや、そんなまさかなー、飯だけやん?
飯なんか10分もあれば食べれるやん?

俺の最高記録、昼休みバレーするために弁当早食い10分やったし。
あん時、サムが『食べる幸せを10分で終わらす気はない、俺は味わって食べる派や』てバカにしてきたん今思い出しても腹立つな…

飯だけにそんな時間かからんやろっ

〘無視すな、帰ったん?〙

もう一度送ってみる。が、反応がない。

「……帰ってないんか…?」
まさかまだ赤葦くんと一緒…とか?

そんなはずはない、と思うも不安が募っていく。発信してみるも、通話にすら出ない。

「……出ん…」

えっ、もう22時半過ぎたけど?!寝る時間やで?!何しとんコイツっ!!

…赤葦くんと……仲良く…嫌な想像が頭を過ぎる。

「〜〜〜っ!!」

いても立ってもいられない思いに衝動に駆られ、思わず治に発信していた。

『なんやツム』
「…帰ってこおへん」
『は?何が?』
「…なまえが帰ってこおへん!!」
『はぁ?電話してきていきなり、なんや。バイトちゃうん』

至極面倒くさそうな声で「俺もバイト遅い時23時とかなるし」と言う片割れ。

「バイトちゃうし!今日赤葦くんと飯食いに行く言うて、それっきりや!トーク送っても電話かけても出えへんし!!」

『うわ、めんどくさいやっちゃな』
「めんどくさい、て何やねん!一夜の過ちをしようとしとるかもしらんのやぞ!!」
『一夜の過ち、て何やねん。ツムの愚痴聞いとるほど俺は暇やないねんぞ』
「嘘つけお前!さっきから後ろでピコピコ、ゲームの音聞こえとんで!」
『忙しいねん』
「何が忙しいやっ」
『重たい男は嫌わられるでツム。トークも送って、電話もかけて…めんどっ!!』
「っ、一回しかしてへんし!」

本当はあと10回くらいトーク送りつけて発信もしたい衝動に襲われている。

『はぁ〜重たい重たいダサッ』

クッソ…こいつぅっ!!
片割れの言葉がダイレクトに胸に刺さってきて携帯を握りしめた。

「なぁっ!どこにおると思う?!」
『さぁ?赤葦クンと仲良くしてるんちゃうん?知らんけど』
「………」

サムに電話した俺がアホやった!

確実に電話の向こうで面白がっている顔が見えてくる。

「もうええっ」
治との通話を強制終了してベッドにダイブした。

「はぁぁぁー…」

携帯に通知は入っていない。

「返事ぐらいせえっちゅうねん」

〘なぁ、何しとん?どこ?帰ったん?返事せん、てどいういうこ〙
途中まで打ち込み、治の言葉が頭に浮かぶ。
重すぎ、ダサい。

「…くっそ!」

打ち込んだ文字を全部消してもう一度発信した。それでもなまえは出なかった。

気分は最悪。時間は23時前。
そろそろ寝なければいけない。
コーチから睡眠時間は削るなとキツく言われているし、プロである以上、睡眠、食事も管理して常に高いパフォーマンスが出せるようにする必要がある。

それなのに、全然眠れる状況じゃない。

もう一回、もう一回だけ発信…
『重たい男は嫌われるで』

クソサム!!あんなこと言うせいで押せんやろが!!

「っ!!」

耐えるように携帯を伏せて枕に突っ伏した。
まだかまだかと待つ姿はまるで親の帰りを待つ子供のようかもしれない。

おとんとおかんの帰りが遅い時はサムと『『自由や〜っ!!!』』て死ぬほどはしゃいで騒ぎまくったのに…

今の自分にはアイツ何しとんねん、という苛立ちと寂しさとほんの少しの不安が混ざっている。

〘もう寝る〙

一言送って照明を消した。
結局『おやすみ』は聞けなかった。

なまえのアホ…

きっともう家に帰っていて、バレーで遊び疲れて寝落ちしているか、携帯の充電が切れているだけと信じることにする。

明日しっかり絞ってやる、と決めて目を閉じた。


▽▽▽

大音量アラームの音で目を覚ました。ぐっと両腕を伸ばし、欠伸を噛み殺す。
カーテンの隙間から入ってくる陽は晴れを知らせる。

起きなあかんー…

目を擦りながら携帯を手に取った。気になるなまえのメッセージを見るためにトークアプリを開いた瞬間、動きが固まった。

〘今から帰る!おやすみ!〙00:03

「………は、」

送信日時を見てこれはまだ夢の中か、と疑った。

日付変わってへん?

え、この時間まで赤葦くんとおったってこと?俺のメッセージを無視して、仲良く??

家に帰っていたわけでもなく、携帯の充電が切れていたわけでもなく…

「あ、ありえん…」

一気に目覚めた頭で〘ありえん〙と一言だけ送る。既読にならないのは多分まだ寝ているからだろう。

「ほんま、ありえん」

ふつふつと煮詰まるこの苛立ち。
コイツ…俺がどんだけ心配して…

ピロンと鳴った携帯を見下ろす。

〘おはよー、ごめん気づかなかった〙
〘ありえん〙
〘昨日ついつい盛り上がってさ〙
〘ありえん〙
〘許して?〙
〘ありえん〙
〘ごめんてー〙
〘ありえんありえんありえん〙

ポンポンと繰り返されるトークに頬を膨らます。

〘今日通話しよ??〙
こてん、と首をかしげるキャラクターのスタンプ。

「クッソ…!!ほんま!!狙ってやっとるろ!」
何やこいつ!!

〘通話…しない??〙
涙をポロポロ流すスタンブに朝から自我が爆発しそうになる。

「はぁ〜〜しんどいしんどい」

〘うっさい。知るかアホ〙
〘バイト21時終わるから〙

なまえのアホ、ボケ、アンポンタン。
拗ねたスタンプを押して携帯をベッドの上に放り投げた。


▽▽▽


「何?機嫌悪いん?」
「…悪うないです」

練習中、コート外で隣に立つワンさんにニヤニヤと笑ってきた。

「顔が不機嫌丸出しなんだよなー」
「…丸出しちゃいますぅ」
「修吾さんー、侑が拗ねてますー」

ワンさんの冷やかしに明暗さんが汗を拭いながら近づいてきた。

「ん?反抗期か?」
「デカい図体して子供だなー」
ケラケラと笑うワンさんにグッと喉を締める。

「どれだけ感情的になってもパフォーマンスは落とすなよ。それが『プロ』だ」

明暗さんがふっと笑った。

「っ、分かってます」
「本気で潰そうとしてくる奴らと戦うんだ。コートに入ったら気ぃ抜いてる暇ないぞ」
「隙あれば取って喰われるからな〜、ルーキー」

口角を上げ挑発するようにコート内に入っていく背中を追う。その目はお前はこのコート内で何ができる?と言われているようで、負けたくない気持ちが出てくる。

…やったろうやないか。

集中。ボールに集中。コート内の全ての動きに集中。

対戦式の練習で勢いよく打たれたスパイクにワンさんが飛びつく。無駄のない動きで綺麗に返し次へ繋ぐ動作はさすがと言える。

「侑ッ!」
「ッス!」

すぐにボール下に入り込み、両手を構える。ボールに触れるのは一瞬。その一瞬が勝敗を決める。
この位置、ドンピシャで。スパイカーへ最高のトスを。

ここで使うなら…明暗さん。
背で動きを察知して、ボールを上げる。速攻で決めた明暗さんが「ナイストス、」と肩を叩いた。
ワンさんは「やればできる子、YDKかよ」と息を吐いた。


ブロックを破られたアドリア・トマスことアドくんが「oh..」と呟き、その先ネットの向こうでうちのエース、オリバーが「Hmm」とニヤリと笑う。

俺も笑い返して次のサーブに入る。次の点を取れると思うなよ、というようにサーブを拾われ、えげつない打球がワンさんの腕を弾いた。

「っくそ、次っ!!」

コート内の空気が鋭くなり、バチバチと互いの闘争心が露になる。楽しい。最高に楽しい。桁違いに強いバケモン共と高め合うのは最高に心地が良い。

朝から引きずっていたモヤモヤと苛立ちもコートに立つ今だけは忘れて夢中でボールを追いかけていた。

▽

練習後のクールダウンでストレッチをしていると、ワンさんが鼻で笑ってきた。

「わかった、侑、フラれたんだろ」
それでいじけてんだろ、と面白そうに言うワンさんに勢いよく否定する。

「はっ?!ちゃいますよ!MSBYビジュアル担当の俺がフラれるとか!ありえんっ」
「だーれがビジュアル担当だ、誰が。うちのビジュアル担当はトマスだろ」
「…??Yes…」

分かってなさそうなアドくんは首を傾げた後、頷いていた。

「え、俺っすよね?明暗さん」
「そうだな…オリバーみたいに中身まで揃ってこそ本物の漢だと俺は思うけど…」
「修吾さんの言う通り。要するに侑、お前はまだまだヒヨッコってことだ」
「なっ!こんなピチピチのイケメン、他におりますか!?おりませんよ!」
「はぁーー、何か言ってる、このっ」
「ぎゃぁっ!」

ワンさんからちょっかいをかけられ、急いでアドくんの後ろに逃げた。ふわふわと笑うアドくんを壁にワンさんと対峙しながら話す。

「いいか、いい男ってのは広い懐でドシッと構えてるもんなんだよ」
「ワンさん俺の懐広いの知らんのですか?一畳分くらいはありますぅー」
「狭っ!!」

広い懐でドシっと構える。
そんなん分かってるし。俺やってやればできる子やもん。


いつもの様に賑やかな練習を終えた後、明暗さん達とご飯を食べ家に帰った。

朝に比べてモヤモヤは大分少なくはなったが、まだわだかまりは残ったまま。

広い懐でドシッと…そう言い聞かせながら部屋でなまえの帰りを待っていると着信が来た。

なまえのアイコンが表示された画面をスライドする。

『おつかれー』
「………」
『あれ?侑?どした?』

あかん、ダメや。
さっきまで広い懐とか言うとったけど、なまえの声聞いただけで昨日のモヤモヤ、全部ぶり返してきたッ!

「…昨日の何なん。無視やんか」
『ごめんごめん、わざとじゃないんだって。ほんと気づいてなくってさ』

ごめんな?と言うなまえに「許さん」と言えば『許して?』と甘えてきやがった。

「無理」
『えー、何でもするからさ』

なまえを前にすると広い懐を持った男でも何でもなくなってしまうのは何故なのか。

「言うたな?」
『…俺に出来ることならな?』
「今の忘れんなよ」
『何でも、っていうか今の何でもは限定的だからな?!』
「聞こえんー」

なまえと話しているとモヤモヤしていたものも小さくなってくる。

『今日の練習どうだった?』
「今日は〜、」

昨日話せなかったこと、今日のこと、なまえに話すと電話の向こうでケラケラと笑ったり、驚いたり、コロコロと変わる。
日常をこうして共有すると離れていても、繋がっていると感じる。

「ほんでな、えげつない球やってん」

なまえの反応に段々と機嫌が良くなってきた自分に、自分でも驚く。

なまえに話すと何だか軽くなってくるし、なまえが笑うと気分もいいし、どんだけモヤッてもやっぱ好きやねんな。

好きな人と話しているだけで身も心も軽くなるような状態。
あー、はよ会いた『俺は昨日ほんと楽しくてさー』

…はい?

『赤葦くんの話が面白すぎて…梟谷の人たちの面白い話ひたすら聞いてたんだよなっ』

……ふうん?

『赤葦くんのセッター魂がまじでカッコよすぎて、もうな…』

…はぁ?
…落ち着け俺。広い懐でドシッと…

『話聞いてたら、胸熱でジャンプ読んだ時の感覚に近かった。赤葦くんと話してたら時間あっという間でさ!何か通じるものがあるっていうか…お互いに!食べ終わったのに、ポテト追加しよって延長してさぁ』

楽しそうに話すなまえに段々とイライラしてきた。

『俺、もし赤葦くんが同じクラスだったら絶対仲良くなってたなぁ、て。落ち着いてるし、話しやすいし、バレーも教えてくれるの優しいし!久しぶりに色々語れた!』

あ、もう無理。
プチン、と切れた何か。

落ち着いてる、話しやすい、優しい…全て自分の正反対に聞こえるワードにピキッとこめかみが動く。
広い懐?ええ男?は??そんなんどうでもええ。

たった今、俺の怒りは最高速度で沸点まで達した。

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