俺は中学も残り半年という中途半端なタイミングで関西に引っ越してきた。
すでに人間関係が構築されている教室内で友達を作る機会すらろくにないまま、中学を卒業した。
元々親の転勤で全国を転々としていたため、当たり障りのないコミュニケーション能力は身についていた。故に、表面上の付き合いだけで過ごしてきたため、胸を張って友達と呼べる人はいないかもしれない。
進学で選んだ先は自転車競技部がある稲荷崎高校。
小さい頃から唯一続けていたロードバイク。
だからどうしても、自転車競技だけはどこへ引越しても続けたかった。
親に志願して、せめてもの思いで受験を頑張った。俺の平凡な頭脳と力では特待生にもなれず、スポーツ推進でもないため親には少し渋い顔をされたけど成績を落とさないなら、という条件で入ることができた。
自転車競技ができる環境さえあれば、友達がいなくても平気だ、と考え志望した運動部も文化部も強い文武両道の高校。
自転車競技部の人数は15人弱と少ないものの、同好会ではなく、ちゃんと部活動として登録されている高校だから不満はなかった。
高校では知っている同級生もいなかったが、中学でさえ中途半端な時期に引っ越してきたため、一から人間関係をスタートすることに抵抗はなかった。
というよりは、もう成り行きに身を任せるしかなかった。
自転車競技部に所属すれば自然と先輩、同級生とも話すようになったし、一年間は部活と勉強と新しい学校生活、寮生活に慣れることに精一杯であっという間に過ぎていった。
進級して2年になった初日。組分けで今年は2組になった。
案の定、普段話す人は誰もいない。去年同じ組だった生徒も数人はいたが親しく話す仲でもない。
この新しいメンバーで一年間か、と期待と不安で終わった初日。
新1年生が入ってくる入学式は明日で、在校生は変わらず部活がある。
今日のロード練習は校外を周回後、最後は校舎裏の坂道がゴールとなっていて、一番苦手な練習コースだった。
どちらかというと平坦の方が得意で登りは特別強いわけじゃない。
2,3年メンバーの中でも登りが特別強いわけでもない俺にとって最後の校舎裏坂道までついていかないと勝負にならない。目標は3年生メンバーから置いていかれず、最後まで一緒にゴールすること。願わくば勝負をしかけて先着して勝つこと。
ああ、くっそ…今日絶対きっついやつだなと始まる前から心臓破りを覚悟して挑んだが、案の定最後の坂で3年にちぎられた。
坂に入るところまでは3年の後ろについていたのに登り始めるとすぐに置いていかれた。
2年生は3人、3年生は5人いる。2年の中では今日は俺だけが最後まで残っていたが、先輩達5人は飄々と登って行き、力の差を思い知らされた。
(登りの途中で突き放された時の絶望感って半端ないんだよな…)
今日、俺は何をしたんだろう、何が出来たんだろうと息絶え絶えに登りきった頂上で体を投げ出した。
3年生はすでに呼吸を整えて、部室前に向かっていた。
ボトルの中の水は残り少ない。
最後の一口を含んで、飲み込んだ。
(くそっ…!!)
自分に腹が立つ。怒りと悔しさが口から出て、手が動いてしまった。
衝動的に持っていたボトルを地面に投げつけてしまう。
コロコロと転がるボトル。
まだ落ち着かない荒い呼吸のまま唇を噛み締めた。
ボトルを睨みつけながらこの苛立ちをどこかにぶつけたくて、バッと顔を上げた瞬間、こちらを向いている人間が視界に入ってきた。
体育館のドアの所に座り、外に足を投げ出して見ている。
手にはバレーボール、金髪頭のツーブロック、長い手足。見るからに高身長。
あ、と思ってすぐに目を逸らした。
…やばい、今、俺めちゃくちゃ睨んでしまったのではないか?
しかも、確かあれって、今日同じ教室内にいた宮侑じゃ…。
背を向けて、地面に転がるボトルを拾う。
うわあ、やってしまったか?同じクラスなのに俺、初日から悪印象になった…?
いや、案外離れてるし顔見えてないかも…。
苛立ちに重なって後悔と不安が生まれ、さらに悪循環になる。
「うぁー…、最悪…」
ぼそりと嘆いたところで2年メンバーが坂道を上がってきた。
「みょうじっ、先輩に追いつけたかっ?」
2年メンバーの一人、
「ちぎられた…っていうかちぎれた」
「俺が平坦でもっと引いたらよかったのに堪忍な、たれたわ」
もう一人の2年メンバー
「先輩ら、確実に平坦で俺らをちぎる気満々だっただろ。完全にやられたわ…今度こそ3人で組んで勝つぞ…!」
苦笑いしながら汗を拭うと2人とも「ほんま容赦ないんもんなぁ先輩ら」と快晴の空を見る。
まだ新学期は始まったばかりだ。
部活も、学校も、勉強も、他のことも、全部全部これからだ。
そう気持ちを切り替えて、ロードバイクに跨った。
そんな俺を後ろから見ている奴がいるなんて、全く知らなかった。