(宮侑)
俺を睨んだ後、去っていったみょうじの顔がしばらく頭の中に残っていた。
(はぁ…?何やねんアイツ…。何もしてへんのに何であんなに睨まれなあかんねん…!)
理不尽な気もしてきて、少しイラッとくる。
みょうじなまえの印象が頭に残りモヤモヤしたままだったが、休憩が終われば、またバレーに夢中になる。ボールを上げることに集中している間に、モヤついた気持ちもどこかに行っていた。
翌朝、2組の教室で見かけたみょうじは眠たそうな顔で席に座っていた。
「お、宮はよー」
「おはよぉさん」
クラスメイトの挨拶を適当に返して、朝のホームルームが始まるまでに持ってきたおにぎりを頬張る。
朝練後の栄養補給は肝心や。
もぐもぐと口を動かしながら、みょうじを見ると隣の席の男子と一言二言話していた。
会話をしている姿そのものは至って普通で、昨日のあの殺気づいた顔は嘘かと思うぐらい穏やかだった。
小柄な方で平均身長はなさそうだ。うちのリベロの赤木さんよりも少し低い。日に焼けた肌は健康的そのもので、そこらへんにいそうな普通の男子だ。
まぁ部活中、何か上手いこといかんでイライラしとったんやろうけどな、俺もそんな時あるし分からんでもないけどな。
せやかて、俺に当たるんはちゃうやろが。
(あ、今日のおにぎりむっちゃうま。何の具やろ。)
思考の半分は食べているものと、みょうじの印象。
俺の中の印象は、形相が酷い普通の奴。というところに落ち着いた。
と、思っていたが数日後にまた部活の休憩中に裏の坂道を登ってくる自転車部を見つけた。
部活中は体育館横のドアは解放されており、外の空気を吸いながら立っていると、複数の息遣いが聞こえてきた。
シャーーと何かが回転するような金属音と、坂道の下から見えてきた人の影。3人いるうちの1人は同じクラスメイトだった。
(あ…みょうじやん)
低い前屈姿勢で坂道に入り込み、傾斜角度が上がると3人とも一気にサドルから腰を上げる。
カチャンッ
跳ねるような金属音が聞こえたと同時に、みょうじの体がぐんと前に出た。
自転車の立ち漕ぎ、にしては俺が知っているのとは違う。
全体重をペダルにかけるかのようにひとこぎでぐんと前に進むやつ。
しかも、速い。
みょうじの口元が歪んだのが見えた。
何やアイツ…苦しそうやのに…笑うてないか…?
3人ともハァハァと荒い息遣いに、踏み込む足には筋が浮き上がり全身の力を使って登っているのが伝わる。
「ッ、っしゃ…!」
自転車1台分、前に出たみょうじに対してすぐ後ろにいた奴がみょうじと同じように体を左右に揺らして踏み込む。
速い踏み込みにみょうじに追いついて、そのまま前輪分、先に出た。
(あ…あの目や)
みょうじの目がこの間みたいに鋭くなり、目の前の背中を睨んでいる。
鼻に皺を寄せて苦し紛れに息を吐き出す顔は酸素不足からか紅潮していた。
もがく。
この言葉、そのものやった。
そのまま坂の頂上まで形は崩れることなく3人は登りきった。
数十秒の出来事なのに、全力でもがくみょうじを目にして、自然と唾を飲み込む。
息絶え絶えのみょうじは悔しそうに自転車に跨ったまま、空を仰いだ。
「ぁぁあーーっ!くっそ!」
悔しそうに息を吐くみょうじに「お前アタック早すぎやろ」と先輩っぽい人が声をかけていた。
(教室ではあんな顔せんのになぁ)
教室と部活で全然ちゃうやんか、と眺めていると後ろに治が来た。
「何見てん」
「…あいつ知っとるか?」
俺の視線を辿って治がみょうじを見る。
「おお、みょうじクンやん」
「?知っとんのかい」
「去年同じクラスやったで 」
「ほんまか。あいつ2組やねん。んで、この間ごっつこっわい顔で睨まれてん」
「何でやねん。ツム何かしたんか」
「してへんわ!俺は普通に休憩しとっただけや」
「ふぅん。おーーい、みょうじクンーー」
治が俺の隣からみょうじに向かって手を振る。
あ?何で呼んでんねん。
それに反応してみょうじが顔を上げ、こっちを見た。
おっ、というような表情をした後、自転車に乗ってすいすいと軽やかに体育館横までやってきた。
ピタピタのユニフォームは黒と臙脂色の稲荷崎カラーだ。
「うぃーす。宮、…と宮」
治を見て、それから俺を見てヘラッと笑った。
体育館と地面は高低差があるうえ、俺らの身長からするとかなり見下ろす形になる。
「バレー部は休憩中か?」
「ん。何や自転車競技部もえらい気合い入っとるなぁ。汗だくやん」
「いやぁ、バレー部ほどじゃないけどなー」
「みょうじくん、こいつにメンチ切ったんやって?」
治がニヤッと笑ってみょうじを見る。
「…!いやー…俺そんなことしたっけ??記憶にないんですけどー…」
目を泳がせながら首を振るみょうじに俺は確信した。
コイツ、分かっとるわ。
忘れたとは言わせへんで、と口を挟んでやった。
「あ?目ぇ、ばっちり合うたよな?」
ちょっと凄みをきかせてみれば、みょうじはひくりと口角を上げた。
「…あー!あの時の!あれ!宮クンやったんかーー!遠くてよう見えんかったわ!」
コイツ、動揺しすぎてエセ関西弁になっとるやん。
「いや、ホント不可抗力っていうか、ふと顔を上げたらそこに宮がいた、という。うん、悪いとは思ってる」
「睨まれたくらいで何キレとんねんお前」
「ああ?お前もやられてみいや。殺人鬼みたいな目やったで」
「殺人鬼て、ひどいなおい。寛容な心を持ってくれよ宮ぁ。そんなんじゃモテないぞ」
「あ??」
みょうじを見下ろしながらバレーボールを持つ手に力が入る。
「ひぇ、」
じょ冗談だろー、と眉を下げながら笑うみょうじ。
「みょうじクン割と言うんやなあ」
眉を上げた治が面白そうにするからついでに治も睨んでおく。
「そそ、冗談だって!」
にしし、と笑うみょうじ。 初めて笑ったところを見た。こんな感じで笑うんや、とまた新たな表情を見せられる。
「同じ組だし、一旦忘れてくれ。んで好印象なみょうじくんとしてスタートさせてくれ」
「あんな顔、忘れられるか!」
「どんな顔やねん」
「せやから殺人鬼やて」
「おいおい殺人鬼呼ばわりはひどくね!」
自転車に跨ったまま、ハンドル部分に手を着いて俺らを制する。
みょうじの後ろから、部室前集合と呼ばれているのが聞こえてきた。
ちらりと目をやってからみょうじは俺を見た。
「まあ、とりあえず一年よろしく!宮」
じゃあなーと手を振り、自転車に乗って行ったみょうじ。
あの形相とは別人のような雰囲気で話すものだから、俺が見たのは嘘やったんかと錯覚を起こしたような気になる。
「みょうじクンおもろいなぁ。殺人鬼顔て、全然想像できんわ」
一度見てしまったら目が離せんような、そんな顔やねん。
「あ、ちなみにみょうじクンな。体力おばけやで」
「はあ?」
「前、持久走あったやん。体育で。ツムが俺に負けたやつ」
負けたという言い方にカチンと来た。
「0.5秒やろ。0.5秒!!たかがプリン一個分の勝敗じゃ!」
「あれなぁ、俺みょうじクンに負けてん」
「は?」
「みょうじクン、俺より15秒早かったわ。しかも余裕そうな顔しててん」
「アイツがァ?」
「うん」
「ほなアイツに比べたら俺らどんぐりの背ぇ比べやないか!」
「せやな」
「あんなちっこい体で…」
みょうじなまえ。
ますますよう分からん奴やと思った。
「ちなみにな寮も同じやで」
「はぁぁ??今までおったかアイツ」
「おったで。何でか希少種レベルでしか見いひんけど。元々影薄いしなあ。ツム興味ないことには目行かんやろ、あれは気づかんわ」
寮も同じやったのに知らんかったとは…。
急に存在を知った、よう分からん奴。
なんや狐につままれたような感覚になった。